ひだまり    今は古事記に夢中! 2011年10月

アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

トリプルアクセルの希少価値をもっと評価するべし!!  その3

前回の続きです。
初めて読む方は、できれば


を どうぞ先にお読みください。 m(__)m


また、思うに、
伊藤選手の場合は、とくに山田コーチが連盟から距離をおいていた(ちょっと特殊な立ち位置でしたよね)
ということもあって、けっこう本人とコーチだけの判断で方針を決められた…っていう背景も3A成功に関係したかと思います。
それをなにを勘違いしたのか、彼女が最終的にオリンピックで金メダルが取れなかったことの原因であるかのように言われ、連盟は選手育成の方式を大きく変革し、青田刈り的中央管理体制へと変えていきました。
もちろん、その体制が多大なる功を成したことも事実ですが、
一方で、中央管理下に収まらない者に対しては、むしろ厳しい時代の到来だったのではと思います。
話が長くややこしくなるので、ここではあまり突っ込みたくないのですが、
言いたいことは、つまり、
そうでなかった、ある意味「自由」だった時代の伊藤選手と山田コーチだったからこそ、あの偉業は達成されたのではないか・・・と思うのです。


そういう観点から考えると、
今の現行ルール、改悪に次ぐ改悪の度重なる「ルール改正」という状況は、
選手の才能や努力や「心意気」がどれ程あっても、
それを「後押し」するどころか、
それを「挫く」ためにしか機能していない、とわたしは思います。



伊藤選手の時代は、コンパルソリーで泣かされましたが、
ある意味けっこう「アバウト」で「自由」だったと思います。


でも、彼女の技がアバウトだったかというと、けっしてそうではない!


今のきゅうきゅうとした採点ルールは、
いろんな意味で新しい選手の成長を妨げているように思います。

そして、それは、とりもなおさず、フィギュアの未来を
とくに「進化」という未来を閉ざしているように思います。


今は、あまりにもしょっちゅうルールは変わってきたし、
(コーチですらその変化に追い付けない場合があるくらい)
国家戦略的というか、国家間の駆け引き的な意味合いも昔以上に大きいように感じるし、
たとえ選手がやりたい…って思っても、
そういう気持ちだけではなかなか「壁」が厚過ぎる・・・って感じます。



結果的にどんな時代だろうが、どんな状況だろうが、
やる人はやるだろうし、できない人はできないでしょうけど、
それでも、
「やるだけの価値がある!」と思い切れた時代と、
「やっても意味がない…」という気持ちにさせられる現在とでは、
やはり条件が違うと思います。

それを助長してるのが、現行ルール、改悪に次ぐ改悪の今の採点法にあるとわたしは思います。



ですから、
なん度でも言いますが、
せめて、そのリスクに見合うだけのご褒美があれば、
選手もチームももっと挑戦できるようになると思うのですよね。

やはりリスクが大きすぎるのと、(ご褒美が足りなさすぎる!)
あと、
選手やコーチがひとつひとつのエレメンツに対する「細かい減点対策」に追われて、
新しい技に挑戦する「物理的な時間の余裕」自体がなくなったんじゃないかと考えます。
そのへんは、明らかに、昔とは勝つための攻略法がまったく違ってきたし、
「やってやろうじゃないか!」っていう博打的な冒険は一切できなくなってしまったし、
(ファンとしてはとってもつまらなくなったところ!)
選手にもコーチにも、チームにも、ものすごい制約が加わったことは確かだと思います。



浅田選手がジュニアの頃はまだ旧採点法のうちだったから、
まだ安心して試合で「挑戦」できたし、
他のエレメンツもそんなに細かく神経を使う必要はなかったので、のびのびとしていたし、
観客の望みも、選手の望みも、今よりはずっと、それが叶い易かったと思います。



あの「3秒きっちり」でないと点数にならないとか、
3回きっちり回りきらないと減点されて基礎点自体も低くなるとか・・・
そんなことばっかりに時間と神経を使ってたら、
そりゃあ、
ケガのリスクを伴うジャンプにまで、
しかも、それが得点に結びつくかどうかも保証されないようなリスクの高い技に、
わざわざ時間も精神力も割く余裕がなくなるでしょう!!
・・・と、思います。








それに、

思い出してください。



そもそも 「3A封印」・・・などという状況がなぜ始まったのか?


3Aを跳ばなくても加点がつく = 3Aを跳んでも加点が付かないようなシステムを作った、
もっといえば、
「3Aを跳べない選手」(どんなに頑張っても跳べなかった選手)にとって、
3Aという武器がなくても、3Aをたとえ跳ばれても「大差」がないようなシステムを作った、
そのそもそもの原因・・・
SPからスパイラルがなくなった(評価対象にならなくなった)原因など考えると・・・


そろそろ、その「封印」の意味がなくなってきてるんじゃないかと思うのですが・・・?




