ひだまり    今は古事記に夢中! 今あなたに伝えたいこと

アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

再 ・ 萩尾望都 「半神」 を読んで思うこと・・・   

  
※これは、2014年に再投稿したものをそのまま再々投稿したものです。

    
すべての人が幸福になれる方法 なんて、もともとないんじゃないですか?
すべてが丸く収まるような完璧ないい方法 なんて、どこにもないじゃないですか?


半神 自選短編作品集 萩尾望都Perfect Selection 9 (フラワーコミックススペシャル)半神 自選短編作品集 萩尾望都Perfect Selection 9 (フラワーコミックススペシャル)
(2008/02/26)
萩尾 望都

商品詳細を見る



※これは、2011年6月に出した記事でしたが、
昨今の新聞見出しに踊る言葉にあっさり迎合する人たちに対して言いたいことがあって、
この問題を今一度問うてみたくて抜粋編集して再度出しました。






主人公の双子の姉妹は、腰の辺りがくっついている「一卵性の双子」。

妹は天使のように愛らしく美しいが頭が弱く、姉は頭は良いが容姿が醜かった。
妹は、姉の体が作り出す養分を使って生きている。体は弱いが、美しい金髪でお肌もつやつや。
しかし姉は、妹に養分を吸い取られるため、顔も体も干からびた老婆のような風貌だった。

頭が弱くても美しいから誰にでも愛される妹。
頭が良くても醜い風貌のため顧みられない姉。

妹は頭も体が弱くて可哀想だと何をしても許され、
姉は頭も体もしっかりしているからと常に我慢を強いられる。
体がくっついているために、姉は常に虚弱体質の妹の世話を焼かねばならなかった。
落ち着いて本を読んだり勉強したくても、何も考えてない無邪気な妹に邪魔をされ、
ついにキレれて妹に怒ると、
父親から「知識はあっても やさしい心はないのかい?」と諭される…
そんな姉の妹に対する憎しみは募るばかり。

2人が13歳になったとき、分離手術の話が持ち上がった。
このままでは二人とも成長できないからだ。
しかしそれは、どちらかしか救えない手術だった。
どちらかを切り捨てるとしたら、当然、自分で養分を作り出せない妹を切り捨てることになる。
しかし、もしかしたら両方とも命を落とす危険すらあった。
両親は当然、両方失いたくない。
しかし、決断しなければ確実に両方ともを失うことになるのだ。

姉はリスクを承知のうえで手術をする事を承諾する。
手術は成功し、二人は切り離され、姉は「ひとり」で寝ていた。
姉はみるみる回復してゆき、妹はみるみる衰弱していった。
妹の病室行くと、美しかった妹の面影はなく、かつてあれほど嫌悪した
自分そっくりの姿になった妹がそこに寝ていた。

干からびた妹は、かすかな微笑みさえ浮かべて静かに息を引き取っていった・・・



この「半神」は、設定こそ奇異ではありますが、
人の心の中の「どうにも解決できない悲しみ」がみごとに描かれていますよね。

彼女、双子の姉が「幸せ」になるためには、
どうしても「半身」である妹を切り捨てる必要があった。
このままでは両方とも「不幸」になると分かっていたから、
「最善」の方法として、せめてどちらか一方だけでも「幸せに」と、
誰もがそう認識してくれた。
「それしかない」と。

でも、それでも、
他者(妹)を切り捨てて「幸せ」になった姉は、かつての妹そっくりの自分の姿を見るたびに、
自分の幸福のため不幸をひとり背負って静かに逝ってくれた妹
「切り捨てられた半身」のことを思う…。




これを読んであらためて思ったことは、
人間が自己の「幸福」を願い叶えるためには、きっと常に
こういう「二者選択」が行われているんではなかろうか…? 
ということです。

気がつかないうちに、人はきっと、誰かを、何かを、
いつも「切り捨て」ながら生きているんだ…と。

その切り捨てられた「半身」のことを誰もが忘れている。
もしかしたら、人は「忘れる」ことで精神の均衡を保っていられるのでは・・・

しかし、この「半神」では、
忘れようとしているけれど、普段はすっかり忘れているのに、
自分が、いつしか切り捨てた「半身」とそっくりになってしまったことによって、
どんなに自由でを謳歌していようと、幸福な暮らしをしていようと、
鏡に映った自分の姿を見るたび、そのことを突きつけられる・・・

静かに微笑みながら干からびて死んでいった妹の存在を忘れるな・・・というように。

誰もが「忘れる」ことで平穏に幸せに生きているのに、
彼女にはそれが許されない。
「自分の切り捨てた半身」のことをいつも突きつけられ、
答えの出ない自問、自責を、一生背負って生きていかなければならないのです。




でも思うんです。
人生って、世の中って、生きてる限りこういうことなんじゃないでしょうか?  

「100%誰もが幸せになれる」
なんていう道は、この世には存在しないんじゃないでしょうか?

人にはいろいろな価値観があって、
右を向いている人も、左を向いている人も、
未来を見つめている人も、過去ばかりを見ている人もいる・・・

そんな多種多様な「幸福感」を持っている大勢の人たちが作る社会において、
どだい、「全員が」「今この場で」「完璧に幸せになれる」
なんていう方法は、この世には存在しないのではありませんか?

人間でなくても、自然界の動物たちの社会においてさえ
「平等」なんてものが存在しないのと同じように、もともとそんなもの自体が「不自然」で、
物理的に万人が手放しで「幸せ」になるということは不可能であり、
それこそが「不条理」なんじゃないでしょうか?

誰かの幸せは、ぜったい誰かの犠牲(我慢)の上になり立っているんじゃないのか?
誰かの犠牲(我慢)が、誰かの幸福を支えているんじゃないのか?

それを「我慢」と思うか、「不幸せ」や「犠牲」と思うかも、
それぞれの感性、それぞれの価値観であって、それも絶対ではないと思うのです。

不幸せだと思えば不幸せだし、幸せだと思えば幸せだと思うし、
誰のための不幸せなのか、
誰のための幸せなのか、
誰を基準に考えているか、どこを、いつを基準に考えているかで
捉え方はまったく違ってくるはずです。

幸せになった人や自分より得をした人を妬んだり 憎む人もいるだろうし、
けっしてそればかりじゃない人もいるだろうし、
その犠牲を全く顧みない人もいるだろうし、一生背負って生きる人もいる・・・

その痛みや苦しみを、ただの苦痛と思う人もいれば、
その試練の先にある結果のための喜びと感じる人もいる。

子供のために、自分の食事や着る物を我慢することだってそうです。
会社を守るために自分が頭を下げることだってそうです。

今、自分が我慢することで、
社会が、国が、後輩が、子孫が守られ幸福になるなら苦労も犠牲も厭わない・・・
それも人間のはずです。


それが日本人だったのでは?
そういう日本社会だったからこそ、日本はここまで輝き続けたのでは?



原発にしたって、
憲法改正にしたって、
消費税増税にしたって、
円高、円安にしたって、
それが是でも、非でも、
「誰も犠牲にしないで済む方法」 なんて、
「誰も痛みを伴わない方法」なんて、
「すべての人が平等に幸せになれる」などという上手い方法なんて、
果たしてあるんでしょうか?、

誰一人傷つかない、誰一人我慢しなくていい方法なんて、
「みんなが笑顔で万々歳」 なんて方法は、そもそもこの世にあり得ないんじゃないですか?


それでも、なんとかしなければならない。

「決断」はしなければならない。

「何か」を切り捨ててでも、守らなければならないものがある・・・。

早くなんとかしないと、決断が遅れるごとに、
救われる「半身」の生存率が刻一刻と狭められ、結局は全員が共倒れ・・・ 
そんな最悪な結末だけは避けなければならないと思うのです。

その最悪の結果を生み出しそうなこの議論の「停滞」の原因はなんなのか?
それだけははっきりしていると思うのです。


今回のことだって…


昨今のマスコミの「声」を聞いているとつくづく思います。

犠牲や平等という言葉は、個人の救済ではなく、
特定の人たちの利益の追求のために使われることもあるのです。

また人は、都合のいいときに「平等」を求め、
別の都合では一人の利益のために大勢の犠牲を強いることもできる。

どちらが優先されるかは、
どちらが正しいか、どれだけ議論したかではなく、
おおよそ、単に「声が大きい方(先に広めた方)」に有利になっているのが今の現実だと思います。

世論をマスメディアが報道しているのではない。
マスメディアに乗った方が世論を作っているのです。

それって おかしくないですか?


