ひだまり    今は古事記に夢中! 2013年07月

アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

追記  8分半で自虐史観の洗脳が解ける魔法の動画

8分半で自虐史観の洗脳が解ける魔法の動画

この動画についたコメントをもとに一言・・・

アジアを解放した英霊を戦犯にしたのは連合国。
日本人にそう思い込ませたのはGHQ。
それを引き継いだのが日本左翼。

「戦争に負けたからしかたない・・・」 そういう空気のまま 今に至る。

そして、
その「空気」を 隣りの国たちが利用して、不当に被害者面して日本を貶めている!

日本に、そんな「空気」がある限り、

彼らはいつまでもそれを利用し、他国にもそれを信じさせ、
日本はいつまでも「戦後体制の呪縛」から解放されないのです。






「 youtube すぐ止まってイライラする~」っていう人は、
ニコ動のアカウントを取るのをお勧めします!
youtube みたいに止まりません。
  ↓   





youtube の動画についたコメントより~


アジアを解放した英霊を戦犯にしたのは連合国。
日本人にそう思い込ませたのはGHQ。
戦争に負けたからしかたない・・・そう言う空気のまま今に至る。

しかし、そろそろ我慢の限界! 引き金は中韓の反日!
白人至上主義に散った多くの日本人を侮辱する!
アジアの裏切り者中国人と寝返り朝鮮人に。

・・・自分のご先祖様に強姦魔、虐殺者の濡れ絹を着せてまだ黙っ­ていられますか?
・・・故郷のために玉砕した兵隊さんの名誉を守ってあげようとは­思いませんか?

哀れなり・・・
アジア解放に死んでいった英霊が特定アジア人に冒­涜されるとは・・・




日教組と反日マスゴミに騙されていたけど、これで正統史観がわか­ったと思う。
大東亜戦争は日本から仕掛けたものではなく、日本は最後まで平和­外交を模索していた。
大東亜戦争は日本が欧米の植民地にされている東南アジアやインド­などの国々を解放するための
戦争であった。
この事実を歴史の教科書に載せて、もっと子供たちに教えるべき!­!



ここに来れて、良かった。
耳をふさがないで、しっかりと前を見て­生きる。
子供にも伝える。
孫ができたら、孫にも伝える。
我われの­先達の誇り高き礎のうえに今があることを!



私の亡くなった祖父も言っていました。
あの戦争は鬼畜米英と戦う­為だったと。 決してアジア侵略の為ではありません。



何度見ても涙がでます。
素晴らしい国 日本に生まれて良かったと痛感します。
今の若者にも是非見てもら­いたいです。
出来れば学校の教材として活用して拡散してもらいた­いと願います。
大東亜戦争で散っていった英霊とこの戦争で犠牲に­なった国民に最大の敬意を払いたいです。



靖国で静かに眠っているじいちゃんの代わりに私が言います。
これ­を作ってくれて本当にありがとうございました。



。。。。。。。。抜粋転載おわり



<参考記事>

日本人は自分のことをよく知らない
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-558.html

なぜ日本人は「日本人らしさ」を失わずにこれたのか?
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-631.html

日本ほど素晴らしい国は世界中のどこにもないだろう ~ アーセン・ベンゲル
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-359.html

必見! 『大日本帝国が世界で初めて提案した『人種差別撤廃案』』

『追記:アメリカ人も知らない太平洋戦争の事実』  
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-827.html


『国旗の重み 靖国編 ~ブラジルからの手紙~』
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-814.html


『再 日本人の「共存共栄」の心』
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-833.html


「可愛い子には旅をさせましょう」
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-143.html  


『学校では教えてくれない 本当の江戸社会と江戸日本人のすごさ! 』
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-825.html


「世界のトヨタと真央ちゃんが教えてくれたこと」 
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-886.html


アメリカ人も認める憲法改正 ~ 『天皇陛下にお仕へしたい ウエスト博士の思ひ出』


『日本人は知っているだろうか… 東京裁判の嘘と大東亜戦争の真実』

外国人はどのように日本が見えていたのか? ~外国人から見た日本の姿  ①



関連記事
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わが隣国はこんな国・・・  韓国人の歪んだ平等主義 「怪声(奇声)を叫ぶ子どもたち」  


韓国人歯科医・・・(ときに詩人?) シンシアリーさんの記事を紹介します。

これを読むと、昨今の韓国人の異常行動が腑に落ちます・・・
同じ反日国家なのに、
中国人の渡日は減っているのに、なぜ、韓国人はむしろ増え続けているのか・・・?
その不気味な謎が解けます。

謎は解けても、ますます不気味さが増えるばかりですがね・・・


念を押しておきますが、これは韓国在住の韓国人が書いたものです。
歯科の開業医だそうですから、知ってる人は知ってる有名人だと思います。
同族人の観点から、鋭く韓国人の心理や現象を解説してくださる貴重な情報源の一人です。


