ひだまり    今は古事記に夢中! 『ベートーヴェンの遺髪』 その2 ベートーベンの真実
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アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

『ベートーヴェンの遺髪』 その2 ベートーベンの真実

ベートーヴェンの遺髪

ベートーヴェンの遺髪

価格:2,100円(税込、送料別)


「楽聖の遺髪がサザビーズの競売にかけられた! 遺髪の経路を徹底追跡、
ナチの迫害に遺髪が関与していた謎、DNA鑑定が天才の病苦の真相を解明する。
話題騒然の歴史ノンフィクション。」

帯にはこんな煽り文句が・・・。 ↑

しかし、
どこの書評を見ても、紹介を見ても、
わたしがこの作品で強烈に感じたことを誰も書いてくれないのは何故だろう?

それでは仕方がない、わたしが書こう!!・・・と思う。

ノンフィクションとして、関係者の証言からの綿密な証拠固めと徹底的な追跡調査
明らかにされた遺髪にまつわる数奇な運命と、
DNA鑑定により解明された「楽聖」ベートーヴェンの壮絶な死に至るまでの真実・・・。
  (うん。わたしなら、こう書くかな・・・)

これを読んで、もう一度あらためてベートーヴェンの交響曲を聴いてみようと思う人は
少なくないだろう。 と思う・・・。
少なくても、
ベートーヴェンなんて、クラシックなんて全然興味がない人でも、
この真実という物語には誰しも震撼し、感服せざるを得ないだろう。 と思う。

五番目の交響曲に「運命」と名付けたのは日本人ですが、
ベートーベンは自分の死後、たった一房の自分の髪が、かくも数奇な運命をたどり、
人の人生を翻弄し、惑わせ、驚嘆させることになろうとは露ほどにも思っていなかっただろう・・・。

まったくもって、この壮大なノンフィクション作品の驚くべき点は、
「楽聖」の毛髪が、ついにある熱狂的なベートーヴェンの遺品収集家の手元に辿り着くまでの数奇な運命的な経緯と、
その辿り着いたベートーヴェン・マニアが医師であったが故の歴史的新事実発見という新展開の二本柱というべき話の軸が、
まるでメビウスの輪のように時系列を引き戻し、繰り返し、絡み合い、この髪の持ち主の「運命」を解き明かしていくところであると思う。

これは、映画化されるべきだろう!!

そう思わざるを得ないほどこれは、よく出来た推理小説より、どんな大河ドラマより、
「真実は小説より奇なり」 を地で行く物語なのです。
( ※ 小説として書いてあるわけではないので、読み易いかどうか、分かり易い
 かどうかは別として )

時系列的に交錯しすぎて映像化するのは難しいかもしれないが、こういう作品をやり遂げてこその名監督、名脚本家といえるのではないだろうか?
この難問命題に立ち向かい挑戦しようという監督、脚本家は現れないだろうか・・・?

かつて、モーツァルトとサリエリの確執を描いた「アマデウス」という映画がヒットしたが、あれは正直、脚色と妄想が過ぎていて、真実からはいささか距離がありすぎた。
もし、この「ベートーベンの遺髪」を映画化したとしても、とても、内容的に2~3時間じゃ収まりきらないだろう。
( ならば、4~6回くらいのドラマ形式でもいい!)
あの、「アマデウス」とて、もしも、ただ真実のみで追っていったなら、一般客は退屈してしまっただろう。 流れるBGMに惰眠を貪ることになるだけかもしれない。
しかし、この「ベートーベンの遺髪」は、作家が探り当てた真実を追っていくだけでも、
どんな精巧なからくりを労したサスペンスドラマよりも退屈している暇はない。
もちろん、作り手の技量によるものだが。

時系列問題を上手くさばくこと、。
セリフで説明しないで、俳優の演技力と映像の力だけで読み解ける作りにすること。
この二つは絶対条件。
これを、映像化、視覚化してもらえるなら、望外の喜びです。


もうひとつ・・・

このノンフィクション作品を読む価値があるとすれば、
いや、わたしは、これこそ、強調してほしかったところですが、
 (誰もこの点について触れてくれないのは何故だろう・・・)
それは、
この物語の最期に、この数奇な運命の糸にたぐり寄せられ、辿り着いた
ある医師による毛髪のDNA鑑定がもたらした 驚愕的な「楽聖」の真実である。