「平等」とか「不公平」だとか、
そういう言葉を自分の都合だけに合わせていたら
自分の都合だけに合わせてくれるのを聞いていたら、
それはあなたにとっては心地よく聞こえるかもしれません。

が、あなたの財布の中身「だけ」を心配してくれる「甘言」に惑わされてはいけません。

それはあなたの財布を守る振りをして、じつは、あなたの「家」を奪うつもりだからです。
あなたの安全を守る振りをして、じつは、あなたを守ってくれる「国」を奪うつもりだからです。

財布を守っても、家が焼かれたら何にもならない。

たとえ財布がいっぱいでも、子供から笑顔が消えたら何にもならない。

あなたの財布にいくら万札を入れてもらっても、
国が傾いて日本人として生きにくい世の中になったら何にもなりません。

たとえ、ファーストクラスのチケットをもらっても、
国力が弱って、日本国のパスポートの「効力」がなくなったら、
何の自由もなくなりますし、誰もあなたを守ってはくれません。

ポケットがいくら膨らんでいても、帰る家がなければ何にもなりません。



ちょっと思い返してみてください。

誰だって矛盾をかかえて、それでも常に選択してきたんです。
まったく何の痛みを伴わないで、
まったく何も諦めずに全方位に上手くいくことなんてなかったでしょう?

それが、わたしたちの生きている現実世界なのではないでしょうか?

何か大事なことを決断するとき、
わたしたちはかならず「何か」を切り捨ててきたはずです。

「今の犠牲」より、「未来の喜び」のために。

自分より大切な「誰か」の幸福を守るために。



そして今度こそ、
間違った切り捨て方、間違った判断をしないように、
「わたしたちの意見」で日本を守らなければならないと思うのです。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 追記 ・・・・・・・・・・・・・・・・



マスコミ左翼のシュプレヒコールにうっかり騙されて
「憲法が改正されたら徴兵制になって戦争に行かないといけなくなる!」
などと本気で思ってしまった人たちにわたしは言いたい。

そう思ってしまったのはなぜか分りますか?
なぜ、マスコミの言葉を信じなかった人たちと、あなたのように信じてしまった人がいるのか、
その違いが何なのか、分りますか?

あなたがなぜ「それは嫌だ」と、「それは困る」と思ったのか?
なぜその「情報」をあなたが信じてしまったのか、支持してしまったのか、
わかりますか?

あなたが「嫌だ」と反対した意見を支持した人たちと
何が違うのかわかりますか?



あなたには幸福を追求する権利があります。

そのための自由を選択する権利があります。

嫌なことを拒否する権利もあります。


でも、その「権利」だけで、
本当に人は幸せになれるのでしょうか?

社会は、国は、良くなるのでしょうか?


自分の損得や好き嫌いだけでなく、
本当に誰かのためを思って払うべき犠牲も必要ではないでしょうか?

今の平和な日本、豊かな日本を作るために、
わたしたちの日本を守るために、命もかけて犠牲を払ってくれた人たちがいたことを
あなたは考えたことがありますか?

彼らがもし、あのとき「嫌だ」と逃げていたら、
今の日本はなかったことを、
今のあなたの人生もなかったかもしれないことを考えたことはありますか?


自分だけは「守られ」て、
その犠牲は誰かに丸投げしても構わない・・・

誰かの犠牲の上にこれまで自分の幸せが守られてきたことは考えない・・・

自分が犠牲を払う番になったら、
さっさと逃げ出して安全なところから相手を非難する・・・


そんな自分が 鏡に映ってはいませんか?





。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



★萩尾望都 『半神』
※以前書いたこれは、はっきりとは書いてないけど、「原発」について言及したものでしてた。
もちろん、今回のも原発にも当てはまりますが、
今回の総選挙で争点になっている消費税問題や憲法改正問題、
特定秘密保護法、在日特権問題等についてもそうなのではないかと 思います。








<参考記事>
★「海賊と呼ばれた男」のモデル 出光佐三が亡くなったとき、昭和天皇が初めて
  一般人に向けて歌をお詠みになった

「忍び難きを忍び、耐え難きを耐え…」は、陛下が国民を信じていたからこその言葉。
日本国民がその信頼に応えたからこそ、
日本人が自分の損得だけを考えるような浅ましい国民ではなかったから、
今の日本の復興と繁栄があるのです。


『韓国の子育て観』 と 『日本人の子育て』を「子供の日」に考える・・・


スポンサーサイト

「相撲は今でも立派な神事」② 神域の「女人禁制」は「女性蔑視」ではない。

 
土俵に塩を撒く行為に 「ドン引き」?
「言葉にならないほど驚いた」 ?
それ、 本当に日本人?


そのRT、ちょっと待って!!

あなたは、
日本の伝統を否定したいマスコミやネット(反日勢力)の
危険なミスリード に引っ掛っていませんか?

 
 


(八角理事長、なんだか雰囲気が石破に似てきた?)

日本相撲協会の八角理事長は4日、
京都・舞鶴市での大相撲春巡業中に行司が不適切なアナウンスをしたとして
謝罪のコメントを発表した。


「本日、京都府舞鶴市で行われた巡業中、多々見良三・舞鶴市長が倒れられました。
市長のご無事を心よりお祈り申し上げます。とっさの応急措置をしてくださった女性の方々に深く感謝
申し上げます。
応急措置のさなか、場内アナウンスを担当していた行司が『女性は土俵から降りてください』と複数回
アナウンスを行いました。行司が動転して呼びかけたものでしたが、人命にかかわる状況には不適切
な対応でした。深くお詫(わ)び申し上げます」。

この日の巡業では多々見良三・舞鶴市長が土俵上でのあいさつ中に倒れ、救命措置の協力のために、
医療関係に従事すると思われる女性が土俵に上がったが、女人禁制の慣例がある土俵から降りるよう
アナウンスが流れていた。





2018年4月5日 13時21分 朝日新聞デジタル

京都府舞鶴市で開かれていた大相撲の春巡業で、土俵上でのあいさつ中に倒れた多々見(たたみ)
良三市長(67)を救命中の複数の女性に対し、土俵から降りるよう場内アナウンスがあった問題で、
救命行動後に、大量の塩がまかれていたことがわかった。

複数の観客によると、女性を含む救護にあたった人たちが土俵から降りた後、相撲協会関係者が
大量に塩をまいていた。

大相撲では、稽古中や本場所の取組中に力士がけがをしたり、体の一部を痛めたりしたようなときに
塩をまくことがよくある

日本相撲協会の広報担当は取材に
「確認はしていないが、女性が上がったからまいたのではないと思う」と話した。

観客の60代女性は「周りにいる男性がおろおろしている中で、複数の女性がすばやく救命措置をして
いたので立派だった」。場内アナウンスについては「女人禁制の伝統があるのだろうが、人命救助に
かかわることであり許されない。救助の手を止めていたらどうなっていたことか」と話した。

多々見良三市長(67)はくも膜下出血と診断された。手術を受け、1カ月ほど入院することになった。
     ◇
女性らが救命活動した後の土俵に塩がまかれたことについて、
日本相撲協会の尾車事業部長(元大関琴風)は5日、「女性軽視のようなことは全くない。
(けがの)連鎖を防ぐためにまいた」と説明した。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



また、嫌な「相撲」叩き、「伝統」叩き、
そして、「神事を守ろうとする人」叩きが始まった。


マスコミは、まるで「待ってました!」とばかりに、
「女人禁制」「女性蔑視」「女性差別」という言葉を並べ、嬉々としてこれを
うんざり するほど報じ続けるだろう。

これまでの日本人は、今でもほとんどの日本人は、
悲しいからそういう「言葉」に弱く、そういう誘導に対する危機感に疎く、
すぐにこれに迎合し、マスコミと声を揃えていた・・・ はず だったが、
少なくとも、ここに一人、
それに大いに違和感を覚え、そういう批判に拒否反応さえ覚える人間がいる。
10年前なら、チョロく引っ掛っていただろうけど、もう今はそうはいかない。

