ひだまり    今は古事記に夢中! 映画 ドラマ

アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

何十年ぶりかに映画「ベン・ハー」を見て思ったこと

     
うっかり、こんなツイートを始めたばっかりに、
またまた、つらつらと思いの丈を綴るハメになってしまったので、
せっかくだから、ここにまとめておこうかと思います。 (ツイッターだと流れていっちゃうからね~)






「ベン・ハー」は、1959年アメリカ制作(日本公開1960年)のスペクタル映画。
アカデミー賞史上最多11部門受賞の超大作。
監督ウィリアム・ワイラー。主演チャールトン・ヘストン。



友に裏切られて、ローマ人の奴隷となったベン・ハー(ユダ)は、復讐のため大競馬に出場し、
やがてイエス・キリストその人と運命的な出会いを果たすのだった・・・
 ↓ キリストと出会うシーン。




※字幕なしならなんとかあった!!
予告編 かな?


 
それで、見終わったあと、こんなことを呟いてしまった・・・






※↑の補足説明。

・「九族皆殺し」とは、大小朝鮮にあった習慣で、対抗していたライバルが敗れたら、勝った側が敗れた
一族を親兄弟のみならず九親等まで遡って皆殺しにするというもの。
その際、血縁者だけでなく、その家の使用人から書生まで徹底的に皆殺しにした。なぜなら、関係者が
少しでも残っていると、あとで恨まれて復讐される怖れがあるから、ライバル一族は徹底的に消して
地位と身の保全を保つ、という考え方だった。朝鮮併合の時、日本がこれを止めさせた

・植民地支配とは普通、支配された民族の女は当然のように強姦して混血を産ませ、優秀な男は社会
から抹殺するなどして、敗北した民族の純潔な子孫や優秀な子孫を残させないというのが
当たり前に行われていた。これを民族浄化という。

じつは、日本も敗戦後、アメリカの「オレンジ計画」等によって日本民族浄化がすすめられていた。
当時「アメリカ兵の強姦によって妊娠した日本女性を救済するため」という理由で堕胎が容易になった。
それについてアメリカ側は
「生まれるはずであった何百万人もの日本人を我々の手で葬り去った」と豪語していた。
そのとき布かれた悪制度が今も残るため、日本は先進国の中でも最も堕胎の禁止が緩い。
反日左翼は絶対にこれに触れないが、堕胎規制の緩さも少子化の原因のひとつとなっている。

台湾の日本統治時に近衛師団長として任に当たった北白川宮能久親王は、
外地で亡くなった唯一の皇族であり、当時台湾にあった約二千の神社・神宮のほぼすべての
「御神体」になっていました。
しかし、のちに中国軍(蒋介石)の占領に伴い、すべての神社が破壊されました。
今も本省人(元々の台湾人)の古い家では、明治天皇と共に北白川宮の御真影を祀るところも多く、
ちなみに、竹田恒泰氏はその両方の玄孫にあたる。
 
日本はそういうことを「やられた」ことはあるけど、やったことはない。
他国では当たり前のことが、日本では当たり前じゃなかった。
むしろその逆のことをしてきたから、台湾人は日本人を尊敬している。


それが言いたかったの。







そうなんです。

これを見ると、ほんとうによく解る。
日本人と西洋人の違いが。
神道とキリスト教(一神教)の違いが。

奴隷への扱いの酷さ。
差別意識のすごさ。
宗教弾圧のすごさ。
競技の残虐性。
人の命の軽さ。
刑罰(処刑)の残忍さ・・・

そんな世界で必要とされて生まれた宗教が
日本人に必要なわけない。

世界で一番、日本がキリスト教の布教が困難だった理由がよくわかる。

だって、必要ないもんね。
日本人には「思い遣り」と「分別」が備わってたからあんな「戒律」は要らないもの。


だからね。
もっと日本人は、日本神道を大事にしようよ!!

だって、キリスト教とも、どの国の宗教とも、
出発点から違うんですよ。 わが日本の神道は。
わたしたち日本人は。

日本人の中心にあるのは、やはり神道と日本仏教なんです。
そのどちらも、皇室は大切に守ってきた。

それは、日本以外、どこにもない。
日本人以外、誰も知らない。

その心を完全に失っていないから、
そのおかげで、
わたしたちの日本は、今、こんなに幸福な国でいられるのです。




追記:ローマ人がいかに残虐だったかを示す資料(※閲覧注意)

http://fukayomi-asia.net/tortures-ancient-rome/


いや、 けっして映画を批判してるんじゃないの!
映画は素晴らしい と思ってます!! ホント。

知らなかったけど、何でも去年?新しくリメイクされたそうだけど、
そんなのど~でもいいんです。
この映画はこれがいい。 断然。 何度見ても飽きない。
見れば見るほど新しい発見があるし。

いろんな意味でこの映画は奥深くて、当時も、今も、色褪せない名作・傑作です。

わたしが特にこの映画で好きなシーンは、
ユダの元親友であったライバルのメッサラが、ユダへの復讐のため、ユダが愛する母と妹を
3年間も日の当たらない牢獄に閉じ込め、そのため死病であるライ病を罹い、牢獄からもゴミ
のように放り出され、美しかった二人の容貌は見る影もなくなってしまい、何しろ怖ろしい感染病
なので、愛するユダに変わり果てた姿を見せたくない、ユダに移したくないという気持ちから頑な
に救済を拒む母親と妹を、ユダが、ためらいもなく強く抱きしめるシーンです。

わたしにとっては、もう、このシーンを見るためだけに長い長い時間をじっと我慢して待っている
・・・ようなもの。 (超大作だからインターミッション付きで全部見るのに4時間くらいかかる…)