長い間、ベートーヴェンの難聴の原因は、梅毒によるものだということが定説になっていた。
その不名誉な説はあっさり否定されることになる。
しかし、彼を悩ませ続けた病状、病歴は、一般の想像をはるかに超えた壮絶なものだった・・・。
(ここに書こうかと思ったが、長くなるし、漢字だらけで重苦しいのでやめました。)

その、壮絶な病苦との闘い・・・。

「壮絶死」 とは、こういうものをこそ言うのか!・・・と思った。

モーツァルトも決して、その功績に見合う幸せな死に方をしていないが、
ベートーヴェンに与えられた身の毛がよだつような臨終の壮絶さは また格別だ・・・。
が、しかし、その壮絶さに反して、
不本意とか、不幸とか、不憫とかいう同情めいたものを一切排除すべきだと思う。
なぜならそれが、彼自らが求めたものだったからだ。

人間として、たぶん普通は最も弱い部分・・・
確実に迫り来る死の恐怖と苦痛の前に、彼が取った行動とは・・・。

その、最期まで決して手離さなかった彼のただひとつの望みのために、
彼は万人が望むであろう 安らかな死を拒み続けたのだ。

人の意志を最も有効的に打ち砕くはずの、死に至るほどの肉体的苦痛という責め苦ですら、彼の最期の執着と引き換えにする取引きには無効だった。

どれだけの強い意志だったのか。
どれほどの強い執着だったのか。
単なる才能とか、使命感とか、そんなものではこの「楽聖」が取った行動と意志は計り知れない・・・。


( その1 )にも書いたが、
作品中に、「その苦しみがあったからこそ、あれらの名曲が生まれたのだ」 という識者の言葉が載っているが、たしかにそれは間違っていないと思う・・・。
思うが・・・ただ、ここに明かされた真実は、そんな単純明快な答えで解決されていいのだろうか・・・? という思いがつきまとう。
そんなことのために、彼はああまでして生きたのか?
結果のひとつがそうだったとしても、真に彼が望んだものはなんだったのか?
そこまでして彼に強いたものは、彼自身の望みだったのか? 
それとも、天の意志というものなのか?

打ち据えられ、鍛えられ、最期ボロボロになってさえ捧げなければならなかったもの・・・

これほどの孤独、これほどの苦痛に耐えてまで、
それほどまでも希求するものは何なのか?
それほどまでしてして遺されたもの、彼が遺そうとしたものを、
わたしたちは本当に受け取っていたのだろうか・・・?

・・・と、思い出すたびに反芻する疑問。 
考えても、考えても、疑問形でしか見つからない答え・・・
それでも、
かれの遺した真実の一つに、いつまでもざわついた胸を抱えながら
これからも寄り添ってゆきたいと思う・・・。



・・・・・・か、書きたいけど、これ以上書けない!!(><);;;
 ・・・と言いながら、ネタバレすれすれですが、
ぜひ、一度、ご自分の目で読んでみてください。
我々が知ってる共通のベートーヴェンの認識を全部覆したくなるような真実を。


※※
どこにもこういうこと書いてくれない、ってことは、これは少数意見というか、わたしが異端なのか?
これは、小説でもエッセイでもないし、作者が調べ上げた事実をただ坦々と書き連ねたものでもなく、
ある意味ものすごく面白いと思うが、ある意味ものすごく分かり難いのも事実。
ただ言えるのは、ここに提供された事実や意見や証言から、どう捉えるか、どう感じるかは、
読んだ人にゆだねられるということ。
帯のコピーから刺激を受けて読んだ人は、わたしと同じ出口へは辿り着かないのかもしれない。





★『ベートーヴェンの遺髪』 その1 



ベートーベンと言えば、この人でしょう。


すみませんっ 懐古趣味で。



もうちょっと新しいところで、 
ベームかな・・・




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アメブロにいた「うさんぽの小径」のうさんぽです。
普通の子持ちの主婦です。
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思いっきり、主婦目線、母親目線、オバサン目線でいろんな情報に感想を書いています。

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