たぶん、少なからず、そう思う日本人は他にもいるはず。
たぶん、少なからず、そうした共通認識を持った人たちは増えているはず。
それも急速に。
それを信じて書きます。



マスコミは、反日左翼たちは、
「これさえ言っとけば日本人はすぐ迎合する」っていう絶対の自信をもっている。
戦後70年ずっとそれで成功してきたから。
それがこれ、「女性差別」「女性蔑視」「命の重さ」「世界はひとつ」「自由」「平等」「人権」・・・です。

それらは、日本人がもっと伝統を軽視するよう、
もっと神事を軽視するよう助長するためのキャッチコピー(報道)です。

今回も躍り出た彼らお得意の「命より伝統か」というキャッチフレーズの裏にある本意・本丸は、
「人命を重んじる」ことでもなく、「女性を重んじる」ためでもない。
ただそれは、欧米的価値観・欧米的合理主義を盾に、
相撲から伝統や神事を奪い、日本人から神道を奪い、果ては、天皇から伝統や神事を奪い、
日本が日本であるべきかたち、
日本人が日本人であるべきかたちを担保してきた「日本の国体」そのものを破壊することです。

「人命より伝統が大事?」
「”女性差別”の古いしきたりに囚われて
人命をないがしろにするのが相撲の伝統(相撲道)か?」


これは危険な世論誘導です。
明らかな「嘘」と 「邪な印象操作」です。

お願いですから、こんなのに引っ掛らないで!

日本人が陥りやすい罠・・・
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ということわざ通り、
日本人が簡単に引っ掛った罠・・・
「朝鮮憎けりゃ(朝鮮に忖度した)安倍まで憎い」(「日韓合意」締結当初)
「朝鮮憎けりゃ(朝鮮に忖度した)皇室まで憎い」(天皇の「ゆかり」発言 ほか様々捏造ネタ)
そして今回、
「八角(協会)憎けりゃ相撲の神事も憎い」 ・・・に横滑りしてませんか?

「人命より伝統」を重んじたのは八角理事長(協会)でしょうか?
違いますよね?

八角理事長はすでに「悪役」ポストですから叩きやすい。
そこだけ同意しているつもりでRTしても、いつのまにか主旨が別の方向へと運ばれてしまう。

ついこの間まで「協会(八角)叩き」が正論だったから、
今回のことでも「八角が悪い」=「非人道的アナウンスをしたのは協会=八角の意図」
だから、
「(協会が指示した)女性差別アナウンスは非人道的でナンセンス!」
だから、
「八角(協会)が守ろうとした伝統は非人道的でナンセンス」 ですか?

違うでしょ?

ついでに、
「土俵を塩を撒いて清める」ことが「女性蔑視」??

違うでしょ?

それは、神道を理解しない外国人目線の短絡な意見でしょう。


もしくは、それは、間違いなく、
大相撲に限らず、
そもそも日本の神道を理解したくない者たちの、
神道精神(日本精神)を否定したくてしょうがない者たちの意見でしょう。



気を付けてください。
これは反日マスコミ・反日左翼の常套手段。
確かに、使われている「言葉」はどれも一個一個は「事実」かもしれませんが、
その使い方、「並べ方」ひとつで、まったく違う印象操作ができ、
まったく違う 間違った「結論(意見)」を導いてしまうのです。

これは、いつものマスコミのミスリードなのです。



冷静に考えてください。
「神事を大事に守ろうとした」のは八角理事長(協会)ですか?
違うでしょ?
むしろ相撲協会とマスコミは、相撲を日本の伝統や神事から切り離したくてしょうがない。

かつてGHQによって相撲から神事が削られ、「スポーツ化」されたことで利権を得た者たちが、
つまり、「日本精神」を邪魔に思う輩たちが、
神事を守り、相撲の伝統を守り、日本の精神・日本の在り方(国柄)を守ってきた者たちを
さらに追い詰め、駆逐しようとしている。

今、相撲協会が、現理事長らが、「相撲道」を守ろうとする貴乃花親方を駆逐しているように。


本当に相撲協会が相撲を、伝統を大切に考えているなら、なぜ、
「神事を守る」方向に、「神事を正しく伝える」方向に、議論が進まない?

それより、
日本人なら、なぜ、
「神事を守る」方向に議論を向かわせない?

それにとても危機感を感じます。 


土俵の下には御霊が鎮められている。
土俵は、プロレスのリングや、歌劇場の舞台とは違う。

行司の恰好も、力士の髷も、塩をまくのも、四股を踏むのも、皆、「神事」だからだ。

それを知っている人が「女性を土俵に上げていいのか?」と声を上げ、
不意に女性が土俵に上がってしまったことを「心配する」のは当然のことだと思う。

土俵の上に横たわる「男性」の容態を心配するのも当然だが、
土俵の下に鎮まっている「神様のご機嫌」を心配するのも、
日本人として当然なのではないだろうか?

昔年の伊勢の遷宮の儀式(御霊移し)の厳粛さを「知った」人なら理解できるだろう。
その厳粛さに畏敬と感謝の念を感じた者なら理解できるだろう。

これはそういうものだと。
その厳粛さが伝統を守り、歴史を守り、日本を守ってきたのだということを。

その厳粛な「祈り」の中心に居られるのが「天皇」だということを。

われわれは、それに守られているのだということを。

それが守られてきたから、われわれ日本人が存在するということを。



今の相撲協会は、まるで日本を蝕んできた戦後体制(GHQ)の申し子のようだ。

今の協会や理事会は、まるで「外国人目線」だ。

外国人が理解しにくいものは全て「悪習」扱い。
外国人に理解できない伝統はどんどん排除。

日本人の価値観や心の拠り所には価値を置かない主義。
本当に、誰に忖度してるのか? と言いたい。

GHQが日本にやったこと、それは・・・

日本人から神道を奪うこと。
日本人から伝統を奪うこと。

日本人に神道精神を忘れさせ、キリスト教的(欧米的)価値観を植え付けること。

マスコミを使って徹底的に洗脳し、
日本人の口からそれを提唱させ、自ら、その計画を遂行させること。

おそろしいことに、ほぼ、かれらの思い通りに成功(達成)している。

SNSが普及するまでは。
安倍政権が誕生するまでは。

マスコミは、その世論誘導のためだけに仕事している。

日本人の口から
「もう天皇はいらない」と言わせるまで、それは続く。



相撲から神道を排除したのも、
今回のことを「女性差別」と批判したのも、すべてつながっている。
最終目的は、「女性宮家」を容認させ、皇室の男系継承を崩し、
天皇と神道を切り離して「天皇」の存在を無価値化すること。

それを実現するまで、マスコミは唱え続ける。
騙される人が存在する限り。


だから、
「命より伝統が大事なのか?」
などという扇動(キャッチフレーズ)に安易に乗ってはいけない。



これは、日本のことにいちいち口出して批判する奴らの常套手段。
危険な誤誘導です。

そういうフレーズを好んで使ってきた者たちがやってきたこと。
その現実はこちら。
「人命は地球より重い」 と言って、
たった一人の命を盾に、国の安全を、国民の命を危険にさらさせようとする。
(でも自分の国では絶対やらない)

「世界はひとつ」「人類は皆兄弟」 と言って、
国境を無視し、
他国の価値観や権利を無視し、
不当に侵略・弾圧し、
残虐な民族浄化(断種・虐殺)さえ正当化する。

最終的にはそこへ行きつく。


日本人は他宗教圏の人間と違って「自分と他人」の距離がとても狭くて曖昧だから、
こういう「甘言」にとても弱い。とても危険。
敵国から日本人はチョロイと思われていることにも気づかない。

自分と他人の壁がはっきりしている欧米人は、
あんなキャッチフレーズ(美辞麗句)がいくらあっても簡単になびかないからこそ、
平気であれを「建て前」にできる。
が、日本人は真に受け過ぎて非常に危険。