あ、でも、もうひとつあった!
その、幼馴染で親友だったはずなのに、ちょっとした誤解からユダをとことん憎む宿敵、メッサラが、
ほんとに、とことん、とことん、卑怯なあの手この手でユダを苛め抜き、最後の最後にレースで大負
けして、ボロッボロのズタズタの瀕死状態で、医者から「すぐに足を切らないと死にます!」って言わ
れてるというのに、「ダメだ!あいつに惨めな姿を見せるわけにはいかない」って、ど~見ても完全に
負けてるのに、それでもユダが来るのを待ち、最後の最後までユダに突っ張って憎まれ口を叩く。 
それでもユダが、死にゆく元友を見ながら最後の良心を振り絞ってメッサラを許そう・・・と思っている
はずだったのに、そんな仏になりかけてたユダに対し、
「ふん、お前はもう終わったと思ってるだろうが、そうはいかない。
俺はまだ負けちゃいない。まだ終わっちゃいない。
お前の母と妹は死んだと思っているだろうが、違う。二人は生きているぞ。
何処だと思う? ふふ、二人は死の谷にいる。(死病に罹った人たちが捨てられる場所)
(どうだ!辛いか?くやしいか?俺が憎いか!!←すでに声にならない) 」
それを聞いたユダが、残酷な告白にショックを受け、顔を歪めて苦しむ。
ユダが自分への憎しみに身悶える様子を見て、満足そうに息を引き取ってゆくメッサラ・・・

おお、それって、まさか、まさに、「愛」じゃないか!!
なんだ、こいつ、あれは全部愛だったのか・・・ と大人になってから気づく。
こんなに深く、こんなに哀しい、ここまで不毛な愛の表現があっただろうか・・・!! 
って世界なんです。

気になった方は、どうぞ改めてご覧ください。


う~~ん、 深いです。




後編 だけど・・・ 何語?



※わたしが書いた部分を堪能したかったら、
①メッサラの歪んだ(叶わぬ)愛の確執の場面・・・は、
 22分すぎからのユダとメッサラの戦車レースの死闘からご覧ください。
 戦車に轢かれてメッタメタのメッサラのダメージ度合がよく理解ります・・・
 あの状態であの悪態のつきよう…ったら、
 この映画の奥深さを支えている伏線は、この男優の狂おしいまでの不毛な愛の表現力・・・
 だったのかと、 こっちに主演男優賞あげたいわ!! って真剣に思う。

②ユダと家族の愛の抱擁シーンは、42分すぎくらいから。
 変わり果てた姿を「見ないで」と哀願する母と妹に会うのを我慢していたユダだったが、
 「ユダヤのイエスに遭えばきっと救われる」という恋人の言葉を信じて、
 死の谷へ母妹を連れ出しに行く・・・
 あとで出て来る「キリストの奇跡」の感動シーンより、わたしはこっちのシーンに感動する。





。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。







おまけ







あぶない! あぶない!!  
ホント、反天連はいろんなとこから仕込んでくるよね!
まさかと思うけど、こんなのに釣られちゃだめだよ!
日本人ですらよく解ってないのに、もっと何も知らない海外(白人や特アたち)の
勝手なイメージと自分らの価値観からしか思いつかないトンデモ意見なんか聞いちゃダメっ!!




虎の門 【有本香×竹田恒泰】 譲位に伴う新元号について
<2017年1月12日> 【報道三郎・保守論NEWS】



















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今日の金曜ロードショーは「風の谷のナウシカ」 

     


ここから始まった本日のツイート   …の一部。



今日はナウシカ見ようね!!

そして、
あの「腐海」の意味と、
裏設定(原作)にある
「ナウシカは10番目にしてやっと育った一人娘」
・・・だという意味も考えてほしい。


今の中国… のことじゃなく、 
これからの日本のこととして。


神々の住む大和島根が腐海にならないように…

止められるのは、わたしたち日本人しかいないから






経皮毒 ~ 神様からのギフト
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-129.html
より~


女性は月経や出産によって毎回 デトックスすることができる。
とくに妊娠出産はその最たるもの。
つまり、自分が溜め込んだ「毒」を、
我が子に背負わせ産み落とすことでデトックスするのです。


風の谷の王の娘ナウシカは、
11人目にしてやっと育った子供なのです。

五体満足な健康なナウシカを産み落とすまで、
母親は実に、10人分ものデトックスをしなければならなかった…
腐海の毒を溜め込んだ身体を清めるために。

そういう重く哀しいカルマを背負った娘として あの作品は描かれています。





あなたは、
生まれ変わるなら、もう一度日本に生まれ変わりたいですか?


そのとき、日本は今のように美しいと思いますか?





ある意味ナウシカは、
過酷な環境の中での「勝ち組」なのかもしれない。

それでは、
それでもあなたは、ナウシカに生まれ代わりたいですか?

ナウシカのように、
自分の生のために10人分の、10代分の犠牲を背負って生きたいですか?




母を穢すということはそういうこと。
大地や海を穢すということはそういうこと。



腐海は毒を吐きながら、その下には清浄な空気を作っていた…

でも、
自然が自浄するのは人間のためじゃない。




自然を穢した人間は
自然が自浄するための毒からは逃げられない。

自然を殺した人間に救いなんかない…




人間が捕食する食糧も、人間の肉体そのものも、
もはや自然が自浄するための「触媒」でしかない。


人間が生き延びるためには、
滅びた文明を捨て去り、食い尽くされた肉体を捨て去るしかない。





映画ではハッピーエンドのように終わっているけど、
原作では、本当はもっと過酷で、
人間として救いのない現実がそこには描かれている。


人間が人間らしく生きることを拒まれる世界。


それを作り出すのは、まぎれもない、
今を生きるわたしたち・・・









※映画だけじゃ解らないかもしれない。
 これは原作を読んで思った わたしの勝手な解釈です・・・




。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


PS. ナウシカ見終わった。
















深いよね。

わたしは、たとえば、日本人が伊勢の式年遷宮をずっと続けていけたら
地球は大丈夫な気がする。
だって神様には毎日毎日、清浄な水と、清浄な素焼きの器(土)と、
清浄な海の幸、山の幸、里の幸の御供物が必要だから。