怪声(奇声)を叫ぶ子どもたち
http://ameblo.jp/sincerelee/entry1-11580091145.html#cbox より抜粋転載~


怪声(奇声)を上げる子供が多すぎる。

聞く度に、人間の頭ってよく出来ているなと感心する。
あんな声が出せるなんて、良し悪しは別にして、凄いものだ。
何故「頭」なのかというと、喉だけでは、絶対あんな声は出せないからだ。

子供が騒ぐのは普通だろうが
この未婚め・・・と思われるかもしれないが、
韓国で、ここでいう「怪声(奇声)」というものは、そういうレベルではない。

韓国に来た人なら、一度は聞いたことがあるんじゃないだろうか。
「キヒイイイイヒィィィィ」とか、
「キャアハアアァァァァァ」とか、子供が叫ぶ奇声。

たまに大人が出す場合もあるけど(笑


上でも書いたが、喉から声を出すんじゃなく、頭全体で出すと思うといい。
「声」という類のものではない。
もはやただの「音」である。

自分の縄張りを守ったりするための、
獣の叫びにすら及ばない、それはただの不快な「音」だ。

阻止する人はいない。
ヘタすれば、「何故うちの子の気を折るのか」と保護者と喧嘩になる。
どうやら、その子の親には、あの奇声が「気」らしい。

ま、一時よりはマシになったし、叱る親もいないわけではない。
そして、それは気と関係ないということも、実は親は知っている。
体面だ。

体面を守るために、適当なことを言って「俺の子は悪くない」としているのだ。
だから喧嘩になる。体面に触る問題になるからだ。



子供の頃からあんなに奇声を叫ぶ理由はなんだろうか?
歳から見て、後天的なものではない。どうしても先天的なものである。

基本的には、何か自分の気に入らない時に、そんな声を出す。
年齢にもよるが、単純に母が自分を見てくれない時、
自分が座っていた椅子のとなり席に他の人が座った時、
パワーレンジャー(戦隊物)のロボットが買ってもらえない時、などなど。

幼いほど強い。先天的なのは間違いないだろう。

根拠もなく、ただ私のオクソクだが、
それは韓国人の「歪んだ平等主義」の遺伝子レベルでの現れである。



韓国は平等な国ではない。
昔も今も。

前にも(勢いで)書いたが、人間は「個」であるくせに「集」のモノマネをしないと生きて行けない、
即ち群れを成さないと個人が生き残れない、不思議な生き物である。
だからそこには「法」が必要であり、その法は誰にも平等であるということが絶対条件である。

韓国は、その法がちゃんと機能していない。
例外が多く、感情によってダブルスタンダードが適用されたりもする。

法がちゃんと機能しない限り、平等は訪れない。
単に所得格差などが平等を語る基準ではないのだ。
平等を語る基準は、経済的な側面ではなく、法治の側面においての水準で決まる。

どちらかというと、経済的な不平等というのも、
実は法的な平等性が損なわれた時に強くなったりするものだ。

だから、法は正義の味方ではない。
法は冷たい審判者でなければならない。
ただ、それは国民の力で変えることができる。法とはそういうものだ。


そういうことで、韓国は平等な国ではない。

いつだったか、大法院(最高裁判所)長が「
韓国には憲法の上に国民感情法がある」と皮肉を残して去ったことがあるのだが、
まさにそのとおりだ。

ずっと前から、半島にできていた国の中で、ちゃんとした法治が行われたことはない。


だが、その中には、平等主義の心があった。
前の体面エントリーでも書いたが、韓国人特有の二重性がそこにある。

二重性。

即ち、それはマトモな平等主義では無かった。


昔から韓国人の心の中には、
「貴族なんか嫌い」という考えと、「貴族になりたい」という願望が混在していた。

貴族制度の崩壊で、
もうヤンバン(貴族)もサンノム(賎民)もない世の中になったと喜んでいた人たち。
しかし、その人達を相手に、戦後、
金属(アルミニウム)製のスプーンや箸、茶碗などが大ヒット商品となる。

理由は簡単だ。
貴族たちが使っていた「ピカピカの茶碗やスプーン(銅が多く、最上階級には銀、金で出来ていた
ものもあった)」が欲しかったのだ。

どうしても、一度あんなものでご飯が食べてみたい。
そんな韓国人の心理に、ど真ん中ストライクだったのだ。
IMFの時に無くなったが、これだけで財閥と呼ばれる地位を獲得した企業もある。

財閥は嫌いだ。でもサムスンの社員になりたい。
今だ続いているこの二重性。

その裏に、歪んだ平等主義がある。

「平等でなければならない・・・けど、その基準は自分自身である」
というのだ。

シンシアリーが考えている、韓国人の意識構造の中にある病弊の中で、
もっとも深刻で慢性的で、他の歪みをリードしているもの。
それがこの「歪んだ(自分を中心とした)平等主義」である。


