ひだまり    今は古事記に夢中! 沖縄の真実 沖縄の危機 ① 天皇陛下と沖縄 「ありがとう天皇陛下」

アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

沖縄の真実 沖縄の危機 ① 天皇陛下と沖縄 「ありがとう天皇陛下」


沖縄に米軍基地が残ったわけ・・・


ありがとう・・・天皇陛下


あらみたまさんに教えていただきました。

(※ああ~消されてしまった!!)

以下、2015.7 追記)

■沖縄祖国復帰を実現に導いた
昭和天皇の「潜在主権方式」のご提案

(連続3回シリーズ)
http://blog.goo.ne.jp/jiritsukokka/e/d06457fad044ebb184b1badb5b0ee1b0
より~

<概要>

1951年11月24月、
米国務省が対日講和7原則(サンフランシスコ講和条約の草案)を発表しました。
そこには、「琉球諸島は合衆国を施政権者と国際連合による信託統治」にするとされていました。
その情報を得た沖縄県民は、未来永劫祖国に戻れなくなる危機を感じて立ち上がりました。
そして、沖縄の運命を決める講和条約に向けて祖国復帰の署名運動や嘆願を続けていました。
しかし、
1951年9月8日、サンフランシスコにて日本と戦勝国48カ国と平和条約が締結され、翌年4月28日
に公布されました。これにより、沖縄は国際的に米国を施政権者とする信託統治領として位置づけられたのです。
これは祖国復帰を望んでいた沖縄県民にとっては大きなショックでした。
講和条約とともに復帰は実現かないませんでしたが、この講話条約締結にあたって、
沖縄県民の知らない裏では、外務省をはじめとする日本政府は沖縄の主権を失わないように熾烈な
外交交渉を戦っていたのです。
特に大きな仕事をなされたのは昭和天皇でした。
昭和天皇がご連合国に提案された、「施政権は米国に租借するが主権は日本に残す」という
「潜在主権方式」です。
講話条約締結では、「日本は沖縄の潜在主権を持つ」という合意を得ていたがために、数多い
国際紛争の中、わずか20年後の1972年に沖縄の祖国復帰を実現することができたのです。

(仲村覚)


1947年9月19日宮内庁御用掛の寺崎英成を通は、日本橋三井ビルの3階の
シーボルドGHQ政治顧問を訪問しました。
その目的は、琉球諸島の将来と、米軍による沖縄の軍事占領を継続する必要性に関して
天皇の考えを伝える事にありました。

シーボルドがマッカーサー宛に送付した覚え書きが残っています。

PDF版 http://p.tl/eHNI (実物写真)

--------------------------------------------------------


(日本語訳 抜粋)

注目すべきは、日本の天皇は、
米国が沖縄と琉球の他の島々の軍事占領を継続することを期待していることです。

これが主に国益に基づいた希望であることは疑いがない。

天皇はまた、中長期の租借形式でのこれらの島々の米国の軍事占領の継続を想定している。

天皇の意見では、
日本の人々は(その方法により)、米国が不純な動機を持っていない事を確信し、
軍事目的のための米国の(沖縄)占領を歓迎するでしょう。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


9月30日、この天皇メッセージは、
講和条約の草案の作成作業を行っている国務省極東局に届きました。

この日、極東局のボートンは、琉球における米軍基地は、
「信託統治」の代わりに基地の「租借」で米国の安全保障の目的を果たせるか」とうテーマで
軍部と国務省の代表者に提案しました。

しかし、軍部からは国連の信託統治理事会の査察と管理が不要な「戦略的信託統治」を要求
するべきで「信託統治」も「租借」も不十分だ拒否されてしまいました。

軍部は、決して沖縄を他国の軍事基地として使わせてはならないという決意があり、
国連の理事会の承認が必要だと、ソ連が拒否権を発動する危険性を避ける必要があったのです。

その後も、米国政府では、膨大なエネルギーを費やして沖縄問題について合意形成の作業が進め
られていきます。

「あくまでも主権を日本に残しながら、沖縄の軍事基地権を米国に提供する」という昭和天皇の
お考えは、後に米国務省極東局から、講話条約の米国全権ダレス特使へと引き継がれていきます。



...............................................................................


この天皇メッセージのメモですが、
沖縄、日本、そして日米同盟の未来を驚くほど深く洞察されたご提案だと思います。

要点を列挙してみます。

<昭和天皇のご提案のまとめ>

(1) 米国が沖縄の軍事占領を継続することを望む。

   =>目的:米国の利益になると同時に日本にロシアの脅威に対する防衛力を提供する

   =>目的:占領が終わった後の、
      左翼・右翼団体が事件を起こし、それをベースにソ連が内政干渉することに備える。

(2) 米国の沖縄占領は、日本に主権を残し長期租借という形で行う。、

   =>目的:米国が永久占領する野心がない事を日本国民に示し理解を得る

(3) 日米の二国間条約で締結する。

   =>目的:ソビエトや中国が日本への進駐を要求することを阻止できる


昭和天皇のご提案は、ソ連の日本侵略を最も警戒されていたことがわかります。

1947年9月の時点では、
日本の戦後復興の最大の敵は、米国ではなく共産主義勢力だと見抜かれていたのです


また、講話条約の締結の方法についても鋭い洞察をされていました。

連合国と平和条約を交わした場合、他国も米国と同じ権利を要求してくるから危険だと見抜かれ
日米の二カ国での条約締結を提案されていました。
ソ連や中国に分割占領される危険性を回避されたのです。