もうそろそろ、

フィギュアの進化を止めるようなバカげたことはやめて、
男子の4回転の進化に見合うような、
女子のトリプルアクセルの「希少価値」に見合うだけの「正当な評価」を与えて欲しいと思います。








★「フィギュアの品格」
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-133.html

★「日本人にしか見えないもの」
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-187.html

★「フィギュアスケートに「芸術点」が必要だった理由(わけ)・・・」
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-515.html

★「チャン選手の爆上げ点に思うこと」
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-261.html

★「高橋大輔選手の芸術性」
http://20120901.blog.fc2.com/blog-category-71.html

★ <真央ちゃん関連記事一覧> http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-972.html


関連記事
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日本人のスキンシップが奪われる日

前述の 「児童ポルノ法  アメリカの現状と日本のこれから」 の記事で引用した、

【米国】我が子への授乳写真は児童ポルノ? その1(http://suzacu.blog42.fc2.com/blog-entry-52.html

の記事に付いたコメントの、


痛ましい事件だね。
あたたかいごくごく普通の家族が、公権力によって破壊された。
アメリカって変な国だ。
親子で入浴したら性的犯罪者みたいな目で見られる国なんでしょ。
だとしたら日本人全員が性的犯罪者だよ。
日本は親子入浴が普通だしさ。
トトロの父娘三人の入浴シーンが衝撃的だったらしいしさ。
アメリカ気持ち悪い。


・・・という日本人意見ですが、

( 最後の一言は別として、)

これは、ごくふつうの日本人の感覚ですよね?

日本人は親子で入浴してスキンシップをとるのが普通です。

でも、これにある通り、

こんな風にお風呂でスキンシップをとるのはおそらく日本だけです。

あんなに似ている(と思わされている)文化を持つ中国でも、湯船には浸かりません。

そう、世界中で、毎日湯船に浸かる習慣を持つのは、わたしたち日本人だけなのです。


もちろん、シャワーだって、洗いっこしたりしてスキンシップはとれますよ?

でも、それは基本に「お風呂でスキンシップ」という習慣があっての変形みたいなものであって、

やっぱり、湯船に浸かってホッとする、湯船に浸かりながら遊んだり話をする、

そういう触れ合いが、親子の心の絆の一端を担っているといって過言ではないでしょう。


湯船に浸かって、のんびりし、心身ともに癒される・・・という状態の中で生まれる、

いや、そういう状況だからこそ生まれる心の開放感から、

昼日中では言えないようなことも話せたり、聞いたりできる・・・

文字通りの「裸のつきあい」だからこそ得られるものがあると思いませんか?


また、

入浴の習慣が 「日本人らしさ」を形作っていると思ったのは もうひとつ理由があります。

わたしは、中国に住んでいるとき、ふと、思ったことがあります。

中国人が「入浴」をしないと聞いて、

「ああ、だから中国人は殺伐としているんだな・・・」 と感じたのです。

つまり、

日本人だって、仕事や人間関係で疲れてストレスがたまっているでしょうが、

とくに、中国人相手に仕事をするお父さんたちのストレスは毎夜毎夜ピークに達していることでしょうが、

その心身の疲れを癒すのに、「入浴」という習慣はすごく救いになっているのではないか?

と わたしは思いました。


日本人の性質が外国人と比べて穏やかなのは、

もしかしたら、この毎日の「入浴」にも関係してるんじゃないかと思うのです。

最近の若い子の中には、ほとんど入浴しないでシャワーだけ、という人が増えているようですが、

とてももったいないことだと思います。


入浴は、ただリラックス効果があるだけでなく、

昔から医療の一環としてもその効果が認められ、仏教でも「施術」として伝わっています。

身体を芯から温めること。

それはシャワーではできません。

入浴は文字通りに 「心・身 共に 温める」ことができる方法なのです。

それを、当然の習慣としている日本人は、

日々のストレスを、毎日そこでリフレッシュし、リセットすることができるのです。


当たり前すぎて、忘れてしまいがちなことですが、

これは、とても重要なことだと思いませんか?


