ひだまり    今は古事記に夢中! 神風特攻隊の遺書と「永遠の0」 ~ 今のわたしたちがけっして見誤ってはいけないもの~

アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

神風特攻隊の遺書と「永遠の0」 ~ 今のわたしたちがけっして見誤ってはいけないもの~

神風特攻隊の遺書と「永遠の0」 
過去と未来をつなぐ今のわたしたちがけっして見誤ってはいけないもの


※これは一年前に書いた記事ですが、69回目の終戦記念日の今日、あらためてこれを出します。
 元記事は引用文を含めてあまりにも長いため、前後をかなり抜粋して少し校正しました。
 それでもかなり長いです。 ごめんなさい。

 わたしたちが住むこの美しい日本を守るために戦ってくださった
 すべての英霊の方々に 心から感謝いたします。   m(__)m 



「命をかけて愛する国の為に戦った彼らを誰が馬鹿に出来ると
いうのだろうか?」 
  ~ 神風特攻隊についての海外の反応 と 百田尚樹 『永遠の0』


~より抜粋転載~

これ(「永遠の0」)を読んで、
予想外に、想定外に、わたしの心を撃ったのは、元特攻隊員の言葉でした。
感動なんていう甘っちょろい言葉を通り越して、それは衝撃でした。
ショックというか、自戒というか、なんとも言えない思いが溢れ、心が震えました・・・。

それが このセリフ ↓ です。

百田尚樹 「永遠の0」より~

新聞記者
「私は特攻隊はテロだと思っています。(中略)
彼らは国の為に命を捨てることを嘆くよりも誇りに思ってたのです。
そこには一種のヒロイズムさえ読み取れました」


元特攻隊員
「黙れ! 分かったことを言うな! 我々は洗脳などされとらんわ」



「しかし、特攻隊の遺書を読めば、殉教的精神は明らかだと思いますが」


「馬鹿者! あの遺書が特攻隊員の本心だと思うのか。
 当時の手紙の多くは上官の検閲があった。
日記や遺書でさえ(中略)
そんな厳しい制約の中で行間に思いを込めて書いたのだ。
それは、読む者が読めば分かるものだ。
報国だとか忠孝だとかいう言葉に騙されるな。
喜んで死ぬと書いてあるからといってほんとうに喜んで死んだと思っているのか。
それでも新聞記者か。
あんたには想像力、いや、人間の心というものがあるのか」



「喜んで死を受け入れる気のない者が、わざわざそう書く必要はないでしょう」


「遺族に書く手紙に、『死にたくない!辛い!悲しい!』とでも書くのか?
それを読んだ両親がどれほど悲しむかわかるか。
大事に育てた息子が、そんな苦しい思いをして死んでいったと知った時の悲しみはいかばかりか。
死に臨んで、せめて両親には、
澄み切った心で死んでいった息子の姿を見せたいという思いがわからんのか!

死にたくないという本音が書かれていなくても、愛する家族にはその気持ちがわかる。
なぜなら、多くの遺書には、愛する者たちに対する限りない思いが綴られているからだ。
喜んで死にいく者に、あれほど愛のこもった手紙を書けるものか」

「新聞記者だと?
あんたには死にゆく者が、乱れる心を押さえに押さえ、
残されたわずかな時間に、家族に向けて書いた文章の
本当の心の内を読み取れないのか!」



。。。。。。。。。。。。。。百田尚樹『永遠の0』 より~引用転載おわり


遺族に書く手紙に、『死にたくない!辛い!悲しい!』とでも書くのか?
それを読んだ両親がどれほど悲しむかわかるか。
大事に育てた息子が、そんな苦しい思いをして死んでいったと知った時の悲しみはいかばかりか。
死に臨んで、せめて両親には、
澄み切った心で死んでいった息子の姿を見せたいという思いがわからんのか!

新聞記者だと?
あんたには死にゆく者が、乱れる心を押さえに押さえ、
残されたわずかな時間に、家族に向けて書いた文章の
本当の心の内を読み取れないのか!




