ひだまり    今は古事記に夢中! 百田尚樹「永遠の0」 もう一回見てきました! 

アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

百田尚樹「永遠の0」 もう一回見てきました! 

「永遠の0」見てきました。
これで二度目です。

一回目は封切り日に息子と。
そしてクリスマスの今日、娘と見に行きました。
(出そう出そうと思ってたのに、安倍総理の靖国参拝で遅れちゃった~)

※最初に見た感想と意見はこちら → 
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-1561.html



そして、もう一回見たら、どうしてももう一回言いたくなったので、
主旨に合わせて、今度はこちら(「憲法改正問題」)に書きます。


上の感想の記事と重複する部分は省きますので、どうぞ ↑ から読んでください。


手短にはっきり言います。


これを見ても、これでもあなたは、
左翼が言うように、「憲法9条さえ守れば日本は平和だ」と、
「戦争放棄さえしてれば、日本人は守られる」と、
「戦争できなくさえすれば、日本人の幸福は守られる」と、本気で思いますか?

ほんとうに、
宮部は、
井崎は、武田は、景浦は、健一郎は、
生き残った日本人に、
自分たちが守った日本に、
「二度と戦争ができない国になって欲しい」などと願ったと思いますか?


彼らは、
本当に戦争を、あの特攻を体験した人たちは「言葉」少ないかもしれない。
しかし、しかし、言葉少ないその言外には、
嫌ってほど骨身に滲みたものがあったはずです。

どんなに戦争が非情で、非道で、空しいものか。

たしかに皆思たでしょう。
「戦争なんかやるもんじゃない」 と。
でも、それだけでしょうか?

「戦争はしてはいけない」 
それは当然で正しい。
でも、それだけでしょうか?

どんな状況下でも、世界が、日本がどうなっても、
「とにかく日本は戦争(戦うことを)しない」のが絶対的に正しい・・・と、
あなたは本気でまだそう思いますか?
かれらもそう思ったと信じますか?

「戦争のない世の中」を望むのと、
「絶対に戦わない(戦えない)日本になる」ことが、本当に同義だと思いますか?

「戦えない」=「勝てない」ということなのに?
かれらはそれを望んでいたと思いますか?

「勝てなくてもいいから戦えない国」が理想だと、そう思いますか?

かれらは、そのために死んだのですか?

「戦争さえしなければ、日本人は幸せになれる」・・・と信じて?


戦争さえしなければ、
わたしたちは自由で幸福だと本気でそう思いますか?

そう信じてきた人、
これまで漠然とそうかと思ってきた人、
この映画を見ても、この作品を読んでも、そう思いますか?


無条件に戦争を放棄して、
「戦わずして敗北する」ことを本気で想像したことがありますか?
それがどういうことか、本気で想像したことがありますか?
戦わずして負けることがどういうことか、
国を明け渡し、自由や権利を奪われることがどういうことか、
それを想像したことがありますか?

左翼は、「9条信者」たちは、それに言及したことが、
それを若者に想像させたことがありますか?


わたしたちは一度もそれを経験したことがない希有な民族なので実感がない。
実感を持てと言っても無理なことなんです。
だから、これまではいいように左翼の言うままに洗脳されてきました。

しかし、以前ならともかく、今はネットがあります。
中国が実際にチベットやウイグルでやっていることを、
ベトナム戦争で韓国軍がベトナム人女性たちにしたことを、
日本の統治が終わったあと、台湾に入って来た中国軍が台湾人にした仕打ちを、
ちょっと調べれば分かることです。

日本人も戦後、「堪えがたきを耐え」た。
しかし、それでも、ほんとうに国体を奪われた国の悲劇だけは味わってはいないのです。

かれらはそれを守ったのです。
日本のほんとうの無駄死を、
それを味わう悲劇かららわれわれを守ったのです。

命を賭して。


その命の上に、わたしたちの生があるのです。


憲法が守ってくれてるんじゃない。
「9条」が守ってくれたんじゃない。

戦って死んでいった人たちが守ってくれたんです。
罪を背負って処刑された人たちが守ってくれたんです。


それを忘れてはいけない。
忘れてはいけないと思う。

それを、ちゃんと教えてこなかったような人たちの言葉なんて
もう聞いちゃいけない。

われわれの真実を一度も語ってこなかった人たちの言うことなんて
聞いてはいけない。



最前線で敵と戦って、
戦っても戦っても勝利が見えてこない現実の中で、これからの祖国を思うとき、
「二度とこんな戦争を起こしてはならない」と思うと同時に、
「もし、今度戦うときは、ぜったいに勝たなくてはならない」 と思ったでしょう。
切実にそう思ったことでしょう。

戦わないでいられるなら、それが一番いいに決まっています。
しかし、「戦う前に負けてもいい」 などとは、ぜったいに思わないでしょう。
なぜなら、もし戦争になったら、勝たなくては守れない からです。

そうです。
かれらは「戦争をしたこと」を後悔したのではない。
「戦争に負けたこと」を後悔したのです。

「愚かな戦い方」をしたことを。
「勝てる戦争」をしなかったことを。

国を守るために、家族を守るために、戦うことを選択したのだから。
戦うしか家族は守れなかったのだから。
まさか、「もっと弱い(無防備な)日本であるべき」などとは死んでも思わなかったでしょう。

左翼は、そのことだけは絶対に語りません。

「戦わない」ということは、
最初から、国を守ることも、家族を守ることも「放棄する」ということになるのだから。

かれらは、守るために戦ったのに、
左翼は、そこだけはぜったいに教えません。

ただ「国に殺された」としか「軍に殺された」としか子供たちに教えません。


しかし、それで国は守れるのでしょうか?