それができるうちは大丈夫。

でも、それができなくなった時、
神は姿を変え、
この世は巨神兵に覆われるんだと思う…






映画『海賊と呼ばれた男』 は、原作者の意図を誠実に描いた、日本人の日本人による日本人のための映画でした。



<映画『海賊と呼ばれた男』の感想> その① 

映画『海賊と呼ばれた男』 は、
原作者 百田尚樹氏の意図を誠実に描いた
日本人の日本人による日本人のための映画でした。




敗戦後の焼野原の中で、一人、GHQや 日和見左翼官僚たちと戦い、
”日本人の誇り”を貫き通して日本の経済復興を支えた出光佐三と、
彼の信念を支えた ”日本人”の魂 を描いた 超大作!!


  ↑  ↑ わたしが勝手に作った煽り帯・・・  開いて見てね!



映画「海賊と呼ばれた男」を見てきました。
最初は一人で。そして正月に娘と見に行きました。
一人で初めて見に行った時も感動しましたが、やはり、
同じ感性で感動を共有できる相手と一緒に見に行った方が、より感動を味わえますね。

映画館を出て、何よりまず語りたかったのは、映画冒頭のシーンです!!
これだけで、娘と帰りの車の中で30分は語り合いました。
その後、寝るまで、そして次の日も、娘と熱く語り合いました。
今回は、その一番語りたい部分だけに絞って書きます。 

もう公開されてだいぶたったからネタバレしてもいいかな?

もし、まだ見てなくてネタバレが嫌だったら、ここで回れ右してね!!


なんと言っても、秀逸だったのは、あの冒頭の描写です。
この映画の感想の第一弾は、ここさえ語り尽せれば満足です。
禍々しい轟音と共に暗い夜空に現れたのは、黒い、黒い、あのB29です。
そう、あの東京大空襲のシーンです。

でも、それは、ただの、これまでの東京大空襲の描写とは違いました。

たった数分、その中のほんの数十秒ともいえるあの描写は、
あの視点で、あの角度で、あそこまで徹底した「日本人目線」でのリアルな描写は、
おそらく映像としては初、
映画としても、テレビドキュメンタリーとしても、おそらく映像であそこまで「リアル」に描写したものは
初めてだったのではないでしょうか?

それは、ただ「戦争の被害」を描いただけではない、ただ「大空襲」を描いただけでもない。
わたしは、あの数秒の映像を見た時、はっきりとこう思ったのでした。

「そうだ。 これこそが、アメリカが日本にしたことだ!」  と。

あらためて、はっきり解りました。

日本軍の「ゼロ戦」は、戦闘のための兵器です。
つまり、「戦う」ための兵器です。

しかし、米軍のあのB29の焼夷弾は、「戦闘」のための兵器なんかじゃない。
あれは、あきらかな、ただの 大量殺戮 のための兵器 です。

兵士と兵士が戦うための兵器じゃない。
兵士を殺すための兵器でもない。

あれは、最初から、
民間人の大量虐殺を目的とした殺戮兵器だったのです。

もちろん、それは今初めて知ったことではなく、頭ではとっくに解っていたことでした。
しかし、あの映像を見るまで、本当にリアルな実感がなかったことに、わたしは気づいたのです。

おそらく、他の大多数の日本人もそうであったと思うのです。

「たった一晩で10万人の人たちが亡くなった」(本当はたった2時間で12万人) とか、
「B29が東京を焼きつくし、焼野原にした」 
という知識は誰にでもあっても、
「焼野原」になった無残な情景を写真や映画などで見たことはあっても、
それだけでは、実は日本人は、本当は何も理解してなかったのではないかと思ったのです。

あの現実を、あの「惨劇の真実」を、本当は何も解っていなかったのでは… と。 

あの映像を見るまでは。

たしかに、研究し尽くされその性能を凌駕されるまで、
日本の「ゼロ戦」は米軍にとてつもない脅威を与え、兵士を怯えさせ、トラウマを与え、
米国に恐怖といえるほどの打撃を与えました。

それは、自分らの優位を疑わなかった米国にとって、看過しがたい屈辱だったでしょう。

なんとしても日本を負かしたい。
なんとしても、あの叩いても叩いても歯向かってくる日本軍の士気を打ち砕きたい。
はっきりいえば、日本兵に自分たちが受けたようなトラウマを与えたかったのです。

日本兵が戦闘意欲を失わせるほどのトラウマを。
自分たちにひれ伏すほどの屈服感と絶望感を

そして、考え出されたのが、
あの東京の、民間人(兵士の家族)をターゲットにした虐殺計画です。

つまり、米国は、
日本兵に「ゲーム」で勝てなかったからといって、
その意趣返しに、日本兵の足に噛みつく…どころか、(それでも恥ずべき行為なのに)
それだけでは飽き足らず、 日本兵の親兄弟を皆殺しにしたのです
                  ※正確に言えば「母・妹・娘たち」

「わかったか!日本兵よ、オレたちに歯向かうとこういう目にあうんだ」
ということを示すために、
彼らは国で家を守っている無抵抗な家族(女子供)を焼き殺したのです。

それも、目暗撃ちで殺せる量じゃなく、
より多くの打撃を確実に効率よく与えられるよう、
日本人を文字通り徹底的に叩き潰すためだけの計画を立てて、無辜の民を大量虐殺したのです。

つまり、あれは、突発的な激情からたまたま軍規を逸脱した「過ち」なんかではなく、
用意周到に、国家レベルで、試行錯誤までしてち密に計算された、
いかに日本人をいかにたくさん殺すかだけを考え抜いた
人類史上最も卑劣で最も残虐な行為・・・ それが「東京大空襲」です。


