ひだまり    今は古事記に夢中! 日本人にしか見えないもの
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アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

日本人にしか見えないもの


最近のフィギュアスケートを見てても分かるように、

すべてのダンス(民族舞踊は別として)の基礎はバレエだといわれています。


これは、なにもクラシックなナンバーに限ったことではなく、

どんなテンポのどんなスタイルのダンスに至っても、

バレエの基本となる 「アン・ドゥオール (外へ)」という概念がすべての始まりといっていいでしょう。


日本人とは骨格も生活習慣も異なる西洋人が当たり前のように獲得できるそれは、

当然、日本人にとっては地道な努力と厳しい鍛錬が必要になってきます。


それは、形だけでなく、そのスピリッツもすべて日本のものとは真逆といっていいもの。

しかし、

「当たり前」にできないからこそ、日本人は、

それを獲得するために、並々ならぬ努力をしてきました。


以前は、メソッドも確立されておらず、ましてや、日本人のためのフォローすらなかった時代があり、

見よう見真似といっていい長い暗黒時代には、修練方法に無駄も多く、

流した汗と涙に見合うだけの成果が得られないことも多かった。

すべてを投げ打って、血と汗を流して必死で獲得したものが、本場で通用しなかった・・・

などという悲劇も往々にしてあった。

それは、クラシックバレエに限らず、クラシック音楽においても、スポーツにおいても同じでしょう。


日本人が世界で通用するのは、この大原則である基本を忠実に体得するようになってからです。

それまでは、すべてが「猿まね」に過ぎなかった。


ところが、

勤勉で諦めることを知らない日本人は、ついにやってのけるのです。

すべての分野において、

西洋人が自前の優位性の上に胡坐をかいている間に、黙々と精進を続けた日本人は、

「うさぎとかめ」のように、あっという間に追い抜き、追い越してしまった。


今の栄光だけを見たら、日本人の優秀さは輝かしくて当たり前になりつつありますが、

それは、何世代にもわたって苦渋と辛酸を舐めてきた先人たちの

報われない努力と成果にも音を上げず、堪えに堪えて、不断の努力を積み重ね、

次世代への伝承と進化への希望を託して、

たゆまず心血を注いできたかれらの偉業あってのことだということを我々は忘れてはならないと思う。


真剣に求め願う者が、諦めることをせず、

これまでつないできたからこその 今日の成果だといえましょう。



最近はめっきり舞台芸術からは遠ざかったしまったわたしですが、

最近のフィギュアスケートを見ていると、

あらためて、そういうことに思いを馳せる機会がありました。

それは、殊に、

小塚選手と浅田選手を見ていてそう思う・・・。


両選手の師である佐藤信夫コーチしかりです。


わたしは以前、高橋選手 が、

いや、彼だけが、これからの新生フィギュア界を牽引していくであろう選手だと思っていた。

それは、競技会での点数や記録とは、もはやまったく別次元の意味でですが・・・


それが、

今季の小塚選手を見ていたら、

わたしはすっかり新しいビジョンを持ってしまったのです。


それは、高橋選手を見限ったとか、越えるとかいったものとはまた違う。

彼のこれから成し得てくれるだろう期待とは別に、

贅沢すぎるとも言える、それは、とても幸せな希望に満ちた新しいビジョンだったのです。


最近のあの二人を見ていると、

日本人らしさの原点と、それゆえの日本人ならでは美点というか、強みが節々に感じられて、

久しぶりに、そういう日本人魂を揺さぶられる感動を体感しているわたしです。


それは、

ジャンプやプログラムが成功したとか、点数や成績で満足するとかいうものと別で、

そういう現実的な評価や報道の雑音なんか吹っ飛ぶような幸福感を伴う実感なのです。



でも、

わたしが求めているようなことは、

もしかしたら、他の日本人の人たちも、同じものを無意識に求めているのではないでしょうか?


だれが「評価」してくれなくても、点数や成績に反映されなくても、

それは、

わたしたち日本人が共に共有するとても「日本人的な」美意識として、

無意識的な内なる「評価」となって現れるのではないでしょうか?


