ひだまり    今は古事記に夢中! なぜ日本の漢字は発展し、中国の漢字は衰退したのか? ③  日本人は幸福な民

アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

なぜ日本の漢字は発展し、中国の漢字は衰退したのか? ③  日本人は幸福な民

                  
※ ちょっと長すぎたので、さらに4つに分割しました。 m(__)m 


「なぜ日本の漢字は発展し、中国の漢字は衰退したのか? ① 」
「なぜ日本の漢字は発展し、中国の漢字は衰退したのか? ② 」 
の続きです。 
どうぞ ↑ を先にお読みください。 m(__)m


なぜ日本の漢字はこれほど発展を遂げ、中国の漢字はこれほど衰退したのか?
その差こそが、日本人と中国人の決定的な違い。
その理由こそが、
両国がけっして相成れない、理解し合えない理由の根源 だと思います。

① ② の続き

中国とくらべるまでもなく、
日本人の「民衆の識字率」は昔から世界で類をみないほどすごかった。

江戸時代の庶民の読書の量や勤勉さは、西欧からみてもかなり驚異的だったとか。
でも、それはね、江戸時代だけじゃなくて、
それ以前から、もともと日本人にはそういう素地があった という証拠です。

だって庶民子女が幼児のうちから寺子屋で「論語」や「漢詩」を素読していたんですから。
もちろん、意味はまだ理解してませんが、「読める」ってことが大事なんです。
意味は「あと付け」でいいんです。(インプット時代とアウトプット時代ってのがあるからね)
それらの覚えた「言葉」を使って、そのあとで哲学や儒学を教えていったんですから。

今思うとものすごいですよね。
今なら超高学歴でリッチな家じゃなきゃできない英才教育を、まだ汽船も作れなかった国の
「平民の子供たち」が普通に受けていたんです。
こんなこと、他の国ではなかった。
どんな古い歴史をもったどんな国でも、当時の強大国でもなかった。

これって、誰がすごいのかわかります?

教育熱心な親? 寺子屋の先生? 時の将軍? 将軍様の参謀? 
・・・結局は、そういうことを「許した」人ですよね。

「民の教育をどうするか決めよ」と言った人。
「わが国の治世はこいつに任せた」と言った人・・・です。 
二千年以上前からこの国に君臨していた人たちですよ。

それがこの国の国柄をつくったんです。

だからね、
日本には、もともとそういう素地があったんです。
中国の真似をしたのでも、欧米を見習ったのでもなく、
日本という国柄は、もともと、民を大事にする国だったんですよ。

でなきゃ、中国の皇帝(煬帝だっけ?)が「日本の社会うらやましい」なんて思うわけがなかった。
白人様がびっくりするくらいの庶民の識字率や公徳心の高さが存在するわけがなかった。
でしょ?



脱線ついでにもっと言えばね、

昨今の幼稚園とかで、幼児に「百人一首」や「漢詩」を丸暗記して暗唱させてるところがあるけど、
それは「あり」だと思います。
意味なんて解からなくていいの。 
「それは大人になってからね」 でいいの。
もちろん、百人覚えて、百人が同じように役に立つとは思えないけど、それが教育ってもんでしょ。
百人育てて、そのうちの一人か二人がエリートになればいいの。
そして、ほとんどの人が覚えていなくても、やったことさえ覚えていれば、
「お父さんも覚えたんだからお前も覚えなさい」って子供に言えればいいの。
その子供の何人かがモノになればいいでしょ。 教育ってそういうもんでしょ。

その証拠に、現に今でも、営業マンや企業戦士たちは「論語」や「「漢詩」を基にした教訓を有り難がって
用いてますよね。 でもそれ、学生時代にどんだけ理解し、有り難がって覚えた?
嫌々覚えただけでしょ? ってこと。
でも、一度でも覚えたことだから「使える」んです。
そんなもんです。インプットすることに意味があるの。

そう、日本では庶民が自由に「インプット」できた。
つまり、庶民には勉学する自由があり、庶民が自由に使える言葉があった。
「漢字」が「漢語」が使えたからね。

残っていたから使えるし、使うからそれは残り続ける・・・それが日本の漢字。
使わせないから残らないし、残っていないから使えない・・・それが中国の漢字。


このように、
日本と中国の違いは、まさにこの「言葉の変遷」を見るだけでもよく解かると思いません?