「神風特攻隊」について、これまでわたしが知ってきたことは何だったのか…、と思えるほど、
じつはわたしは何にも分かっちゃいなかった…、と情けなくなるほど、この言葉はショックでした。

そう、わたしも、きっと、その他の多くの日本人も、
この言葉にハッとしない人はいないのではないでしょうか・・・

この罵倒は、なにもガチガチの左翼思想の人間たちに対するものだけでなく、
ごく一般の、うっかり知らずに左翼に騙されている、わたしたち、ほとんどの日本人に向けたもの
だったのではないでしょうか?

わたしたちは、いつの間にか本当の日本の真実を忘れ、日本人魂を忘れ、
自分では気づかないうちに、これほど深く、悲しいまでに戦後左翼の薫陶が染みついていたのだと、
これを読んで改めて気づかされました。

「戦争は良くない」
「戦争は人殺しの犯罪」
「過ちは二度と繰り返してはいけない」

子供の頃から、その「言葉」ばかりを繰り返し刷り込まれ、
ただただ、自戒と反省と自虐を強いられ、
わたしたちは、「誇りを守る大切さ」とか「国を守る大切さ」を置き去りにしてきました。

「戦争の罪」や「殺人の罪」と、「国を守る」ことや「家族や民族の誇りを守ること」は
けっして同義で語れるものではないのに、
「戦争の罪」と「国防の必要性」は、そんな単純に同列に語られるものではないのに、
わたしたちは、それすら気づかないほど、徹底的に、盲目的に、
ただひたすら、「日本の罪」や「軍国主義の罪」だけを刷り込まれてきました。

その結果が、今の日本の国防意識の脆弱さにつながり、
隣国にいいように付け入られ、
次々と領土を、民族の誇りをかすめ取られ続けてきました。
それは、いよいよ本土へとその脅威が迫ってきているのすら気がつかないほどの
情けなさ、愚かさです・・・。


特攻隊員の最後の「遺書」を、その「言葉」どおり読んだら、左翼思想で解せば、
「死にたくない若者を無理やり死に追いやった証拠(証言)」=「軍国主義の犠牲(罪)」
としか見えないでしょう。
事実、かれらの最期の声は、そのとおり利用されてきました。
「戦争の罪」=「軍国主義の罪」、
そして、有りもしない「日本の民族主義の罪」として。

そして、それを理由に、
日本人から「民族の誇り」を奪い、「愛国心」を奪い、日本人精神を打ち砕き続けました。
わたしたちは、敗戦のショックと共に謂れなき批判を「受け入れ続けた」。
そして、それは実体験のない次世代にも引き継ぎ、「それが正しい」と信じて、信じさせて、
自らの手で、自らの首を絞め続けてきました。

しかし、我々は読み間違っていたのです。
完全に、かれらの心を読み間違っていたのです。

もう、左翼の言うことなんか聞いてはいけない。

かれら、文字通り日本を死守してくれたかれらの本当の「声」を
「ほんとうの望み」を聞いてあげなければならなかったのです。

作中の元特攻隊員が言うように、
あの「最期の手紙」は、
厳しい規制の中、
最期の短い時間で、
死に向き合う極限状態の中、
あがいても、噛みついても逃れられない死の恐怖と運命を乗り越えて、
研ぎ澄まされた精神で、ただ一点を見つめて、
筆に思いを託し、行間に思いを込めて 書いたものなのです。

「行間」とは、文字にならない言葉です。

文字には表せられないけれど、文字に表わす以上に、深い思いが、そこには存在するのです。

和歌や俳句を解する日本人ならば解るでしょう。
当時の日本人なら解ったでしょう。

そうでなくても、行間に込められた思いは、
その書いた人物を知る人間なら、その書いた人物を愛する人間なら、
人を愛することができる者なら、かならず読み取れるものだったのです。

たとえそこに、
「帰りたい」「死にたくない」「怖い」・・・などと書かれていなくても、
家族を思い遣る言葉の中に、国の未来を思い遣る言葉の中に、
その言葉の裏に、
家族はそれを読み取っていたのでしょう。

