ひだまり    今は古事記に夢中! 2014年08月

アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

「歴史」とはこういう意味こそ学ぶもの ③ 日本は欧米にとって大切な「赤化の防波堤」 赤化を怖れる世界は日本を本気で潰せない~

          
※はい、これも、
日本人として「歴史」とは、こういう意味こそ学ぶものという意味で大事なことであるにもかかわらず、
反日左翼思想蔓延る日本のマスコミではぜったいに取り上げられない視点ですので紹介します。

            
「歴史」とは、こういう意味こそを学ぶもの ③
日本は欧米にとって大切な「赤化の防波堤」 
赤化を怖れる世界は日本を本気で潰せない
日本を潰したいのは「赤化」(に協力)したい国だけ!



【韓国の反応】みずきの女子知韓宣言(´∀`*)2014年07月06日
http://oboega-01.blog.jp/archives/1005535024.html
 より抜粋転載~

【韓国の反応】
ニクソン元大統領
「日本人とドイツ人が最も能力がありダイナミックで活力ある国民」
「朝鮮戦争は韓国ではなく 日本を守るため の戦争」


ニクソン「韓国戦争は日本に関する戦争」

米国の政府文書「韓国戦争参戦」関連でのニクソンの認識を露出
(ワシントン=聯合ニュース)コ・スンイル特派員

リチャード・ニクソン元米国大統領が、去る1950年に勃発した韓国戦争にアメリカが参戦することに
決めたのは、韓国自体よりも日本の共産化を阻止する目的があったという認識を持っていたことが
分かった。


聯合ニュースが10日に入手した米政府で機密解除された資料によると、
ニクソン元大統領は40年前の1970年9月16日、イリノイ州シカゴで、イリノイ州、インディアナ州、
アイオワ州などの地域のジャーナリスト60人に、オフレコ(オフ・ザ・レコード)を前提に行った演説で、
このような認識の一端を示した。


資料によるとニクソンは、当時の演説で、
「ハリー・トルーマン前大統領が、韓国戦争への参戦の決定をするかしないか、どうするのかについて
多くの議論があったとき、私は『共産主義者にとって、韓国戦争は韓国ではなく日本に関するものなの
で米国は必ず参戦しなければならない』という世界共産主義運動専門家(ウィタッカーチェンバー)の
分析が胸に届いた」
としながら「(韓国戦争の性格は)本当にそういうものだった」と、それを肯定した。


続いてニクソンは
「(韓国戦争勃発20年が過ぎた)今、我々が振り返ってみても、もし韓国が崩壊したなら、当時の日本
は、たとえ米国の膨大な経済的依存度と、米国の対日防衛の保証があったにもかかわらず、
共産主義に傾倒した非常に強力な社会党を持っていたので、必然的に(共産主義の)軌道に引っぱら
れていくしかない状況だった」とし「韓国は(日本の共産化の問題と関連した)存在だった」と話した。


ニクソンは、韓国戦争についてこのような論理を展開しながら、当時米国内で論議が盛んだった
ベトナム戦と関連して、「歴史は少なくともベトナム戦争については、ベトナムとベトナム国民が戦争
で生き残って、自分たちが必要な政府形態を選択する権利があるのか​​についての戦争であると記録
することになるだろう」
と、韓国戦争とは差別化された解釈を出した。


ただしニクソンは、ベトナム戦争をどのように終了するかによって、その影響が異なる可能性がある
と前提においた後「これは、東南アジア、太平洋、日本はもちろん、通常の意味での世界平和の問題
になるだろう」 と述べて、国家単位では、日本を唯一指定した。


ニクソンは、
「(ベトナム戦争終戦の方法が)もし、ベトナム戦のような挑発をしようとする勢力を鼓舞したり、
アメリカの失敗と解釈される方法で終了したら、その影響は途方もなく、致命的なものになるだろう」
と明らかにした。


また、ニクソンは翌年の1971年4月20日、ホワイトハウスで共和党の議会指導部を招待して会談した
席で、日本の国民の勤勉性と能力を唯一褒め称えて、「日本を味方にしなければならない」と強調した。

ニクソンは
「ヨーロッパで最も能力があり、ダイナミックでありながら活力ある国民はドイツ人であり、
アジアでは日本人だ」としながら「この二国は、単に経済的な側面だけでなく、米国が世界最強
なのに加えて、かれらに国家安全保障の傘を提供しているので、今、私たちの味方である」
と述べた。


彼は「1億人の人口の日本が、8億人の人口の中国よりも、2倍多くの鉄鋼を生産している」とし
「これは日本国民の能力を示すもので、我々は日本を味方にする必要がある」と再三主張した。


引用ソース
http://media.daum.net/foreign/newsview?newsid=20100111070207565



面白いね。

第二次世界大戦で日本を潰したあと、
朝鮮戦争やベトナム戦争、冷戦をするなかで、米国の指導者の多くがはじめて、
「なんでこんなに大変なんや? あ…日本が反共の盾として孤立した極東で必死にふんばってたけど、
俺らがそれを潰したからか…」
ということを知ったんだよね。

日本にとっての第二次世界大戦は、「反共の戦い」でもあった。
そう考えると、
ベトナム戦争はともかく 朝鮮戦争は、ある意味米国が日本の代理戦争をしたといえるのかも。

代理戦争はおかしいか。言い方がわかんないや。

結果的に東條英機の遺言どおりのことを米国がやった というのも興味深いです。




東條英機の遺言(一部)

現在の日本を事実上統治する米国人に一言する。
どうか日本人の米国に対する心持を離れざるように願いたい。

また、日本人が赤化しないように頼む。
米国の指導者は大きな失敗を犯した。日本という赤化の防壁を破壊した。
いまや満州は赤化の根拠地である。

朝鮮を二分したことは東亜の禍根である。
米英はこれを救済する責任を負っている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%A2%9D%E8%8B%B1%E6%A9%9F%E3%81%AE%E9%81%BA%E8%A8%80


そして
米国に牙を抜かれ、極東での反共の戦いを良くも悪くも放棄させられ、
完全に反共の戦いを米国任せにすることになった日本は、
安保面では「のほほーん」としたまま戦後復興から経済大国への道を歩み、
「9条のおかげで平和 (^∀^)♪ 」   とか言っていたわけです。