その「現実」が、あの数秒の描写ではっきりと解りました。

日本人は、あまりにもぼやっとしかあの現実を認識してない。
そんなことじゃ甘い。 日本人は甘すぎる。
日本人は知らなさすぎる。 

これが現実だ。
これが、アメリカが日本にやったことだ。


百田さんの叫びが聞こえてきそうでした。

わたしは、あの冒頭のシーンを見ただけで、
ああ、この監督は、「永遠の0」のときもそうだったけど、
本当に百田さんの気持ちや意図を理解して、本当にそれを忠実に、誠実に描こうと、
本当に日本人目線で、日本人の日本人のための日本映画を作っているんだな・・・と思いました。

わたしは、それだけでも、この映画を見る価値があると思いました。


「東京大空襲」への百田さんの思い・・・それは、
かつて「たかじんのそこまで言って委員会」に出た時のこの映像を見れば解ります。
  ↓      ↓ 
『 百田尚樹 東京大空襲は大虐殺だ! 』
【2014.03.09】
https://www.youtube.com/watch?v=kmf6AvA5riE
(※東京大空襲についての語りは動画の8分くらいから)

https://www.youtube.com/watch?v=pUTD7RKe6CI
(続きです。反日左翼代表の田嶋陽子氏と百田氏の不毛なバトルが展開されています)

ただ、①の動画中でも百田さんが言っておられるように、
何も、こ「の真実を日本人は知るべき」だといっても、それは、
どっかのお隣みたいに、米国人を憎むとか、謝罪や賠償を求めるためではありません。

そのために知るのではなく、
左翼たちが言うような単純な戦争の被害とか悲惨さ…とかいうことではなく、
彼らと戦争するということは、
戦争に負けるといういことは、こういうことなのだ
ということ。

つい半年前までジェントルな仮面をかぶっていた欧米人や隣人たちが、
じつは、日本人には想像もつかない、
日本人の考えや感性では到底思いもつかないくらいの、
「日本人にはない残忍さや冷血さ」を持っているということを知ることです。

これが現実なのだ と。
これが、他国から侵略されるということなのだ と。
これが、戦争に負けるということなのだ という認識が、日本人はあまりに希薄で足りない

その危機感を百田さんは訴えているのです。

裏を返せば、戦後左翼は、
「戦争反対」だの、「戦争の過ちを繰り返すな」だの、
「これが戦争の犠牲」と言うが、
彼らは、その実、まったく、全然、本当の現実を語ってこなかった。

日本人が本当に知るべき現実を、
日本人が受けた残虐な仕打ちを、本当の犠牲を、彼らは見事に隠し続けてきた。


ただ、「日本軍が悪い」と言うために。

そのために、
本当の日本人の犠牲は蔑にされ、覆い隠され、
沖縄や原爆以外の日本人が犠牲になった「東京大空襲」や日本各地の空襲被害は
あきらかに過少認識されてきた。

それじゃあ、いかん!!

日本人はもっと知るべき。 
この現実を。 
敵国の卑劣さと残忍性を


この現実を正しく受け入れないままの「国防論」など意味が無い。

そんなだから、
「中国はけっして侵略などしてこない」 
などという寝言が言える(信じられる)のです!!




と、百田さんは言いたいのだと思います。

それを、 その心を、
あの数秒の冒頭シーンが的確に効果的に表現していたと思うのです。




何度でも言う。

「永遠の0」でも書いたけど、
この映画は、
日本人の、 日本人による、 日本人のための映画です。

山崎貴監督、そして、制作に携わったすべての人たちに、日本人として心から感謝したい。
そういう映画でした。

もちろん、
わたしたちに日本人の心と誇りを思い出させてくれた原作者の百田氏にも、
心からの感謝と敬意を。





「日本万歳!!」っていうシーンがなかった・・・ことへ百田さんは残念がっておられましたが、
わたしは、原作を読んでましたが、そのことにはあまり違和感を感じませんでした。
そりゃああった方がよかった(事実なんだし)とは思いますが、
そこが、良くも悪くも「日本(天皇陛下)万歳」アレルギーなのかな~と思いました。
つまり、
もしかしたら、原作どおりに「日本万歳」のシーンを撮っていたかもしれないけれど、
もしかしたら、編集の段階でカットされたか、または、脚本の段階で修正されたか、
もし、そうだったとしたら、おそらく、
「さすがにこれを入れたら、そこだけピックアップされて突かれるだろうな」
という懸念があったのかも・・・と思うのです。

つまり、これまでの戦争映画に見られるような「天皇陛下万歳!」なら、
それはいい意味での愛国心の発露としてではなく、悪い意味、つまり、
「軍国主義に洗脳された日本の民族主義の恥部」としての表現だったからOKだったわけで、
山崎監督(百田氏)が表現したかった「愛国心の発露」としての表現としては、
まだまだ日本にはそれを(旭日旗のごとく)アレルギー反応を起こす輩がいるってことです。

あえて、そういう争いを避けようとしたのか?
はたまた、こだわりの「社歌」を印象づけるために
あえてカットしたのか・・・それは解りませんが、
映画全体の作りを見ても、けっして、百田さんが心配されてるようなことはなく、
「自分の会社のためだけ」に社員は尽力してたんじゃないということがちゃんと伝わっていたと
思います。きます。
そこさえ見る人がちゃんと受け取ってくれれば、作品の主旨は伝わると思います。

ただ、たしかに、それを正直に、何のしがらみも無く映画に入れられるようになりたいものです。
まだまだ、日本映画界には重い足枷が残っている・・・という現実が垣間見れたような気がします。



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


<関連記事>

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映画『海賊と呼ばれた男』 ~戦後の復興を支えた「日本人」の生き様を描く超大作!



