ひだまり    今は古事記に夢中!
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アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

再「誰も知らない日本国憲法の真実」  ~天皇と憲法~


   

★改訂版 <憲法改正問題 記事一覧>
 
より抜粋転載~

平成も終わり、新しい令和の時代が始まろうとしています。
今こそ、今度こそ、
「美しい日本」を守るための憲法改正の実現を!!

しかし、
今の国民の意識には、まだまだ不安を感じます。
何も考えていない人ほど、マスコミの意見(嘘)だけを聞いている。
何も理解してない人ほど、マスコミが作った「世論」(嘘)を信じている。

そして、もっと残念なのは、
意識がある人たちでさえも、ほとんどが戦後左翼(共産主義)が作ってきた「嘘常識」の上で、「共産主義が作った言葉」で議論している!!

つまり、
専門家も、政治家も、マスコミも、国民も、
敵国・共産主義が作った「事実に基づかない言葉」(造語)を使い、
嘘が前提の言葉で作り上げられた概念や通念を前提にして、
議論して、その議論を聞き(刷り込まれ)、結論を導かされている。

これはとても危険です。

だからわたしはこれを書きました。

いかに、戦後教育が、反日日教組が、左翼学者たちが、日本国憲法のをわたしたちに教えてきたか!
日本国憲法の最も大切な真実をわたしたちに隠してきたか!
その「嘘」と「真実」を、こういう話を初めて聞く人たちや、中学生や高校生の人たちにも解るようにと、懇切丁寧に説明してみました。
 
これは、「改憲」を考える上で日本国民が絶対に理解しておかなければならない一番の肝です。

絶対に崩してはいけない「日本の国体」について、何があっても守らねばならない日本の国体を護っている「日本国憲法の真髄」について、
「憲法改正」はそもそも ”何を守るため” にするのか?
という大事な理解のために、まず、こちらをじっくりとお読みください。

            ↓   ↓


誰も知らない「日本国憲法」の真実~天皇と憲法~ ①  
「国民主権」ってほんと?



誰も知らない「日本国憲法」の真実 ~天皇と憲法~②  日本国憲法は破棄してはいけない!!  
  日本は世界で唯一の『君民共治』の理想国家



誰も知らない「日本国憲法」の真実~天皇と憲法~③ 日本国憲法は破棄してはいけない!!    
  日本国民が守るべき「日本の国体」が何たるか正しく知ろう!



誰も知らない「日本国憲法」の真実 ~天皇と憲法~④ 日本国憲法は破棄してはいけない!!
  大切なものを守るための改憲なんです!




(NEW)
★誰も知らない日本国憲法の真実~天皇と憲法~⑤ 第一条「国民の総意」とは何か?




。。。。。。。。。。。。。



★「天皇陛下は憲法改正に反対だよ」
 この一言がどれだけ矛盾しているかを理解でないことこそ、「戦後左翼(欠陥)教育」の賜物なのです。




 


これらは、わたしが、たまたま日本から離れて、日本のことを客観的に勉強する機会に恵まれ、
帰国後、たまたま「うさぎブログ」を書き始めてしまったのがきっかけで、震災以降、ネットや書物や講習会等でガンガン勉強しているうちに、いかに自分が日本のことを何も知らなかったか、いかに自分が知らぬ間に左翼思考に毒されていたか、いかに自分が反日左翼教育やマスコミに騙されていたのかを知って、自分の愚かさを恥じ、その悔恨と反省を込めて、日本人覚醒の一助となるために必死に勉強して、考え、知り得た知識、憲法改正議論のために日本人が絶対に知っていなくてはいけない大事なこと を精魂込めて書いてきた記事をまとめたものです。


わたしは真剣に訴えます。
日本人であるならば、「憲法改正問題」において蚊帳の外にいる人間はいません。蚊帳の外でいられる人間などいません。
この問題を、「関心ない」まま、「よく知らない」まま、「よく分からない」まま、「専門家」だとか、「有識者」だとか、「議員」だとかだけに任せて自分で考えないようなことでは、とんでもないことになります。
とくに、テレビや新聞の言ってることだけに耳を傾け、鵜呑みにし、知ったかぶってマスコミといっしょになって政府批判しているようでは、わが国は、子供たちの未来は、終わってしまいます。

わたしたちの日本が、これまで通り、これからも、日本人の、日本民族のための国家であり続けるためには、すべの日本人が、これまで戦後70年間隠され続けてきた「日本の真実」を知り、戦後左翼によって騙され続けてきた「嘘常識」「嘘認識」を振り払い、あなたがあなたらしく生きるための、日本人が日本人らしく生きるための「本物の国家観」を持って、本当の意味での国民による議論をしていかなければならないと思います。

そのためには、まず、「自分が知らないこと」を知る ことから始めなければなりません。
そのために書いてきた記事を、どうぞこの機会にお読みください。



★改訂版 <憲法改正問題 記事一覧>



★子供たちにぜひ聞いてほしい 日本の話


★竹田恒泰 「民主主義とは何か?」
 ~共産左翼や ”シールズ” たちが叫ぶ「民主主義」の誤謬を糺す!








