ひだまり    今は古事記に夢中! 日本の教育はなぜこれを子供たちに教えようとしないのか?

アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

日本の教育はなぜこれを子供たちに教えようとしないのか?

                     
                   
左翼教育はなぜ
これを日本の子供たちに教えようとしないのか?






※内容の文字起こし ↓
http://blog.livedoor.jp/abechan_matome/archives/44186522.html



1981年 パラオ共和国誕生 
独立記念  ”ペリュリュー島守備隊を讃える歌” 


激しく弾(たま)が降り注ぎ
オレンジ浜を血で染めた
兵(つわもの)たちはみな散って
ペ島はすべて墓となる


小さな異国のこの島を
死んでも守ると誓いつつ
山成す敵を迎え撃ち
弾撃ちつくし食糧もない


兵士は桜を叫びつつ
これが最期の伝え言
父母よ祖国よ妻や子よ
別れの”桜”に意味深し


日本の”桜”は春いちど
見事に咲いて明日は散る
ぺ島の”桜”は散り散りに
玉砕けれど勲功はとこしえに


今もののふの姿なく
残りし洞窟の夢の跡
古いペ島の習慣で
我等勇士の霊魂守る


平和と自由の尊さを
身をこなにしてこの島に
教えて散りし”桜花”
今では平和が蘇る






【ペリリュー島の戦い】
日本軍
 戦死者 10,695名
 捕虜   202名
米 軍
 戦死者 2,336名
 戦傷者 8,450名

なぜ鬼畜米英と言ったのか?
それは、白人植民地政策を知らずして語ることはできない。
当時は有色人種国家のほとんどは白人の植民地。その政策は残虐そのものに尽きる。
人間­を家畜のごとくこき使い、婦女子を犯し、子供であろうとも虐殺する。
そのことを日本兵­は知っていた。彼らの残虐さを。

「一日でも長く日本を守りたかった。
一日でも長く、愛する故郷、愛する女房子供、お父­さん、お母さんを守りたかった」
その思いに尽きると私は思う。



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



★「海賊と呼ばれた男」のモデル 出光佐三が亡くなったとき、昭和天皇が初めて
 一般人に向けて歌をお詠みになった


~より抜粋引用

宮部久蔵のような「日本人」が、たった一人だったら、
たった一人の考えや力で、あそこまで日本は潔く戦ったでしょうか?

出光佐三のような「日本人」が、たった一人だけだったら、
たった一人の考えや力で、ここまで「人」が動いたでしょうか?

かれらは、たった一人のヒーローじゃない。
あれが「日本人」なのです。

陛下が御製に詠まれたような立派な日本人はたくさんいたのです。
わたしたちすべての日本人が「日本人」だったから、
あの復興が成し遂げられ、今日の日本があるのです。

わたしたちはそれを忘れていただけ。
それを取り戻そうとしているところなのです。






ペリリュー島激戦から70年。
天皇皇后両陛下、パラオ訪問来年4月以降に戦没者慰霊











【両陛下パラオご訪問】皇室:パラオ晩さん会 天皇陛下のあいさつ全文



これらを見ていたら、たまらなくなったので、もう一言言わせてください。


「日本の戦後教育は間違っている。」


それを堂々と声高に言える時代が、やっときました。

数ある敗戦国の中でも、日本ほど、
戦勝国が押し付けた自虐史観を大事に守り続けている国はいません。


もう、そろそろ日本人は目をさまそう。


過去の日本を讃えることは、今の自分に慢心するためではない。
過去の日本人を讃えることは、誰かにそれを自慢するためでもない。

過去の日本人を讃えることは、
わたしたちの平和と安全を守ってくれたことに感謝するためであり、

その感謝と敬意を子供たちに語り継ぐことは、
仏壇に手を合わせ、神棚に手を合わせて、先祖や神からの守護に感謝することと同じく、
わたしたちの日本という国と、わたしたち日本人の誇りを守ってくれた
先人たちへの当然の供養であると思う。

家々で先祖を祀り感謝するように、
今ある自分は、先祖の、そのまた先祖からずっとつながっているのだから、
(その先祖のずっと先に神がいるのだから)
自分だけで、わたしたちの世代だけで今の日本があるわけではないのだから、
それに感謝することは、その感謝の心を後人に伝えていくことは当然のことです。

それをしていない国などほかにはない。
それが国として、人として当然のことなのだから。
それを忘れた国や民族は確実に滅びているのだから。

(※アーノルド・トインビー「13歳までに神話を学ばなかった民族は確実に滅びている」)

それを正しく語り継ぎ、かれらの遺志とその結果を守り抜くことが、
かれらが残してくれた日本という国に生まれ、日本という国家に生かされている
われわれ戦後の日本人全員の義務であり、責任であったのだと思う。



その義務を
われわれは70年間も怠ってきたのだ。

戦後70年もたって、
いよいよ後がなくなってきたことにようやく気づき始めたのです。

日本人はもっと焦らなきゃいけない。

今、気づかなければ、今、動かなければ、
今、償わなければ、もう後がない、のだと。



よく勘違いされることがあるので言っておくと、
過去の日本人の正義を擁護し、過去の日本人の偉業を讃えることは
けっして、自分のためじゃない。
自分が気持ち良くなるためではないのです。