それらの言葉を飲み込んでこその、それを乗り越えた決意を、
しっかりと汲み取ったことでしょう。
悲しみや恐怖を乗り越えて、かれらが遺族に伝えたかったものを・・・

それが解ったから、
残された遺族は、生き残った日本人は、
貧困と絶望のどん底から、ここまで日本を立ち直らせてきたのではないでしょうか。

かれらのその思いがあったから、
それが伝わったから、今の日本があるのではないでしょうか。

もし、そうでなかったら、
もし、戦場に送り出された息子や夫や恋人たちが、
立派に誇り高く死んで行ったのではなかったら、

ただ国の犠牲になって、戦争の犠牲になって、
ただ虚しく、情けなく、憐れに、
「怖い」「死にたくない」と泣き言を言いながら死んでいったとしたら・・・

日本の兵士のみんながそうだったら、
そんな姿や思いを残された人たちに見せていたら・・・

残された家族は、生き残った日本人は、
ほんとうにここまでの驚異的とも言える見事な日本の復興を成し遂げられたでしょうか?

かれらの「思い」があったから、
かれらの「あの戦いぶり」があったから、それがあの「手紙」で伝わったから、

かれらの「死」を無駄にしないために、
かれらが死を選んででも守り抜いた「生き方」を無駄にしないために、
残された日本人たちは、
「彼らに託された日本」を守り抜くことができたのではないでしょうか?

だから、かれらを「英霊」と呼ぶのではないでしょうか?

戦いに勝ったからではない。
たくさん敵を殺したから「英霊」なのではないのです。

かれらには、どんなに感謝しても、感謝しきれるものではありません。

それをいつの間にかわれわれは理解できなくなってしまった。
いつの間にか、左翼思想の思い通りにしか「読み取れ」なくなってしまっていた・・・
ほんとうに、かれらに申し訳ないことをしたと、心底思いました。

かれらは、けっして、日本が「武力放棄をして弱い国になる」ことを望んだ訳ではないのに。
日本の心を忘れ、領土も誇りもあっさり手放すことを望んだ訳ではけっしてないのに。
わたしたちは、なんと愚かな誤解を、読み間違いをしてきたのでしょう。

平和な日本に生まれ育った世代のわたしたちが、
うっかり読み落としてしまってきたことを、
この百田尚樹氏の言葉によって、やっと思い出すことができました。

それが人間だ。
それが日本人だ。

それが、死んでいったかれらが守りたかったもの。
それこそが、死んでいったかれらが本当に知ってほしかったものだったのではないでしょうか?


「特攻は無駄死にだ」と言う人、
「どんな状況でもとにかく戦争すること(戦うこと)は罪だ」という人、
「”国や天皇のために命を投げ出す”なんてただのヒロイズムでテロリストだ」と言う人、
彼らの家族への愛がどれだけ深かったか、
かれらの国を守ろうとする志がどれだけ高かったかを知ってください。

自分の命よりも大切なものを思って、それを守りたくて行動したのです。
その道を選びとったのです。

かれらは想像したのです。
そして、思い遣ったのです。

もし、自分が、息子が、
国の為に「憐れに」死んでいったと知らされたら、
敗戦後生き残った家族は、どんな気持ちを抱いて生きていくことになるのか・・・

戦争を憎むことは当たり前としても、
それ以上に、必要以上に国を恨み、敵を恨むことになり、
それだけでも、生き残った家族は生き地獄を歩むことになるのではないだろうか・・・
せっかく生き残っても、
そんな重い苦しみを抱きながら、どうやって幸せになれるものか・・・

かれらはそれを解っていたのだと思います。
それを慮ったのだと思います。

自分がここでそんな「弱音」を吐いたら、
そんなものを家族が受け取ったら、

「息子の最期の言葉(気持ち)」として、
家族の中に一生残るであろうものが、そんな恐怖や悲しみや憎しみだったら、

家族はそんな思いを最後に託されて、自分亡きあと、幸せになれるのか・・・

愛する者たちに、
自分が命を捧げてまで守りたい大切な人たちに、そんな苦しみを背負わせたくない。
自分が死んでも、たとえそれを嘆いても、早く悲しみを忘れて幸せに生きていってほしい・・・

かれらは、そう願ったのだと思います。

だから、「書かなかった」 のだと思います。

自分が、戦争を、国を恨んで死んでいったら、
自分が誰かを恨みながら、憐れに、無様に死んでいったら、
残された家族は、その「負の思い」を一生背負って生きなければならなくなる。