そろそろ局面が変わったことに気づいて、
米国が引きこもり期に入ろうとしてることに気づいて知恵を取り戻さないと
痴呆のまんまやられちゃうよ。



・・・・・・・・・・・・・・・抜粋転載おわり


①~からずっと言ってるけど、
大事なことだと思から、もう一回言いますね。

「歴史を学ぶ」 ということは、
「歴史に学ぶ」 ということは、

どこかの国を恨み続けるために語り継ぐ だけ ではなく、
失敗を 「繰り返しません」とただ念仏を唱える だけ でもありません。

こういう視点が欠けていると、
民族にとってほんとうに大切なものを見失ってしまいます。


この東条英機の遺言などを聞くと、つくづく思います。

ときに 「歴史」という法廷は、
真の犠牲を払った「英霊」たちの 供養の場 ではないか
と、  
最近 わたしは思います。


(もちろんそれは、とても日本的な思考だけどね)

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「歴史」とはこういう意味こそ学ぶもの ②  『黒い春』(五島勉) 「特攻」ともに日本人が忘れてはいけないもの~

 
「歴史」とはこういう意味こそを学ぶもの ②  
『黒い春』(五島勉)
「特攻」ともに日本人が忘れてはいけないもの~



『黒い春』(五島勉)
http://trackback.blogsys.jp/livedoor/nanka_youkai/6835240
どうぞ ↑ を開いてお読みください。

小町園の悲劇 に引き続き、

あまりにもひどい・・・
あまりにもむごい・・・     涙なくしては読めません・・・

その涙は、ただ悲しいとか、憐れだとかいう涙ではありません。

くやしくて、 口惜しくて、 これが戦争に負けることか・・・と、
これが、国を明け渡すということか、と、

それが口惜しくて、悔しくて、 
情けなくて、 憐れで・・・

こんな思いをした日本女性がいたんだと、なぜ、わたしたちはろくに教わらなかったんだろう・・・と、
なぜ、彼女たちの存在は語られなかったんだろう・・・と、
それが悲しくて、悔しくて、情けないのです。


それでも、 これでも、 まだ、その悲劇はほんの一部です。
他にも探せばいくらでも出てきます。

戦後、 日本人女性たちがこんなひどい目に遭わされてきた・・・
戦後、 日本人女性たちはこんなむごい目に遭わされてきたのです・・・



だからね、
もう一回だけ 言わせて!

朝日新聞よ、 あんたらは、 
韓国人慰安婦だけが大事なのか?
 
  と。



あまりにも辛い記述ですが、
これに今、わたしたちは目をそむけてはいけないと思いました。

悲惨な記憶だからこそ、残酷な記憶だからこそ、
この悲劇を忘れてはいけないと思いました。

けれど、 それは、

お隣の国のように、誰かを恨むための記憶・・・ではなく、

お隣の国のように、誰かに償わせるための記録・・・ではありません。

「戦争に負ける」 ということがどういうことか。
「侵略される」 ということがどういうことか。

そういうことの記憶として、これらの悲劇を忘れてはいけないと思いました。

つらい、 読んでいてほんとうにつらい、おぞましい内容ばかりですが、
これらは、けっして忘れることなく、 定期的に思い出す必要があると思います。

これからの日本のために。
これからの日本を生きる子供たちのために。


そして、わたしは思った。 

申し訳ないが、
これに比べたら、
お金をもらって、「休日(休暇)」ももらって、定期健診(健康管理)も受けて、
おまけに「拒否権」まで持っていた(証拠がある) 「日本軍相手の慰安婦」など 
なんと恵まれたことか・・・


もちろん、「かれら」と同じことを言うつもりはないが、
思わずこう思ってしまった。

「かれら」が日本に対して謝罪と賠償を請求できるなら、
それに共感し、
同調し、日本を断罪しようというのなら、

これら あなたたちの犠牲となった日本女性に対して、
あなたこそが、
罪を認め、深く謝罪してから、
「かれら(韓国人慰安婦)」に同調し、日本を断罪してもらいたいものだ と。



そして、


いいか、 「9条」信者たちよ、 

あなたたちが崇める「9条」が言わんとしていることは、
「戦わずして負ける」ということだ。

そして、 「戦わずして負ける」ということは、「国を明け渡す」ということだ

そして、「国を明け渡す」 ということは、 こういうことになる ということだ。

解かっているか?

いや、 
解かって言っているのですよね。

日本人女性など どうなってもいい、と、 
日本人など どうなってもいい、 と、

そう思ってるから
「戦争するな (抵抗せず国を渡せ) と言っているんでしたね。


「9条」信者に騙された諸君よ、

これが、「戦争できない国」が辿る運命です。

これが、「国を明け渡した民」が辿る末路です。

これが事実。 

これが現実です。


これが「平和憲法」か?

これが「日本人を守る憲法(条文)」か?


もう、小学生でも気づいているぞ。

「基本的人権の尊重」 などというものは、
強い国あっての、 
負けない国あっての「権利」なのです。

国が弱かったら、 国がなくなったら、そんなものは ゴミ でしかない。

強い国家をなくしたら、 結果はこのとおり、 これが現実です。

あなたらの言ってることは、
国を見捨てといて「人権だけは保障しろ」(自分だけ大事にしろ) と言ってるようなもの。

恥を知れ  だ。


「平和」は 「9条」が守っているんじゃない。
「強い国家」が国民を守っているのです。

「戦わない」 ことが「平和」なんじゃない。
「戦う」ことでしか守れない「平和」がある。


「わが子を戦場に送りたくないから」 だと?
「自分が戦場に送られたくない」 と言えば?

そして、
「自分さえ命乞いできれば、日本の女子供がどうなっても構わない」 
と言えば?