日本は強くなれるのでしょうか?
日本の平和は守れるのでしょうか?

それで、ほんとうに、国民の幸せは守れるのでしょうか?

ほんとうに「強くなくてもいい」のなら、「戦わずして平和が守れる」なら、
なぜ、かれらは命を賭して「ゼロ」に乗り込んだのでしょう?
なぜ、死ぬと解っていたのに、敵に向かっていったのでしょう?
あの「美しい手紙」を遺して。


「特攻隊は一種のテロリズムだ」
「天皇や国のために死ぬなんて、洗脳されたヒロイズムだ」

「そうさせたのは、日本の軍国主義のせいだ」
「軍部の独断と暴走が若者を無駄死にさせ、国を滅ぼしたのだ」

「それを許した日本の民族性のせいだ」・・・と左翼は言う。

だから「戦争放棄することで日本の平和は守られるのだ」・・・と。
だから「民族性や伝統を守ることに価値はない」・・・と。

戦後左翼は徹底的に、
「0戦」も「特攻」も、「日本軍」も、
「天皇」も、「帝国憲法」も、「日本人の民族性」も、何もかもを否定した。
ただ、ただ、「悪だ」「過ちだ」「価値などない」と否定してきた。

わたしたちはずっとその「声」だけを聞いてきた。
それが反日左翼の「声」だとは知らずに。

なぜ、日本があんな「愚かな作戦」をとらなければならなかったのか?
左翼はけっして、そこには触れようとしません。


ただ単に「戦争をしたから」特攻が行われたのでしょうか?

もし、日本がもっと早く勝っていたら・・・
もし、日本にもっと物資があったら・・・

そしたら「特攻」なんてするわけがなかった。

当のアメリカ人も、世界中も思ったでしょう。
日本に最初からもっと物資があったら、負けていたのはもしかしたらアメリカだった・・・と。

特攻だけが日本の戦いぶりではなかったのだから。
「特攻」だけを米兵は恐れたのではないのです。
その他の日本軍の戦いぶりも、日本軍の振舞いも知っていたのだから。

それゆえに、「恐れて」いたのだから。
「もう二度と、日本とは戦いたくない」 
「思い詰めたかれらと対峙したくない」 と。

そう思わせたからこそ、
その後の「一億玉砕」を回避するために、
日本統治をつつがなく遂行するために、
「天皇」が、
「国体」が守られたのです。
それが守られたから、今の日本があるのです。

あの戦いがなければ、
「あの戦いぶり」がなければ、
アメリカの「日本統治」はまったく違ったものになっていたはずです。

マッカーサーは予定通り天皇を処刑し、
日本の国体は完全に破壊され、国民は精神的支柱を失い、
今よりずっと、決定的に、日本人は誇りも、気力もなくしていたでしょう。

日本人は、初めて「天皇のいない日本」を経験することになったでしょう。

それがどういう意味を成すのか。
日本はどうなってしまったのか。
一度も植民地になったことのない日本人、一度も母語を奪われたことのない日本人には
到底理解することも、想像することすらできないでしょう。

それをいいことに、
左翼は戦後の日本人にそれを想像することも、仮定することすらさせなかった。
「天皇のいない日本」の恐ろしさに気づかせようとしなかった。

「戦争に負ける」 ということは、普通、「天皇を失う」ことに等しい。
あれだけの大きな戦争をして、あれだけの負け方をして、
「天皇が生きている」ことを想像した外国人はいなかった・・・。

処刑されるか、命乞いして亡命するか、暗殺されるか、
それしか普通は、通常は、選択肢がなかった。

けれど、日本にだけは、それとは別の選択肢がもたらされた。
けれどそれは「奇蹟」に近いことだった。
普通はありえないことだった。

それを可能にしたのが、
天皇とマッカーサーとの会見と、
特攻隊や硫黄島の戦いや、沖縄の戦い・・・だったのだと思う。

天皇の存在だけでは国体は守られなかった。
特攻隊だけでは国体は守られなかったと思う。
その両方があったから、
実際に天皇に出会ったマッカーサーと、
実際に特攻隊と交えた米兵たちがいたから、その奇蹟は実現したのだと思う。

そんなことを
神風特攻隊のものたちは想像したのではなかったと思う。
けれど、かれらの存在が、かれらの「選択」が、それを生んだのは間違いないと思う。


「この戦争が終わったあと
(自分たちが死んだあと)、この国はどんな国になっているのだろう」

その答えをかれらに教えてあげられるとしたら、
わたしはこう答えるだろう。

「あなた方のおかげで日本の国体は守られました」
「あなた方の死はけっして無駄じゃなかった」
 と。



それを確認できた映画でした。

それを何度も確認したくて、
わたしはおそらく、来年もまたこの映画を見るでしょう。

原作も二度読み直しました。
映画を見たあと、読み直すことをお薦めします。
映画が語り尽くせなかった部分を、
また、原作以上に映画が語ってくれた部分を再確認できます。



今年はほんとうにいろいろあった年でしたが、
何から何まで特別な年だったような気がします。

まさに、この「永遠の0」と「靖国参拝」で暮れが締めくくられたことに
日本の新しい夜明けを感じています。


良いお年をお迎えください。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


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コメント
Re: その通り!その通り!
鍵コメさま、コメントありがとうございます。
それ、完成したらぜひ紹介してください。
どうしたら見られるのかしら?
すばらしい活動応援しています!
2014/01/02(木) 02:09 | URL | うさんぽ #-[ 編集]
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