平等でなければならない。ただし、基準は俺。

『他人は自分より上に立ってはいけない。自分は他人より上に立ちたい』


この二つの考えが、二重性が、韓国人の心理の中ではいつも衝突している。

そして、それが出来ないと分かった時、この歪んだ平等主義が発現する。

『上のやつを引きずり下ろしたい。下のやつを踏み潰したい』


その心理が、いつも、何気ない行動で現れる。

何かお気づきだろうか?
韓国人は「混ぜる」のが好きだ。

自分より目立つやつが嫌いだ。
自分より目立たないやつをバカにしたい。

その願いがかなわなかった時、とにかく全てを混ぜる。

自分も目立たなくなるが、せめて無視はされずに済む。

混ぜるというとビビンバ(ビビムバップ)を思い出す人も多いだろうが、
実はそれ、賎民の食べ方である。
韓国の貴族は、ご飯に何かを混ぜることなど、タブーだった。

韓国人が「混ぜる」のは、食べ物だけではない。
子どもたちは、銭湯で、お湯を混ぜる。

熱湯の熱い湯と水風呂の冷たい水を混ぜる。
自分が浸かれない熱いお湯など、冷たくなればいい。
自分が浸かっていた冷たい水を混ぜることで、自分という存在を(自分が入れない)熱い湯に浸かって
いる人たちとほんの少し平等に出来る。


自分が持っているオモチャや本を混ぜる。
友達からオモチャや本を借りては、平気で「無くした」という。
そして、替わりに、自分が持っていたオモチャや本を一つやるという。

さすがにこれは韓国で子供の頃を過ごした人で無ければ経験がないだろうけど・・
自分が持っているものと、自分が持っていたいものを、こうして混ぜることができるのだ。

大人になってからも、これが借金を返さない(=借金は資産だ)という考えを持っている人が多い
こととも、決して無関係ではないはずだ。
友たちが、兄弟が、親が、貸したお金を返せというと、「縁を切る」とか普通に言い出す。

大統領が借金をチャラにしてくれると密かに待っているのも、
実はそういう心理が残っているからではないだろうか。

それこそが、
ほんの少し、平等(自分を中心とする世界)であるという歪んだ心理が。


歪んだ平等主義。

体面もその一部といえるだろう。

結局は混ぜる。

言わば「全滅エンド」を望む。

それは無視されずにすむという最後の抵抗であるのかもしれない。



今日も韓国の子どもたちは「自分の声を世界に混ぜる」。

出来る限り遠くへ、大勢の人にも聞こえるように。


自分自身が味わっている苦しさ(無視された、ロボット買ってもらえなかったなど)を
大勢の人に少しでも知らせようと、言い換えれば分かち合おうと(混ぜようと)する。


子供だけではない。韓国はいつもうるさい。

夜10時までダンススクールが遮音防音無視して営業する。
日曜の朝から平気に工事を始める。
大した内容でもないのに、大きな声で話す。
道を歩く時にも、出来る限り道の「幅」を占める。

自分を混ぜたいのだ。

いや、世の中が、自分に混ざり合わないといけないのだ。
それが平等だ。


それこそが、世の中がほんの少し平等になることだと遺伝子レベルで信じているのだ。


だから韓国人は配慮という心が足りない。
責任感が足りない。
義務を疎かにする。権利だけを得ようとする。

法を守ろうとしない。
法に自分を守れという。偽証などが多いのもそのためだ。

そしてそれこそが平等だと信じる。


ひょっとすると、
韓国人は寂しいのかもしれない。

「ボクはここにいるのに」・・・でも気付いてもらえない。
悔しい。だから混ぜてしまう。
無くなってしまえ。僕もお前も無くなってしまえ。
それが平等だ。

そして、グチャグチャになったその世界の中で、
「それでも、ボクはここにいるのに」と奇声を叫ぶ。


哀れなものだ。


この考え、ハズレであって欲しい。


。。。。。。。。。。。。。。。。。転載おわり



ほんとうに、ハズレであってほしい・・・

でも、現実なんですよね。
これを聞いて納得することしかりですから・・・

でも、納得できたからって、どうなるものでもない。
理解したからって、良くなるわけでもない。
もう、うんざりなんですから。


「混ぜる」・・・かぁ、
たしかに、
同じ反日国家なのに、中国人はめっきり減っているのに、
なぜかもっと激しい反日の韓国人は今も益々、日本にどんどん入ってくるらしい。
なんで?
って思ってたけど、これを聞いて納得。
それも、「混ぜる」なのね?

日本は嫌いだけど混ざりたい。
日本だけ幸せそうなのは嫌だから自分と混ぜたい。
うま~く混ざり合って分からなくなったら、
今度は自分だけもっと特別大事にしろ!て「叫ぶ」わけね?