このすばらしい日本独自の入浴習慣があればこその 

「親子スキンシップ」 なのです。

誰かに教えられて、流行だとかで とってつけでやっていることではありません。

当たり前だから、誰でもその幸せを享受できるのです。


わたしは、子供とよく話す方だと思っていたし、厳しいことは言っても仲も良かったし、

子供の気持ちを考えてる方だと思っていました。

それでも、

娘が小6のとき、初めて 「ずっと学校でいじめにあってる」 ことを知ったのです。

それを聞いたのは、お風呂の中でした。

いっしょに湯船に浸かっているとき、

娘が突然泣き出したのです。

つい、さっきまでのんびりリラックスしていたわたしの目の前で、

娘はひざを抱えて震えていました。


娘が6年生のとき、下の息子はまだ幼稚園の年長でした。

息子が寝るときには、いっしょに添い寝をしてお話をしたり本を読んだりしていましたが、

もう大きくなったお姉ちゃんには 「おやすみ」のあいさつくらいしかしていませんでした。

娘は、手のかかる弟に振り回されるわたしを見ながら、

いつ言おうか、いつ気が付いてくれるか・・・

と考えていたと思います。

もし、あのとき、いっしょにお風呂に入っていなかったら・・・

娘のSOSに気づくのがもっと遅れたかもしれません。


また、

娘が初めてピアノのコンクールに出たとき、一次で失敗して予選すら通らなかったとき、

お父さんが帰りの車の中で、

「もう才能がないことは解かったんだから、ピアノの道なんか諦めなさい!」

と、実もフタもないことを言って娘を泣かしました。

娘は自分の準備不足や力不足を痛感していたので、口答えひとつできませんでした。

わたしが見かねて、家に帰ってから、こっそり、

「このままピアノをやめてもいいの?」

と背中を押してやると、娘はお父さんが入っているお風呂にあとから入っていきました。

そして、二人がお風呂から出てきたときには、

「もう・・・しょうがない。 頑張るんだぞ。」 と、お父さんの態度が豹変していました。

そこで何を話したか聞いていませんでしたが、

その3年後に、音高に合格したあと、その話を初めて娘から聞きました。

そのとき、お父さんは、湯船に浸かりながら泣いていたそうです。

「お父さんも口惜しかったんだ・・・」 と言って。


今、息子は小6で、

そろそろいっしょにお風呂に入るのを嫌がるようになってきました。

放っておいたら、まったくいっしょに入ることはありませんが、

先日、息子が指に怪我をしたので、

「お母さん、シャンプーして」 と言って、ごく普通にいっしょにお風呂に入りました。

久しぶりにいっしょに入ったので、

嫌がるのも聞かず、無理矢理、

日頃洗っていないであろう耳のうしろだとか、耳たぶの中とか、足の指の間とか・・・

問答無用でゴシゴシやってしまったので、

これで当分いっしょにお風呂には入ってくれないでしょうけど、 (T_T;)  しまった・・・

それでも、

小6にもなって、

「お母さん洗って」

「じゃあ、いっしょに入る?」

「いいよ」

・・・と自然に言えるのは、

小さい頃から当たり前にいっしょにお風呂に入ってきたからではないでしょうか?


母親と父親では、子供に対する厳しさの種類が違います。

父親とお風呂に入ったときは、母親には言えない悩みや愚痴を訴え、

母親といっしょに入るときは、父親には言えない悩みや愚痴をこぼすことができる。


普段、すらすら言えないことも、

なぜだかお風呂に浸かっていると、なんだか気持ちが解きほぐれて、

緊張や体裁や照れやわだかまりの壁を越えて、

心を割って話すことができるのだと思います。


これは、無形の「心の財産」 とも言える大切なわたしたちの文化ではないでしょうか?


この、毎日入浴し、親子でスキンシップをとる・・・ というのは、

世界で唯一といえる 日本独自の習慣であり、

日本人だけが解かる、親子の絆を深める秘訣なんではないでしょうか。


それを、アメリカ人は理解できない・・・と。

「トトロ」の親子シーンを「異様」に感じた・・・と。


それがどういうことか、みなさんお解かりになりますか?



つまり、この感覚はアメリカ人だけではない、ということです。
くだんの中国人も、となりの韓国人も、日本文化を理解しないということなのです。

もちろん、外国人の中にも、日本文化を愛し、理解しようという人はいます。
が、問題なのは、
「日本の文化を尊重しない」(むしろ憎んでいる?)外国人の存在です。

残念なことに、この日本には、そういう特種な外国人がたくさんいます。
あえて、彼らは、「憎むべき日本」に住み続けているのです。
そして、
そういう人たちが、一見それとは解り難く、日本人の中に多数紛れ込んでいるのです。
日本人の名前を持ち、ときに日本人の戸籍を持ち、
日本人のうような顔をして、日本人と同じ権利を持つ
日本文化を尊重しない人たちが・・・

それが、単に町内にいるとか、お隣にいる…とかならいいです。
それが、市政に入りこんでいたり、国政に入り込んでいたとしたら?

おそろしいことだけど、実際にそうだから問題なのです。

ネットでググればいくらいでもそういう情報は出てきます。
日本人にとって明らかに不利になる法案を通そうとする議員が実は・・・とか、
特定外国人にばかり優遇し、その分日本人が搾取されるような法案を通そうとする議員は実は・・・
とか、そういうのがごまんといます。

もし、市政や行政にはぜったいに「100%日本文化を理解する人間」だけがいたなら、
けっして、ぜったいに、
そんな法案は作らないだろう!
いえ、そんな発想自体ありえない!・・・ってことが往々にしてあります。

この「児童ポルノ法」もそのひとつなんです。

実際、
この「児童ポルノ法」とか、とんでもない「子ども条例」などがいち早く通って施行されてる地域
というは、調べてみると一定の特徴があります。
それは、外国人が多いということ。
その外国人の割合が、中韓人が多い、ということ。
さらに、そこでは、すでに「外国人参政権」が許されている・・・ということです。

つまり?