12月10日公開!! 
映画『海賊と呼ばれた男』
~戦後の復興を支えた「日本人」の生き様を描く超大作!


 
敗戦後の焼野原の中で、
一人、GHQや 日和見左翼官僚たちと戦い、
”日本人の誇り”を貫き通し、日本の経済復興を支えた
出光佐三と、
”日本人”の魂 を描いた 超大作!!


(勝手に煽り文句作りました  m(_ _)m )



【海賊とよばれた男】映画 あらすじ 〈浜村淳・映画サロン〉




百田尚樹本人が「海賊とよばれた男 映画の見所を語る!




映画 「海賊と呼ばれた男」

主演:岡田准一 × 監督:山崎貴
国民的大ヒット映画『永遠の0』チームが再集結!
420万部突破の大ベストセラー、完全映画化

明治・大正・昭和の激動の時代を舞台に、名もなき一青年から身を興し、やがて戦後の日本に大きな
勇気と希望を与える大事業を成し遂げていく主人公・国岡鐡造(くにおかてつぞう)の姿を描いた
「海賊とよばれた男」(百田尚樹著/講談社文庫)。
この実話を元にした壮大な大河エンターテインメントは、2013年に第10回本屋大賞を受賞、現在までに
上下巻累計発行部数420万部を超える大ベストセラーとなっています。

そして、本作の映画化にあたり、2014年年間邦画興行収入ランキング第1位に輝いた国民的大ヒット
映画『永遠の0』のチームが再集結!メガホンを取るのは、『永遠の0』をはじめ、『ALWAYS 三丁目の
夕日』シリーズ、『STAND BY MEドラえもん』など、これまでに多くの感動作を生み出してきた稀代の
ヒットメーカー・山崎貴。
主演の国岡鐡造役には、第38回日本アカデミー賞にて、男優では史上初となる最優秀主演男優賞
(『永遠の0』)最優秀助演男優賞(『蜩ノ記』)のW受賞の快挙を成し遂げた岡田准一。
さらに、これまでの山崎監督作品を彩ってきた吉岡秀隆、染谷将太、堤真一といった実力派俳優陣
に加え、本作で初参加となる綾瀬はるか、鈴木亮平、小林薫など、日本映画界を代表する豪華キャス
トの競演が実現。

あの時代、誰よりも“日本人の誇り”を追求し、“海賊”とよばれ恐れられた国岡鐡造と、
彼を支える仲間たち、そして最愛の妻との絆が織りなす重厚な人間ドラマが、この冬、
今を生きるすべての日本人に感動と勇気を与えます。



https://www.toho.co.jp/movie/lineup/kaizoku-movie.html

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「海賊と呼ばれた男」のモデル が亡くなったとき、
昭和天皇が初めて一般人に向けて歌をお詠みになった。
  より抜粋転載~

                  


永遠の0 作家・百田尚樹氏 VS 衆議院議員・西村眞悟

※件の話は、動画の26分すぎから・・・









昭和偉人伝 出光佐三















※動画最後に昭和天皇の御製あり。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

店主出光 佐三、逝く (出光興産HP)
http://www.idemitsu.co.jp/100year/idemitsu_history/1974_1984/1981.html

1981(昭和56)年3月7日、出光興産創業者出光 佐三は、満95歳にして天寿を全うしました。
4月2日、東京・芝増上寺で1万人を超える方々の参列のもと、盛大に社葬が執り行われました。

昭和天皇は、「出光 佐三、逝く」として、
「国のためひとよつらぬき尽したる きみまた去りぬさびしと思ふ」
と詠まれました。

(昭和天皇御製集「おほうなばら」より)

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


国のため
ひとよつらぬき 尽くしたる
きみまた去りぬ
さびしと思ふ


(出光佐三逝く 三月七日・先帝陛下)

昭和の国難と言われた大東亜戦争。
先帝陛下の「ご聖断」で終戦となったその2日後の昭和20年8月17日、
出光興産店主、出光佐三翁は社員20名を前に次のように訓示します。

「愚痴をやめよ。世界無比の三千年の歴史を見直せ。そして今から建設にかかれ」
「泣き言をやめ、日本の偉大なる国民性を信じ、再建の道を進もうではないか!」


http://blogs.yahoo.co.jp/meiniacc/46104983.html より抜粋転載









。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


ウサギ   ウサギ   ウサギ


「永遠の0」にしても、「海賊と呼ばれた男」にしても、
あそこに主人公として描かれた「日本人」は、何も特殊な、特別な、
「奇跡のような聖人」 ・・・ではないのです。

あれが「日本人」なのです。


外国人たちは、東日本大震災のときの日本人被災者たちの映像を見て、
「日本人一人一人がまるでキリストのようだった」
とか、
「まるでブッダのようだ」と言ったそうです。

そのくらい、日本人の振る舞いが「衝撃的」だったそうです。
日本人としては当然のように思えるあの振る舞いが。

日本人にとっては、「え?そこまで?」 と思うでしょ?
「みんなやってることだし、やらなかったら恥ずかしいでしょ?」
って思うでしょ?
それは「日本人」だからなんです。

外国人は「みんなやってない」ことだから。
むしろ真逆なことこそ「みんなやってる」ことだから、
あの「日本人」の行動は、奇異で、感動的なんだそうです。

それは、日本以外の社会、日本以外の宗教観念においては、
そういうことができるのは「唯一絶対の神」であって、
ごく稀に現れるそれに近い存在が「聖人」であって、
「神」の代わりに、「愚かな人間」の手本や道標となるために存在したのが
「キリスト」や「ブッダ」だということなのです。