・・・・・・ (自分で言っといて絶句・・・)

普通は幼少時に過渡期を迎えて収まっていくはずの「奇声あげて自己の要求を通す」行為は、
韓国では大人になっても、いい大人になっても、
政治家でも、国家元首に至っても・・・変わらないってことなんですね?

ほんとなら、「えええ~~!! うそでしょう?」ってリアクションしたいところだけど、
いやもう、実例を嫌ってほど見過ぎてきましたから、ものすごく納得できるんですけど・・・
まあ、ここまで納得できるのは日本人だけかもしれませんけど・・・ね。


こういう国をどうしたらいいんでしょうか?
こういう国と、どうやってつき合っていけばいいんでしょうか?





※  いろいろ書きましたが、追記文を入れて再度読んでみたら、
  あ、これは、やばいかも・・・と思い直して削除しました。 m(__)m


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テキサス親父 慰安婦が性奴隷などではなかった証拠を『米軍公文書』で確認! 

字幕【テキサス親父】慰安婦は売春婦!証拠はコレだ!



http://www.youtube.com/watch?v=ggQaYD37Jm4&feature=youtube_gdata_player


米国国立公文書館からの手紙
http://texas-daddy.com/comfortwomen.htm

 ↑ みんな ちゃんと読もう!  ウサギ
米軍の公式資料が日本の正義を証明してくれている!!


。。。。。。。http://texas-daddy.com/comfortwomen.htm より抜粋転載~


アメリカ戦時情報局  心理作戦班
アメリカ陸軍インド・ビルマ戦域軍所属
APO689

尋問場所:レド捕虜収容所
尋問期間:1944年8月20日~9月10日
報告年月日 1944年10月1日
報告者 T/3 
アレックス・ヨリチ

捕虜 朝鮮:人慰安婦20名
捕獲日:1944年8月10日
収容所到着日:1944年8月15日


はじめに
この報告は、1944年8月10日ごろ、ビルマのミッチナ陥落後の掃討作戦において捕らえられた
20名の朝鮮;人「慰安婦」と2名の日本の民間人に対する尋問から得た情報に基づくものである。

(中略)

募 集;
1942年5月初旬、日本の斡旋業者たちが、日本軍によって新たに征服された東南アジア諸地域に
おける「慰安役務」に就く朝鮮;人女性を募集するため、朝鮮に到着した。
この「役務」の性格は明示されなかったが、それは病院にいる負傷兵 を見舞い、包帯を巻いてやり、
そして一般的に言えば、将兵を喜ばせることにかかわる仕事であると考えられていた。

これらの周旋業者が用いる誘いのことば は、
多額の金銭と、家族の負債を返済する好機、それに、楽な仕事と新天地シンガポールにおける新生活
という将来性であった。
このような偽りの説明 を信じて、多くの女性が海外勤務に応募し、2~3百円の前渡金を受け取った

これらの女性のうちには、「地上で最も古い職業」に以前からかかわっていた者も若干いたが、
大部分は売春について無知、無教育であった。
彼女たちが結んだ契約は、家族の借金返済に充てるために前渡された金額に応じて 6ヵ月から1年に
わたり、彼女たちを軍の規則と「慰安所の楼主」のための役務に束縛した。


これらの女性およそ800人が、このようにして徴集され、1942年8月20日ごろ、「慰安所の楼主」に
連れられてラングーンに上陸した。彼女たちは、8人ないし22人の集団でやって来た。
(中略)

性 質;
尋問により判明したところでは、
平均的な朝鮮;人慰安婦は25歳くらいで、無教育、幼稚、気まぐれ、そして、わがままである。
慰安婦は、日本的基準から いっても白人的基準からいっても、美人ではない。
とかく自己中心的で、自分のことばかり話したがる。
見知らぬ人の前では、もの静かでとりすました態度を見せるが、「女の手練手管を心得ている」。
自分の 「職業」が嫌いだといっており、仕事のことについても家族のことについても話したがらない。
捕虜としてミッチナやレドのアメリカ兵から親切な扱いを受けたために、アメリカ兵のほうが日本兵
よりも人情深いと感じている。慰安婦は中国兵とインド兵を怖がっている。


生活および労働の環境;
ミッチナでは慰安婦たちは、通常、個室のある二階建ての大規模家屋(普通は学校の校舎)に
宿泊していた。それぞれの慰安婦は、そこで寝起きし、業を営ん だ。

彼女たちは、日本軍から一定の食料を買っていた。
ビルマでの彼女たちの暮らしぶりは、ほかの場所と比べれば贅沢ともいえるほどであった
この点はビル マ生活2年目についてとくにいえることであった。