【内容情報】(「BOOK」データベースより)
日本人の多くは、民主主義のお手本とされるフランス革命が、大虐殺やカオスを生み出し、世界史的な悲劇をもたらしたことを知らない。一方、実は日本こそ、現存する最古の民主国なのである。天皇のもと、各時代の為政者は、民の意見を積極的にすくいあげ、人々の幸せを求めて「徳治政治」を実践してきた。本書では、フランス、アメリカ、イギリス、古代ギリシャと日本を比較して、「日本型」の素晴らしさを再発見。さらに世界へ「民主主義のお手本」を提示する。通説のウソを暴き、歴史の真実を解き明かす竹田節満載!驚きと知的発見の書。

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「海の日」はなぜ祝日なのか?

※これは2013年に出した記事を再投稿したものです。

           
あなたは、「海の日」の ほんとうの意味、ほんとうの謂れを
知っていますか?


http://blog.livedoor.jp/cordial8317/archives/51896903.html~より転載

今日は「海の日」になっているが本来は7月20日

明治9年、東北・北海道へ約50日に及ぶ御巡幸に臨まれた明治天皇が「明治丸」で横浜に帰港された日に因んだ記念日が「海の日」です。
御巡幸の目的は、戊辰戦争に敗れて以降、艱難辛苦の日々を送っていた人々を明治天皇が慰撫し激励する為に他ならない。
出発は6月2日、馬車で福島から仙台、岩手、青森と北上、次いで明治丸で津軽海峡を渡り、函館を経て三陸沖を海路戻るというコースを辿っている。この間、東北の人々は御巡幸の先々で奉迎した。
明治天皇も各地で開墾や産業の振興に尽くした功労者を労らわれている。愚生の住む郡山(安積)では、荒野を拓いて出来たばかりの桑野村まで分け入り、開拓者の苦労話に耳を傾けられ、金5万円を下賜された。 弘前に在る「東奥義塾」では外国人教師による英語教育が行われていて、生徒10名が英語を披露。天皇はその進取の気象に感心され、ウェブスター辞書を買う代金にと一人につき金5円を与えられたという。

また或る地では、小学生が献上してくれた蛍一籠を嘉納され、岩手では太布半纏(ふとのばんてん)と呼ばれる農民の仕事着まで買い上げられた。 東北の人々との間に親しく絆を結ぼうと努める明治天皇の面影が偲ばれる。
東日本大震災と原発事故に疲弊する我々東北人にとって
「海の日」は、被災地に思いを寄せる今上陛下の大御心と通じる感慨深い祝日でもあるのだ。


この様な由緒を持つ記念日が、「ハッピーマンデー」なる不見識な制度によって、その意味が薄れて行くのは実にもどかしい。
「ハッピーマンデー」の目的は国體破壊であり、左翼陣営はこうした既成事実を積み重ねることによって、
日本の歴史や伝統、文化を否定する論拠とするのだ。この愚策に、自民党や保守を標榜する政治家が同調して来たのは御粗末過ぎる。
国體破壊を目指す左翼陣営の最終目的は、「勤労感謝の日(新嘗祭)」と「建国記念日(紀元節)」を「ハッピーマンデー」に組み入れることで、「連休がいい」などと安易な動機で祝日を語ることがあってはならない。
我が国の祝日には夫夫意味が在り、これほど国柄の分かるものはないのだ。
GHQが我が国の歴史伝統文化を否定することから始まった現在の「祝日法」を本来の在るべき姿に見直すことは喫緊の課題だ。

「ハッピーマンデー」なんぞ百害有って一利無し!



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 転載おわり


※2015.7 追記
なんで「海の日」の話に「ハッピーマンデー」の話が出てくるかというと、本来ずっと7月20日が海の日の祝日だったのが、左翼の画策によって、国民の休日増やしのために毎年日にちがずれるようになってしまったからです。
だから、2013年当時、この記事は「7月22日」に出ていました!
それを怒っているのです。

しかし、!!!

天晴れ、安倍政権になったとたん!!

「ありがとう 安倍政権! 海の日、7月20日に固定! =ハッピーマンデー制度改正へ−自民党

安倍政権が、いかに、日本のための政権なのか、
これだけでもわかります!!!!



But この記事には「後日談」があります。
★明治天皇ゆかりの「海の日」の攻防戦のゆくえ・・・ 




 




。。。。。。。。。。。。。。


「古事記入門」のDVDの中で竹田さんが言ってました。
日本の祝日のほとんどは、すべて宮中祭祀や「古事記」「日本書紀」に基づいているのだそうです。
逆にいえば、宮中祭祀、「古事記」「日本書紀」と関係ない祝日は二つしかないとのこと。「体育の日」と「敬老の日」の二つだけだそうです。 知ってました?それ以外は全部、祝日というのは、宮中祭祀や「記紀」に基づいた日本人にとって重要な日なのです。
なぜ、日本人にとって重要な日なのか?
竹田さんの話にもありましたが、その国の祝日(休日)というのは、その国の「国柄」がそのまま分かるものだそうです。
たとえば、アメリカ合衆国なら「独立記念日」の他はほぼキリスト教関係の祝日が並んでいるそうです。中国だったら「労働節」など農民や労働者にちなんだ休日が並んでいるそうです。
そして、日本の国柄は、「古事記」「日本書紀」、そして、「天皇の祈り」なんです。

それを、戦前までの日本人は当たり前に知っていました。
でも、今の日本人は教えられませんし、教えられなければまったく気づきません。
なぜか?それは、「気づかれないように」してきたからです。戦後左翼教育によって。
上にもありましたが、戦後左翼が押し切ったもっとも日本を愚弄したものが「勤労感謝の日」です。