皆そうではないから、あれは理想だから、人間は皆愚かで弱いから「それ」を目指している
・・・というのが、日本以外の国では普通の観念なんだそうです。

でも、日本は違う。
日本人は違うんです。

そりゃあ100%じゃあない。
でも、外国人が思うような「たった一人の聖人(ヒーロー)」じゃないんです。


日本の中にいると、毎日毎日マスコミから聞こえてくる
「日本人のモラルは地に落ちた」ような、「日本はもうダメだ」みたいな
そんな「残念な日本人像」ばかりがクローズアップされがちですけど、
外国人目線から見たら、日本はぜんぜんマスコミの意見とは違います。

日本人はそんな情報ばかりを聞かされ続けてきたおかげで、
すっかり自信喪失し、自分を卑下してしまいがちですが、ぜんぜんそんなことはありません。

マスコミが、
左翼教育がわたしたちに思い込ませていることは、真っ赤な  です。

その証拠に、普段は忘れているかもしれないけど、
うっかりマスコミに洗脳されて「ダメだ~」って思っているけど、
すっかりマスコミに洗脳されて「真面目なんてカッコ悪い…」って、つい悪ぶっているけど、
いざというとき、日本人はやっぱり「日本人」になってた。

それが、あの、欧米人が「キリストのようだ」と驚嘆した、
「当たり前の日本人」の姿でした。
日本人は、普段は忘れ果てたように見えても、まだやっぱり「日本人」なのです。


「永遠の0」が世に出たとき、百田さんのところにいくつも便りが来たそうです。

「ああいう、宮部久蔵のような上官は本当にいました」
「わたしも、ああいう宮部のような戦友を知っています!」
 ・・・と。

当時を実体験した人たちがあれを読んで思い出し、それを語るようになったということです。

その思いは、百田さんと同じなのです。

本当の日本人の「真実」を、今こそ、若い人たちに語らなければ、と。
わたしたちだけが知っている「本当の日本人」のことを伝えなければ、と。


「あれは物語のヒーローなんかじゃない」 
「昔は、ああいう日本人がたくさんいたんだ」 と。


「それが 日本人だ」 と。




出光佐三のような「日本人」が、たった一人だけだったら、
たった一人の考えや力で、ここまで「人」が動いたでしょうか?

宮部久蔵のような「日本人」が、たった一人だったら、
たった一人の考えや力で、あそこまで日本は潔く戦ったでしょうか?



あれが「特殊」で「稀」な存在だったとしたら、
日本人は「神風」と呼ばれ、敵国人からも尊敬されたでしょうか?
戦後日本がここまで驚異的に復興できたでしょうか?

陛下が御製に詠まれたような「立派な日本人」はたくさんいたのです。


かれらは、「たった一人のヒーロー」じゃない。

わたしたちすべての日本人が「日本人」だったから、あの奇跡的な復興は成し遂げられたのです。


陛下はそれを知っておられた・・・
国民を信じておられたのです。

だから、陛下は、
「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び・・・」 と仰せになったのです。


「とても耐えられないことだが、耐えていこう。
とても忍べないことだが、それでも忍んでいこう・・・」


「わたしは信じている」 ・・・と。


 

そして、そのとおり、

国民はとても耐えられないようなことを耐え、忍び難いことを忍んで、
外国人から想像もつかないほどの精神力と向上心で道を切り開いてきました。

絶望のどん底からも、懸命に、自分に与えられた責務に身命を賭し、
自分のためだけではなく、
自ずと ”世のため人のため” に生き、
焼野原だった日本を見事に復興し、今日の平和と繁栄を築き上げました。

それが日本人なのです。



でもそれは、ただの「成功」じゃない。

日本人だけの「価値観」による成功なのです。


日本人にしかできないやり方で、
日本人にしかできない発想で成し遂げた成功なのです。


戦後、日本は、確かに「拝金主義」に傾いていった。
確かに「近代合理主義」や「利益第一主義」に染まっていった。

でも、それは、本来の日本人の価値観とは違うのです。

どんな時代であっても、日本人の全員が全員、それに染まった訳じゃない。

日本人全員が、これまでの価値観を捨てたわけじゃない。


戦後の復興の本当の本当の底力、根本的理念は、
ただの「拝金主義」ではない。
ただの「利益第一主義」じゃない。

それが「社会問題」になったほど、
それが「批判対象」であったほど、
それは、本来の「日本人」にとって抵抗があり、異質なものだったのです。


左翼は、その部分はけっして語らないけれど、

あの復興は、確かに、

他の誰にもできない方法で、
日本人にしかできない価値観によって「成功」を収めたものなのです。



それがわが日本、 われわれ日本人なのです。



わたしたちは、今、
それを思い出し、取り戻そうとしているところなのです。





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★日本ほど素晴らしい国は世界中のどこにもないだろう ~ アーセン・ベンゲル


”日本ってほんとにどんな国?”
新聞・テレビ・学校ではあまり教えてくれなかった「日本」についてもっと知りたいと思った人へ~
★子供たちにぜひ聞いてほしい 日本の話※日本について、日本人について学ぶためのまとめ記事です。



★左翼新聞が必死に鎮火を図る <日本礼賛本>ブーム!! 
※こういう「日本礼賛」記事には必ず、それを否定したり警戒するよう諭すコメントが来るけど、
 日本人が自分の国を「いい国」だと言って何が悪い?
 なぜ日本だけ、自分の国を「いい国」だと言ったら悪い?
 もう、そんな「工作」にもう流されてはいけない! 目覚めよ!日本人。

★海外「日本人は強い」 「尊敬せずにはおられない」
 ~震災後に投稿された感動ツイート集に外国人が涙・・・


  
★竹田恒泰 対談 「日本はなぜ世界で一番人気があるのか」

★「永遠の0」作者 百田尚樹が国防軍・憲法改正の反対者に物申す!!