食料・物資の配給量は多くなかったが、欲しい物品を購入するお金はたっぷりもらっていたので、
彼女たちの 暮らし向きはよかった。

彼女たちは、故郷から慰問袋をもらった兵士がくれるいろいろな贈り物に加えて、それを補う衣類、靴、
紙巻きタバコ、化粧品を買うこ とができた。

彼女たちは、ビルマ滞在中、将兵と一緒にスポーツ行事に参加して楽しく過ごし、また、ピクニック、
演奏会、夕食会に出席した。
彼女たちは蓄音機をもっていたし、都会では買い物に出かけることが許された。




利用日割り当て表;
兵士たちは、慰安所が混んでいるとしばしば不満を訴えた。規定時間外利用については、軍がきわめて
厳しい態度をとっていたので、多くの場合、彼らは用を足さずに引き揚げなければならなかった。
この問題を解決するため、軍は各部隊のために特定日を設けた。その日の要員として、通常当該部隊員
二名が、隊員の確 認のために慰安所に配置された。
秩序を保つため、監視任務の憲兵も見まわった。
第18師団がメイミョーに駐留したさい、各部隊のために「キョウエイ」慰安 所が使用した利用日割表
は、次のとおりである。

日曜日――第18師団司令部。
月曜日――騎兵隊
火曜日――工兵隊
水曜日――休業日、定例健康診断
木曜日――衛生隊
金曜日――山砲兵隊
土曜日――輜重隊



将校は週に夜7回利用することが認められていた。慰安婦たちは、日割表どおりでも利用度がきわめて高いので、すべての客を相手にすることはできず、その 結果、多くの兵士の間に険悪な感情を生みだすことになるとの不満をもらしていた。
兵士たちは慰安所にやって来て、料金を支払い、厚紙でこしらえた約2インチ四方の利用券を買ったが、
それには左側に料金額、右側に慰安所の名称が書かれて いた。
次に、それぞれの兵士の所属と階級が確認され、そののちに兵士は「列をつくって順番を待った」。

慰安婦は接客を断る権利を認められていた。
接客拒否 は、客が泥酔している場合にしばしば起こることであった。

報酬および生活状態

「慰安所の楼主」は、それぞれの慰安婦 が、契約を結んだ時点でどの程度の債務額を負っていたかに
よって差はあるものの、慰安婦の稼ぎの総額の50ないし60パーセントを受け取っていた。
これ は、慰安婦が普通の月で総額1500円程度の稼ぎを得ていたことを意味する。
慰安婦は、「楼主」に750円を渡していたのである。多くの「楼主」は、食 料、その他の物品の代金として慰安婦たちに多額の請求をしていたため、彼女たちは生活困難に陥った。
1943年の後期に、軍は、借金を返済し終わった特定の慰安婦には帰国を認める胸の指示を出した。
その結果、一部の慰安婦は朝鮮に帰ることを許された。


さらにまた、尋問が明らかにしているところによれば、これらの慰安婦の健康状態は良好であった。
彼女たちは、あらゆるタイプの避妊具を十分に支給されており、
また、兵士たちも、軍から支給された避妊具を自分のほうからもって来る場合が多かった。


慰安婦は衛生に関して、彼女たち自身についても客についても気配りすように十分な訓練を受けていた。
日本軍の正規の軍医が慰安所を週に一度訪れたが、罹患していると認められた慰安婦はすべて処置を施され、隔離された のち、最終的には病院に送られた。


日本の軍人に対する反応;
慰安婦と日本軍将兵との関係において、およそ重要 な人物としては、
二人の名前が尋問から浮かび上がっただけである。
それは、ミッチナ駐屯部隊指揮官の丸山大佐と、増援部隊を率いて来た水上少将であった。
両者の性格は正反対であった。前者は、冷酷かつ利己的な嫌悪すべき人物で、部下に対してまったく
思いやりがなかったが、後者は、人格のすぐれた心のやさし い人物であり、またりっぱな軍人で、
彼のもとで仕事をする人たちに対してこの上ない思いやりをもっていた。
大佐は慰安所の常連であったのに対し、後者が慰安所にやって来たという話は聞かなかった。
ミッチナの陥落と同時に丸山大佐は脱出してしまったものと思われるが、
水上将軍のほうは、部下を撤退させること ができなかったという理由から自決した。


兵士たちの反応;
慰安婦の一人によれば、
平均的な日本軍人は、「慰安所」にいる ところを見られるのをきまり悪がり、彼女が言うには、
「慰安所が大入り満員で、並んで順番を待たなければならない場合には、たいてい恥ずかしがる」
そうで ある。
しかし、結婚申し込みの事例はたくさんあり、実際に結婚が成立した例もいくつかあった