一方で「日本人は差別主義」「日本は男尊女卑」「日本は人権を軽んじる国」だとか言い立て、
一方で「日本人は優しい」「日本人は思い遣りがある」「日本人は本当は差別しない」
・・・などとおだてる。

そして、それを聞いた日本人は思わず声を上げてしまう。
「男女差別だ」「人権蹂躙だ」
「古いしきたりや伝統は時代に合わない」「伝統より人権が大事だ」 と・・・

まるで「魔法の言葉」。
簡単に日本人をミスリードする。

しかし、「もうそんなやり方は古い」と言わせなければ。
日本人はいつまでもそんなのに騙されてちゃダメだ。


日本人ならはっきり言おう。
「これが相撲だ。 それが日本だ。 
理解してない奴は口をはさむな
そして、
日本を理解してない奴といっしょになって(口車に乗って)
わかったように相撲(神道)をディスるな」 
と。





間違えちゃいけない。
土俵の上の「人命」を軽視しろ、とは言っていない。


ミスリードされてはいけない。
間違っているのは、
「神事」への理解を示さない、理解を求めない相撲協会の姿勢だ。

協会が反省すべきは、「アナウンス」に対してではなく、
興行性ばかり重視して神事であることを疎かにしてきたことだ。


こんな問題になってしまった原因は、(もちろん、マスコミがわざと問題にしてるのだが)
もっとも許しがたい「神事が悪者にされてしまった」原因は、
協会が、こういう「不測の事態」によって伝統神事に「障り」がないよう、
十分な対策を講じてこなかったせいだ。

知事だろうが、総理大臣だろうが、男だろうが女だろうが、
「無暗に土俵に人を上げない」とか、
「神事を理解しない人を興業に関わらせない」とか、
(相撲は皇室の神事であり、今も神事であることをレクチャーし理解を確認してから関わらせる)

不意な「女性の助け」に頼らなくて済むように、「男性救護員の配置を万全にする」とか、
たとえば、
御霊鎮めや御霊送りの儀式を、再現動画などで解説し一般の理解を促すとか、
そういう、
「相撲が神事である」ことを理解してもらうための努力、
「神事がいかに大切か」を理解してもらう努力、
そっちの配慮(使命感)が足りなかったことを協会は反省すべきだと思う。

つまり、
本気で「協会」が「理事」が、
日本の相撲の伝統を、日本神道の伝統を守る気持ちと使命感があれば、
時代に即して、相撲の発展のために「興行性」を高めていきながら、
それと同時に、それと並行して、
「神事」としての相撲を守る道(方策)を模索し、整えるべきだったということです。

「興行」として成立させながら相撲の「神事」の部分を冒さない方策を
前もって整えておくべきであった、その協会としての責務を怠ってきた結果が、
今回の残念な結果を生み、
倒れた男性にとっても、救助した女性にとっても、アナウンスした行司にとっても、
大相撲にとっても、日本人にとっても、
そして、おそらく、今回の騒ぎで心を痛めておられるのではないかと推察できる
陛下や皇室の方々にとっても、
相撲を愛し守りたいと思っている人たち、誰にとっても悲しむべき結果になってしまった
と思うのです。

あの原発事故と同じく、
本当にそれを守りたいなら、本当にそれが必要で続けていくつもりなら、
「想定外だった」などという言い訳をする事態になる前に、
そうならないために、あらゆる状況を想定をして、
「起こってはならない」ことが起こったときの対処を、
それを回避する対策を、もっと真剣に考察しておくべきだったのです。

何度もいいますが、ちょっと考えただけでも、例えば、
「相撲関係者(当事者)以外は何人(なんぴと)たりとも土俵に上げない」ことを徹底しておけば、
「男女差別」「男尊女卑」と非難される問題は起きなかったし、
「興行中は常に男性の救急隊員(救命士)が場所に待機する」としておけば、
今回のように「人命より伝統重視か?」などという非難は避けられたはすです。

理事長が反省し謝罪すべきは
「そういう面での協会の配慮(対策)が足りなかった」ことであり、
理事長が率先して神事・伝統を否定し、若い行事に責任押し付けてる場合じゃない!


・・・ということをわたしは言いたい。 そこにわたしは憤っているのです。


でも、マスコミ世論は、ネット世論は、
明らかに意図的におかしな方向へ誘導されている・・・
とても危険な状況です。



日本人は間違えてはいけない。
非難されるべきは、
「協会」や「理事会」であって、「相撲」でも「神事」でも「伝統」でもない。

非難されるべきは、
アナウンスの「主旨」でも、アナウンスした「若い行司」でもない。

是正されるべきは、
「女性が土俵に上がれないこと」 ではなく、
「女性が土俵に上がってしまう事態を引き起こした
=神事としての相撲をしっかり守ろうとしなかった協会の姿勢」
です。

攻撃すべきは、 是正されるべきは、
「神事である相撲の誇り」を守る努力を怠った「協会(理事会)」の方であって、
「相撲(道)」でも、「神事(伝統)」でもありません。

























(※件の話は 1時間12分すぎ くらいから!)




。。。。。。。。。。。。。。。。。


★【日馬富士暴行事件】に思うこと ① 大相撲はただのスポーツではない

★【日馬富士暴行事件】に思うこと ② 大相撲を守るために貴乃花が戦っている”真の敵”


★「相撲は今でも立派な神事」 相撲ジャーナリスト 荒井太郎 竹田恒泰 吉木誉絵 

★貴乃花親方が戦っているのは相撲界の”戦後レジュームからの脱却” 




★なぜ憲法改正が必要か? ②
  日本国憲法が謳う「基本的人権の尊重」では日本人の幸せを保証できない




「国境」は必要です。国家観を育てる前に国境だけ取り払う偏向教育こそ危険!

 
「国境」は必要です。

子供たちに大切な「国家観」や「愛国心」を育てる前に
一方的に「国境」を悪者(差別)扱いし
「国境」だけ取り払おうとする 日本の偏向教育にこそ
危機感を持つべき!!



目に留まったのはこの記事。
わたしはこの自民党・文科部会長の議員は立派だと思いました。
彼の主張は最もであり、とても正しい、立派な考えであり、
立場に相応しい正当な、立派な仕事をしただけだと思いました。

しかし、相対して危機感を覚えたのが、
これについた(おそらく)日本人のコメントの数々です。

保守速報
「ちびまる子ちゃん」ポスターに抗議の自民・赤池議員
「友達に国境はないと嘘を教えてはいけない。
国境はある」

http://hosyusokuhou.jp/archives/48813272.html

no title


 



※ なんだ!うさんくさいミスリードだな…と思ったら、
 引用元が「朝日」だった・・・ さもありなん!
引用元: http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1521881135/


前川喜平・前文部科学事務次官への授業介入が問題化した自民党の文科部会長の赤池誠章参院
議員が、 (※あ、もう、ここまでだけで、「批判ありき」の偏向報道だと解ってしまった・・・)
アニメ映画「ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年」のキャッチコピー「友達に国境はな~い!」でも、
文科省に猛抗議していたことが発覚。話題となっている。  (※「話題」にしたかったのはお前だろっ)
文科省は東宝とタイアップして映画を制作、2015年12月に公開されていた。

AERA dot.編集部は3月22日、
「『ちびまる子ちゃん』でも文科省に猛抗議 前川前次官の授業介入した自民・赤池議員の圧力体質」
と題した記事を掲載。
記事公開前に赤池氏の事務所にFAXで質問状を送っていたところ、23日に編集部に回答が届いた。

回答では
「教育行政を司る文部科学省として、子供向けとはいえ、『国境はない』という嘘を教え、誤認をさせてはいけない」「国境は歴然としてあります」
と、抗議の理由をあらためて説明。
そのうえで、「私なら(キャッチコピーは)『国境があっても、友達でいよう』と名付けた」と述べた。
今後、同様のケースがあった場合の対応については「国民に選ばれた立法府の一員として、行政府に対して、事実確認を行い、問題提起をすることは当然の仕事」と回答した。