★「命をかけて愛する国の為に戦った彼らを誰が馬鹿に出来るというのだろうか?」  
  ~ 神風特攻隊についての海外の反応 と 百田尚樹 『永遠の0』


★映画「永遠の0」を見て来ました! 
日本映画、戦争映画にはめずらしい、左翼思想の全く入らない、百田氏の思いを裏切らない、
まっすぐな日本人のための映画でした!

★百田尚樹「永遠の0」 もう一回見てきました! 

★宮崎駿監督「風立ちぬ」 ③ この作品が最後に われわれ現代日本人に伝えたかったもの・・・

★「祖父の軍歴を知りたい」 厚労省に問い合わせ請求3割増 「永遠の0」の影響か?

★「立派な天皇」は国民の鑑である ① 




ドラマ版があまりに酷くて映画「永遠の0」の素晴らしさを再認識しました。 ②            田中泯の影浦の演技に心打たれた件

   
                           
さて、「ドラマ版があまりに酷くて映画「永遠の0」の素晴らしさを再認識しました。①」の続編です。

前の「TVドラマ版「永遠の0」はまるで韓国人のドラマみたいだった! ②」にも少し書きましたが、
映画版の演出に中でもっとも特筆すべき田中泯演じる影浦の名シーンについて語ります。

そして、ドラマ版の「日本人として絶対おかしい」違和感を説明します。


わたしは映画で、田中 泯が演じた影浦のあのシーンの神がかった演技、いや、
「影浦という人物の心」に胸打たれました。
カメラワークを駆使した
「宮部さんの機を絶対に守る!」 云々・・・という名セリフのシーンです。

あの場面は、原作以上に感動しました。
あの場面だけを何度もリピしたいくらい、
あの場面をもう一度観たいがために何度も映画館に足を運んだと言っても過言でないくらい、
あの映画の中であそこが一番好きです。

あの台詞、あの目力、あの気迫・・・、
それは俳優としての気概、プライドが、ビシバシと伝わってくるものでした。
そして演出家としても。

あの場面、あの演技のおかげで、
影浦が抱く「宮部」という人間の生き方への憧憬、敬意が顕されていたと思います。

そして、同時に、その影浦の心情を通して、
宮部という男の生き方は、日本人にとっての普遍的な価値を持つことを、
その尊厳は日本人にとって、何人も冒し難いものであることを暗に示していたと思います。
そういう日本人の価値観というものを。

それほど大事なメッセージがあそこには込められていたとわたしは思います。


自分とは真反対だった宮部に反発しながらも、心の底では惹かれ、
それを認めるのが嫌で宮部を憎もうとしたが憎み切れずに苦しんでいた影浦の情の深さ。
あれほど反発しながら、それでも、宮部という存在の貴重さ、尊さをきちんと認めていた
影浦の真の人間性、真の気高さ。
それが、尊いものを尊いと認める心、貴いものを自然と貴く扱える心・・・
日本人に共通する自尊他尊の精神である「他を尊ぶ」心であると教えてくれます。

たとえ尊い存在に出会っても、自分に尊い心がなければ、
尊いものを認める心がなければ、それを貴重なものとして認めることも、大切にすることもできない。
それを認めることができることこそ、その者が気高い心を持っている証拠だと思うのです。

それと逆に、自分が卑しい心しか持っていないと、
たとえ尊いものを目にしても、賎しい目でしか相手を見ないし、賎しい対応しかできないと思います。


簡単に言えば、

「育ちの良い、素直で、真面目な人間だけじゃなくて、
育ちも良くない、皮肉れてやさぐれた人間でさえ、
貴いもの、尊いものを見極め認める心を持っている・・・それが日本人だ」
ということを、この影浦という人物の描写から感じ取ることができるのです。

とくに、あの台詞です。
あの鬼気迫る迫真の演技、渾身の名セリフです。

宮部を失う瞬間にやっとその存在の重さ尊さに気づいたことへの後悔と、
それを埋めようとしてこれまで生きてきた影浦の人生の慟哭を一瞬で垣間見ることができます。

影浦という人間の本性の気高さが見事に表現されていました。

つまり、かれはただのヤクザじゃない。

チンピラの親分・・・などではないのです!
昔の任侠映画でいえば、たとえば「昭和残侠伝」の高倉健のような?
たとえば池部良のような? そんな存在だと思います。

なぜ彼がヤクザに身をやつしたかが原作の方には語られています。
しかし映画にはそういう心境や経緯は一切語られていないけれど、
たしかに彼が、ただ世の中に迷惑をかけるだけの暴力団ではないということが
あれでわかります。

それは、そういう演出であり、俳優のオーラであり、
その俳優、ああいう演出を選んだ制作者たちの
原作の真髄を伝えようとした明確な信念の表れであると思います。




それに比べて、ドラマの方のあれはなに??

日本のヤクザを馬鹿にしてるの?

あんなの本当のヤクザじゃない。
あの時代の、本物の日本人ヤクザはあんなんじゃない!
あれはただのチンピラです!
しかも、薄汚い感まである・・・ 少なくとも、「気高さ」というものがない。
出てきた瞬間にテレビ消したくなりましたよ!

たとえヤクザに身をやつしても、日本人ならあんなことしない。
お金を、
あんな風に相手にお金を「ぶつける」なんて下劣なことは、日本人の感覚ではない。
しかも、あんなシュチュエーションで、
恩人の、自分が「愛する」男の妻にお金を「投げつける」行為をするわけない!

どこが「原作に忠実」なのか?