「戦争できる国は嫌だ」(自分が戦争に行かされるのは嫌だ) と言ってる奴、

この悲劇を見よ!!
     です。

あなたの望む「安心(保身)」のツケは、彼女らが背負うことになる。

あなたの妻が、 母が、 妹が、 恋人が、 娘が、 その犠牲を払うことになる。


在日朝鮮人たちですら、それを望んでいることを知らないのか?
そう教育されているのを。






わたしは思います。

これは 「特攻」の悲劇と共に、日本人が忘れてはいけないことだと。
「特攻隊」への誇りと感謝と共に、忘れてはいけないことだと思います。

けっして同列に扱えるものではないけれど、
でも、
わたしは、
ある意味、彼女らの犠牲は、
彼女らの犠牲の上に日本女性が守られ、
日本民族の種が守られ、日本の誇りが守られた・・・ という意味では、

戦争の、敗戦の、侵略の悲惨さと共に、
彼女らの「献身」「報国」に対して感謝することも語り継ぐべきではないだろうか? 
と思う。


黄文雄氏の「日本人はなぜ特攻を選んだのか」という著書の中に、
「特攻の父」と呼ばれ、この作戦を進言したとされる大西中将の言葉があります。

「日本が滅びるかどうかという瀬戸際に、この戦争は勝てぬかも知れぬ。
しかし、青年たちが国難に殉じていかに戦ったかという歴史が記憶に残る限り、
日本と日本人は滅びない。」


日本民族がまさに滅びんとする際、身をもってこれを防いだ若者がいたということが世に知られれば、
日本が再生することは可能だと思ったのだ。

最後の「特攻」でも勝てないが、それでも日本は負けない。
生き残る。
その歴史を後世の日本人が記憶するなら、
それが日本を守る精神となり、再起、三起もできると信じたのだ。

また、「特攻」に殉ずる覚悟を持ちながら、ついにその機会が巡ってこなかったことを
「命を捧げる好機を失った」と抗議する兵曹に向かって艦長がこう言った。

「生きることは、時に死ぬことよりも難しいんだ。
死ぬ最良の時がやってくるまで生きながらえるのも、大きな忍耐が必要なのだ」
 と。


戦場で散ることの方が、はるかに忍び易いこともある・・・

「特攻くずれ」と呼ばれた彼らも、
「戦犯」として処刑され、後世まで罵られ蔑まれている東條らも まさにそれである。


でも、軍人の誇りや名誉ばかりを回復し、語り継ぐだけでいいのだろうか?


平穏な日常を突如引き裂かれ、米兵に、露兵に、中国人に、朝鮮人に凌辱された女性たちも、

その災禍を逃れるために、自ら、または父の手で命を手折られた女性たちも、

「お前たちが犠牲になることによって
日本の婦人たちはアメリカ兵の毒牙から逃れることができる」 と言い含められた女性たちも、

彼女らの誇りや名誉も
回復し、語り継ぐべきではないだろうか?

彼女たちの犠牲の上に、 今の日本人の純潔が守られていることを。




これは、とてもデリケートな問題で、
一歩言葉を間違えれば、(いや間違えなくても)
田嶋氏のような人たちから一斉非難されかねないことなので
なかなか大っぴろに公言するのは難しいことですが、
とても言葉を選ぶのが難しいとは思いますが、

もう、あまりにもたまらないから言ってしまう。

「日本人」として生まれてきたわたしたちは、
「日本人」として生まれてこられた現代のわたしたちは、
彼女たちに、大いなる贖罪を負っているのではと思うのです。

そして、それと同時に、

今、かれらが守ってくれた日本という立派な国に守られていることを、
純潔な日本民族として頭をあげて誇らしく生きていられることを、

それを守ってくれた彼女たちに深く感謝しなければならないと思うのです。



でも、 

わたしは、彼女たちをどう慰めてあげればいいか、
正直わからない・・・

言葉にできない。

だから、 どんなに言葉を尽くしても、尽くしたつもりでも、
ここにある言葉だけではとても足りない、
考えも足りないと思う。


ただ、これだけは言えるのでは と思う。

彼女らの犠牲を、
ただ「忌むもの」として、「恥」として隠したり、触れないようにすべきではない と。

頭の片隅でも、 けっして消え去らないように、記憶に残していかなければならない と。


それは、誰かを恨むためでも、誰かを断罪するためでもなく、

二度と、その犠牲を出さないために。
二度と、その屈辱を受けないために。

彼女たちが見た地獄を 二度と子孫に見せないために、

その決意と気概を忘れないために 包み隠さず語り継ぐ必要があると思います。


なにも「はだしのゲン」のように、子供に教える必要はない。
でも、
大人が、親が、知っている必要はあると思います。


誰かを恨むためではなく、 
自分が、 日本人が強くなるために。


「日本」を強くするために。





ときに 「歴史」という法廷は、

強気を挫くためではなく、 弱きを挫くためでもなく、

真の犠牲を払った「英霊」たちの 供養の場 ではないかと

わたしは思う。



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


「小町園の悲劇」 http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2365.html

「歴史」とはこういう意味こそを学ぶもの ①  「小町園の悲劇」 ほんとうの日本の悲劇を救ったのは何か

産経はとことん韓国と戦う腹を決めたらしい。
終戦時の日本人女性への暴虐行為、1割近くが被害、自殺者も・・・
朴槿恵大統領はこの歴史の事実こそ直視すべきだ


神風特攻隊の遺書と「永遠の0」 ~ 今のわたしたちがけっして見誤ってはいけないもの~

★「海賊と呼ばれた男」のモデル 出光佐三が亡くなったとき、
 昭和天皇が初めて一般人に向けて歌をお詠みになった

※宮部久蔵だけが特別な人間だったわけじゃない。 あれが「日本人」だったのです。


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「歴史」とはこういう意味こそ学ぶもの ①  「小町園の悲劇」  ほんとうの日本の悲劇を救ったのは何か~

               
「歴史」とは、こういう意味こそを学ぶもの ①            
「小町園の悲劇」  ~ほんとうの日本の悲劇を救ったのは何か~


小町園の悲劇
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2365.html より抜粋転載~

「小町園の悲劇」は、この時期に、過去4度、当ブログでご紹介している実話(体験談)です。
原文は文語ですが、読みやすくなるように、ねず流で口語体に編集しています。
原文には、書いた人の記名がありますが、ここでは割愛しています。
あまりにかわいそうだからです。