日本人が過去の日本の誇りを知ったからといって、
過去の日本人を褒められたからといって、
自惚れ、慢心するようなことはしない。
なぜなら、
過去の日本人の偉業を知り、過去の日本人の誇りを讃えることは、むしろ、
今のわれわれがいかに怠け者であったかを、
いかに恩知らずで、
いかに恥知らずであったかを知ることになるから。

何も知らず、何も考えず、
左翼教育や反日マスコミ情報の言いなりになって、
かれらの遺志を無視し、曲解し、
長い間彼らの死を「無駄」にしてきたことに気づくことだから、
その罪の大きさに気づくことだからだ。

過去の日本人の誇りを知ったからといって、
今の自分を自慢できるものなんか、ない。

だから、
日本人は、今の自分を反省しつつ、
堂々と、過去の日本人の誇りを語ればいい。




命をかけて残してくれた日本の未来のためにも、
こういう「日本人の誇り」は、次の世代に確実に伝えていかなければならない。

ただの自慢ではなく、
わが国の誇りと、その誇りを無視し続けてきた「わたしたちの誤ち」とともに。


戦後の日本人の過ちは、
戦後のわたしたちが犯した最大の過ちは、
戦争に参加したことではなく、
戦争に負けたことでもなく、
敗戦によって長い長い間、誇りを失っていたことだ。
奪われた誇りを、長い間「取り戻そうとしなかった」ことだ。

そのため、わたしたちにはもう後がない。

今、取り戻さなければ、
今すぐにでも取り戻さなければ、
二度と取り返しがつかないところにまで日本はきている。

それが、過去の日本人に対する、
そして、未来の日本人に対する わたしたちの最大の罪だと思う。


だから、その「誤ち」と共に、後人に語り継がなければならない。
こんな汚辱を二度と受けないために。

それを語らないことこそが、
かれらの死を「無駄」にすることだから



左翼の言うように戦争をただ全否定することこそが、
かれらの死を「無駄」にしてきたのだ。

かれらの死を「犠牲」と呼び、彼らの生き方を「恥辱」とし、
あの戦いを「無駄」だとしてきたことこそが、かれらの死を「無駄」にしたのだと思う。

われわれは、かれらを二度ころしたようなものだ。

かれらの死を「生かす」ことこそが、かれらに報いることだったのに。
あのような死に様を選んだ「かれらの生き方」を無視し、
かれらの遺志を曲解し、踏みにじってきたのだ。
戦後70年もの間。

かれらが守った「日本」は、「日本人」は、ずっとかれらを裏切り続けてきたのだ。

戦後70年もかけて、われわれはそれにやっと気づいた。
何かを守るために戦わなければならないのだと。
そして、戦うなら勝たねばならないのだということを。

負けない強さが平和を守るということをかれらは身をもって教えてくれた。
勝つための備えこそが最大の防御であることをかれらは身をもって教えてくれた。

「戦争放棄」 などという言葉は大きな間違いだ。
そんな間違いに縛られてきたから、日本はここまで追い詰められたのだ。

「戦争放棄」などではなく、
「平和を維持する」ための最大の努力こそが必要なのだ。

「平和を愛する」ためには、「永久に平和を維持する」ためには、
そこには「戦争放棄」など、あり得ない。

言葉どおりの「戦争放棄」などしていたら、
日本は永遠に平和を維持することなどできない。

なぜなら、「戦争放棄」などいう詭弁は、
終戦直後の特殊な世界情勢においてしか通用しないからだ。

長い歴史からみたら、そういう特殊な一瞬にのみ有効な「詭弁」だ。
喉元過ぎたら、そんなものは無効なのだ。
それが今の現実だ。

「無駄死」していったかれらは、身をもって体験したから、それをよく知っていたはずだ。
世界がどんなものなのかを。
世界の常識が、われわれ日本人の正義や常識をはるかに超えたものだということを。


そして、もっと尊いことも教えてくれた。

「戦う」ことの意味、 「戦い方」の意義を。

たとえ負けても、失われないものもあることを。
たとえ負けても、勝ち取ることがあることを。
たとえ命を失っても、生かされることがあることを。
命を捨てることでしか守れなかったものがあることをかれらは教えてくれた。

しかし、それを
パラオやインドネシアやブラジルやミャンマーなどの国々では
教科書や歌にまでなって子々孫々に語り継がれてきたのに、
当の日本では、教育も、マスコミも、それを完全に無視し隠し通して、
一切それを語り継がなかった


その点においてこそ、日本人は反省し、謝罪し、償わなければならないと思う。


国の誇りを守る大切さ、
家族や命を守る大切さ、その本当の意味を、
それを身をもって示してくれた英霊の名誉にかけて、
失われていた先人たちの名誉にかけて、
われわれはこれを語り継ぐ義務があるとわたしは思う。

その義務を怠り、国を傾けてきたことをはっきりと自覚し、反省すべきだと思う。

そして、後人にその「後悔」をこそ伝えるべきだと思う。

国の誇りを守った英雄たちを語らなかった愚かさと代償を。




天皇皇后両陛下をパラオの人々が大歓迎(画像12枚) http://hosyusokuhou.jp/archives/43543151.html


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