それを知っていたから、それを思い遣ったからこそ、かれらは「書かなかった」のだと思います。

だから、
「死に臨んで、せめて両親には、
澄み切った心で死んでいった息子の姿を見せたい」

と思って、それを書いたのだと思います。


あの「美しい」文章を。




<参考> 特攻隊員の遺した遺書の、心を打たれた一文
http://matome.naver.jp/odai/2127918470741868701




「制約(検閲)があったから本心を書けなかった」 
・・・だけではないと思います。
あの「美しい言葉」は「嘘」ではないと思います。
けれど、あの言葉だけが100%ではないと思います。

「言葉」をただ「言葉どおり」にしか汲み取れなかったら、
それ以外が見えないとしたら、それを必要と思わないのだったら、
それはもはや「日本人」ではないと思ます。

あれは日本の家族に向けて書いたものです。
「それ」を理解してくれるはずの日本の家族に。

日本人なら、「和歌」を、「俳句」を解する日本人なら解るはずです。
当時の人には解かったはずです。

あれのどこが「狂気」でしょうか?
あれのどこが「憐れ」でしょうか?

もし、あれをただ「憐れ」と読んだら、
もし、あれをただ「狂気」と読んだら、
それは、かれらに対して、あまりにも残酷な「裏切り行為」にしかならないと思います。

それはかれらが望んだものではないのだから。
そんな風に思われるために、命をかけたわけじゃないのだから。
「あの手紙」を書いたのではないのだから。

最前線で絶望的な闘いを戦って、これからの祖国を思うとき、
もちろんかれらは、「二度とこんな戦争を起こしてはならない」 と心底思ったでしょう。
それは間違いないと思います。
しかし、
「戦争なんてするもんじゃない」と思うと同時に、
「もし、今度戦うようなことがあったときはぜったいに勝たなくてはならない」 
と心底思ったでしょう。
もし戦争になったら、勝たなくては家族を守れないのですから。
そもそも、「ぜったいに勝てる」国には、誰も戦争を仕掛けたりしませんから。

まさかかれらは、「日本は今後、武装放棄してでも戦争ができない国にならなくてはいけない」
などとは ぜったいに 思わなかったでしょう。

もちろん、戦わないでいられるなら、それが一番いいに決まっています。
戦争なんてない方がいいに決まっています。
それは、戦ったかれらが一番知っているはずです。

しかし、それでも、
「戦う前に負けてもいい」などとは、ぜったいに思わないでしょう。
実際に戦ったかれらなら。
実際に命をかけて国を守ったかれらなら。


国を守るために、家族を守るために戦うことを選択したのに。
戦わなければ、家族は、国は守れなかったのに。
左翼は、そのことだけは絶対に語りません。
絶対に子供たちに教えません。

「戦わない」ということは、
最初から国を守ることも、家族を守ることも「放棄する」ということになるのに。
「国」を放棄するということは、民族の自由も、家族の命も守れないということなのに。
左翼は、そこだけはぜったいに教えません。

ただ「国に殺された」としか、「戦争の犠牲」だとしか、
「もし日本が戦争になったら、お前たちもこんな風に国の犠牲になるのだぞ」 
という脅しとしてしか子供たちに教えません。

しかし、それで国は守れるのでしょうか?
家族は、日本人の未来は守られるのでしょうか?

戦わずして命だけが助かったとして、
自分を守る確固とした誇り高い国家なくして、平和は、国民の幸せは守れるのでしょうか?

左翼はそれだけはけっして問いません。
子供たちに考えさせようとしません。


「特攻隊は一種のテロリズムだ」
「天皇や国のために死ぬなんて、洗脳されたヒロイズムだ」
「そうさせたのは、日本の軍国主義のせいだ」
「軍部の独断と暴走が若者を無駄死にさせ、国を滅ぼしたのだ」
「それを許した日本の民族性のせいだ」
・・・と左翼は言う。
「だから、戦争放棄することで日本の平和は守られるのだ」・・・と。

戦後左翼はそうやって徹底的に、「ゼロ戦」も「特攻」も、「軍隊」も、
「天皇」も、「帝国憲法」も、「日本人の民族性」も、何もかもを否定した。
ただ、ただ、「悪だ」「過ちだ」と否定してきた。

しかし、ほんとうに「強くなくてもいい」のなら、「戦わずして平和が守れる」なら、
なぜ、かれらは命を賭して「ゼロ」に乗り込んだのでしょう?