竹田「なにが、「お父さんお仕事お疲れ様」だ!あれは「新嘗祭」といって、
   天皇陛下が五穀豊穣を願って国民のために祈る 最も重要な祈りの日だ!」


「新嘗祭」は天皇が行う祭祀のなかでも、もっとも重要なお祀りのひとつだそうです。
ですから、その準備のために、陛下は一年前から準備をしておられるといっても過言ではありません。
というのは、陛下は新嘗祭で、自ら育てられた穀物(米)を神様に供えられるからです。
儀式の一週間くらい前から重要な祭祀のために心身共にお慎みになり、清められるそうです。

そして、その儀式が終わるまで、

今年最初に出来た作物を神様に捧げ、国民ひとりひとりに代わって、今年の実りに感謝し、今後の豊穣を祈る儀式が終わるまで、
陛下は「新米」を一切口にされないそうです。そりゃそうです。神様に捧げるのに、その前に食べてちゃいけないでしょう。
もちろん、祭祀を見守る宮中の者も、皇族方も、その意味を知る日本人は誰もそれまで「新米」を口にしないそうです。それが日本人として普通でした。
陛下がその年の新米を神に捧げる祈りが済むまで、日本人は誰も陛下より先に新米を口にしない・・・それは当然ではないでしょうか?
知らなかったからこれまで済んできただけで、ここまで知ってしまったら、そうするのが普通だと思いませんか?
だって、わたしたちのために、わたしたちに代わって、陛下は神に祈りを捧げてくださっているのだから。

それを知らなかった我々日本人は、いつのまにか、ただの「新モノ食い競走」に駆り立てられ、やれ「新米入荷!」だの「今年の新米の出来は・・・」などとマスコミに煽られて、われ先にと新米を当たり前のように口にする・・・

知らなかったとはいえ、畏れ多いことです。
まんまと左翼にしてやられました。
われわれが日常使う「いただきます」「もったいない」という言葉もこういう神や食物に対する「感謝の気持ち」からきているものです。でも、それは、日本独特の観念や価値観であって、「いただきます」「もったいない」は、日本語以外に翻訳できないそうです。
無理に英語に訳すと 「I am eating! (意訳:さあ、食べますよ)」 だそうです。
「はあ? ばっかじゃないの!」 と思える人はまだいいですが、ほんとにそういう意味だと思っている日本人が増えてきているというおそろしい現実・・・

国民から「古事記」を奪ったのは、こういうことのため…だったのですね。
「古事記」を隠し、「古事記を基にする日本精神」を隠すためだったのですね。

これまで「強い日本」「美しい日本」の礎となってきた
「陛下と国民が一体となって国を支える」という大事な気持ちを、 
戦後左翼が寄って集って壊そうとした成果・・・だったのですね。

おそらく、毎年のあの馬鹿げた「ボジョレー・ヌーボー」騒ぎも、そうした日本人懐柔計画だったんだとわたしは思います。
だって、あんなの、日本人に必要ないでしょ?
ほんとうに何万もかけるような通の人は別として、たかが数千円くらいのワインに、どうしてそこまで「新物」にこだわる必要があるのでしょう?
時期になるとスーパーに並ぶ廉価品のワイン・・・別にその日に飲んだからって特に美味い訳じゃないんですから。

要は、
「自分が一番」 
・・・そういうへんな価値観、優越感を日本人に植え付けようとしたのだと思います。

欧米人とは違って、日本人は、昔からけっして「自分が一番」じゃなかった。
そうでしょう?
日本では、「自分が一番」を誇示することは、むしろ卑しくて恥ずかしいことでした。

だって日本人というのは、大昔から人と自然と神様は、いつも共に生き、共に栄えてきたのです。
「人」が一番じゃない。
「自分」が一番じゃない。


そうして、自然や神様を敬ってきたから、日本は経済大国でありながらも他国のように殺伐としてないんです。
「自分が一番」じゃないから、
日本はどこよりも平和で、どこよりも秩序と公徳心が高く、人を信じられる社会なのです。
自分が一番大事な個人主義社会の国の人たちがうらやみ、賞賛する社会がこの日本にだけ存在するのです。

それができたのは、
日本が二千年以上前から「君民共治」の国体、社会体制を守ってきたからです。


その、
天皇と国民とが一体となって天地自然の神々に感謝し、収穫を喜び合う
その気持ちを、
「勤労感謝の日」という「働いている人(自分)が一番偉い」という気持ちに
左翼がすり替えようとしたのです。

あれ? もしかしてこれって、
「労働節」につながる中国共産党の考えそのものではないですか?
少なくても、日本人の発想じゃないです。


で、やっと本題、 「海の日」です。


この「海の日」も、ほんとうは意味のある日であるのに、
なぜ今の日本人はほんとうのことを何も教わらないのでしょう?

自分もそうでしたが、
「海の日」って聞くと、ただなんとなく、昔から人が海の恵みに感謝した日なのかな? と、そのくらいに思っていましたし、少なくとも、小中学校合わせて、先生から「海の日」と「天皇」の関わりを聞いたことなど一度もありませんでした。
よしんば教える教師がいたとしても、左翼の考えそうなことでは、「天皇が舟遊びをした日」くらいに伝えるのが落ちでしょう・・・

なぜ、明治天皇は全国慰問をしたのか?
なぜ、このとき「船」を使ったのか?
なぜ、「出港された日」ではなく、「帰港された日」が祝日なのか?