さらに、
60年安保闘争や70年安保闘争が起きることを予測されていた文章も記載されています。

また、昭和天皇は、
占領が終わったあとに勢力が拡大した左翼や右翼団体が事件を起こし、
それを土台にソ連が内政干渉始めるのではないかと心配をされていたようです。


終戦直後に日本にコミンテルンが入り込み、共産革命を狙っている事も把握されていたことが伺えます

この事実から、
昭和天皇は、当時のどの日本の政治家よりも、
戦後復興における日本の安全保障の危機、共産勢力の工作の危機
正しく見抜かれていたのではないかと思います。

しかし、沖縄を米国の施政権下に置くというのは苦渋の決断だったのだと察します。
その思いは、崩御されるまで持ち続けられていたのです。



(仲村覚)


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



ここでは大抜粋ですので、どうぞ元記事・原文をお読みください!

ここからわかるのは、沖縄という地理的条件により、
中国・ロシアからの領土侵略と、共産化の危険が濃厚にあったということです。

終戦直後であっても、米軍からの侵略はなくなっても、中ソからの事実上の侵略の危機は絶えず
あった、いや、むしろ、ソ連が日本が軍事放棄した途端、北方領土を武力で奪ったように、
また、後日、軍事組織を持たない隙に韓国が竹島を奪ったように、以前より、軍事的にも経済的にも
国力が脆弱していた日本にとって、よほど深刻な懸念であったということがわかります。

そして、それを、日本政府のどの政治家より、もしかしたら昭和天皇は実感していたのかもしれません。

軍部はそれぞれの持ち場の事情しか長けていないというのが現実です。
が、天皇陛下は、それぞれの軍部の事情も、政治事情も、他国の事情も、国際関係の事情も、
じつは、それぞれすべてのエキスパートから直に情報を得られるという立場にあったのです。

まさに、国民、国のことを「知らす」存在であったからそうあったわけですが、
であるから、あのような、
今聞くと予言にも聞こえるような、的確な懸念と対処の提言が可能であったのだと思います。



もし、あのとき、
日本に軍人と、政治家しかいなかったら・・・

もしかしたら、このような日米同盟も条約もなかったかもしれません。


もしかしたら、沖縄はもうすでに、
中ソどちらかの支配下にあったかもしれないと思うのです。


もし、沖縄が中共に侵略されていたら・・・
今頃は、九州・本土も、かなり、侵略と汚染が進んでいたことでしょう・・・

そうでなかった・・・という仮説を論理的に証明するほうが、難しかしいのではと思います。

兎にも角にも、
陛下が常日頃から、
日本のこと、日本人のことを、心から気にかけ、心から心配して下さっていたから、
われわれ国民のことをいつもお守りくださっていたからこそ、
沖縄を守る米軍基地が残り、沖縄が日本に戻り、沖縄は、日本は守られたのだと思うのです。


これは、沖縄の人たちにとっても、本土の日本人にとっても、
これが日本の真実。
われわれ日本人の真実なのではないでしょうか?


・・・・・・・ 追記おわり


陛下の先見の明と、国民への愛に感謝します。

日本にうまれてよかった。
日本人にうまれてよかった。



『すめらぎいやさか』
陛下の御代が一日でも長く続きますように・・・






【沖縄】 天皇陛下奉迎 提灯大パレード 1/5
 天皇陛下奉迎沖縄県実行委員会

動画は自動的に次の動画へと進みます。 1~5まで



天皇陛下奉迎 提灯大パレード 5/5


パレードの参加者は7000人。

沖縄県民による歓迎祝典の舞い、歓迎スピーチ、
陛下への謝意と愛、
「君が代」、「天皇陛下万歳!」の提灯パレード、
陛下があらわれたときの県民の真の姿、真の心情・・・

これをマスコミは報道しません!!
「憲法」に保証された「報道の自由」によって・・・




天皇陛下と沖縄・・・

「硫黄島の御霊 ①」 日本を守った2万人
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-999.html

「硫黄島の御霊 ②」 天皇陛下の慰霊 
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-1012.html








<その他 参考記事>

日本人は自分のことをよく知らない
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-558.html

なぜ日本人は「日本人らしさ」を失わずにこれたのか?
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-631.html


再★宮中祭祀 皇室の祈り 1
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-971.html

再★宮中祭祀 皇室の祈り 2
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-986.html

再 皇室についてこれだけは知っておいてほしいこと ①
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-774.html

再 皇室についてこれだけは知っておいてほしいこと ②
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-775.html

日本人が知らない天皇の価値と役割
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-757.html

『 君が代 』
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-230.html

★ 日本人のプライド ③ ー 欧米が驚愕した天皇陛下と日本人  ー
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-228.html

うまし国 言霊の国 の日本
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-412.html

★ ルーズベルトへの手紙
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-571.html

再考 建国記念日
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【世界最古の君主国日本】 田中英道
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大日本帝国が世界で初めて提案した『人種差別撤廃案』
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アムステルダムの光芒 【照らされた日本の誇り】
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『日本人にしかできないこと 「共存共栄」の思想 』
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