国を護る、独立自尊を守るということが、どんなに大切なことか。
この小町園の悲劇を、二度とくり返さないために、私たちは何をしなければならないのか。
そのことを考えるにあたり、この実話がお役にたってくれたら幸いに存じます。


終戦直後、進駐軍のための慰安施設が日本国内に設置されました。
今日はその実話(体験談)です。
韓国のねつ造慰安婦と違って、こちらは実際にあったとっても辛いお話です。
独立自尊を守るということが、どんなに大切なことかを読み取っていただければうれしく思います。


<中略>
小町園の悲劇
ここ  ↑ を開いて読んでください。

※最後、とても大事なことをおっしゃっていますので、そこだけここに転載します。


これが悪名高い中共の人民解放軍だとどうなるか。
チベットを見ればわかります。

チベットは、2千年の歴史のある国です。
そこに中共軍が、チベットは支那の固有の領土であると一方的に宣言して進駐しました。
その結果、4500あった寺院は破壊し尽くされ、今ではたったの45しか残っていません。
15万人いた僧侶は、今はたったの1400人、一般市民で虐殺された者は128万人です。
国民の5人に一人は殺されています。

女たちは強姦され、殺され、子供たちは教育の機会を奪われて、
いまやチベットの文盲率は男子で60%、女子で82%です。
そしてこれは現在進行中の話です。

本稿で、日本政府がRAAを用意したことには、嫌悪感を持たれる方も多いかと思います。
けれど当時の政府は、より多くの国民を守るために、
そういう選択をせざるを得なかったのだということを、書き添えておきます。

つまり、慰安施設をちゃんと用意しておかなければ、一般の婦女子が犠牲になるのです。

それを防ぐために、慰安所を設けたのです。
もし、政府がそれをしなければ、上に書いたような悲劇は、
単にその施設内のできごとというのではなく、一般の日本人女性の被害となったことでしょう。

現に、日本よりすこし前に占領されたベルリンでは、街の女性が少女から老婆まで、
なんと8割が強姦されています。

そういう事態を防ぐために、苦汁の選択をしたのだ、そうやってひとりでも多くの日本の婦女子を
守ろうとした人たちがいたのだ、そのおかげで、日本が7年間もの占領統治を受けながら、
日本人として純潔をいまだに保つことができているのだ、ということに、私たちは感謝しなければ
ならないと思います。

また終戦という混乱の時期にあって、国内においてさえ「小町園」のような悲劇が起こった、
だから「戦争がいけないんだ」というのも、議論の飛躍です。

なぜなら、敗戦によって占領を受けた国は、戦後65年経った今でも、
「小町園の悲劇」がいまだに延々と継続しているのだ、という、この事実を
見落としてはならないからです。
先ほど述べたチベットしかり、ウイグルしかり、です。

日本は、有色人種として植民地奴隷になる道を選ばず、自存独立のために明治以降、
必死になって国を支えてきました。
おかげで日本は、植民地にならず、日本人は奴隷にならずに済んだのです。

もし、なんの抵抗もしないで奴隷になる道を選んだのなら、
いまのアジア諸国も、アフリカ諸国も、いまだ植民地のままです。
日本も日本人も生まれたその日から死ぬ日まで、一生、男はタダ働き、女は操を無視され、
私有財産もプライバシーも自由もない生涯を、何百年も過ごさなければならなかったのです。

いま、沖縄を中共にくれてやろう、などという不埒なたくらみをする連中がいます。
いうまでもなく、反日左翼の連中です。

選挙になると、わざわざ住民票を1000人単位で移してまで、インチキ選挙を繰り広げ、
沖縄を中共に売る工作をしています。
同時に、彼らは反日を扇動し、あおっています。

けれど、彼らは沖縄が日本でなくなったとき、
沖縄県民が受けるであろう悲劇をちゃんとわかっているのでしょうか。

日本を外に売り渡そうなどと、ろくでもないことを考える前に、
いかにして日本が往年の姿を取り戻し、住みよい日本になるかをちゃんと考えるのが、筋というものです。

また、日本国内におけるRAAで働いた女性ですが、
朝鮮半島における売春婦(慰安婦)とは決定的に異なる点が2つあります。

日本国内のRAAは、政府の外郭団体です。
いわば政府の機構でした。
これに対し、朝鮮半島における慰安所施設は、
朝鮮人の女衒が、日本軍の駐屯基地の周辺で勝手に始めた商売であったということが、まずひとつ。

それと二つ目には、RAAの慰安婦女性たちは、宿舎、被服、食糧が支給されたただけで、
給料は普通の女子事務員とほとんど変わりがありません。
これは当時の日本政府にお金がなかったことも一因で、このため、
米軍の進駐後に誕生した街の街娼(パンパン)の方が、はるかに稼ぎが良いということから、
RAA職員よりもパンパンとなることを選ぶ女性が増え、この結果、RAA施設はその後、自然消滅
的になくなってしまいました。

これに対し、朝鮮半島の慰安婦たちは、日本の兵隊さんたちの月給の数十倍の給料を稼ぎ、
当該女性のみならず、その女性の親戚一同までが生活状況を一変させるという状況にありました。
また、慰安所において、小町園や互楽荘で起こったような暴力事件や死亡者が発生するということも
まったく、ただの一件もなかったのです。
このことは、事実として、歴史に止めておくべきことであろうと思います。

<中略>

※この小町園の悲劇について書くのは、2011年3月以降、これが5回目になります。
忘れてはならないことだと思い、毎年この時期に再掲させていただいています。

戦時中だけでなく、戦後に犠牲になった女性たちも、実はたくさんいます。
その方々のご冥福をお祈りするとともに、日本が二度とこうした悲劇に遭わないように
努力し続けること。それが私たちに課せられた先人達への最大の感謝であろうと思います。
あらためてご冥福をお祈りします。