もしかしたら、

そのわたしたちが求める無意識の「何か」が、

わたしたち日本人と、それ以外の「目の曇った」としか思えない人たちとの

永遠に埋まらない距離感・・・なのではないか?

・・・と思うに至った今日この頃なのです。



話が前後しますが、

最初に言った、「アン・ドゥオール」というのは、

なにも脚を180度に完璧に開くことだけを指しているのではありません。

全ての骨格と筋肉を内から外へと開くことで、「解放」と「自由」が得られるのです。

この「解き放つ」ことこそが西洋の精神の元になっているのです。


欲しいものは、自分の足で稼いで、自分で手を伸ばして掴み取る。

それが狩猟民族である西洋人です。

そのために、常にエネルギーは最初から外へ向かって爆発させている・・・

とは思えないでしょうか?

ああ、産業革命が西洋で起こった訳も分かろうというもの…と思うわたしです。


かれらは、成果を「形」や「量」で求める。

バレエでいったら、

身体のラインとムーブメントそのものが「爆発」するエネルギーを表現している。


それに反して、日本人は、心身共に、「内へ、内へ」と向かう傾向があり、

自分の内側へエネルギーを求心させ、

内包されたエネルギーは、身体の動きそのものの発露からではなく、

むしろ、静から動へ移る一瞬の「間」にこそある、といって過言でないと思うのです。


「気」を極限まで溜めたエネルギーが発露するとき、その出口を求めて「意志」を持つ・・・

うまく言えませんが、

踊り手が集中し溜め込んだ「気」は、

踊り手の「意志」を越えて、自らの生命を得て「意志」を持ち、その出口と解放を求めて発動する・・・。

なにしろ「言霊」の国 だから・・・


日本人は、能や日本舞踏に限らず、突き詰めると結局、

全てのダンス、バレエ、フィギュアスケート、体操や武道や格闘技でさえも、

やる方も、それを見る方も、

そういうものを、自然に求め、認めているんじゃないでしょうか?

つまりは、「脳」というより、DNAにインプットされているような気がするのです。


つまり、

西洋人には見えない「何か」が、日本人の目には映っている、認識されているということです。


それは、厳密に角度がどうの、正確さがどうのという「判断」ではないものです。


わたしたちが無意識に「見ている」 または求めているものが、

西洋人の目には映らないのかもしれない・・・ とさえ最近思うのです。


わたしたちが、西洋の舞踊の基礎をほんとうの意味で理解し、獲得するのに何世代もかかったように、

今日、圧倒的ともいえる日本文化や日本人精神の台頭で「混乱」し、

傷ついたプライドを補修するために「迷走」を続ける欧米の人たちにとっては、

とにかく 表彰台の自分たちの下に日本人がいる(べきだ)という、
日本人を組み敷く(のが当たり前だ)という形だけに邁進し、

ほんとうのところが見えていない、見ようとしていないのではないだろうか・・・?

と思うのです。


日本人は、始まりはいつも劣等感と憧憬から始まりました。

だから、純粋に、素直に、彼らを「模倣」し、研究し、学習して体得してきました。

結果、

不利ゆえの不断の努力と研究心で、いつしか本家をしのぐ成果と境地に達することができました。


しかし、敬意と憧憬から始まったわたしたちとは違って、最初から優位な立場にあった彼らは、

自分たちを越えた理由や方法論を学ぶことよりも、

どんな方法でもいいから「元のかたち」に、「元の立ち位置に戻す」 
という「形」にだけこだわっているとしかわたしには思えません。


それが、

今日のフィギュアスケートの審査における、

わたしたちの感性や評価との埋められない永遠の溝なのではないか? 
と思ったのです。


仮に、どこかの国の莫大な利権が絡んでいなくても、

よこしまな下劣な思惑が絡んでいなくても、

わたしが思う日本人選手の真価が正当に不足なく評価されるということは、

それとは別に、根本的に難しいのではないか?