国の運命より、命だけが最も守るべき大事なものだったら、
なぜ、降伏せず、逃亡せず、死ぬと解っていたのに、かれらは敵に向かっていったのでしょう?


それに、(これは元記事にはなかった意見ですが)
もし、日本の「特攻」を「戦争が生んだ狂気」だというなら、
アメリカがやった「東京大空襲」や「広島・長崎への原爆投下」は何だったのでしょう?

あれこそが「戦争が生んだ狂気」ではないでしょうか?

日本は、少なくとも、その「狂気」を自らに向けた・・・
対して、アメリカは、それを完全無辜の日本の市民に向けたのです。

これのどちらがより狂気だと? どちらが醜いと?

日本人も確かに戦争によって常軌を逸した。
狂気ともいえる行動をいくつもした。
しかし、それらはすべて自分たちへ向けた狂気だったのではなかったか?

それが、われわれと他国人との大いなる相違。
決定的な相違です。
われわれの帝国軍は、
少なくとも、無辜の市民を大量虐殺してもいい などとは誰も、誰一人考えもしなかった。

それだけは誇っていいと思います。

誰が言わなくても、わたしはそう思う。
アメリカを非難しても、ロシアを非難しても、
わが帝国軍人を、あれらと同列に非難できる人間などこの世にはいない・・・ と。

われわれ日本人は胸を張っていいと思います。
かれら帝国軍の名誉にかけて。



それに、考えてみてください。
ただ単に戦争をしたから「特攻」が行われたのでしょうか?
なぜ日本は、あんな「愚かな戦術」を取らなければならなかったのでしょうか?

もし、日本に最初からもっと物資があったら、最初の戦略さえ間違えなかったら・・・、
もしかしたら負けていたのはアメリカの方だったかもしれない・・・
と、当のアメリカ軍も思っていたそうです。  (情報公開法で明らかになっている)

特攻だけが日本の戦いぶりではなかったのだから。
その他の帝国陸軍の壮絶な戦いぶりも、帝国軍人の立派な振舞いもかれらは知っていたのだから。
それゆえ、かれらは「恐れて」いたのだから。
「もう二度と、かれら日本人とは戦いたくない」 と。

アメリカがそう思ったからこそ、米軍にそう思わせたからこそ、
米本国は、マッカーサーの「進言」を信じ、
GHQ主導の「日本統治(日本改造計画)」を円滑に遂行するために、
追い詰められた日本国民の一億玉砕攻撃を回避するために、「天皇」が、「国体」が守られたのです。

それが守られたから、今の日本があるのです。

あの戦いがなければ、かれらのあの戦いぶりがなければ、
アメリカの占領政策は、日本統治はまったく違ったものになっていたはずです。

マッカーサーは予定通り天皇を処刑し、
日本人は初めて「天皇のいない日本」を経験することになったことでしょう。
真の絶望と暗黒を。


それがどういう意味を成すのか。
日本はどうなってしまったのか。
一度も植民地になったことのない日本人、一度も国体を母語を奪われたことのない日本人には
到底理解することも、想像することすらできないでしょう。

「天皇のいない日本」は、他の国の「国王のいない西欧」や「皇帝のいない中国」とは
おそらく比べものにならないくらい絶望し暗澹とすることでしょう。
なぜなら、他国と違い、日本人は2600年以上一度も経験したことがないからです。
「天皇のいない日本」を。

それは、「日本の国体」そのものが「天皇」の存在だといって過言でないからです。
そこまでの結びつきの国は古今東西おそらく日本くらいでしょう。

であるから、
天皇をなくしてしまったら、日本の国体は完全に破壊され、国家は求心力を失い、
国民は精神的支柱を失い、今よりずっと、決定的に、徹底的に、日本人は誇りも、自信も、気力も
なくしていたでしょう。

「民族の誇り」を失ったらどうなるか・・・その反面教師には事欠かないわたしたちではありませんか?