それともうひとつ。

たいせつなことは、コトの正邪ではありません。

こうした過去の歴史を、わたしたちがいかにそこから学び、現在に活かし、
未来を築く礎にするかということです。
二度と悲劇はくり返してはならない。

そのためには、日本は、強くあらねばならないのです。


最後に一点。
たいせつなことなので補記しておきます。

よく誤解されていることですが、
西洋においては、昔は戦勝国の兵士たちにとって、
強姦は単に欲望のはけ口だったわけではありません。
ベルリンを陥落させたソ連兵は、ベルリン中の女性の8割を強姦したというのは有名な話ですが、
戦争において、強姦は、戦勝後の兵士たちの性欲のはけ口というばかりではなかったのです。

では何だったのかというと、実は義務だったのです。
権利ではありません。
国として、民族として、兵士をつかって強姦をしまくる。
昔の植民地化する時代では、兵士に今日は何人レイプすることといったノルマさえあったといいます。

なぜそんなことが起こるかというと、民族と民族が敵対して戦争が起きているわけです。
互いに血が混じれば、二度と戦争がおこらない。
だから、男は殺し、女は犯して、混血児を生ませる。
それが戦いの常識だったわけです。

大東亜戦争が終結したとき、
わたしたち日本は、そういう文化をもった国の兵を国土に受け入れることになったわけです。
そしてそのことを、戦前戦中の日本の施政者たちは知っていたからこそ、
小町園のような施設を用意しました。

それはまさに苦渋の選択だったのです。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・転載おわり



大事なことなのでもう一度繰り返します。

現に、日本よりすこし前に占領されたベルリンでは、街の女性が少女から老婆まで、
なんと8割が強姦されています。

つまり、慰安施設をちゃんと用意しておかなければ、一般の婦女子が犠牲になるのです。

それを防ぐために、慰安所を設けたのです。
もし、政府がそれをしなければ、上に書いたような悲劇は、
単にその施設内のできごとというのではなく、一般の日本人女性全体の被害となったことでしょう。


それは、日本民族そのものの蹂躙となり、日本民族そのものの危機となったのです。




※この視点だけを言うと、まるで、
慰安所で犠牲になった女性たちに対して罪悪感を持たなくてもいい・・・などと曲解されそうですが、
けっしてそうではありません。

あんなことはあってはならないことだし、
犠牲になった方たちへの贖罪は けっして消えることではありません。

ただ、こういう視点では、テレビ・マスコミではぜったいに語られないと思うので、
今回はあえて、この部分を強調して紹介しました。

なぜなら、「日本を守る」「日本民族を守る」ということに関しては、
「彼ら」にとってタブーであるかのような意識が現実に存在し、
けっして、ぜったいに、こういう発言や提言は「許されない空気」があるからです。

反日左翼というものは、自分たちの「自由な見解」は、
たとえ亡国の理論であっても、当然の権利のように何でも押し付けてくるのに、
自分たちに都合の悪いことに関しては、目の色を変えて攻撃してきます。

もし、うっかり、見識あるコメンテーターが、こういう視点でものを言ったとしたら、
それこそ、マスコミ先導で、(田嶋さんあたりが)「慰安婦の強制を善しと肯定するのか」とか、
「男性の性欲処理を正当化しようとしている」とか、「反省してない!」 とかいって一斉攻撃を浴びせ、
発言者も、その言論そのものも徹底的に叩かれることでしょう。

でも、これは、わたしたち日本人にとって大事な視点であり、
じつは、どの国でも暗黙の了解で「解かっている」ことであるのに、
以前からもそういう意見はあるにもかかわらず、反日左翼思想が蔓延る日本の世論の中では、
こうした「潜った」場ではともかく、表立ってはなかなか勇気がないと語られない部分だと思います。

ですから、あえてここだけを強調して載せてみました。

「政府が関与したことには意味があった・・・」 ということも理解していただくために。


たしかにこれは悲劇でした。

しかし、ほんとうの悲劇とは何か?
ほんとうの悲劇を救ったのは何か・・・ということも、

まわりの「雑音」にかき消されることなく、
わたしたちは真剣に、冷静に考える必要があると思います。




。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


追記;
それとね、 もう一言だけ 言わせて!

朝日新聞よ、 あんたらは、 
韓国人慰安婦だけが大事なのか?
 
  と。


8月20日は真岡郵便電信局事件が起こった日

満洲国開拓団の殉難

黒い春(五島勉)




■耳で聴く『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!』オーディオブック版はこちら。■ねず本の第三巻「日本はなぜ戦ったのか」 8月24日新発売!■ねず本第三巻の「立ち読み版」ができました。ご注文はコチラ→http://goo.gl/A59KwU■新刊ラジオに、ねず本第三巻の紹介が掲載されました。耳で聴く新刊紹介です。私も出演しています。よろしければご試聴下さい。http://goo.gl/0s543r ↑ ↑応援クリックありがとうございます。「小町園の...
小町園の悲劇




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広島の土砂災害地域は「住んではならない土地」だった・・・「地名」それは、先人たちの知恵。やはり昔からある地名は大事にしないと。

           
広島の土砂災害地域は「住んではならない土地」だった

広島で土砂崩れが起きた場所、昔は蛇落地悪谷というとんでもない名前だった
http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1409017426/

http://crx7601.com/archives/40526555.html より抜粋転載~

一帯は「蛇落地悪谷」(じゃらくじあしだに)とよばれていたという。
不動産価値の思惑


平野孝太郎さん(71)は
「昔は蛇が降るような水害が多かったので、悪い谷・悪谷と名がついたそうです。
八木蛇落地悪谷が八木上楽地芦谷と改名され、さらにいまは八木だけが残ったようです」という。

名前が変わるうちに「土砂崩れ」の教訓も忘れ去られたらしい。

130年つづく浄楽寺の住職によると、
竜がいて、その首をはねたところから「蛇落地」とついたという。
「竜は水の神で、水害を収めたということかもしれません。記録にはないが、語り継がれてきました」

近くの光廣神社に残る絵には、竜を討伐した武将のかたわらを激流が走る。
こうした伝えは水害への警戒を促すと解釈できる。


やっぱ地名って大事だよな
ちゃんと調べないと



八木蛇落地悪谷(じゃらくじあしたに)

八木上楽地芦谷(※文字を変えてみた)

八木(※短縮してみた)

こうみたいね


先人の知恵って偉大だな
最近はそこに人を住まわせるために
当たり障りのない地名ばかりになってしまった




本 名  八木蛇落地悪谷
通 名  八木3丁目



          これも「通名」被害?