こういうことを、日本人として、当たり前に教えることができる教育体制を、こういうことを、日本人として、当たり前に知ることができる権利を、われわれは一刻も早く、取り戻さなければならないと思います。
そのためには、9条にかぎらず、早く憲法を変えることです。

日本人の日本人による日本人のための憲法に。
日本人の心を守れる憲法に。


「ハッピーマンデー」なんて馬鹿げた制度は廃止しよう!!

休日をつなげるためだけに、
どうして日本人にとって大事な意味を、精神を失わねばならないのか?
もう休みはじゅうぶんです。
日本人が「勤勉」でどこが悪い?
日本人が働き者でどこが悪いんです?

ああ、日本人が働き者だと困る国がいるんですね?
で、いっつも、その国の都合を考えてあげてきたんですよね?



左翼に騙されてから日本人はどんどんダメになった。
左翼の言うことをこのまま聞いていたら、日本はほんとうにダメになります!

もう、左翼の言うことを聞くのを止めましょう。

祝日は、国民が「休むため」にあるのではなく、
天皇と国民が心を一つにして
日本のために 祝うため 祈るため にあるのです。

だから 祝日には 日ノ丸を掲げるんです。



天皇と共に日本のために祈る気持ちを国民全体に取り戻す!
それが、
「日本を取り戻す」ことだと思います。





(あれ? なんか、前置きのが長くて、本題の方が短いけど・・・ ま、いいか!)



※「日本を取り戻すために」 ぜひ、こちらもお読みください。
★日本に【選択的夫婦別姓】を取り入れてはいけない! 



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


追記;

戊辰戦争
それは、まさに、日本の歴史の中で、おそらく、もっとも、天皇が心を痛めた国内の戦争だったのではないかと思います。
なぜなら、明治天皇の父君である孝明天皇は、最後まで、死ぬまで、倒幕に反対していたからです…。
なぜ、明治天皇のことは語られるのに、その父君、本当の幕末維新の中心人物であり、肝であった孝明天皇について語られていないのは(まったく研究が進んでいないのは)、明治政府にとって、孝明天皇が最後まで倒幕に反対していたことを知られることは、
すなわち「勅意に反した」と知られることになり、それでは政府の正当性が損なわれてしまうため、甚だ不都合であったから隠したというのです。
「孝明天皇紀」が世に出たのは、なんと昭和42年でした。それまであらゆる資料が政府によって封印されてきたのです。それほど、明治維新というのは、天皇の御意志に逆らってまで成されたことであったのです。
孝明天皇の意志によって日本が倒幕と攘夷、開国と鎖国とに入り混じり、国論が分かれ、混沌としました。そして最後には、孝明天皇の急死によって維新が成立したのです。しかし、もし孝明天皇の強固な反対がなかったら、もし孝明天皇があのタイミングで急死していなかったら、世界の歴史の定石として、外国勢力によって幕府もろとも朝廷も滅ぼされていた可能性が高く、つまり、もしかしたら日本は滅んでいたかもしれないのです。なので、後に、孝明天皇は「生きて国を守り、死して国を守った」と言われているのです。
(ここまでは竹田さんの話から)

そういう経緯ももちろん知っていた明治天皇。そして、天皇をめぐる戦いによって、多くの民(武士ら)が命を落とすこととなったことも、それは心を痛めていたのではと思われます。
であるから、あれは、あの「行幸」は、ただの外遊ではないのです。天皇があれほど長く皇居から外へお出ましになることは初めてだそうです。当時は剣璽御動座といって、天皇が動くたびに三種の神器のうちの勾玉と宝剣をいちいち陛下と共に移動されたといいますから、だからこその「玉体」であり、天皇が皇居の外へ出るのはもちろん、何日も皇居を離れるということは余程の特別なことだったのです。

つまり、明治天皇はそこまでして民を慰労し、慰霊したかったのだと、思います。
だから、「海の日」は、その出発日ではなく、(単なる「船を出した記念日」じゃなく)、
「国を思い戦って死んだ民を悼む慰労の旅」を「無事に終えて帰ってきた日」・・・なのだと、わたしは思います。



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


<新嘗祭とは>
新嘗祭は、新穀の収穫を神に感謝するお祭りのことで、毎年11月23日に行われています。
「新嘗」とは、その年に収穫された新しい穀物を食することをいいます。
新嘗祭は、日本の古くからの重要な祭儀であり、
「豊葦原の瑞穂の国」の祭祀を司る最高責任者である天皇が、その年にとれた新穀を天神地祇に供えて、
農作物の収穫に感謝するとともに、自らも初めて召し上がれる祭典です。

この日は祭日で、全国の農山漁村ではもちろんのこと、それぞれの地方で神社に新穀を捧げ、
その年の収穫を神々に感謝してお祝いをしてきました。

戦後に11月23日は勤労感謝の日と代えられましたが、
新嘗祭は、元々このように
天皇と国民とが一体となって天地自然の神々に感謝し、収穫を喜び合う全国民的な祭典
だったのです。

私たちは、この「新嘗祭」の持つ本来の意味を尊重し、
食物の大切さとありがたさを改めて認識し、
その祭りの精神を多くの人々に伝える努力をしていきたいと考えております。
文:田尾 憲男
http://www.niinamesai.com/promoter.html




「古事記入門 Ⅰ」 古事記を読むまで死んではいけない! 