しかし、日本はそうならなかった!
だから今の日本があります。

それを可能にしたのが、「天皇とマッカーサーとの会見」と、
特攻隊の戦いぶりや、硫黄島の戦いぶりや、沖縄の戦いぶり・・・だったのです。
左翼が「犠牲」としか「無駄死に」としか見ない、あの「戦いぶり」が日本を守ったのです。

天皇の存在だけでは国体は守られなかった。
特攻隊だけでは国体は守られなかったと思う。

その両方があったから、

実際に天皇に出会ったマッカーサーと、
実際に特攻隊と交えた米兵たちがいたから、その奇蹟は実現したのだと思う。


そんなことを特攻隊の人たちは想像したわけではなかったと思う。
けれど、
かれらの存在が、かれらの「選択」が、それを生んだのは間違いないと思う。

「自分たちが死んだあと、
この戦争が終わったあと、この国はどんな国になっているのだろう」


その答えをかれらに教えてあげられるとしたら、
わたしはこう言うだろう。

「あなた方のおかげで日本の国体は守られました。」
「あなた方の死はけっして無駄じゃなかった」 と。


「特攻」を美化しているのではない。
「戦争」を賛美しているのでもない。

でも、かれらの決断を、
その決断に至った思いを、わたしたちは全否定できないと思います。
してはいけないと思う。

なぜなら、かれらのその選択の上に、今のわたしたちの命が、社会が、幸福があるのです。
わたしたちは、「かれらの命」=「死」の受益者なのです。

わたしたち戦後の日本人はすべて、
「東京裁判」での戦犯を含む、靖国に眠る英霊たちすべての「死の受益者」なのです。

かれらが、生き残った日本人の贖罪をすべて引き受けてくれたからこそ、
わたしたちは「人権」だの「自由」だの「平和」だのと言っていられるのです。

今の、平和慣れしてしまっているわたしたちの感覚でかれらの選択を否定するのは、
冒涜するのは、あまりにも愚かで、卑怯なことです。

最前線を実体験した特攻隊のかれらは、誰よりも知っていたはずです。
「大切なものを守るためには戦わなければならない」のだと。
「戦うからには勝たなければならない」と。

「未来の日本国民(=今のわたしたち)を守るためには、
たとえ勝てなくても、 ただ負けるわけにはいかない」 と。

それを間違いだと言う人間はおかしいと思う。
「洗脳されてる」とか「狂ってる」とかいう言葉で「片付ける」のは間違っていると思う。

それではかれらを理解したことにはならない。
あの戦争を理解したことにはならない。


もう、戦後体制に縛られた左翼の言うことなんか聞いてはいけない。



特攻隊員は、最前線で敵側の現実を見ているのですから。
敵がどんな奴らかを知っていたのですから、
「勝てなくていい」なんて誰も思わないでしょう。
「祖国が滅ぼされていい」なんて、
「祖国が戦争ができない国になった方がいい」なんて誰も思わなかったでしょう。

「平和であってほしい」と思うと同時に、
戦争なんてしなくていいように 「もっと強い日本であってほしい」 と、
たとえ戦争に巻き込まれても 「ぜったいに負けない国であってほしい」
 
と 誰よりも真剣に、切実に思ったことでしょう。

まさか日本が、自分たちが守った日本が、
その後、愛国心も忘れ、国の守りも忘れ、
武装放棄したまま腑抜けのように、
何十年も無抵抗なまま脆弱な軍事力で有り続ける…
などとは、けっして、願っても、思ってもいなかったでしょう!

まさか、自分たちの「遺書」が、そんなふうに、自分らの「遺志」とは裏腹に、
「日本が二度と立ち上がれなくするための道具」に使われるなどとは
夢にも思っていなかったでしょう!
そんなまやかしに、日本人がいつまでも騙され続けているなどと・・・


何度でも言います。
かれらはけっして自分たちを「憐れ」に思ってほしかったんじゃない。
かれらはけっして自分たちを「犠牲者」として憐れんでほしかったんじゃない。

忘れてはいけない。
かれらは「日本人」です。

わたしたちは見誤ってはいけない。
わたしたちだけは読み間違ってはいけない。
かれらのほんとうの「声」を。

「この戦いぶりを見よ」と、
「この雄姿を見よ」「誇りを見よ」と、
「この気持ちを、この死にざまを無駄にするな」 と言っていたのを。


「自分はお国の為に潔く死ぬ。
だから、残された人たちは、どうか、その気持ちを汲んで、
自分亡きあとも、国を守ってしっかり生きてください。

どうか悲しみだけに囚われず、幸せになってください。
わたしは、そのために死にます。
そのためなら死ねます」 
  と言っていたのを。



そんなかれらを、どうして、
無辜の人間を無差別に殺した「テロリスト」と一緒だと、
「ヒロイズムに洗脳された狂気」だと、
「ただの犬死」だと言えるのですか?