港北ニュータウンの代表的な旧地名
神隠、猫谷、百目鬼、本丸、神無、稲荷谷、御霊、供養塚

この土地に出入りできる橋の旧名は「御霊橋

川和町   : 城古場、猫谷、土腐、影谷、地蔵
恩田町   : 餓鬼塚、供養塚、地獄田
鴨志田町 : 念仏堂
勝田町 : 蛇山
新吉田町 : 裏土腐、神隠、御霊
折本町 : 蛇谷
東方町 : 鬼塚、供養塚



今ある 平和台、希望ヶ丘、緑が丘、朝日ヶ丘 とかわざとらしい地名のところは
大体もとの地名はろくでもないものが多い


水関係の言葉とか「サンズイ」の漢字を使ってる地名は
水害に弱かったり地盤が弱かったりするからな



ほーぉ。昔の地名にはちゃんと意味があるんだなぁ。


[ヘビの通り道] に家建てるからみんな飲まれてったね・・・


先人の知恵・・・・ 侮ってはいけないんだな・・・



画像資料

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org5277794.jpg

ttp://up3.null-x.cc/poverty/img/poverty202841.jpg

ttp://i.imgur.com/ByiHP1C.jpg










凄いな。画像見ると本当に蛇がいるが如く流れてる。


伊豆大島の土石流の時は扇形に崩れてしまっていたけど、
八木地区の現場は、 遠目に見ると、
3匹の蛇が一直線に降りて行ってるように見えなくも無いな・・・


地名と古地図は大事
日本は災害が多い国なんだからもっとそういう意識高くないと


。。。。。。。。。。。。。。。。抜粋転載おわり



※追記
タイトルが過激なため、誤解されるといけないので追記します。


コメント欄にも書きましたが、これを取り上げた理由は、
「昔からの地名には何かを伝え残すための意味があった」ということを
若い人たちにも知らせたかったということと、
たとえば、3.11のときでも、津波の進路に沿って鳥居が立っていた(鳥居は何かを守っていた)
とか、そういうのは先人の知恵であり、将来の子孫に対する大事なメッセージであったと、
そういうものはやはりどんなに近代化され合理化された時代になっても軽視せず、
常に意識してその教訓を生かすべきでは・・・ ということを言いたかったのです。

今の日本は、全体として、
そういう古い習わしや言い伝えを「非合理」だというだけで簡単に軽視する空気が大勢を占めて
おりますが、もうそろそろ日本人は、長年蔓延ってきた近現代合理主義的な価値観を見直し、
この日本列島に住んできた先祖からの大切なメッセージに耳を傾け、日本人の原点を見直し、
本来の日本人らしい価値観に重きを置く必要があるのではないかと 、
この「地名」の話題は、そういうものを喚起するためのきっかけになるのではと、
そう感じたものです。




【転載】「蛇落地悪谷」変えちゃいけない、災害から身を守る先人の地名... 投稿者 kigurumiutyuujin






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韓国人「日本に植民地支配された屈辱は忘れない」 ← これに反論できる日本人いるの?   (いるよ~) 

 
韓国人
「日本に植民地支配された屈辱は忘れない」
 ↑  これに反論できる日本人いるの?


  いるよ~
  (^O^)/  
 
 
『韓国人「日本に植民地支配された屈辱は忘れない」 ← これに反論できる日本人いるの?』
http://asianews2ch.jp/archives/40461238.html

より抜粋転載~

韓国人
大韓帝国が日本により徐々に主権を奪われ
1905年11月に第二次日韓協約により他国との交渉までも日本がやるようになり、
大韓帝国は国際的に何も言えない状態になった。
いわば傀儡政権化された。

そしてその傀儡政権を利用し様々な悪事を合法に見せかけ、
1910年8月にとうとう日本は日韓併合の名のもとに
大韓帝国の植民地支配をはじめた。

主権を奪われ、搾取され、名前を変えられ、
民族浄化を行われ、差別された。
我々は民族の誇りを傷つけられ、辱められたことを永久に忘れない



中国人
「大日本帝国は中国からも搾取し傍若無人にふるまった。
対華21箇条要求を見てもわかるように中国の利権を搾取し、
人民を家畜のように扱い、土地を奪い様々な横暴を働いた。

そして、柳条湖事件にて自作自演で満州を侵略し、
盧溝橋事件では和平を無視して中国への侵略を開始し、
一般市民への虐殺、略奪、無差別爆撃を行った。
侵略以外の何物でもない。絶対に許さない」

反論して、どうぞ



・・・・・・・・・・・・  ↑ これについた日本人のコメントより~


「民族浄化」されて 人口が増える国があるらしい
http://amzn.to/XDUart



なら援助なんて恥ずかしいから受けるなwww



賠償金かえせよ
賠償金払うことで戦後処理したんだろ。
それができないなら返せ



本当に日本が憎いならまず、借りた金を返して、
旧日本軍が作った建物全てを壊してから言えばいい。

まあ、そんなことしたら
耐震設計の建物が韓国からなくなるけどね。



いつまで言うてんのやろ
他に楽しい事ないんか



いつまで謝れば気が済むんじゃ


もう 聞き飽きた



そもそもなぜ謝らないといけないのか



併合を望んだのは、あんたらの一進党なんだがな
知ってるか? 一進党を (笑)




大韓帝国の一進会の声明には、こうあります。

”「日本は、日清戦争で莫大な費用多数の人命を費やし 
韓国を独立させてくれた


また日露戦争では、日本の損害は甲午の二十倍を出しながらも、
韓国がロシアの口に飲み込まれる肉になるのを助け
東洋全体の平和を維持した


韓国はこれに感謝もせず、  
あちこちの国にすがり、
外交権が奪われ、保護条約に至ったのは、我々が招いたのである

第三次日韓協約(丁未条約)、ハーグ密使事件も我々が招いたのである

今後どのような危険が訪れるかも分からないが、これも我々が招いたことである

我が国の皇帝陛下と 日本天皇陛下に懇願し
朝鮮人も日本人と同じ一等国民の待遇を享受して、 政府と社会を発展させようではないか」”

韓日合邦を要求する声明書 1909年12月4日



   ↑  この事実は無視?