言葉がどう扱われてきたかは、その国の民がどう扱われてきたかということと
すごく関連してると思いません?



日本では、言文一致が早くから進んで、一般の間に「言葉」が浸透していました。
しかし、反対に、中国では、ごく一部の特権階級の人間の間だけにしか通じない文字「漢語」を
あえて長い間守り続けたのです。
おかげで、日本とは対照的に中国人の識字率は昔から非常に低かった。
それも、長い間低いままだった。
それは為政者が意図的に、自分の都合で、民衆に「文字」を持たせなかったからです。
そのおかげで、一般人も使える共通の「言葉」がなかなか浸透しなかった。 (これは属国朝鮮でも同じ)
だから、そもそもの中国語(漢語)というのは語彙が少ないのです。
使う人がごく限られていたから、「少なくてじゅうぶん」だったわけです。

だから、日本人が中国から漢字を輸入したとき、「これじゃ全然足りない(日本語を表現しきれない!)」
ってことで、どんどん造語(造字?)を造って、表意文字と表音文字を使い分けたりして、
本来の日本語表現を可能にするために「漢字」をここまで発展させてきたのです。


ついでに言うと、
「漢文」というものには「「文法」がないそうです。
つまり、言語としての決まりがないようなもの。
だから、じつは丸暗記していたエリートたちでも、その意味はさっぱり・・・だったそうです。
それに「返り点」を付け、読み下し文を作り出した日本人て・・・すごいですよね。

じつは、漢詩が情緒豊かな表現力・・・だと思うのは、それは日本語のおかげ! だそうです。
中国人はあれをそのように、あそこまで情緒深く詠んだわけではないそうです。
もともとの漢字ってじつはすごく語彙が少ないので、もともと日本人ほどの細かい情緒移入など
できなかったそうです。

そういえば、中国語を習っていてびっくりしたのが、あまりにも中国語には「擬音」や「擬態語」
が少ないってことです。少ないというか、ぜんぜんない。
中国語会話教材で面白い例があって、童話なんですが、そこには、ヘビやカエルや馬やゾウや
いろんな動物や子供が出てきて、それらが歩いたり逃げ出したりするんですが、
その擬態語が全部「パーター、パーター」なんです! (字は忘れた)
ヘビも、カエルも、ゾウも、ウサギもですよ?
「○○ちゃんがやってきました。 パーター、パーター」
「ヘビがやってきました。 パーター、パーター」
「ゾウがやってきました。 パーター、パーター」 ・・・です。
でも、テキストの日本語訳だけは「ニョロニョロ」とか「ドシン、ドシン」でした・・・
これで子供に情緒が・・・豊かな感性が育つのですか?
いや、無理でしょう。
実際中国で住んでるときも何度も痛感しました。「この国で情緒が育つわけがない」 って。

そう聞くと少し納得できるでしょ?
あれは、日本人が、「表現豊かな日本語」で翻訳し、情緒豊かな日本人的感性で表現したから
あのように(習ったように)情緒豊かに思えるのです。
日本人の豊かな感性と想像力で、「表現豊かな日本語」を駆使して、
し か も 、中国への限りない憧憬と尊敬の眼差しをたっぷり込めて翻訳してあげるので、
つい、作った本人ですら気づかなかった深い情緒や知的なエッセンスを盛り込んでしまった・・・
らしいです。
わたしはすごく納得できる。
だって、「残った」のも日本人のおかげなら、
それがここまで「生かされている」のも、あきらかに日本人のおかげでしょう?
 「論語」しかり、「三国志」しかり! です。


話しが逸れましたが、
というわけで、中国では昔から民衆の間で言葉が発達するという土壌がなかった。
それは恣意的に行われていたことで、
中国では「民衆に言葉は要らない」というのが基本の考えでした。

こういうの聞くと、「そんな横暴な!」って思うでしょう?日本人なら。
それが、中国人と日本人との差です。
だって、われわれは昔から「当然の権利」だと思っていましたから。
「当然の権利」だと思われてきたから、どんどん語彙が増え、表現が増え、文字が増え、
言文一致がサクサクと進み、現代のやりたい放題・・・なんですからね。