すべての慰安婦の一致した意見では、
彼女たちのと ころへやって来る将校と兵士のなかで最も始末が悪いのは、酒に酔っていて、しかも、
翌日戦前に向かうことになっている連中であった。
しかし、同様に彼女た ちが口を揃えて言うには、
日本の軍人は、たとえどんなに酔っていても、彼女たちを相手にして軍事にかかわる事柄や秘密につい
て話すことは決してなかった。
慰安婦たちが何か軍事上の事柄についての話を始めても、将校も下士官や兵士もしゃべろうとしない
どころか、「そのような、女にふさわしくないことを話題にするな」といつも叱ったし、そのような
事柄については丸山大佐でさえ、酒に酔っているときでも決して話さなかった。

しばしば兵士たちは、故郷か らの雑誌、手紙、新聞を受け取るのがどれほど楽しみであるかを語った。
彼らは、缶詰、雑誌、石鹸、ハンカチーフ、歯ブラシ、小さな人形、口紅、下駄などが いっぱい入っ
た「慰問袋」を受け取ったという話もした。
口紅や下駄は、どう考えても女性向きのものであり、慰安婦たちには、故郷の人びとがなぜそのような
品物を送ってくるのか理解できなかった。
彼女たちは、送り主にしてみれば、自分自身つまり「本来の女性」を心に描くことしかできなかったの
であろうと推測した。

(中略)

付録A
以下はこの報告に用いられた情報を得るために尋問を受けた20人の朝鮮;人「慰安婦」と
日本人民間人2人の名前である。 朝鮮;人名は音読みで表記してい る。

    名  年齢   住 所
 1 「S」 21歳 慶尚南道晋州
 2 「K」 28歳 慶尚南道三千浦〔以下略〕
 3 「P」 26歳 慶尚南道晋州
 4 「C」 21歳 慶尚北道大邱
 5 「C」 27歳 慶尚南道晋州
 6 「K」 25歳 慶尚北道大邱
 7 「K」 19歳 慶尚北道大邱
 8 「K」 25歳 慶尚南道釜山
 9 「K」 21歳 慶尚南道クンボク
             (ママ)
 10 「K」 22歳 慶尚南道大邱
 11 「K」 26歳 慶尚南道晋州
 12 「P」 27歳 慶尚南道晋州
             (ママ)
 13 「C」 21歳 慶尚南道慶山郡〔以下略〕
 14 「K」 21歳 慶尚南道咸陽〔以下略〕
 15 「Y」 31歳 平安南道平壌
 16 「O」 20歳 平安南道平壌
 17 「K」 20歳 京畿道京城
 18 「H」 21歳 京畿道京城
 19 「O」 20歳 慶尚北道大邱
 20 「K」 21歳 全羅南道光州

日本人民間人
 1  キタムラトミコ 38歳 京畿道京城
 2  キタムラエイブン 41歳 京畿道京城




。。。。。。。。。。。。。。。


どこからどう読んでも、200%「性奴隷」なんかじゃないよね。

アメリカ軍人さんの誠実な報告書に感謝!!

テキサス親父さんも言ってるように、
当時敵国であった日本軍のことを悪く印象付けようと思えばウソもつけたものを、
事実を淡々と書き記し報告していてくれたことに感謝します。

それにしても、全文を読んでいただければ分かると思いますが、
ここまで詳細に「興味深く」記録したというのは、
とりもなおさず、米国が
正確に日本軍の性質を知りたかった」
ということなのではないでしょうか。

だから、ことさら日本軍憎しの感情が一切入らない実に客観的な、むしろ、
思いがけなく興味深い取材 となったのではないでしょうか?

おそらく、この調査報告をしたアメリカ人にとって、
自分が見聞きしてきたどの国の、どの軍の「慰安所」状況とも違っていた点が多々あったのでは…
と推測します。
だから、「呆れた」感じのニュアンスは微塵もなく、「興味深げ」なニュアンスがこの「報告書」から
漂っているのでは・・・と感じるのはわたしだけでしょうか?




竹田研究会入門 ④ 「古事記入門 Ⅰ」 古事記を読むまで死んではいけない!


竹田恒泰 「今、世界は 四百年に一度の価値観の大変革の時期にきている!」
※なぜ、今保守派が分裂するのか? その理由が分かります。



『日本人は知っているだろうか… 東京裁判の嘘と大東亜戦争の真実』

外国人はどのように日本が見えていたのか? ~外国人から見た日本の姿  ①



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たかじんのそこまで言って委員会 2013.7.28 惨敗野党に集中砲火SP

 『ブログ(過去記事)再公開のお知らせ』

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


「たかじんのそこまで言って委員会」は、マスコミ最後の良心 と言っていいでしょう。
新聞、テレビでは普通言えないこと、聞こえてこないことも、
ここではバリバリ保守の日本人としてのど真ん中発言 がたっぷり聞けます。

それでも、東京方面だけ放送してない(放送できない)というのが、
まだまだ日本のマスコミのブレないところです。
そんな東京方面の方、また自分のように日曜にゆっくりテレビが見られない方のために、
これまでの放送で保存版として残しておきたい動画を順次上げていきたいと思います。