これ ↓ を「奴隷(植民地)支配」と呼ぶのか?

日本が行った朝鮮統治の実績

<<封建的諸制度、因習の廃止・禁止>>
・身分制度とそれに伴う特権や差別の廃止 (身分制度廃止令は併合前だが、実際は後)
・奴婢の解放 (人口の30%)

両班の特権廃止 (これを怒ってるの?)  

女性の解放 (名前を奨め、再婚を許可) ←初めて女性に名前が!

・衣服の自由化、瓦屋根や二階建て以上の家屋の制限を撤廃 
 (これによりやっと自由に近代的な建物が作れるようになった⇒中国より立派なものを作ることが禁止されていた!)

・因習の廃止  (乳出し9属皆殺し(復讐)を禁止
・人身売買の禁止  (あまりに当然のように行われていた)

・宦官(睾丸の腐割)の禁止 (まだやってたのか!)

・纏足の禁止 (まだやってたのか!!)

少女を妓生とすることを禁止 (初潮前の少女にも売春させていたから)

・呪術的医療の禁止 (朝鮮巫術の禁止)  



<<近代的経済法制の導入>>
・私有財産の保障
(所有権制度の整備)

・土地測量と地籍の確定 (墳墓など0.05%位が未申告地として残った)

・近代的企業制度と商法の確立

・通貨制度の整備
・度量衡の統一      (↑こんな基本的なことがまだできてなかったのか!!)          



<<近代的社会制度の導入>>

・罪刑法定主義を徹底(私刑の禁止)
残虐刑を廃止
 (九族皆殺しとか、手首切り落とし刑とか…頭おかしな罰則が未だまかり通っていた)
・行政の単位をそれまでの一族から、家族(氏)に規定 (これが創氏の目的)

・家長の権限を制限 (家長の身勝手(絶対権力)が人権保護や”法治”を妨げる⇒無法地帯の根源)

・地方の行政長や議員の選挙による選出  



<<教育・医療の近代化と普及>>

小学校5,000校以上、 大学など1000校以上を建設

・ハングルの整備と普及 (識字率向上)

・西洋医学や衛生思想の普及
、疫病の防除と罹患者の隔離、医療施設の整備



<<社会基盤の整備>>
・道路、橋、鉄道(4000km)、港湾の整備、電源開発

・治水事業による耕地拡大と農業の近代化


・大規模な植林(6億本)



日本が行った朝鮮統治の結果、次のよう<成果>があった。

・1920・30年代GDP平均成長率4%(1920年代の世界経済は2%以下、日本は3%強)
・1人当り国民所得が1910年の40ドルから倍増

・日本資本の大量流入(統治期間総額で80億ドル)による通信、運輸、都市の発達

・耕作地の拡大(246万町から449万町まで)

・米の反当り収穫量が0.5石から1.5石まで3倍増

・農産物、工業製品の輸出の急増 (内地で半島米の輸入反対運動が起こった程)

・人口が1300万人から2600万人に増加

・平均寿命が24歳から56歳に

・識字率が61%を超えた (1944年時、併合時は4%程度と推定されている)





    これ ↑ が 「屈辱」 だったと?
    これを 謝れ と?



併合前の状態 になってから言えや

道路もトイレも電気も学校もまともな家屋も無かったの
誰が与えてやったと持ってるんだ?



台湾の方は感謝してるらしいね




シナチョンの世論操作って楽そうでいいよな
反日 言ってればそれだけで支持率上がるんだから



ちょっと知恵のある韓国人留学生は
日本にきて自国の歴史や 日韓関係の一次ソースを読み漁って
ようやく自国の惨めさを知るんやで
ほんとかわいそう



朝鮮なんてほっとけば良かったのにな


もっかい支配してやれ

         > (いら)ないです !

         >ふざけんな
          犬の糞だって分かっててもう一回踏みに行くバカがいるかよ



伊藤博文さえ生きていれば…




<植民地>にはしていない、 以上。


      正解
       併合であって植民地ではない。
      植民地にされた他の国に失礼なレベル



植民地支配されてた国なら
主国の言語が喋れないとおかしいはずだが?




「民族浄化」というわりには朝鮮半島での混血が全然進んでないよね
なぜか日本国内に混血が多いのは何故なんだろうね

あと
朝鮮半島のために搾取されたのはむしろ日本の国民
莫大な日本の血税が投入されたのだから。
何にも無いところから搾取するなんてできないよ

あと日本が朝鮮半島の隣にあったことで比較対象に挙げられた朝鮮人のプライドが
粉々に砕け散った事に対して謝る必要は全く無い
恨むなら千年属国の祖先を恨めよ



日本は何度も朝鮮との併合を断り続けて来たのだ、
伊藤博文は併合反対だった、
暗殺してまでも併合を勝ち得た気持ちはどうだ? テロ国家
何が植民地だ 馬鹿たれ、
何処に莫大な投資をする植民地があるか アホンダラ。



「植民地だろ」「併合だろ」の話をしても意味ないよ
なぜなら奴らは漢字を捨てたから
「併合」と「植民地」の意味の違いがわからない。

両方、似たようなものとして処理(理解)される  不毛なわけだ!!

奴らと議論できると思っちゃいけない
http://www.wara2ch.com/archives/7825708.html
(漢字が読めないせいで毎度墓穴を掘る韓国人)




「私を貴方の配下にしてください」
と泣きついて
甘い汁を吸っていたのに終戦したら
「無理やり あいつにやらされただけなんです!
自分たちも 被害者なんです!」
と言いだして謝罪と賠償を請求するクズども、
それが朝鮮人




「植民地」って自国の利益なる地域だろ?
お前らの国って、 日本に何かメリットあったの?

それに、どうやって「植民地」にされたんだよ?
「植民地」にわざわざ、病院や学校や発電所などあらゆるインフラを整備するかよ?