あからさまだろうが、包み隠されていようが、
積極的だろうが、無自覚だろうが、
その根っこに渦巻く民族意識というものは、
多かれ少なかれ、その存在を否定することはできないのではないか・・・
と思うようになったのです。


それは、

浅田、小塚両選手、
または、高橋選手やこれから出てくる日本人選手たちの希望とは裏腹に、

どうやっても動かしようがない、
人類発祥時点から変えようのない、救われない「哀しい現実」なのではないかと思ったのです。







<参考記事>

「可愛い子には旅をさせましょう」
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-143.html  


日本ほど素晴らしい国は世界中のどこにもないだろう ~ アーセン・ベンゲル
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-359.html

うまし国 言霊の国 の日本
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-412.html

「世界のトヨタと真央ちゃんが教えてくれたこと」 
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-886.html


『再 日本人の「共存共栄」の心』
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-833.html


日本人は自分のことをよく知らない
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-558.html

なぜ日本人は「日本人らしさ」を失わずにこれたのか?
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-631.html

『天皇、皇室についてのさまざまな誤解について』
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-815.html




★「フィギュアの品格」
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-133.html

★「日本人にしか見えないもの」
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-187.html

★「フィギュアスケートに「芸術点」が必要だった理由(わけ)・・・」
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-515.html

★「チャン選手の爆上げ点に思うこと」
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-261.html

★「高橋大輔選手の芸術性」
http://20120901.blog.fc2.com/blog-category-71.html

★ <真央ちゃん関連記事一覧> http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-972.html


関連記事
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コメント
1. 無題
どんな競技でも日本人が強くなると、どんどんルールが改正されますよね。
水泳とか体操とかスキージャンプとか。
そんなに日本人が怖いんかいって感じ。
西洋人のプライドが許さないんでしょうな。

スポーツに限らず政治の世界でもそうです。
日本は技術者はすばらしいのですが、それを生かす政治力がない。
もうやられっぱなし。
ほんとになんとかならんもんかねぇ。
2011/02/13(日) 21:24 | URL | ちい #79D/WHSg[ 編集]
2. Re:無題
>ちいさん
コメントありがとうございます。
日本人の美意識って、こんなに何十年も寄って集って潰されそうになってもぜったいなくならないよね?
そんな意識なくても、何を特別学ばなくても、自然と共有してるものってあるよね?
それってすごいことだと思ったの。
それがあるから、日本人は、正しいもの、美しいものの判別がちゃんとできて、潔いのだと思うの。
だから、真央ちゃんみたいな子がどうしようもなく愛おしいのだと思ったの。

2011/02/14(月) 18:36 | URL | うさんぽ #79D/WHSg[ 編集]
3. 無題
柔道もいろいろルールを変えられて、judoと西洋のものになっいると、テレビで経験者の方が言われてた気がします。
すみません。うまく言えないです。
真央ちゃんのスケートを見てると、心のもやもやが晴れてきます溿
今晩も見ます。何を見ようかしら
2011/02/15(火) 13:02 | URL | つべちゃん #79D/WHSg[ 編集]
4. 魂に響く記事です。
真央ちゃんを見ると、
普段は普通の女の子なのに、リンク上ではまるで神がかり。

神様が憑依して舞っているのでは?
と思えてならない時が多々あります。
2012/05/12(土) 18:08 | URL | そよ #79D/WHSg[ 編集]
5. Re:魂に響く記事です。
>そよさん
過去記事にコメントいただきありがとうございます。
これを書いたときはまさか羽生くんがあそこまで成長するとは想像もしていませんでした。
今では、小塚選手ともども、高橋選手に次ぐ日本を代表する選手ですね。
浅田選手ももちろんですが、
競技から離れたことでさらに進化していた安藤選手や、28歳にしてまだまだ進化を続ける鈴木選手・・・
日本人魂を体現してくれる選手たちに恵まれてほんとうに幸せです。
たとえ、採点に反映されなくても、満足な評価が与えられなくても、
日本人には分かる、
そして、ほんとうにフィギュアや芸術に人生を捧げてきた人には分かる・・・
逆にいうと、日本人トップ選手たちは、そういう域に達している、またはそれを目指している、
と思います。

また、ある意味、
ほんとうに「公式」なんていうものがいかに意味のないものか、
フィギュアの採点劇を見ているとつくづく実感してしまいます。
2012/05/13(日) 20:39 | URL | うさんぽ #79D/WHSg[ 編集]
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