たしかに無駄なところは忠実だった。
どうでもいいところだけに忠実なだけで、
こういう肝心なところは勝手に解釈を変えているとしか思えない。
原作の意図を、映画製作者の矜持を貶めているとしか思えない。


あのドラマの設定はおかしい。
まったく原作と違います。

影寅は、ずっと宮部の妻のことを気にかけていたはず。
ずっと松乃を探していたはずなのです。

そして、ついに情報を掴んだのでしょう。
どこぞのチンピラやくざに無理やり手篭めにされ囲われていると・・・
そして、乗り込んで行った。
偶然なんかじゃないはずです。
松乃が見た「殺人」は、ただの暴力団抗争ではない。
宮部の妻を救い出すために影浦が意図的に行った「出入り」のはず。

なのに、ドラマのあの演出は、
まるで、出入り抗争中の現場で「たまたま松乃を見つけた」ようになっている。
松乃にいやらしく刃を向けているのですから。 (あれはない!)
たまたま・・・? 
宮部が持っていた写真を一度垣間見ただけの記憶で、
やくざの情婦を切り殺そうかと思った瞬間、一瞬顔を見ただけで、
瞬時に思い出して「これが宮部の妻だ」となぜ分かる?

もし、そうなら、仮にそういう設定だとしても、予定された出会いでないなら、
なおさら、今、刀を向けた非礼を、無礼を詫びる気持ちも顕さなければ不自然では?
せめて自分の行為に恐縮し、もう少し態度を和らげて、丁寧に敬意をもって対応するのでは?

なぜあそこで数枚の札を「投げつける」?
なぜ投げつける必要があるのか?

原作では、「生きろ」と、「財布を投げた」とあります。
生きるための命銭なら、あらかじめある程度用意してきたはずでは?
ドラマのように、抗争に出向いてきたときたまたま持ってた財布の中のお金じゃ
ぜんぜん足りないのでは? 
それともあれは「これでちょっといいものでも食べろ」と?お小遣いをやったと?

あの態度は完全に馬鹿にしている。 完全に相手を侮蔑し、見下している。
宮部の妻に対してあれはない。


それに、なぜ原作では「財布を投げた」のか?

それは、日本人なら当然こう考えるでしょう。
というか、あまりに当たり前なので気が付かないだけだと思います。
お金を裸で渡すのは「失礼」だと思うのが日本人では?

かといって、あの場合、わざわざ用意してきたかのようにのし袋に入れてるのもおかしいから、
(影浦は最初から松乃に本性を明かす気はない)
だから「財布ごと投げた」のでしょう。

おそらく、ドラマの制作者は、その「投げた」という言葉だけから連想したのでしょう。
そして、日本人でない発想から、ああして松乃に「ぶつけた」のでしょう。
かれらにとって、「投げる」も「ぶつける」も大差ないのでしょうが、
でも、日本人にとっては違います。
日本人なら、相手に金をぶつけるなんて行為はよほど相手を軽蔑し見下していないとやりません。
その行為自体が、相手へのサインでもあるからです。
自分より格下で、侮蔑の対象であることを示すことだからです。
むこうの人なら、簡単にそれをするでしょうけど、日本人ならしないでしょう。
せめて、足元にお金をドサっと落とすでしょう。 顔や体に投げつけはしないと思います。

違いますか?

あのドラマは、あの演出ではまるで、
まるで穢れた者に穢れたモノを「与えてやる」かのような不遜な態度・・・
宮部への敬意が、その妻への尊意がまったく感じられません。

あんなことを日本人ならするわけない!!
わたしは即座にそう思いました。

となりで見ていた娘も同じでした。
「今、お金投げた! は? ありえん!!」 と。
まだ二十代前半の娘ですら、「あれは日本人じゃない!」と。

「たま~にだけど、バイト先のお客さんでトレイにお金をポイって放る人がいるんだけど、
あれ見ただけですごく不愉快。その人の人間性を疑う。
だってお金は渡すか置くものでしょう?その日は一日気分が悪いくらい、あれは嫌!」 
だと言います。

そういう不遜な態度に腹が立つ(あり得ない)というのが普通の感覚ではありませんか?


それとも、そんなところにこだわるのはわたしたち親子だけ?

もし、そうでないなら、あなたもあれに違和感を感じるなら、
どうかそれをまわりに堂々と伝えてください。
そのあなたの正しい違和感を堂々と公言してください。

でないと、ネットでは、「素晴らしい」「感動した」という先行情報によって
それに安易につられてリピする現象が起きてしまいます。

あの俗悪「アナ雪」効果のように。


テレビドラマの評判の悪さは、視聴率の低さは、
原作のクオリティのせいでも、原作者百田氏のせいでも、ない。

ネットでそういう喧伝がされてるようですが、それこそが 怪しい。

ただ、普通の正しい日本人の感性を持った人が、
原作を認め、映画を認めている人が、
テレビを信じていないから、映画より酷いと分かっていたから、
だから見る人が少なかっただけ。
見た人がすぐやめただけ。

あの少ない視聴率を支えたのは、おそらく、
もともと原作も映画も見てない、まだテレビを信じている情報弱者の方たちか、
原作を貶めたいという意図を持っている人たちであろうとわたしは思います。





★映画「永遠の0」を見て来ました! 
 日本映画、戦争映画にはめずらしい、左翼思想の全く入らない、
 百田氏の思いを裏切らない、まっすぐな日本人のための映画でした。



★「命をかけて愛する国の為に戦った彼らを誰が馬鹿に出来るというのだろうか?」
   ~ 神風特攻隊についての海外の反応 と 百田尚樹 『永遠の0』



★宮崎駿監督「風立ちぬ」は日本人精神そのもの ①  
  「ナウシカ」以来の入魂の傑作!!宮崎監督の日本人としてのこだわり

★宮崎駿監督「風立ちぬ」 ③ この作品が最後に われわれ現代日本人に伝えたかったもの・・・

★「アナと雪の女王」をこれ以上子供たちに見せないで!




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思いっきり、主婦目線、母親目線、オバサン目線でいろんな情報に感想を書いています。

記事を引っ越してきたので改行が狂ったりリンクが開けないなど見苦しいところがあり申し訳ありません。

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