誰がそんな法案を通したか? ってことです。
誰が、それを必要としていたか? ってことです。


これは、表面的には「児童ポルノ産業のための犠牲者を守る法律」のように聞こえますが、
中身はどっこい、
うっかりすると、ごく当たり前だと思っていた日本人の習慣にも抵触してしまう
その気になれば、(誰かを意図的に破滅させようとすれば)怖ろしく「冤罪」を量産できる
怖ろしい法律なのです。

そんな法律を日本人がほんとうに「好き好んで」制定したがるでしょうか?
わたしは、あたまのおかしな左翼か外国人じゃなきゃできないと思います。

つまり、

これらの、「児童ポルノ法」に連なる数々の法律は、

「自分たち」には理解できない、必要とは思わない日本のあらゆる習慣や文化、伝統・・・

といったものを日本人から奪うためのものなんです。


自分たちに理解できない、無意味なものだから、

彼らは、そんなものはこの世から消えてなくなってもいいと思っているのです。


わたしたち日本人が独自の習慣や文化を奪われても、

彼らの生活にはなんの影響も及ぼしませんから、そんなことまったく意に介さないのです。


仮に、自分たちの国民からも猛反発をくらうであろう習慣なら、

彼らももっと躊躇するでしょうけど、

彼らにはそんな足かせがないので、とにかくすぐにでも、明日にでも

さっさとこの法案を通してしまいたいのです。


だから、現実に、この日本で、

加速度的に、これらの法案が、地方を中心にどんどん可決、最終審議へと持ち込まれています。



こういう法律が日本でまかり通ったら、どうなると思いますか?

マスコミはけっして教えないので、自分で想像してみてください。


この、アメリカでの 

「親子で入浴中に授乳した」 ことが「破廉恥」で「淫猥」だと決め付けられた事実が物語るのは、

例えば、今、民主党が中心となって推し進めている改正案が承認され、

彼らの思惑通りの「児童ポルノ法」が制定されれば、

「親子で入浴しているシーンの描写はポルノである。」

「母親が子供に乳を与えている描写はポルノである。」

ということを、

法律が、つまりその法律を認めた国民が、「認めた」ことになるのです。


そして、わたしたちの想像をこえて、

ドラマや、漫画や、アニメからその描写が消えるだけでなく、

母子手帳や、産婦人科のポスターや、赤ちゃん雑誌や、子供の絵本まで・・・

いつかその対象となるのです。


「母と子」の美しい自然な授乳のイメージや素肌でのスキンシップを奨励するものが、

この日本から消えてなくなってしまうのです。


これを想像したことありましたか?

でも、「彼ら」がしたいのは、そういうことなんだと思います。


「まさかそこまで・・・」

と思うかもしれませんが、

わたしはそれをこそ危惧しています。


母子が素肌で触れ合ったり、授乳したりすることを、

「母と子の自然な美しいイメージ」

ではなく、

「破廉恥で淫猥なもの」

として目に触れないように、汚いものを「隠す」ような社会になってしまったら・・・

これからの次の世代の子供たちは、一体どんな風に育つのでしょう?


今まで、それが「当たり前」だったからこそ、

わたしたちは、「その」恩恵を享受できたのです。

それが隠すべき淫猥なものだとしてこれからの子供が認識していったら、

いったいどんな大人が育ち、どんな家庭を築き、どんな社会になっていくのでしょう?


少なくとも、

温かい、やさしい、思いやりと愛情に満ちた世界からは程遠い、

殺伐としたものになることは間違いありません。

少なくても、

今の、これまでの日本のような、

「サザエさん」 や 「ちびまる子ちゃん」 のような温かい家庭はなくなってしまうのではないでしょうか?


もしかして、

同じ日本人でも、こういう法案を「良し」として推奨している人は、

こういう日本人らしい温かい家庭を知らない人かもしれません・・・。


たしかに、そういう家庭も増えてきました。

お風呂を入れない家庭。

いっしょにご飯を食べない家庭。

こどもに添い寝をしない家庭。

・・・・

でも、 それを助長してきたのも、
日本の風習を否定し、日本の家族制度を否定し、
「個」ばかりを大切にして「公共心」や「公徳心」をないがしろにし、
「ジェンダーフリー」だの「男女平等」だのを煽って広めてきた
左翼・日教組とマスコミだったと思いませんか?