「古事記入門 Ⅱ」 「古事記」は選んで読むべし!


誰も知らない「日本国憲法」の真実 ①  「国民主権」ってほんと?

竹田恒泰 「今、世界は 四百年に一度の価値観の大変革の時期にきている!」
※なぜ、今保守派が分裂するのか? その理由が分かります。

※「日本を取り戻すために」 ぜひ、こちらもお読みください。
★日本に【選択的夫婦別姓】を取り入れてはいけない! 


関連記事

再々『高森明勅 所功 らの暴言・虚言についてもの申す!!』





※これは、2017年1月に出した記事を再編集したものです。
天皇の御世替わりに際して、マスコミが高森明勅・所功氏らを重用し日本をミスリードしていることを危険視してこれを再度出します。


あなたは、なぜ天皇が尊いのか知っていますか?

それが解れば、
誰がおかしなことを言い、誰が正しいことを言っているのかが解るはずです。



そこまで言って委員会NP 2017.1.15 皇室の未来を考える 緊急総力特集
  ↑ 開いてご覧ください。


いろんな意見にぐらぐら揺れてる人にこそ聞いてほしい。
中学生にも解るように懇切丁寧に解説してみました。



高森氏や所氏は本当におかしなことを言う。

たびたび、いろんなところで、「陛下の御気持ちが~」「陛下のご意志が~」「天皇の資質が~」などと、ところ構わず豪語していますが、それ、とてつもなく 危険思想 なんですが、わかってますか?
もしかして気づいてないのかもしれませんが、
それって、天皇を否定する(天皇の権威を奪い皇室を解体する)ために「天皇にも人権を与えろ」って言ってる共産党や田嶋陽子氏らと同じです。

なぜ天皇には人権がないのか?

それは、
日本人や日本国が本当に究極的に守らねばならないものは、天皇"個人"の尊厳 ではなく、2000年以上守り続けてきた天皇という伝統の存在・皇室の権威そのもの だからです。

『日本の天皇』が尊いのは、たまたま「天皇陛下”個人”の人格や資質が優れている」からではなく、 他のどこにもない2000年以上の日本の歴史と伝統、それを担保してきた「天皇・皇室の正統性」ゆえに天皇は尊いのです。
だからこそ、天皇「個人」の資質によって天皇の権威や日本国の権威が変わらないのです。
たとえ、天皇が未熟だろうと、老弱だろうと、日本の権威も変わらないのです。

昨今の天皇陛下があまりに素晴らしすぎるため、かえって解りにくいけれど、
世界で唯一の2000年以上の歴史と伝統を守ってきた「皇室の権威」があればこその世界での評価・敬意の高さ(白人の間に入ってでも世界最上権威)なのであって、それはたまたまその天皇の在位期間が長いとか、たまたま国の経済力が大きいからとは関係ないのです。

たとえ、国民の「過ち」によって民主党政権のようなボンクラ国賊政権が立って日本政府や日本経済に信用がなくなっても、日本国には、その上の、もっと偉大な、もっと尊い国家権威=国家元首である『天皇』がいるから、日本の国威・信用は完全には失墜しない。「日本への敬意」は失われないのです。

こんな優れた、最強の「システム」を持つのは日本だけ!!
だから、日本は強い。
だから、日本は2000年以上潰れなかった。

しかし、その「根幹」をちょっとでも崩したら、日本はもう、そういう日本ではなくなります。
「強い日本」はなくなってしまうのです。

だから、敵はそれを崩したいのです。

↑  ↑
この意味を「解っている」か「解っていない」かで意見は大きく変わってきます。

つまり、
これを理解していない人間=無知、または、この事実を否定したがる人間=反皇室(敵国)の意見など 聞いてはいけない! のです。



さらに詳しく解説します。

天皇になる資格に「本人の資質」は関係ない。
所氏や高森氏などのように、「血統の原理」より「本人の資質」をことさら重視するということは、言い換えると、資質によって天皇を廃止することを可能にする
(反天連・共産主義者たちが、エセ保守論客(左翼官僚)たちが作ったわずかな”ほころび”をもって「天皇に資格なし!」「天皇に正当性なし!」などと言って「天皇廃止」を叫ぶきっかけ(大義名分)を与えてしまう)ということを意味するのです。

だいたい、皇位継承の議論において「国民の理解が~」とか「民主主義が~」とか「国民の総意が~(オール何とかと間違えてる)」などと言う輩は、そもそもが皇室の存在を認めていない人間、皇室=日本を弱体化させたい人間だと思っていいです。

今の天皇および歴代天皇は、凶暴な共産主義者たちにさえ「隙」を与えない、「非の打ちどころのない天皇」です。が、もし、高森明勅氏らの言うような考えの元に皇室典範が改正(悪)されてしまったら、近い将来、保守にとってでさえ「非の打ちどころのある天皇=正当性が崩れた天皇」が誕生してしまうことになるのです。

共産党や反天連たちは、自分たちでその「道」を開いておいて、いざそうなったら、即、「こんな天皇はもう存続する正当性がない」「こんな皇室はもう価値がない」と、本領発揮とばかり積極的な廃止運動を撒き起こすでしょう。