赤池氏は、キャッチコピーについて、15年12月3日の自身のブログで
〈国際社会とは国家間の国益を巡る戦いの場であり、地球市民、世界市民のコスモポリタンでは通用しない〉と批判。文科省の担当者に〈猛省を促した〉と書いていた。

赤池氏は、前川前次官が名古屋市の中学校で授業をしたことに対し、自民の池田佳隆衆院議員とともに
文科省に問い合わせをしていた事実が今月20日に発覚。与党である公明党の井上義久幹事長からも
「今回のいわゆる調査依頼には、私は極めて違和感を持っている」と批判されていた。

以下、赤池氏からの回答を全文掲載する。

* * *

〈質問〉
「友達に国境はな~い!」のキャッチフレーズについて、具体的に何が、どのように問題なのでしょうか。

〈回答〉
「友達に国境はな~い!」のキャッチフレーズは、いくつか出てきた候補の中から、文部科学省が
省の責任でもって選択したことを、当時担当者から直接確認しました。

私が思ったのは、教育行政を司る文部科学省として、子供向けとはいえ、
「国境はない」という嘘を教え、誤認をさせてはいけないということです。
国境は歴然としてあります。国家があってこそ、私達の平和で安全な暮らしが守られて
います。
国家が発行するパスポートがなければ、出国もできませんし、他国へ入国することもできません。


教育基本法には「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、
他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」とあります。
国家・国境があった上で、他国を尊重して、国際社会の中で生きていくことが教育目標に掲げられています。


今回のことは、ブログでも書きましたが、
「たかがキャッチフレーズ。されどキャッチフレーズ。
一事が万事で、言葉に思想が表出するものです。
国家意識なき教育行政を執行させられたら、日本という国家はなくなってしまいます」

に尽きると思っています。

〈質問〉
今でもこのキャッチフレーズは問題だと考えますか。

〈回答〉
問題だと思っています。
私なら「国境があっても、友達でいよう」と名付けたいところです。
それが事実であり、教育基本法の理念にそっていると考えるからです。


2018.3.24 10:43dot.
https://dot.asahi.com/dot/2018032400007.html?page=1

。。。。。。。。。。。。転載おわり


「たかがキャッチフレーズ。されどキャッチフレーズ」
本当に、 そのとおり!! です。

反日共産左翼たちは、
その意味を、その効果(実績)をじゅうじゅう承知で
それを多用・促進・拡散させているのです!


赤池議員の意見こそ正しい!!
赤池議員こそ立派な国会議員です!!


大事なことなのでもう一度言う。

『国境は悪者じゃない』
『国境は守るべきもので、
なんでもかんでも無批判に無くしてはいけない』


これが正論で、
子供たちどころか、
日本人に最も欠落した大事な考えです。




で・・・ 問題なのがこちら。

<これについたコメント>  (抜粋 順不同)

子供向けの内容にムキになる大人


アニメポスターに噛みつくバカ議員w


この人は友達にいちいち国籍確認するんだろうよ


もっとマシな仕事しろ


いちいち面倒くせえヤツだなw


「国境がない」んじゃなくて「国境を越えた友情」だろ
国境はある、でもそんなものは友情の障害にはならない
そういうもんだわな

うん、普通に読んだらそうなるわな



「音楽は~」と一緒やろ? 何言うてんねん

(※「音楽」にも国境はあります! いい意味でも、悪い意味でもそれが現実。
長年、国際コンクールの審査員をしていたピアニストの中村紘子さんも、どうにもならない音楽の国境の壁の高さ手強さを切々と語っていました。
そもそも国境がなかったら、民族音楽は存在しないし、各国の特徴や伝統は失われているはず。
手強いくらいの自国の伝統へのこだわりやプライドが無くなったら、伝統や芸術は存在意義を無くし、
あっという間に消滅します。
「音楽(芸術)に国境無し」というフレーズも、伝統や歴史のない国にとって都合がいいだけ。
 ★(オペラ「蝶々夫人」に見る)これが日本の伝統文化に対する『誇りの守り方』 




こんな事言えば叩かれるに決まってんだろ



なら、国境なき医師団やら国境なき記者団にも問題提起しろよw

(※これはどういう意味で言ってる? 解って言ってるのか、墓穴掘ってるのか?)



国境は、ありまぁす



これはアベに責任があるのでは?
というパヨパヨに期待

   ・
   ・
   ・
   ・
(※もっといっぱいあるけど、嫌気がさしたのでもうやめます)



言葉わからない奴が議員とか何なのww

  >その言葉をちゃんと読んだ上での批判なのか疑問なんだが

(※ここから、わたしがまともだと思う意見を太字にしました)


国境が無ければ世界中でもっと紛争や戦争が起こると思うけどな。


世界市民きどりで他国に入り込んで好き放題振舞う
この手のフェミニストが一番嫌い



この件はイキスギィだけど前川の件は問題無いじゃん。
関係ない事を混同して論点をずらすいつもの手口に乗せられるなよ。
前川の件を有耶無耶にさせるな。



ソース朝日か、なるほどな。


まぁ特アが友だちとか言ってきたらそら警戒するわな。

   >つまり、アカヒが言いたいのは、
   特アでも「警戒するな」「譲歩しろ」と言いたい訳だね。



何で叩かれてんの ? 正論だろ。
馬鹿げてるとか大人気ないとか言ってる奴は
日教組のお花畑教育に染められてんじゃないの?


おまえらは日本に流入している何十万の中国人や朝鮮人に
危機感を覚えないのか ?
同胞を大量に移住させて内部から乗っ取ればいいと、
そんなことを公言している国がすぐ隣にあるんだぞ。
中国好きじゃないけどいい人もいるとか寝言言ってんじゃねーぞ。

言葉に思想が現れるのは確かだし、
子供向けのコンテンツであるからこそ
何気ない言葉の使い方に大人が気をつけるべきだと思うがな。


(※まるっと同意!わたしが言いたいこと全部言ってくれた!)




。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


よ~く読んだら、まともな意見もたくさんあってホッとしました。


朝日よ、残念だったね~
日本人、絶賛覚醒中!! なのだよ。



それにしても、この赤池議員の意見は、
聞けば聞くほど、読めば読むほど、 天晴れ!! です!
久々に涙が出そうになりました。
ああ、自民党議員の中に、まだこんな立派な議員がいたのか!と感動しました。
これこそ「日本の政治家」です。
これこそ「日本の政治家」がすることです。
これこそ「日本人」は賞賛し、後押しするべきです。

なのに、 この記事は何? この最初の方の意見は何?
何が言いたいの? 何がしたいの?
このスレ主はいったい誰の味方?

「国境をなくして日本を移民大国にしたい」人たちの味方?
「国境をなくして日本人の人権だけないがしろにしたい」人たちの味方?
「国境をなくして
国家観や国防意識を捨てさせ日本を侵略したい」
人たちの味方か?

そういうことでしょ?

一見美しい言葉に聞こえる「自由」や「平等」と同じく、
これは反日日教組や反日左翼の危険なプロパガンダなのです。


「国境」を悪者のように語る日本の教育やメディアは異常。
そんなのがここまで浸透しまかり通っている日本は異常なのです。

無批判にメディアで垂れ流されている
「世界はひとつ」とか「国境は要らない」というキャッチフレーズは、
共産主義の覇権・侵略(非人道的残虐行為)を美化するためのプロパガンダ
とても危険な思想です。

実際中国は、侵略相手にも、自国民にも、そういう言葉で徹底洗脳・強行して、
チベットなどを侵略した蛮行を美化してきました。

日本もすっかり洗脳されています。

何気に子供の頃から愛読し、愛聴してきた絵本やアニメ。
たとえば、
自分の顔をちぎって相手に分け与えるヒーローや、
「世界はひとつ」とか「自由は最高」とか「ありのまま」とかいう
「利己至上主義」のヒロインなどに共感して育つとどうなるか・・・

反日左翼や共産主義者は知っているのです。

その成果がこれ。

「そんな小さな島一つくらいあげればいいじゃない」
とか、
「日本は日本人だけのものじゃない」
とか、
「皇室は格差・特権・浪税の象徴だから無くした方がいい」
とか、
「国を傾けてでも、たった一人の命を守るべき」
という、
亡国・売国の危険思想が育つのです。
敵国の思う壺でしょ?