これは 「児童」を守るのが目的なんかじゃない。

真の目的は、

日本から「親子の絆」を奪い、伝統的な文化や習慣を奪い、

日本人のアイデンティティを形作っていたものを奪い、

日本人を内側から滅ぼすことです。


これが大袈裟だと思いますか?

では、なぜ、

入浴中に授乳しただけの母親が子供を取り上げられなければならなかったのでしょう?

おかしいでしょ?

例えアメリカにそういう習慣がなかったとしても、

「やりすぎ」を反省して尚、母親は子供と隔離され続けたのです。

おかしいでしょ?

こんなことで裁判やマスコミで叩かれ続け、家族が崩壊されてしまっても

だれも助けてくれないのです。

おかしいでしょ?


この母親は移民でした。

自分たちとは異質の民族に対するいじめの心理がなかったとは思えません。


では、わたしたち日本人は?


日本人の権利はだれが守ってくれると思いますか?





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


★外国人参政権が進んだ都市で起きていること

憲法改正はこうあるべき! 『日本に住む者は、日本の文化を尊重すること』
【吉報】痛快!フランスで極右政権が誕生 政策が凄い!
 
「生活保護は自国民のみ」「移民犯罪者は問答無用で国外退去」
「日本の靖国参拝を全面的に支持する」!!

福祉大国の終焉!! オランダ国王「もう無理」  
理想のはずの「オランダモデル」が「移民と福祉は国家を滅ぼす」という手本に!!


最短6か月で日本国籍を取得?! 法務相さん、ちゃんと仕事してよ!


特定秘密保護法案  機密受領者のチェック項目に「帰化人条項」がある

「特定秘密保護法案」はスパイ自白剤だったのか?   
次々と暴かれる反日正体・・・中日新聞は朝日以上の反日左翼!!  





関連記事

うさぎも驚く 外国人参政権!!


ついに、あってはならぬことが起きてしまいました。


奈良県生駒市において、外国人参政権が認められそうに!!


え??  そ、そんなばかな?   目

ありえないでしょ? そんなこと・・・


いいえ、ついに 「ありえない」 って言ってたことが 現実になったんですよ、そうちゃん。


うさんぽの小径



そうちゃんがびっくりするのも無理はない・・・


「住民投票」ではなく 「市民投票」 と言葉を換えるなど さまざまなカラクリを要して

外国人の意志が市政に盛り込まれる ことが ついに現実になりそうなんです。 ウサギむかっ


奈良県生駒市は「市民投票制度制定」へ向けて、市民の意見を踏まえた上で最終案をまとめ、

来年の3月議会での条例成立を目指す のだそうです。


「まさか、右翼と呼ばないで」 のブログ主さんの文章を借りて、ここに要約を紹介します。



「 市民投票条例 」 のページの問題箇所を要約すると、 


■18才以上が投票資格あり。(選挙は20才以上)

■特別永住者(いわゆる在日)、永住外国人。その他のビザでも、3年以上居住する外国人は可



↑  ↑  ちょっと待って、

第2次大戦後から政府転覆活動をしてきた在日に政治参加を許すだけでも言語道断なのに、

一般的な就労ビザで居住しているに過ぎない外国人にも たったの3年以上滞在という条件付きで

日本の行政に口出しする権利を与えてしまうつもりなんです!!

しかも、とんでもないからくりがまだあります。

公職選挙法違反者であっても、日本人は従来通り市民投票から排除されますが

外国人ならば市民投票に参加できるのです。


これが、どういう意味だかわかりますか?  一言で言えば、「なんでもあり」 ですよね。

どんな外国人でも、3年住めば投票権がもらえるのです

犯罪を犯して国外退去処分を受けた人でも、たった一年で再入国できると知ってましたか?

こんな緩い法律があるのは日本だけです。

これも、それも、こんなときのための布石だったんでしょう。

極貧の人でも、極悪人でも、簡単に日本に住めて、簡単に参政権がもらえるんです。

そしたら、

それに目をつけて(いえいえ、最初からそれが目的なんでしょうが

彼らを優遇して「自分たち」の都合のいいように「投票」させるなんて簡単なことです。


なんでそんなこと認めるんでしょう?  ウサギ むかっ むかっ


さあ、

これによって、現実にこの日本に起こることは何か・・・

それは、


日本の外交・防衛問題に 「外国人」の意思を介入させること が

可能になっってしまうのです。


こんなご時世にですよ?

そうなったら、誰がこの日本を守ってくれるんですか?

日本人が? 守ってくれるはずだって?

思い出してください。ここは、建て前は民主主義。

外国人の意志が過半数を超えたら・・・?