これが一番危険。
絶対にこの危険を避けるために作られたのが「男系継承」なのです。
これが先人たちの「尊い知恵」なのです。


天皇は「人」に選ばれて立つのではなく、完全な世襲による「血統の原理」によって立つのです。
それは、誰が何と言おうと、125代、今上帝まで続いた揺るぎない事実です。
「血統の原理」ということは、その立場に生まれ、その星を背負って生まれ落ちた人が立つ、ということ、天命によって選ばれたものが、その宿命を背負ってその環境に生まれ、粛々とその地位(責務)を果たすということに意味があるのです。

もし、高森氏が主張するように、
天皇になる資格を「能力」や「資質」に求めるなら、それは結局、天皇の地位を、人が決め、人が選ぶということにつながります。
つまり、「天皇の存在価値」が、人(時代)によって変わり、人(時代)によって揺らぐ(価値をみとめなくなる)ことにつながるのです。

どれだけ危険なことか、解りましたか?

現実に、古来、そうやって選ばれた王や皇帝たちは、資質や才能や人気で成った他の王朝・国家は、皆、王朝交代や亡国の歴史しか紡げなかったのです。
つまりそれは「亡国論」であり、非常に危険です。

そういう他国が何度も間違い失敗してきた道を、
日本だけは選ばなかった
 ということなのです。

わたしたちの先人たちは、そういう選択肢を最初から一度も選ばなかった。他の国が”安易に頼った”その選択肢を、日本だけは頑なに拒み続けてきた。
なのになぜ、あえてその「滅びの道」を選ぶ理があるのでしょう?

なぜかれらはその道を開こうとするのでしょう?

2000年来、日本人が認めてきた旧皇族男子(世襲親王家の末裔)という男系継承でつなぐ方策があるのに、
かれらの「旧皇族復帰に反対」する理由はこうです。
「旧皇族の復帰や活用(養子縁組)は ”国民の理解を得られない”
究極には、それしか ”大した理由”はないんです。

それでも尚、「どうして男系でなければならないのか分からない」「女性がなぜダメなのかわからない」と言う脆弱な人たちがいますが(わざとマスコミはそういう輩をたくさん配備してきますが)、そもそも、それでも理解できない人たちは、議論に交じる必要はないのです。
解りやすく言えば、たとえば、「暴力団や過激派を取り締まる条例」案を作る議論に、「暴力団を取り締まる意味がわからない」って言ってる人を議論に入れて上手くいくと思いますか?
または、陰で暴力団や過激派から資金をもらっている人間の意見や組織の人間を議論に入れて、市民を守るまともな対策案が成立すると思いますか?
「どうしたら日本の領土である尖閣を守れるか」という議論にそれを盗ろうとしている中国の意見を入れて、現実的な対策が取れると思いますか?それといっしょです。
無駄な時間を費やすばかりか、そういう無知な人やそもそも敵対している人全員が納得しないと結論を出してはいけない…なんて言ったら、かれらの言うことに耳を傾けていたら、永久に解決なんぞしませんよね。

簡単に想像できると思いますが、暴力団取締法が成立するのを組織が阻止したいなら、自分らの手下をその会議に潜り込ませて反対運動をしたり、自分らの息のかかった弁護士や有識者をその会議に送りこんで、真っ当な条例案が成立するのを邪魔しようとするでしょう。現実に今の国会(野党)や沖縄の活動家を見ればわかります。

そ れ が 、ああいうどう説明しても男系継承を理解できない人たち、けっして旧皇族の復帰の正当性を理解しようとしない人たちだと思えばいいのです。

考えてみてください。
仮に「旧皇族に反対する声」を押しのけて、旧皇族を復帰または活用して男系継承を守ったとして、いったい、どんな不都合が日本に、日本人に起きるのでしょう?
男系継承を崩す女性宮家や女性天皇の道を避け、旧皇族を活用して皇統を守ったとして、いったい誰が困るのでしょう? 
いったい日本人にどんな苦痛や不都合があるというのでしょう?

ないですよね?
おかしいですよね?
日本の皇室が「男系」を固持したことで頭を抱えて悔しがるのは、日本の皇室が未来永劫続くことを好ましく思わない人、天皇を戴く「強い日本」でいてもらっては「困る」人たち、またはそれを望んでいる敵国だけではありませんか?


日本を崩そうとする者たちは、いつも好んで「民主主義が~」とか「民意が~」とか「差別」とか「人権」とか言いますが、一見正論に見える彼らのロジックに騙されてはいけません。
つい最近、わたしたち国民は、民主主義によって民主党というとんでもない国賊政権を選んでしまったように、国民がそのとき「いい」と思っても、多数決(民主主義)で選んだことでも、間違う ことがあるのです。そのときは納得したことでも、あとになって取り返しのつかない間違いだったと後悔することもあるのです。
それが政治ならまだあとから(安倍政権のように)取り返しがつくこともあるかもしれないが、こと天皇・皇室のことは、一度男系継承を崩してしまったら、もっと解りやすく言えば、今起きていること(所・高森・水間らの提言)のように、今はそう見えなくても、将来「男系継承の道を崩す道(蟻の一穴)」を開いてしまった」ら、それは二度と戻せない、取り返しのつかないことになるのです