そう言うとすぐ、「自由のどこが悪い」とか、
「お前は差別主義だ」とか言って攻撃してくる人がいるけど、間違えないでほしい。

まず最初に、根本に本当に自国愛や誇りがあるからこそ、
それをもっているからこそ、世界の人々は
日本の素晴らしさを素直に認めて賞賛してくれるのです。

本物の誇りを持たない劣等感からは、ひがみや妬みなど負の感情しか生まれない。
まさに隣りの国のように…

つまり、しっかりした国家観や、
正常な自国愛や誇り(アイデンテティ)を持ってこそ初めて、
本当に相手を理解し、正しくお互いを認め合うことができるのです。

そのいい例が、日本と韓国の関係でしょう。



日本が世界から賞賛され、尊敬されるのは、
日本が日本らしいから、
「日本人が日本人らしい」からです。

それは今現代の日本人が最近作ったものではなく、
2000以上の歴史と伝統の中で作り上げられたものなのです。

それができたのは「国境」があったから。
「国境」が「日本らしさ」を守ってきたからです。

それを取ったら日本に魅力はなくなり、日本人は尊敬されなくなり、
日本は存在意味を失い、日本は内側から滅びます。


「国境をなくす」というキャッチフレーズの目的は、
国境意識を差別意識とすり替え勘違いさせる目的は、
「日本らしさ」を否定しやすくするためです。

その方が、日本を内側から壊して弱体化して、日本を乗っ取りたい
敵国や反日勢力にとても都合がいいのです。



つまり、
この記事にある自民党議員に対する「批判」は、
正しい世論でも、良識でもなんでもない、とても危険な思想です。

もしかして、意図的に、恣意的にやってるミスリード、
工作コメントかもしれません。

が、それをそのまま、代表的な意見であるかのように記事を作ってるのは問題。
すごく違和感、不信感を覚えます。

どこが「保守速報」なんだか。


以下、今日のこれについてのツイッターから。













※忘れてはいけない。
第一次安倍政権で「教育基本法」を改正してくれたからこそ、今、
「18歳選挙権」に応じて、「偏向教育」に対してはっきり合法的に違法性を訴えられるようになり、
この赤池議員のような「正当な意見」が堂々と言えるようになり、
それに国民の賛同(理解)が得られるようになったのです!





みんな、みんな、日本から日本らしさ、日本の素晴らしさを奪う元凶です。








ぜったいおかしい!!
最も「責任とるべき」なのは、
政府に非の無い「モリカケ問題」をでっち上げて
いつまでも国会を空転させ、湯水のように貴重な時間と血税を費やし、
国会議員として、国のために、何の政策も議論せず、
国益と国防を傾けた「野党」と「マスゴミ」だろう!!



必聴です!



今の野党やマスコミの安倍批判に思うこと


新聞を見ても、ニュースやワイドショーを見ても、
ここまでやるか!という嘘と捏造と悪意と浅ましさしか感じられない。
呆れると言うより、吐き気すら感じる。

真実を知らない人があれをずっと聞いてたら、本当に馬鹿になるし、
真実を知ってる人があれを聞くと、呆れ果てて、馬鹿馬鹿しさと禍々しさにヘドが出る。

最近の、こと「森友」問題等の報道を聞くと、
まるで体内に異物や汚物が入り込んだように、全身全霊で拒否反応が出る。

以前「これしか今ニュースやってないから」「このあとスポーツやるから」と言って
チャンネルを合わせていた夫でさえ、最近では、「また始まった!チャンネル変えてよ。馬鹿になる」
ってわたしが言うと、文句も言わず、すんなりチャンネルを変えてくれるようになった。 (やった!)

本当にヘドが出るし、馬鹿馬鹿しいを通り越して、ここまで来ると、
「それで国民を騙せると思ってるのか?」「国民をそこまで馬鹿にするか!」と腹が立つ。

正当な理由もなく、正当な証拠もなく、
ただ安倍政権を倒したい情念だけで、その思い込みだけで、
理性も知性もなく、ただ「安倍憎し」の感情論だけで攻撃し、嘘・捏造で世論を誘導しようとする。
嘘がまかり通るマスコミ。 事実に価値を置かないマスコミ。

もう、人間として浅ましい、卑しいとしか思えない。
もう存在価値などない。価値が無いどころか、日本に巣食う病原菌だ。


でも・・・、それを言っても、
まだまっさらな子供には理解できないだろう。
同じ感情論を言っても、マスコミ洗脳された人間には通じないだろう。

大体、野党の言い分に騙されるのは、
マスコミが野党の言い分ばかりを、さも正論であるかのように報じるから。

マスコミが都合のいい部分だけつまんで切り取って、
話の前後(目的)や、主語や主旨を無視して、「事実」と違う印象になるよう、
絵や音声をつなぎ合わせ、コメントや解説で「安倍が悪い」になるよう仕向けているから。

それを聞いてるから。 それしか見ないから。
それが本当かどうか、自分で調べたり、自分で考えたりしないから。

目に飛び込んできた印象や言葉を丸のみにして、
耳に馴染んだセリフ、印象的な言葉を何の抵抗なくそのまま信じるから。

実はそれが、事実でもなければ、正解でもないのに、
それに疑問をもつこともなく、
自分がそう感じ思っていることは「みんなもそうだ」と思い込んでいるから。

本当は、
それは「わたしの考え」でもなく、 「みんなの考え」でもないのに。

それは安倍を倒したい反日野党と反日マスコミの考えであって、
ちゃんと調べて、ちゃんと考えられる、
普通の真っ直ぐな賢明な日本人の考えとは全く違うのに。



でも、
そうやってマスコミ洗脳されてる人に、どうやってマスコミの本性を理解してもらえるだろう?

今日も明日も続くであろう、国会の野党の質問の馬鹿馬鹿しさ、愚かさを、
どうやったら理解してもらえるだろうか? ・・・と考えた。


そして思いついたことがあったので、ここに残しておこうと思う。
誰かの参考になればと思って。


共産党や民進党や立憲民主党ら、「安倍がー」「安倍辞めろー」 って言ってる議員が言ってること、
それをさも正しいかのように、さも「国民の意見」であるかのように語ってるマスコミが言ってること、
それがどのくらい「おかしい」ことなのかを解りやすく「安易な言葉」で説明してみます。

それが「森友」問題であろうが、「加計学園」問題であろうが、「憲法改正」問題であろうが、
(え~~っと、あれ? 野党が「安倍批判」してる材料って、他にあったっけ?)
どれも全部、論じ方、攻撃の仕方はいっしょ! 呆れるほど同じ。

彼らのやってることはこういうこと。

たとえば、「事実」=「安倍さんのやってること」を動物に例えると、

「事実」=「」だとします。

「猫」であることは「事実」なのです。動かしようのない事実。
「猫」は「猫」以外の何ものでもない。
そして「猫」以外に存在しない。

だから、普通の人は、事実が事実として見えてる人は、「それは猫だ」と解ります。
当たり前のことですよね。

でも、「安倍憎し」の野党は、マスコミは違うんです。
それが違うものに見えるんです。

彼らの特徴は、特技は、「見たいように見える」というとこです。
たとえ白でも、黒だと思いたかったら、「思いたいように見える」のです。

で、どんなに証拠を見せられても、事実を突きつけられても、
一度それを「黒だ」と言ったら、彼らの目にはそれは黒にしか見えないのです。

彼らはとても強靭な「心の目」を持っていて、
一度そう思ったら、それにしか見えなくなるのです。
一度そう見えたら、それが真実になるのです。

どんな科学的証拠があっても、たとえ100対1、1000対1になっても、
一旦そう思い込んだら、「黒と言ったら黒」なんです。

それが彼ら「反安倍野党・マスコミ」の性質です。
つまり、今の報道の特徴です。


それを踏まえて、
共産党や民進党(くずれ)がやってることは、こうなんです。

「え?安倍が持ってるのは猫? でも猫・・・だと困るんだよな~
俺のボスは猫が嫌いだし、
「猫じゃ役に立たん、犬をくれ」くれって、うるさいんだよな~
よし・・・!」
⇒「それは犬だ。隠さず犬を出せ! (猫なんか要らん。)
国民に猫だと言って騙そうとしているが、本当は猫の皮をかぶった犬に違いない!
この間、とある関係者が、その猫がこっそり「ワン」と言ったのを聞いたと言っていた。
それが動かぬ証拠だ!
ありえない?嘘だと言うなら、「ワンと鳴かなかった」という証拠を出せ!
犬を出すまで引き下がらないぞ!」
  