大戦で日本はアメリカに負けたけど、韓国人と別々になれたのは幸いだったよ♪
おかげで日本は短期間に世界第2位の経済大国になれたからな~♪
日本の汚点は中国、韓国に金を恵んでやった事だよな!



中国に支配された歴史は忘れてるみたいだよ。



日本と朝鮮は戦争せずに併合したんだ。
なぜ戦争して抵抗しなかったの。
皇帝はどこ行ったの?

日本と併合して、朝鮮人の人口が増えたが何故?
普通、ひどい目に合わされ、搾取されたなら、人口減るでしょ。何故?
文網率どうなった。
ほとんどの人が字読めなかった。が、併合したら70%の人が読み書き出来た。
これって、近代化の基本中の基本でしょ。
字読めない奴がどうやって、後世に情報残せたの?



日韓併合は莫大な借金で身売り大韓帝国を日本が買っただけ
文句があるなら
借金こさえてロシアに身売り寸前にした李王家にどうぞ。

盧溝橋事件 → 仕掛けたのは中国
上海事変 → 仕掛けたのは中国
通州事件 → 仕掛けたのは中国
    
 (大事なことだから大文字にしました)

文句があるなら、調子こいて日本にちょっかい出し続けた蒋介石にどうぞ。




まず「植民地支配」が間違い

あと屈辱がどうのこうの言うなら
日本のように己の力で近代化を成せば良かった事
ロシアの脅威が迫る中 それができなかったったんでしょ?
で終わり



韓国の屈辱より
日本の後悔のほうがでかい

あんなお荷物抱えて太平洋戦争に突入するというハンディキャップマッチ




伊藤博文を韓国人に暗殺された恨みは永遠に忘れない。
朝鮮人が大勢の日本人を拉致して、
若者の人生を奪った恨みを永遠に忘れない。

反論できるのかよ




ご先祖様は本当に立派だった
でも朝鮮併合したのは心底馬鹿だと思う
あんな国、何で助けてやったんだ。

当時は日本人だって大変だっただろうに




戦争での日本の最大の罪は
朝鮮人にという過ぎた物を与えてしまったこと



日本統治時代が良かったと言った人物が殺される国があるらしい

 (そういう法律も作るらしい・・・)




とにかく嘘教えるのやめろ
日本が侵略して植民地にしたんじゃなく懇願された併合

土人に読み書きを教え各種インフラを整え莫大な投資をした
第二次大戦時は「韓国」などという国は存在せず
日本人として悪逆の限りを尽くし
それが証拠に中国人からは「高麗棒子」と呼ばれている

従軍慰安婦強制連行は吉田と朝日の捏造反日記事が発端
国連の調査報告もこれを元にしており、その上
職業売春婦である慰安婦と、労働力徴用の女子挺身隊を混同

現在韓国が慰安婦慰安婦と騒いでいる根拠が吉田証言で
これは済州島の住人、韓国の新聞調査ですら否定している与太話
そして吉田は生前嘘だったと認め、先日朝日も認めた
つまり、
今韓国があせって世界中で慰安婦キャンペーンをしているのは焦りから
嘘がバレ、根拠がない事がバレ、
さらには現大統領の父が自国で慰安婦制度を取り入れた事実がバレ、
ベトナムで日本以上の残酷な行為を犯した事実がバレ、
日本が一度も謝罪していないという嘘(日韓基本条約、謝罪と莫大な賠償をむしりとった)
を国民に教え、 日本人ヘイトを年端もいかぬ子供に刷り込んでいる事がばれるからだ

反日国家どころじゃない、奴らは「敵国」だ




。。。。。。。。。。。。 抜粋転載おわり




「主権を奪われ、搾取され、名前を変えられ、
民族浄化を行われ、差別された」 


どこが?

「民族の誇りを傷つけられ、辱められたことを永久に忘れない」 

あ、 もしかして、
情けをかけていろいろ恵んでもらったことを恥じてるの?
(だったら返せよ!) ← わたしでも思うぞ!



ホント、こうして聞いてると、
日本は間違ったことをしたのかも・・・ とおもわず思ってしまう。

日本みたいに、
教育をつけて、名前を与えて、文字を与えて、技術を与えて、金を与えて、
地位も権利も与えて、人として、国としての誇りを持たせて・・・ 
その挙句がこれじゃあ、
やっぱり、中国みたいに、名前も知恵も文字も技術も権利も与えない奴隷支配の方が
彼らへの場合に限っては正しかったの かも・・・? 
と思ってしまう。


それにしても、
これほど「和」を尊ぶ温厚な日本人に ここまで言わせる 韓国人って
相当だと思う。



追記)

「台湾は植民地だった」という人がいるが、
それも少々誤解を生む表現だ。
少なくとも、日本の台湾統治は「搾取」や「奴隷支配」が目的だったのではない。
単に台湾人が「お人よし」だったから日本人に感謝しているわけではない。

どこの植民地に本国よりも先に国立大学ができた?
奴隷支配するつもりの国に
当時の日本より最先端の設備や技術を真っ先に投資するわけがない。
当時日本は台湾を我が子のように育てようとしていた。
もちろん、日本の利益のためだが、
搾取というより持ち出し(投資)の方がはるかに多かった。

台湾統治のことは金美鈴さんらに聞けばいい。
日本人はどんどんいいことを教え、
そのあと来た中国人はそれらをすべて奪ってメチャメチャに蹂躙した。

本省人(もともとの現地台湾人)のお宅には、
今でも明治天皇と北白川宮能久(よしひさ)親王(両方とも竹田恒泰氏の高曽祖父)
の御真影が飾られ、祭られているらしい

同じことをしてやって、一方は得をしたと感謝し、一方は損をしたと恨み続ける。
結局は、その人間の心根、心映え次第。

★台湾 「日本はアジアを占領したのではなく、治めてくれたのだ。真実に気付いてほしい」
 http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-1125.html


★再 楊素秋 『日本人はとても素敵だった』 
 http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-303.html



★当時の朝鮮人による人身売買の実態と、
 それを止めて朝鮮人女性を救っていた日本の警察の新聞記事




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