何度もいいますが、これに関しては世界の王政や帝政は全て間違っていた。はっきり言って日本だけが正しかったのです。ゆえに、日本の皇室だけが2000年以上途切れずに続き、それを守り続けてきた日本の国家だけが一度も途切れずに続いている。
それが紛れもない事実です。
おかしな思想にかぶれて事実が見えない人だけ、意図的に皇室を潰したいと思っている人だけが、これに反発し、認めようとしないだけ。

そのおかしな思想にかぶれている人たち、またはそういう使命を負った人たちが言う、高森氏らの言う「天皇に資質を求める」ということの裏には、「国民が天皇になる資格を見定める」という危険が隠されています。
それはつまり「血統」ではなく、「国民が認めた天皇を選ぶ」という意味、そういう危険な思い違い、危険な誤解(ミスリード)を生むものです。
それは、これまで日本人が皇室に対して持ったことがなかった認識。
日本人がけっして皇室にもってはいけない認識。
すなわち「亡国論(亡国へのミスリード)」です。



そもそも「選ぶ」とか「選ばれる」ということは、その地位を目指して勝ち上がるということ。何かの総選挙みたいにその地位に就くことそのものが目的となると言えます。選ぶ側にはそんなつもりがなくても、選ばれる側にはそういう意識が生まれてくるのは確かです。
しかし、天皇はそんなものじゃないんです。一般社会の競争ように、何かの能力を競い合い、勝ち上がって獲得するような目標や地位ではないのです。
天皇とは、究極的には、ひたすら国民のために「わたくし」を捨てて「祈る存在」です。
自分の好きなように、自分の目的のために、自分の能力や権力を使って何かを動かしたり、個人の理想を実現したりするものじゃない。
では、そういう特殊な地位や職務役目に適合する「資質」が、その人物にあるか、ないか、どうやって人が判断するのでしょう?
果たして、それができるのでしょうか?
高森氏らは簡単に「資質を求める」って言うけど、その「血統にこだわらない天皇になる資格」とやらを、どうやって判断するのでしょうか?
おかしいでしょう?
あれはまるで、竹田恒泰氏が主張する「血統の原理」を否定したいがため、もっといえば、竹田氏の言論を否定したいがため、竹田氏の後ろに存在する旧皇族の復権を阻止したいがため、そのためだけの、中身のない主張のようにわたしには聞こえます。

少なくとも、高森氏らこそ、「皇室の未来(日本の未来)を守ろうとする資質などない」と思います。
だから、所氏や高森氏らの言葉に騙されてはいけません。あれはとても危険です。

「天皇に資質を求める」というのは、たしかに一見聞こえはいいけれど、思わず納得させられてしまいそうだけど、
それはつまり、その考えの行き着く先は、「それを許す」ということは、
人(国民)が、天皇になるべき人間を、候補のうちから、勝手に、自分の好みで、「いい天皇」と「よくない天皇」とに分けることができる ということ。

「この天皇はよかったが、この天皇はダメだ」 と国民の好みで天皇を糾弾したり、やめさせることができるということを意味するのです。

最初は「そんなつもりではなかった」と言っても、結局、一度そういうことを許してしまえば、
一度そういう空気をつくってしまったら、近い将来、とくに「レリゴー」世代なんかは、あっという間に、天皇皇室への畏敬の念も分別も無くしてしまうことでしょう。


それが、「人が天皇の資質を求める(決める)」ということです。


いかに危険な発言かお解りいただけましたか?

間違えないでいただきたいのは、だからといって、「どんなおかしな人格や思想理念を持った者が天皇になってもいい」などとは誰も言っていません。「天皇になる資格」に「資質(人気)」を求めないということは、「天皇に人望がなくてもいい」という意味ではなく、
天皇には「個」を求めないといことです。国家や国民が究極に「守る」べきは、天皇「個人」ではなく、「天皇」という日本の伝統を背負った「国体そのもの」なのです。高森氏らは、それをはき違えています。とても、皇統保守とは思えません。だから危険です。

日本国民のみなさんは、そんな誤誘導にそそのかされず、もっとしっかり日本の行くべき正しい道を見極めてください。
それを見誤ったら日本は滅びます。

「天皇に人権がない」ということは、
究極的にいえば、天皇「個人」の気持ちや嗜好によって、国事行為や祭祀を好き勝手に変えられて皇室伝統が途絶えたり、
皇統の正統性や継続が途切れたり、天皇の意志で政治が壟断され、国家が傾いたり、本の国柄が変えられてしまうようなことがないように天皇には「個人(人権)」が認められていないのです。
それは奪われたものではなく、最初からなかったと言ってもいいのでしょう。実際、歴史を紐解いても、「個」を色濃くした天皇の御代は国が乱れていますから。
というか、戦後の歴史教科書には、そういった「個の強い天皇(世を乱した天皇)の逸話」しか出てきませんが・・・

(GHQが日本人の誇りを奪うために
「尊敬される天皇の歴史は語ってはいけない」という規定を作ったから。
戦後70年たっても、GHQが作った日教組がそれをずっと守っているから。)




そもそも天皇と国民は「平等」じゃない。そんな単純な薄っぺらいものじゃない。
それにこだわるのは共産主義者です。「天皇制は非人道的で不平等と格差を作り出す制度だ」とやるのですが、おかしなことです。
共産主義国家には、そもそもが本当の平等なんかどこにもないのに。共産主義国家には、結局、「独裁者(暴君)」しか生まれないのに。

でも、日本の天皇は違います。
天皇には他の王や皇帝のように「人権がない」から尊いのです。「資質がある」から尊いのではなく、「人権のない天皇」だからこそ尊いのです。だから日本の天皇は「独裁者」にはならないのです。

(※戦後の歴史教育の天皇の歴史やドラマや小説などの天皇についての認識は、
 反日左翼の「願望(洗脳)」が色濃く入った「嘘」だらけです!)