そのくらい日本人は、
古来、中国や他国と比べて「民衆の権利(人権)が保障されてた」ってことなんです。
それが、
「アメリカなんかに今さら押し付けられなくても日本人には大昔からもともと人権が保障されてた」
っていうゆえんです。
「お前らの国といっしょにすんな!」 です。
「言葉」ひとつとったって、われわれ日本人はどんなに自由で、尊重されていたか!!
ね、わかるでしょう? 
「基本的人権の尊重」なんていう小賢しい「言葉」は、そもそもこの日本には、
日本人には必要なかったんですよ!
だってそれ、ハッキリ言って、一番活用してるのって、在日特権のための免罪符としてでしょ?
それこそが目的だったと思いますよ。


そうそう、「儒学者だけの共通言語」という他にも、「文字」が普及しない理由がありました。
支那、朝鮮周辺では、あまりにも勢力闘争や裏切り、売国策謀が常習化していたため、
人を信用しない文化」でした。 (今も変わってないけど)
そのため、
中央の情報が外部に漏れないようにするためには、為政者の回りのごく少数の特権階級の人間
だけに通じる言葉、言い換えれば、「自分たちだけが理解できる言葉」の方が都合がよかったのです。
ゆえに、あえて日本のように、中央だけでなく一般に広く、誰でも等しく理解でき、意思疎通ができる
「便利な言葉」というものには価値を見出さなかった。 
というか、流布されるのを怖れていた。 (どこまで人を信じていないのか!)
また、
為政者(権力者)にとって、民衆はただ「支配し搾取する対象」でしかなかったため、
民衆は賢くない方が都合がよく、ゆえに、あえて民衆がお互いに情報を共有し成熟していくよう
になる要因である「言葉」を与えないようにしたのです。
そこに「豊かな表現」が育つわけがありません。


方や、文化、国力を高めんとする為「言葉」を民衆に浸透させようと「言文一致」を奨めた日本。
方や、「言葉」で民衆が繋がることを恐れ、「言文一致」を阻んできた中国(支那・朝鮮)。

それが、
今現在の日本と中国をそのまま(ありのまま)に投影していると思いませんか?



日本では、漢語から和製漢字、平仮名、片仮名を造り出しただけでも飽き足らず、
外国語を次々と和製熟語に変換し、おまけにそれを中国のみならず、
今や世界中に輸出しているという、その進化・発展と拡散力のすばらしさ!
そのうえ、「生命力」もハンパない!
生まれては消えていく流行語がある反面、中世の「ギャル語」が21世紀になって一般でも
皇室でも使われているなんて!(「しゃもじ」とか「かもじ」とかね)

なんという自由で豊かすぎる言語でしょうか!!

でもね、

その「言葉の自由度」は、
「民衆がいかに自由であったか(大事にされていたか)」 ということと切り離せない
・・・ということも 覚えておいてほしいのです。


中国では、現在、爆発的に人民の共通知識が増えるはずの「ネットの情報拡散力」を怖れ、
中央政府が徹底した言論統制を敷いている・・・
「天安門」を始め、今こそにある現実さえ民衆から隠そうとする!・・・ 
この差!!!!

これこそが、
「漢字」の繁栄と衰退の、もっとも大きな理由(要因)であり、
われわれ日本人と中国人との「民度の差」の理由 ではないでしょうか?



。。。。。。。。。。。。。。。 すみません。 まだまだ言い足りないので その④へつづく・・・



★なぜ日本の漢字は発展し、中国の漢字は衰退したのか?④ 
 日本語を残してくれた先人たちに敬意を!




<参考記事>

★仁徳天皇を代々模範としてきた天皇陛下
  「こんないい家に住めるようになったのもみんな国民のおかげだ」


★世界に誇る日本の鉄道ダイヤの正確さは、すべて 「皇室」の存在の賜物であった!



宮脇淳子  じっくり学ぼう!日韓近現代史 3
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21602124
ハングルを世宗大王が作ったとき、貴族や両班が
「人民が字を読めるようになったら自分たちの特権がなくなるじゃないか」
「誰でも読める字なんかいらない」「自分たちだけが読める漢字さえあればいい」 と猛反対した。
というのが事実で、
韓国人が主張する「ずっと昔から自分たちはハングルを使っていたのにそれを日本人が奪った!」
と言うのは  です。

※これは朝鮮の話ではありますが、この考え方の元は宗主国である中華のものです。
中国の漢語の話もどっかにあったと思うけど、見つけたら貼っておきますね。




※日本語の美しさ、すばらしさについては、↓ の参考記事もぜひ参照してください。
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