ま、共産党や民進党くずれ議員たちが言ってることは、
すべてこれと同じレベルのことです。

ど~~見ても猫にしか見えないものを「犬だ」とわめいているだけ。

まともな人間にとっては、馬鹿馬鹿しいこと極まりない。
たとえば、その猫が、血統書つきなのか雑種なのか、健康なのか、病気なのか、
つまり、完全無欠なのか、何かまだ問題点・改善点があるのか、ないのか?
っていう議論はあったとしても、
健全な認識、普通の知性を持った人間なら、少なくとも「猫」が「犬」に見えることはありません。

その「猫を犬だと言い張る」「猫が犬に見える」といのは、
つまり、
選挙で選ばれた政権を「独裁政治」と言ったり、
多数決で決定した法案を「強行採決」と言ったり、
暴力デモや・暴言デモに訴えている側が「民主主義を守れ」と言ってるのと同じ
おかしなことなのです。


でも、彼ら、「安倍憎し」のバイアス(脅迫観念)がかかった人たちは、
事実には目もくれず、正論には耳を傾けず、証拠があっても意に介さず、
自分たちの都合の悪いことは全てシャットアウトして、
ただ「猫じゃないはずだ」「犬に違いない」「犬を出せ」
「猫を犬だと認めるまで引き下がらない」 と言い続けているのです。

どんな馬鹿かわかるでしょう?

これを国会で、巨額な血税を費やして延々とやってるんですよ?

これをテレビで、NHKで、
「公共の電波」を使って延々とやってるんですよ?

猫が犬になる日まで・・・

白を黒と言わせるまで・・・


馬鹿でしょ?





そして、これも問題です。

<マスコミ洗脳された国民>
⇒「え?あれは犬だったの?
猫…に見えてたけど、猫のふりをしていただけだったのか?
総理が国民を騙そうと犬に「猫」を被せていたのか?
う~ん、やっぱり猫に見えるけど、でもあれが猫に見えてはいけないんだ・・・
だって、あれは安倍の目くらましで、安倍に騙されてる人間だけが猫に見えるってことなんだから…
あれは犬なんだから…猫に見えてたなんて言ったら頭悪いって思われるかも、
安倍に洗脳されてると思われるよな… 
よし、あれは犬だ。俺は騙されんぞ!
安倍のやつ~~ なんで毎回毎回こんな面倒なことするんだ。
この間は象をねずみだとごまかしたり(ねずみを象だと思いたかったのは野党)、
白クマに色を塗ってパンダだと言い張ってみたり(白クマをパンダだと思いたかったのは野党)、
も~何が何だか、ややこしい。めんどくさい。 も~他の政権にしろ~~」
    ↑  ↑  
    ※この差!!
    ↓  ↓

<マスコミ洗脳されてない国民>
⇒「ま~た野党とマスコミは!
 いい加減な見苦しい嘘を、毎回毎回飽きもせず ばっかじゃないの!」



このくらい馬鹿馬鹿しいことなんです。

そして、
はっきり言えば、

「こんなのにまだ騙されてる人って馬鹿じゃないの?」 

ってことなんです。



わかっていただけましたか?





。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


追記

上念司 森友文書
辻元清美•長妻昭を猛批判
「もっと酷い不正してても彼らは辞めてないですからね」











つまり、
自分たちが国会で答弁したことを、いつもマスコミが言葉を端折って事実を曲げて
誤解されることばっかりしてたので、また誤解されて面倒なことになるのを怖れて、
マスコミが好きそうな(誤解に使われそうな)文言を書き換えてしまった・・・と。

うん、野党の妄想ばりな憶測よりずっと説得性ある。




必聴です!!


















もう解ったでしょう?

「反安倍」とは「反日」であり、

「安倍憎し」とは「日本憎し」であり、

「安倍しね」とは「日本しね」のことなのです。




貴乃花親方が戦っているのは相撲界の”戦後レジュームからの脱却”

 

独占 貴乃花親方 すべてを語る

https://www.youtube.com/watch?v=2w1YcA2eAp0

↑ 開いてご覧ください。




※どうぞ、消される前に、全編を通してお聞きください!



==「昔の相撲と今の相撲では、
何が一番違っていると思いますか?


「”神事”という部分と、”文化”という部分を
永続的に守り通して行くのが大相撲の在り方ではないか。
髷の文化(を担っている責任)、
(力士が)
いまだ髷を結っているということの使命は重いと思う。

様式美とか、文化であるとか、
”文化”というのは、
そこに、その国の考え方の根底があったりとか
(それを大切にしてきた)
人々の思いが入っているわけだから、
それを伝えて行く者の使命は重いと思います。」




==親方が考える「相撲道」とは?

「人のために生きること。
次の世代につなぐこと。
そして、その心を形に残してゆくこと。」




==「横綱」とは何ですか?

「包容力です。
包み込むように勝負をし、
包み込むように周りの者をしあわせにするのが
横綱であると思います。」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



貴乃花親方がこのインタビューで語った
相撲に対する考え方こそ、
日本人が古来守ってきた「日本の国柄」であり、

「日本人が日本人であるゆえん」であり、
「日本が日本であるゆえん」であり、

日本が2600年以上続いてきた理由であり、
日本が輝き続けてきた理由だと思います。


今回の貴乃花親方のインタビューは、
単なる「協会への批判」や
「白鵬や日馬富士への非難」などではなく、

日本の精神や伝統文化が失われてゆくことへの「危機感」と、
それを守り受け継ぐべき者たちの「使命の重さ」を、

横綱や力士・相撲界全体のみならず、
すべての日本人に訴えるメッセージとなったのでは
ないだろうか?




。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



昨日(2018年2月7日)の朝日テレビ放送の貴乃花親方の話を聞いて、
多くの日本人が心揺さぶられたのではないでしょうか?

これまでわたしたちは、
他の横綱や、相撲関係者などから、
”テレビに出て来るような” 武道家やスポーツ選手などから、
これほど明確に、これほど清々しく、
これほど気高く、相撲精神や日本人精神を聞いたことがあったでしょうか?

「これこそが横綱なのだ」と、
「これが相撲なのだ」と、
「これこそが日本精神なのだ」
と感動した人たちは少なくなかったと思います。



確かに日本の精神を代表する武道の精神も素晴らしい。
でも、忘れてはならないことは、武道よりも神道の方がすっと古く長い歴史があり、
その神道と共に生まれたような相撲の方が、武道よりもはるかに長い歴史があるのです。
それこそ千年単位で。

だからこそ、
それを思い出させて再認識させてくれた今回の貴乃花親方のインタビューは、
ただの協会に対する「弁明」や「批判」などではなく
日本人の心深くに大きく響くものであったのではないかと思います。

「これが日本の相撲というものか」と、
「これが横綱力士というものか」と、
「これが日本の精神文化というものか」と。




じつは、わたしは最近、山村明義氏の著書「日本人はなぜ外国人に「神道」を説明できないのか」
という本を読み、ある衝撃を受けたばかりでした。
その衝撃とは、ずばり、
「戦後の日本相撲協会とは、ある意味、GHQが作った「憲法9条」や「日教組」などの
”戦後体制”であったのか!」
というものでした。

そして、今回の貴乃花親方の話を聞いたとき、わたしはこう確信したのでした。
「貴乃花親方が戦っていたのは,
まさに、「戦後レジュームからの脱却」だったのだ・・・」 と。




※※ちょっと、言葉がきつ過ぎたので、補足訂正しますと、
「相撲協会」や「現親方(理事)」たちが全部「戦後体制」の申し子・・・だと言っているのではありません。
これまで思ってもみなかった衝撃が大きくて、つい最初に大きく言ってしまい、誤解されそうですが、
要するに、わたしが言いたかったのは、
「相撲界(相撲の神事)までGHQが手を入れていたのか!」という衝撃、
そして、それが、
「GHQからの強制ではなく日本人自らの意志でやったこと」(になっている)衝撃、
そしてさらに、
それを日本人は、
「日本国憲法」や「歴史教科書」や「皇室典範」と同様
未だに完全に日本人の手に取り戻していなかったのか・・・!!