でも、百田氏に言われるまで、正直わたしも読み取れなかった。
恥ずかしながら、情けないことに、
わたしもある意味では、その新聞記者と五十歩百歩だった・・・。

だから、そんなわたしの懺悔として、今、これを書いています。

書かずにはおられなかったのです。
子供たちにこれを言い残すまで死ねないと思ったから。


それを教えてくれたこの作品に、百田氏に感謝します。



。。。。 前後カットして半分くらいにしたはずなのにこの長さ・・・・
 じつはまだまだ続きますが、あまりに長いのでここでやめます。
 続きは ぜひ、元記事を開いて読んでください。







「永遠の0」
どうぞ、この夏に、まだ読んでない方は読んでみてください。

映画のDVDも出たようですね。 (じつは明日見る!)
映画の感想も よかったら下にあります。




映画『永遠の0』公式サイト → http://www.eienno-zero.jp/index.html


★「永遠の0」を見てきました!
  日本映画、戦争映画にはめずらしい、左翼思想の全く入らない、百田氏の思いを裏切らない、
  まっすぐな日本人のための映画でした!


★「永遠の0」の影響か? 「祖父の軍歴を知りたい」 厚労省に問い合わせ請求3割増 

★「海賊と呼ばれた男」のモデル 出光佐三が亡くなったとき、
 昭和天皇が初めて一般人に向けて歌をお詠みになった

※宮部久蔵だけが特別な人間だったわけじゃない。 あれが「日本人」だったのです。

★マッカーサーの心を動かした昭和天皇  
  天皇陛下のいる日本は、その存在そのものが世界を変えることができる 



「硫黄島の御霊 ①」 日本を守った2万人


ルーズベルトへの手紙
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-571.html

これをすべての教科書に載せるべきです!
この日本の精神こそを子供たちに教えるべきです!!


誰も知らない「 昭和天皇と昭和論 」
小林よしのり…なんてうさんくさいもの読んでないで、
本物の「天皇論」「昭和論」を聞こう!


★世界に誇る日本の鉄道ダイヤの正確さは、すべて 「皇室」の存在の賜物であった!

★「立派な天皇」は国民の鑑である ①   
 ※今のわたしたちは、立派な天皇に見合う立派な国民でしょうか?


★特攻隊員の遺書

特攻隊員の遺した遺書の、心を打たれた一文
http://matome.naver.jp/odai/2127918470741868701

以下動画。
(※書き込みがうるさい時は、右下の「吹き出し」ボタンを押してコメントを消してください)
【ニコニコ動画】【現代語訳】特別攻撃隊~俺たちが死んで日本を守る~


【ニコニコ動画】神風特攻隊員たちの遺書【キミガタメ】


【ニコニコ動画】世界が語る神風特別攻撃隊―カミカゼはなぜ世界で尊敬されるのか



アメリカ人も認める憲法改正 ~ 『天皇陛下にお仕へしたい ウエスト博士の思ひ出』">アメリカ人も認める憲法改正 ~ 『天皇陛下にお仕へしたい ウエスト博士の思ひ出』

ブルーノ・タウトの言葉">ブルーノ・タウトの言葉

『日本人は知っているだろうか… 東京裁判の嘘と大東亜戦争の真実』

外国人はどのように日本が見えていたのか? ~外国人から見た日本の姿  ①

★宮崎駿監督「風立ちぬ」は日本人精神そのもの ② 日本の「ほんとうの資源」とは何か? 

★宮崎駿監督「風立ちぬ」 ③ この作品が最後に われわれ現代日本人に伝えたかったもの・・・


★子供たちにぜひ聞いてほしい 日本の話


★「アナと雪の女王」をこれ以上子供たちに見せないで・・・!!



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