日本の国民の利益より、「外国人」の利益を優先させる法案、行政がどんどん通るってことですよ。

もちろん、ここでいう「外国人」とは、中韓人のことです。


ここに、立派な前例ができてしまったら、

一度通ってしまったものは、取り返しがつきません。


世界中からの笑いものです。

メディアはできるだけ知らせないようにしていますが、

国の外交姿勢を決めるときに、外国人住民の意見を聞く国など

世界に1つもありません


「もしも外国人地方参政権が成立したら?」[桜H22/1/5]

http://www.youtube.com/watch?v=NlsikmAlAE4



生駒市市議会の方に聞いてみたい。

市民に意見を聞くのは、いいですが、

果たしてこの事実をちゃんと市民に知らせた上で判断させてくれるのでしょうか?


一般市民に判断に必要な大事な情報を与えずに、

自分に都合のいい「まやかし」を巧みに使って「市民の意見」としてるんじゃないでしょうか?


みなさん、

「事実」を知らないということは、このようにこわいことです。

うっかり信じて、うっかり騙されて、いつの間にか自分の権利を失い、

いつの間にか自分の居場所を失うことになるんです。


ほんとうに、これが現実になっていいんですか?

こわいです。 でも、現実なんです・・・

あなたも、「まさかそこまで・・・」 と思っていたでしょう? わたしもです。

「外国人の参政権を許そうなんて、馬鹿げた考えを通してしまう日本人がいるなんて・・・」 って。

それとも、

奈良県生駒市の市議会員には、日本人が半数以下しかいなかったのでしょうか?


普通の無知なノンポリの人間がやったことなら、「つい、うっかり」でしょう・・・

「そんなこととは知らなかったから」、

「うっかり、外国人に参政権をやったら、自分たち日本人が駆逐されてしまった・・・」    目  

そんなバカな大人がいますか?

市政を預かる、市民の税金を預かる人間がそんなことバカなわけあり得ますか?


じゃあ、「うっかり」 でなかったとしたら・・・

それは、確信犯的に、

わたしは日本のことはどうでもいいので、自分に利権を与えてくれる人を優遇したい」

っていう意図しか考えられませんが?


どっちにしても、バカですよ。

日本っていう「国」が実質なくなってしまったら、誰も「あなた」を守ってはくれないのに・・・

あ、

いえ、大丈夫でしたね?

日本人じゃなければ守ってもらえるんでした。



これが人口少ない一地方都市の話だと安心してはいられませんよ。

日本の政治の中枢には、真正日本人以外の議員がいっぱいいるという現実を知っていますか?


「国会議員は帰化の公表を」

http://blog.goo.ne.jp/kuranishimasako/e/8e95f4d2a0dd8ed95831982caaa8c962



日本にいながら、日本人が国から保護されない、

日本の行政が日本の国益を考えない、

そんな馬鹿げたことが、現実になろうとしています。



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問い合わせは推進会議事務局の市市民活動推進課(0743・74・1111)。
生駒市HP:http://www.city.ikoma.lg.jp/
代表電話:0743-74-1111 FAX: 0743-74-9100


市政全般へのご意見http://www.city.ikoma.lg.jp/faq/question.php .←反対と書いて送ってください



ウサギ ウサギ  ウサギ  ウサギ  がんばれ! 日本!! ウサギ  ウサギ  ウサギ  ウサギ  


外国人地方参政権を考える
http://politiceconomy.blog28.fc2.com/blog-category-26.html

【村田春樹】シミュレーション「もしも外国人地方参政権が成立したら?」[桜H22/1/5]

http://www.youtube.com/watch?v=NlsikmAlAE4

自治基本条例は何故危険なのか

http://homepage.mac.com/kazz2000/kihonjyourei.pdf



うさんぽの小径   こうしちゃ いられない! 急いで署名にいかなくちゃ~!!



★法務省は機能しているのか?  二重国籍60万人!


※最近の「在日特権」問題について ↓  ぜひ、お読みください。
「たかじん」番組で竹田恒泰氏が暴露した「在日特権」発言が抗議された問題について
騒げば騒ぐほど世間に知られてしまった「在日特権」の存在と「通名」の悪用問題 




関連記事

不毛地帯 「生きて歴史の証人たれ」

「生きて歴史の証人たれ」



その言葉は、いつの時代の人間にも、どんな立場の人にも、責任あることだと思います。




最近、なぜかドラマ「不毛地帯」 を見直しています。


戦後の日本の経済復興を支えてきた男たちの生き様を見事に鋭く描いています。


ほんとうは、娘に、第一回放送(第一話)に描かれている、壱岐正のシベリア抑留時代の話・・・

あの「日本人のプライド ③」  で書いたことを伝えたくて、子供たちといっしょに見ようかと思って借りてきたのです。

残念ながら息子には逃げられましたが、娘が一緒に見てくれました。

そして、うん、うん、と唸りながら感動してくれました。

その「感動」が何なのか・・・ それを言葉にすることは娘には難しそうでした。

そこで、「日本人のプライド ③」に書いたことを説明すると、娘は、

その「感動」がどこからくるのか分かると、そして、壱岐の行動の真意と深さが腑に落ちると、

尚のことこの作品の重みを感じていたようです。


ほんとは、そこだけ見せればよかったので、一巻しか借りてきていなかったのですが、

うっかり二話まで見てしまったら、続きが気になるのでそのまま続きを見続けています。


続きを借りにいったとき、ふと、となりに置いてあった「旧・不毛地帯」(平幹二朗主演 1979年放送)