たかじんのそこまで言って委員会 2013.7.28
惨敗の野党に集中砲火 SP  迷走 橋下維新の未来・・・

2013年7月28日放送

司会 山本浩之

◇オブサーバー 橋本五郎

パネラー 金 美齢、津川雅彦、 田嶋陽子、桂ざこば、加藤清隆、宮崎哲弥、 井上和彦、髙田万由子


ゲスト 松原 仁  (民主党)
    中田 宏  (日本維新の会)
    穀田 恵二 (日本共産党国対委員長)




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動画主さま、いつも番組終了後すぐに動画をあげてくださって感謝してます。 m(__)m



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



※ あわせてこちらもご覧ください。

★たかじんのそこまで言って委員会 大改憲論 SPその②  津川雅彦の神発言
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-1032.html

★なぜ憲法改正が必要か? ②  ← 追記しました
日本国憲法は日本人の幸せを保証しない!!

http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-1041.html

★誰も知らない「日本国憲法」の真実 ①  「国民主権」ってほんと?

★誰も知らない「日本国憲法」の真実 ②  日本国憲法は破棄してはいけない!! 


※ ↓ 左翼の異常さ! がよく分かります。
小学館の 復刻版 『日本国憲法』 は おかしい・・・


※「竹田恒泰って何ぞや?」
 ↑ テレビでは言えない、あんなことやこんなことも紹介・・・





。。。。。。。ところで、「たかじん」ってどんな番組? 。。。。。。。

「たかじんのそこまで言って委員会」とは、
2003年より読売テレビが制作・放送しているテレビ番組である。
毎週日曜日 13:30~15:00(一部地域は30分前倒し放送されるところもある)に放送中。
出演者などによる「右」よりな発言が多いせいか、右翼番組と言われることがある。
中部以西ではほぼ全ての地域で放送されているが、日テレでは放送されていない
日テレで放送すると、各方面からの圧力で言いたいことも言えなくなり、
たかじんや宮崎哲弥などが日テレに放送を流すのをかたくなに拒んでいる。
過去に、関東に放送されていないということで出演したゲストもいる。
関東では伝説の番組と言われているらしい。

司会
やしきたかじん(歌手・司会者)、
辛坊治郎(元読売テレビ解説委員、現在フリー)
※最近は、ときどき他の人が臨時司会することもある。

たかじんは食道がん、その他諸々の為、一時休養していたが
2013年3月24日の放送から復帰した。
・・・が、再び体調不良で休養中。

たかじんの再復帰が危ぶまれた頃から、番組の傾向が怪しくなってきた・・・
もちろん、左翼は番組終了を祈願しているのだろうが、
そう易々と希望通りになっては、ますます反日マスコミの思うつぼである!!

最近の動向として
「もう終わった」だの「終わらせた方がいい」だのという意見が見られるが、
それこそが「反日左翼の希望」であるので、わざわざ叶えてやることはない! 
と、わたしは思う。



よく出る人
桂ざこば(落語家)
津川雅彦(往年の大俳優)→ おっとりした老人のようだがときどき的を得た鋭いことを言う
田嶋陽子(フェミニスト)ガチガチ左翼代表。悪魔のジェンダーフリー思想信望者。 
(いつも叩かれているが、この人が居るからこそ左翼の論理破綻さが浮き彫りになり、
まっすぐな日本人にとって反面教師的貢献をしていると云える)

宮崎哲弥(評論家)
勝谷誠彦(コラムニスト) 番組スタッフとの摩擦(?)でいつの間にか番組を降板
村田晃嗣(同志社大学教授)
金美齢(元台湾総統府国策顧問)日本を客観的に見つめる立場での日本愛国者。
山口もえ(タレント) ときおり議論が白熱し殺伐とする中での癒し的存在。
竹田恒泰(作家・憲法学者) ※「竹田恒泰って何ぞや?」
加藤清隆(元時事通信社 政治評論家)
井上和彦(軍事ジャーナリスト)

最高顧問
三宅久之(政治評論家) ものすごい情報網と人脈をもつ元毎日新聞政治記者。


たかじん 公式ホームページ
http://www.ytv.co.jp/takajin/index.html



関連記事

日本人は読むべき!! 『 竹林はるか遠く ― 日本人少女ヨーコの戦争体験記 』



竹林はるか遠く ―日本人少女ヨーコの戦争体験記 

この本は、著者が朝鮮半島で終戦を迎え、家族と日本へ引き上げる時に、
多くの日本人女性が朝鮮人に襲われ、強姦され、虐殺される場面に遭遇した
その事実が、記されている本です。

この本は 1986 年にアメリカで刊行後、数々の賞を受賞。

アメリカの教育現場では 副読本としても採用されていました。

邦訳が熱望されていた名著の待望の日本語版がついに出版されます。


朝鮮民族が日本人に、どのようなことをしてきたのか?