究極にいえば、
「天皇」とは、
2600年以上続く日本の伝統・文化・精神 等を 子子孫孫と「受け継ぎ」、
それを未来に「引き渡す」ための 「器」 なのです。

自分の意志で実力や才能で成る、ただの「英雄」や「カリスマ」とはまったく違うのです。
考えてみてください。そんな重い覚悟が、「一般人」に背負えるでしょうか?

小さい頃から自分が何になりたいかを夢見て、いろんな職業やヒーローに憧れて、自分の夢や目標を叶えるために一生懸命努力し、一個一個目標を達成し、実績や人望を積み重ね、夢の実現に向かって突き進んできた・・・ような、そんな人間が、果たして、天皇が背負うような責任や役目を<自己実現>として望むでしょうか?

それ以前に、一般人にその重みを理解できるでしょうか?
だから、「血統の原理」なのです。

その定められた星の下に生まれ落ちた者が、そのその環境の中、その宿命を背負って粛々とそれを「受け継ぐ」のです。
その覚悟は、そしてまた、その覚悟をつくる環境は、その伝統を背負っている一族だからこそ、できることではないでしょうか。

竹田恒泰氏が言っておられました。かつて、ひげの殿下として有名な三笠宮寬仁親王殿下が、「時々、急に天皇になる夢を見る」とおっしゃられていたそうです。それは、「わーい、僕も天皇になれる」・・・という、ワクワクするようなものではなく、冷や汗ものの「悪夢」として見る・・・のだそうです。
ずっと後ろの方とはいえ、殿下には「皇位継承順位 第7位」というものがついている。ということは、万万が一、万万が一にも、天皇になる可能性は「ゼロではない」ということです。とはいえ、よほどの天変地異でもない限り、よっぽど回ってくることはないはずなのに、それでも、万万が一、もし、本当にそういう事態になったら、その時は、寬仁親王殿下は「天皇にならなければならない」のです。・・・という一縷の意識(いざという時には逃げられない覚悟)があるだけでも、そんな「悪夢」を見てしまう・・・というのです。
そのくらい、天皇の地位(役目)というのは「重い」のだそうです。
それは、なりたくてなるものじゃない、ということ。夢や目標として憧れてなるようなものじゃない、ということ。いざとなれば「なるべき者がならなくてはならないとてつもない重い責任」だということです。


もう一度整理します。
高森氏が豪語していた「天皇に資質を求める」ことは一見聞こえはいいですが、よく考えるとそれはつまり、「資質のある無しを決めるのは国民である」=「国民の好みで天皇を決めたり、やめさせられる)
という勘違い(驕り)を生み出し、これまで「天皇になる資格=血統の原理」において「非の打ちどころのなかった天皇」を、「国民が認める天皇」と、「国民が認めない天皇」に分けようとしてるものであり、それは、国を二分した「南北朝の再来」であり、皇室打倒の共産主義に利するだけです。

また、高森氏らはおかしなミスリードばかりしてるけど、仮に皇室典範を改正し、旧皇族の男系子孫を養子に迎えるなどして「旧皇族を活用する」としても、それは、旧皇族の人間が皇族となって男系の子孫を残すのが目的であって、その者が直接天皇になるなどということはありません。

天皇になる人間は外から入ってくるのではなく、皇族として、生まれながらにしてその命運を背負って、その立場に生まれてくるのであって、たとえ男系の旧皇族といえども、いきなり「天皇になる」ことはありません
「旧皇族を天皇にする」などということは誰も言っていません。それを議論に乗せた(主張した)人は一人もいません。
高森氏は、完全な嘘をついて国民に誤解を与えているのです。

また、高森氏や所氏のように、「昭和天皇は素晴らしい」「今上陛下は素晴らしい」と、ことさら強調して「天皇に資質を求める」と言うのは、裏を返せば、将来の天皇に少しでも未熟さや気に入らない所があれば、国民がそれを糾弾して、天皇の資質を批判し、「天皇を否定できる」(退位させられる)ということなのです。

それがとても危険な思想であるということは、もうお解りですね。


そういう意味で「天皇は資質でなるものではなく、血統の原理でなるもの」だと竹田氏は言っているのです。


懇切丁寧に書きすぎたかもしれませんが、お分かりいただけたでしょうか?

<今後は、こんなキーワードにご注意を!>
「天皇に資質を求める(のは当然)」
「天皇にも人権を」
「女性差別だ」「皇族女子に自由恋愛を」
「旧皇族はもう平民。天皇になる資格はない」
「男系にこだわると皇室は続かない」


・・・ みんな、みんな、 大嘘つきの危険思想です。



高森氏の正体を見たり!!です。
























★皇室を敬愛しているけど、
 「もしこれが本当だったら そんな天皇をわたしは認めない」と思っているあなたへ・・・


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