を見つけて、思わず最後の方だけ借りて見たのですが、

それを見てびっくりしました。

けっこういろいろと設定が違っていたのですね。

とくに印象的だったのが、

壱岐の息子の、汚れた社会に反発する生き様がいやにクローズアップされていたことです。


いや、反対なんでしょう。

「新」の方では、その息子の「葛藤」や生き様が、まったくカットされている・・・ということなのです。


この部分が、

「フジテレビ」が失ってしまった「良心」の部分だったのか・・・と、わたしは思いました。


そして、それこそが、

今の時代が失ってしまった良心だったと、

ほんとうは手離してはいけなかった、忘れてはいけなかった「痛み」だったのではないか、と、

そう感じました。


壱岐は、作戦参謀として指令を出し、たくさんの部下や国民を死なせてしまったという後悔の中、

「二度と過ちを犯さないために、生きて歴史の証人たれ」 という上官の言葉と、

戦争の引き金になった日本のエネルギー資源不足や、防衛力不足を解消するという大義のため、

第二の人生を商社の「企業戦士」として歩み出します。


その中で、「大義」を果たすために立ちはだかる大きな「壁」、

自分は決して踏み入れたくはなかったはずの、大事な友を死に追いやった元凶である、

政治の腐敗という「泥」を呑み込んだ時から 彼がとうとう手離してしまったものを、

その息子は最後までそれを許せず、看過できず、

苦悩し、傷つきながら、自分を誤魔化したり妥協することを一切拒み通し、

父親と、父親たちが作ってきた社会に反旗を翻します。


この対比・・・この親子のまったく合いなれない生き様を通して、

今の日本の社会を作ってきたのは、

今の社会の構図を認め、利用し、それを日本に「定着」させてきたのは誰だったか・・・

それをこそ、作者は言いたかったんじゃないか?

・・・と思いました。 ( すみません。原作まだ読んでません…)



今のマスコミでは、こんな作品作れませんよね。

あの時代の、ぎりぎり良心が残っていた時代の、それこそ「生き証人」として、

あの言葉は、

作者やあれを作ったスタッフたちが自分への命題としていたんじゃないだろうか、

時代を生き抜いてきた大人たちの、あれが最後の「良心」だったんじゃないか・・・と感じました。



よかったら、「新・旧」比べて見てください。

時間がなかったら、最初と最後だけでも。

きっと、フジテレビの良心が、

「日本の良心」がどう変わっていったかが よく分かると思います。

関連記事

改訂版 ! 「児童ポルノ法改正案」の危険性 ②

※ ※

これは、この問題をみなさんにもう一度考えて欲しくて、

以前書いた 

「日本人のスキンシップが奪われる日」  と 「児童ポルノ法 アメリカの現状と日本のこれから」  という記事を合わせて再編集したものです。

m(__)m




次の問題は、日本の伝統文化への冤罪被害についてです。


たとえば、日本には、「文化」ともいえる漫画の世界があります。


このポルノ法改正案でもっとも一般人にとって直接的に解かりやすく関わってくるのは、

この漫画の問題でしょう。

わたしも、漫画は大好きですから、とても危惧しています。

あの、尊敬する、人類史上最高峰の一人と思っている萩尾望都の「残酷な神を支配する」も

その対象になっていると聞いて、いてもたってもいられない憤りを感じます。

だったら、あの山岸涼子の「テレプシコーラ」だってその対象になるということです。

こんな馬鹿げたことはありません。


そう、この条例で一番懸念されることは、

そうした、たしかな文化的遺産ともなりうる作品でさえ免れないという問題点なのです。
つまり、

ごく一般的な人が「その対象」となる書物を「所持している」ということになるしょう。
ふつうに少女誌、少年誌を買ってきてさえ、

「解釈の幅」を広げれば、「それ」に触れる内容にほとんど当てはまると思います。

そして、問題なのは、
その「解釈の幅」は、持っている人や一般の評価ではなく、
それを検挙したい側の「解釈」に委ねられる。

ということです。

これが問題です!