ということなのです。




さて、
相撲界を「戦後レジューム」だなんていうと、わたしと同じ「寝耳に水」の方も多いことでしょうから、
上に紹介した山村明義著「日本人はなぜ外国人に「神道」を説明できないのか」を参考に
説明していきます、

(この本は、本当に今こそ、全日本人が読んだ方がいいです!!)

まずは、もうみなさんもお解りのこととは思いますが、相撲は「神事」であること・・・の再確認です。
これまで、あまりに当たり前に目にしてきた、土俵での力士たちのさりげない所作や、取組前の儀式・
土俵入りの形式、様式はもちろん、わたしたちの目には見えないところの、力士や、それこそ横綱にしか
見えない(横綱になって初めて知る)ところにも、しっかりと、厳然と、「神事」は存在し、
「神」は存在しているのです。それが相撲なのです。

祝詞に始まり、祝詞に終わると言ってもいいほど、相撲は神事そのものです。
その「祝詞」が、じつは戦後、GHQの占領政策のせいで、かなりの「神」が削除されていたというのです。
しかも、それを「率先して」行ったのは日本側、相撲協会側だと言います。

なぜなら、アメリカが嫌った、アメリカが怖れていた「日本人の宗教観」、「天皇への崇敬心」が、
その「祝詞」にズバリ表れていたからです。
祝詞には、古事記や日本書紀に由来する神々の名が連なり、いかに「日本」が、「相撲」が、
そういう神々によって護られているかをありありと物語っていたのです。
それは、このように。 
戦前の相撲祝詞はこうでした。
 「わが朝の相撲は、神代より始まり、天地和合の理を基とせり。
 そのいわれは天地いまだ分たず、ただ一理のみにして色形もなし。
 それよりほのかに非を含み、皇明 かなるもの、なびきて天となる。
 重く汚れたるもの、とどこおりて地となる。
 そのうちより隆臨まします神あり。

 これを第一、クニノトコダチノミコトと申し奉るなり、第二、クニサツチノミコト、
 第三、トヨケヌノミコト、第四、オオトミチオオトマベノミコト、
 第五、ウエジニスエシニノミコト、第六、オモタルカシコネノミコト、
 第七、イザナギイザナミノミコト。
 これを天神七代と申し奉るなり。

 また、地神五代と申し奉るは、アマテラスオオミカミ、次にアメノオシホミミノミコト、
 次にニニギノミコト、次にヒコホホデミノミコト、
 次にウガヤフキアエズノミコト、これを地神五代と申し奉るなり。

 ひとつのきざしありて形となる。形なりて前後左右を東西南北、これを方という。
 その中にて勝負を決するがゆえに、いまはじめて方屋といい名づけたり。

 ここに神たちを招ぎ奉り坐せ奉りてかしこみ申さく、ちはやふる神代の昔より、
 中今はさらに申さず、いや遠永に栄え行くべき相撲の道はしも、敏き心に術をつくして
 猛き心に力をくらべて、勝ち負けを争い、人の心を勇ましむる、神代ながらの国技なれば、

 今年十一月十五日のあしたのいく日よりはじめて十日の間、
 このところに挙し行わんとするに先立ちて、御祭り仕え奉りて大神たちの高き尊き御恩頼によりて
 執り行い成し努むる事業に御霊幸わい給いて、土俵の内外日に異につつしみ禍ごとなく、
 いやすすめ給いて夜の守り日の守りに幸わい給えと、
 乞い祈り奉らくを、平らけく守らけく諾い聞しめせと、かしこみかしこみまおす 」


こういった、多分に神がかり的なものであったため、これをGHQがどう捉えるか・・・
その危険性を当時の関係者が敏感に察知して悩んだわけです。
両国国技館はGHQに接収され、
当時は映画の時代劇でさえ「軍国主義につながる」として制裁・弾圧を受けていた時代です。
これほど明確に堂々と「神」を敬い讃えている「口上」が、その槍玉に挙げられない訳がない。

「アメリカ人たちは、もちろん相撲というものがどういうものか、なにも知らないだろう。
当然質問もあるだろうが、もし土俵祭をみにきて
「クニノトコダチノミコトと相撲はどういう関係があるのか」などと聞かれたりしたら、
こちらも返答のしようがない。
”相撲などという神がかりなぶっそうなものはなくしてしまったほうがよかろう”
などといわれたら大変だ。
なんとしてでもここで、相撲を”スポーツ”として認めてもらわなくてはならない。」


彼らはこう考え、自らGHQから理解され易い「神」の名だけを残して、
アメリカ人に理解されないであろう「神」を祝詞から大幅に削ったのです。
つまり、アメリカ人から、相撲の神髄である「神」を隠したのです。

相撲の生き残りをかけて、
日本の相撲がGHQによって完全に全否定されないために、
そうやってアメリカ人らに相撲が「健全なスポーツ」であることを示す必要があったのです。

そうして、
日本人自らが相撲から「神」を削ったことで、相撲をなんとか生き残らせ、
日本人自らが相撲から「神」を削ったことで、
今もなお日本人は、相撲から神を失い続けている・・・とも言えるのです。


わたしがショックを受けたのはそこです。

これは、
GHQから日本の国体である「天皇」を守るために、
新憲法において、
あたかも天皇が無力であるかのように装った(騙した)
まさにそれと同じことのようではありませんか?



日本人と天皇との絆を怖れるアメリカ人を騙す(なだめる)ためについた「嘘」にいまだに騙され続け、
その呪縛にいまだに囚われ続けているのが「日本国憲法」、または、
その「憲法」に縛られている日本人なのです。


「日本を守るために日本人がGHQに対してついた嘘」を
日本人が信じすぎてしまっている状況が今の日本の最大の不幸ではないでしょうか。

それが、
日本人が日本人らしく生きにくくなってきた最大の原因であり、 (※下記参照)
反日マスコミや反日日本人(議員)たちがやりたい放題やってきた「自信の源」であり、
それが、未だに「憲法を改正できない」原因であり、
未だに「日教組を解体できない原因」、「教科書を日本人目線に変えられない原因」
そして、
「旧皇族を当たり前に復帰させられない原因」 なのですから。


だから、今の、
この、誰よりも日本の神事としての相撲道を理解し、
それを日本人の大切な文化として正しく後世に伝えようとする貴乃花親方と敵対し、
彼を排除すようとしている「相撲協会」は、ある意味その体質は
いわゆる「9条教」の連中を代表とする「戦後レジューム」そのものではないでしょうか?


安倍総理が、
日本を蝕む旧民進党らや共産党らと戦っているように。



それならば、

やはり、
わたしたち日本人は、

そんな、
日本を縛り続ける「戦後レジューム」と戦う貴乃花親方を全力で支え、
「日本の相撲」を完全に取り戻すために全力で応援すべきなのではないでしょうか?





。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。










ぜひ!! お読みください。



★「相撲は今でも立派な神事」 
 相撲ジャーナリスト 荒井太郎 × 竹田恒泰× 吉木誉絵
 
 


※★なぜ憲法改正が必要か? ②
  日本国憲法が謳う「基本的人権の尊重」では日本人の幸せを保証できない




リンク
このブログをリンクに追加する
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
プロフィール

うさんぽ

Author:うさんぽ
アメブロにいた「うさんぽの小径」のうさんぽです。
普通の子持ちの主婦です。
うさぎブログのはずだったのに、気がついたらこんな重いブログになっていました…
思いっきり、主婦目線、母親目線、オバサン目線でいろんな情報に感想を書いています。

記事を引っ越してきたので改行が狂ったりリンクが開けないなど見苦しいところがあり申し訳ありません。

QRコード
QR
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。