・・・ということも、

日本人として、その事実を知っておくべきだと思います。

アマゾンではベストセラーの、一位を記録しました。


「竹林はるか遠く」ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ 単行本: 232ページ
出版社: ハート出版 (2013/6/28)
言語 日本語
ISBN-10: 4892959219
ISBN-13: 978-4892959219
発売日: 2013/7/11


youtubeで本書の内容を紹介した動画をごらんいただけます。

【動画】竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記




http://www.news-us.jp/article/369530736.html~



<span style="font-size:large;">ハート出版、
全米の中学校で教材にも採用された名著『竹林はるか遠く』を刊行

http://release.vfactory.jp/release/53645.html

ハート出版(東京・豊島区)は、以前から全米で話題になっていたものの、日本では未刊行だった
邦人少女の朝鮮半島引き揚げ体験記『竹林はるか遠く』(原題「So Far from the Bamboo Grove」)
を7月11日に発売した。

同書はアマゾンで予約注文の受付が始まるとすぐに「本のベストセラー」1位となり、
40日間(7月10日時点)ランキング100位以内を維持し続ける人気商品となっている。


・内容紹介


本書は、アメリカの子供たちに日本文化を伝える活動をしていた日系人ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ
女史が、自身の戦争体験を子供向けにまとめた自伝的小説の日本語版である。
原書は1986年にアメリカで刊行されている。
日本ではこれまで「竹の森遠く」というタイトルで知られていたが、
今回の出版では「竹林はるか遠く」となっている。


第二次大戦末期、ソ連軍から逃れるため、朝鮮半島を縦断した著者(当時11歳)の想像を絶する体験、
そして引き揚げ後の日本で味わった苦難を、平易な英語で赤裸々に描いた原書は、たちまち高い評価を
受け、アメリカの教育課程(日本では中学生レベル)の副読本として採用された。


著者が体験した朝鮮半島逃避行の内容はまさに壮絶の一言に尽きる。

裕福な家庭で育った著者だが、日本の敗色が濃くなり、朝鮮人民軍(抗日遊撃隊)がソ連の支援で抗日
活動を活発化させてから状況は暗転する。
それまで「生のニンジンは食べたくない」と好き嫌いを言っていた著者は、自宅を追われ、母、姉と
逃亡生活を始めると、その日の食べ物どころか飲み水にも事欠き、生きるためにゴミ箱さえあさらなけ
ればならなくなる。
暴漢を避けるため、頭を丸め、年頃の姉はさらに胸に晒しを巻いて、男に成りすました。
執拗な抗日ゲリラの追跡にあい、襲われたこともあったが、間一髪で切り抜けられた。


三人は命からがら祖国日本にたどり着いたものの、すでに著者の祖父母は空襲で亡くなっており、
母も帰国後しばらくして病没。朝鮮で離ればなれになった兄や満州の父の行方もわからない。
姉妹二人は身寄りのないまま終戦後の京都に放り出されることになる。
京都での体験もまた壮絶で、現代の飽食日本人には想像も出来ないような内容が描かれている。

帯テキストに「息もつかせぬ、愛と涙のサバイバルストーリー」とあるが、
本当に息もつかせぬ勢いで一気に読むことができる。


原書については、在米韓国人たちがその内容(朝鮮人による犯罪的行為の描写)にクレームを付け、
教材から外すように働きかけるだけでなく、事実と異なる話を触れ回り、大きな騒動に発展した経緯
がある。
しかし、著者が描いているのは、戦争がもたらした人間の下劣さと、戦争が引き出した人間の優しさ
であり、そこに日本人と朝鮮人の区別はない。
そして、その優しさが人間にとってどれだけ大切なことなのかを認識できることが、
米国でこの本が教材として採用された理由の一つなのであろう。


満州、朝鮮からの引揚者の体験を知らない世代が増えた今、若い人たちがこうした体験談を読む機会は
必要である。
そして、無念にも生きて帰ってこられなかった多くの人たちにも、思いを馳せてほしい。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


上記紹介記事についていたコメントより~


朝の情報バラエティなんかだと売れてる本は必ず紹介するのに、
この本だけは何が何でも紹介しないマスメディア




「竹の森遠く」 
韓国で発禁になったこの本の内容が全世界に広まるのを韓国政府は心底恐れている


http://www.news-us.jp/article/361863280.html



So20Far20from20the20Bamboo20Grove








竹田研究会入門 ④ 「古事記入門 Ⅰ」 古事記を読むまで死んではいけない!


竹田恒泰 「今、世界は 四百年に一度の価値観の大変革の時期にきている!」
※なぜ、今保守派が分裂するのか? その理由が分かります。


『日本人は知っているだろうか… 東京裁判の嘘と大東亜戦争の真実』

外国人はどのように日本が見えていたのか? ~外国人から見た日本の姿  ①


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