「ええ~、こんなのべつに、普通に売ってるし、みんな持ってるものじゃない?」

って言ってももはや、この法律がある以上通用しないのです。
でも、わたしが思うに、そういうものを巷に溢れかえらせたのは、
買ってる本人というより、描いてる本人というより、マスコミの仕業ではないかと思うのです。
マスコミは、特に若い世代にまず、「流行」に気づかない、乗っていない人のことを嘲る言葉を流行らせ
「波に乗らなきゃ馬鹿にされちゃう!」っていう心理を植え付け、
例の「韓流ブーム」と同じように、

有りもしない「流行」を造って、「流行らせたいもの」を煽っていく・・・
そして作り手の方にも、「そういうものじゃないと今は売れないから」と
無理矢理そういうものを織り込むように強要する。
そして、「そういうもの」が簡単に量産されて氾濫し、それが「普通」になっていく・・・。

それでも、

極一部の作家たちの矜持によって、なんとか本来の日本固有の「文化」は保たれてると思いますが、
今、巷に氾濫する大多数のそれは、とても「文化」とは言えないようなものになってしまいました。


ただ、それは、「文化」や「芸術」と言って胸を張るには価値の低いもの、という意味であって、
その全てが、全く存在する価値が無いとは必ずしも言えないと わたしは思うのです。

なぜなら、

どんな世界にでも言えることですが、
試行錯誤の、未熟な、不完全な、取るに足らない・・・

そういうものを最初から全否定してすべて排除していたら、
そこから成長し、発展し、生まれてくるかもしれない「本物」が発掘される間もなく、
区別なく抹殺されてしまうからです。


そんな愚かなことをしていたら、この先の文化や芸術の未来はない。

この先につながる伝統が、発展を遂げず、ものによっては途絶えることになりかねない。


なにしろ、こういう無謀な法案を通したがる連中は、ほんのわずかな糸口さえつかんでしまえば、
「あれもいっしょ」 「これも同類」・・・となにもかも一くくりにして全部「焚書」「抹殺」してしまうだろうからです。


「まさかそこまで・・・」 ということが、この日本では次々に現実化しています。


日本は、「ポルノ大国」だとか、「性差別大国」だとか周りから言われていますが、
それはほとんどなんの根拠もないことです。
実際、ポルノ法等で厳重に縛られた国ほど性犯罪も、発禁画像所持者も多いのです。
それらの国と比べると、日本はかなり下の方・・・つまり、「まとも」です。


では、どうして、そのような「誤解」がうまれたのでしょうか?
それも、これも、やはり日本の「反日マスコミ」のせいだと思う。

そうやって、くず同然のただの「恥ずかしい」ものを氾濫させ、そういうものだけをクローズアップして取り沙汰し、
「これが文化といえるのか?」 「こんなものは無くても困らない」 と鬼の首をとったかのように
上から目線で「全て」を蔑む

そうやって、日本の歴史的伝統文化、芸術とさえいえるような作品さえ
「いっしょに包んで焚書にする」つもりなのでしょう。


そうして、自分たちが持っていない、自分たちが持てなかった「文化」を
この日本から抹殺しようとしているのではないかと思います。

そして、自分たちが過去に憂き目にあってきた、「遺産の焚書」という取り返しのつかない後悔 を

日本人にも味あわせたいのでしょう。


そう、「焚書」ほど、人類史上馬鹿げた行為はありません。

過去の遺産、人類のかけがえのない遺産を、
取り返しの効かない永遠の後悔だけをのこして消し去る愚行です。

優れた文明を持つ中で、そんな愚かな行為を歴史的に味わってこなかったのは日本くらいです。
そんな 「賢明な日本人」に同じ後悔を味あわせたくて仕方がない としか思えません。

「彼ら」の、日本文化への嫉妬、日本人への嫉妬がないとは絶対に言えない とわたしは思う。
「彼ら」がたとえ「自覚」していなくても、その心理を利用されてるということはあり得ると思う。
だから、「在日」という存在は、日本転覆のために御しやすい存在なのでしょう。

日本人は、いかに日本人が諸外国から羨望の眼差しで見られているか、それゆえいかに嫉妬され、

恨まれ、脅威にすら思われているかをもっと知るべきだと思います。

「白人至上主義」(または「中華」)の観念の中で、いかに日本人が疎ましい存在であるかを。

我々が思っているような「友好」とは程遠い、どうしようもない感情が確かにあるということを。



とにかく、

この、アメリカでの「児童ポルノ法」の現状から日本人は早く学ばなければならないと思います。

反日政治家の愚行にこれ以上付き合う必要はありません。
このままでは、

10年後、たとえ間違いに気づいたとしても、
それを日本国民が正すための法律が もう ないかもしれませんよ?
 



<参考URL>


児童ポルノ法案についてはこちら。 

  児童ポルノ法改正案 の正体


(初心者向け )          http://www36.atwiki.jp/support5482/


「 知ってた? リスト 」      http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/1122.html


人権擁護法案の正体      http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/142.html

国民が知らない反日の実態   http://www35.atwiki.jp/kolia/

.................................................................................



ウサギ  「日本人のスキンシップが奪われる日」

ウサギ  「児童ポルノ法 アメリカの現状と日本のこれから」

改訂版 ! 「児童ポルノ法改正案」の危険性 ②
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-194.html




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