ひだまり    今は古事記に夢中! ドラマ版があまりに酷くて映画「永遠の0」の素晴らしさを再認識しました。 ① 

アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

ドラマ版があまりに酷くて映画「永遠の0」の素晴らしさを再認識しました。 ① 

         
                 
TVドラマ版「永遠の0」・・・酷かったです。
思い出すだけでも今も悶々と怒りがこみ上げてきます。

でも、もしかしたら、映画も原作も知らない人にとっては、
何でそこまで? あれのどこがそんなに酷かった? と思うかもしれません。

なので、映画版「永遠の0」の演出・脚本がいかにすばらしかったかを、
思い出せる限り解説してみようと思います。

以前、映画を見た感想を二度書きましたが、どれも抽象的な表現に留めていました。
まだ見てない人もいるかもしれないので、あまり細かく書きませんでしたが、
とくに印象的だった、とくに感動的だった、
テレビドラマ版とはあまりに違う、別次元の演出表現を紹介しましょう

いろいろいろいろありますが、まずは、日本人ならここツボだろう! 
・・・っていうわたしのこだわり、いや、監督、演出家のこだわりともいうべき名場面です。

それは、大石が宮部の妻松乃に宮部の最後を語ったときの場面です。
はじめ、松乃は、大石の
「宮部さんは自分の身代わりになった」「自分が死ぬべきでした」という言葉を、
日本人特有の自虐観として聞き、「あなたのせいではない」と慰めます。

しかし、大石の次の告白、最も核心的な告白を聞いて松乃は自制心を失います。
「必ず帰って来る」と約束したはずなのに、
その約束を守るためにずっと命を無駄にしないで生き延びてきたのに、
宮部は最後の最後で、自分が生き残る可能性を”自ら”手放した・・・という事実を聞かされ、
激しく動揺します。

さて、映画を見た方は覚えておられるでしょう?
そのとき、松乃がどういう行動をとったか・・・

松乃は、大石に宮部の死に対して罪悪感を持たぬよう優しい言葉をかけて慰めていましたが、
その告白を聞いて態度が一転。
「帰ってください」と、最後には”静かに”声を荒げて、大石の体を家から追い出します。
(ここで大声でわめかないところが大和撫子!)

さて、あの態度の急転の理由を、
「帰って」という拒絶とも取れる冷たい言葉を、あなたはどう捉えましたか?

一瞬、態度を急変させた松乃に、
「ええ、そんな冷たい・・・(大石かわいそう)」って思いませんでした?
きっとそう思った人もいたと思います。
たとえば、あのドラマを作った人たちとかは・・・

でも、日本人なら理解ったと思うのです。
そのあとの松乃を行動を見れば。
松乃の本心が。 日本人の真心が。

松乃に「拒絶」され、家を追い出され、大石は意気消沈して歩き始める・・・
すると、家の戸が開き、松乃が飛び出してきて、尋常じゃない様子で走り去っていく。
ただ事ではないと(まさか自殺?)察した大石は、松乃の後を追う。

すると松乃は、民家からほど離れた場所まで行くと堰を切ったようにして泣き崩れた。
それも、せっかく一人になれたのに、大声で泣き叫ぶ・・・のではなく、
己の激情を表にぶちまける・・・のでもなく、
人気の無い闇夜の下でさえ、まるで誰かに憚るように、
押さえ切れない分の嗚咽を「漏らす」かのように、咽び泣くのでした。

あの松乃の姿を見て、わたしは二重にも三重にも感動しました。

ただ、彼女に感情移入したのではない。
ただ、彼女を憐れんだんじゃない。

これぞ日本人。 
これぞ日本女性なんだと、誇らしくさえあった。


もし、あれが、他のど~~でもいいドラマや映画だったら、
そういう日本人気質や大和心というものを知らない認めない人が作ったものだったら、
きっと、ああいう場合、松乃はもっと身も世も無く泣き叫んだことでしょうし、
大体、わざわざ、人気の無い場所まで泣くのをこらえるなんてことしないでしょうし、
それより何より、悲劇の元凶である目の前にいる大石に感情をぶつけたでしょう。

しかし、松乃はしなかった。

そこまで聞いても大石を責めたりしなかった。
そればかりか、その場で涙することさえしなかった。

あの場で少しでも情念に任せて涙を見せたら、
これまでの涙とは違って大石を責めることになってしまうから。

ここで自分が悲劇の主人公を演じたら、
大石はもっと深く自分を責め、将来ある若い青年に重い枷を負わせてしまうことになる。

だから松乃はその場で涙を流さなかった・・・・・ のだとわたしは思う。

しかし、かといって平静でいられるわけもない。
今は自分の感情でいっぱいで、今にも溢れそうな激情を抑えることはできない。
そのまま平静を装い彼を思い遣る余裕もない。

だから「今すぐ出て行ってくれ」と全身で大石を拒絶するしかなかった。
泣き場所を求めるために。
それが、
一見冷たく突き放したかに見えた、松乃、日本女性の真心だったのだと思います。


もちろん、あの場で泣いていたら、傍で寝ていた娘が起きてしまうかもしれない。
母の泣き顔を見て心配しないわけがなく、ただならぬ雰囲気に不安を抱くであろうし、
そんな娘に対して、
自分も感情も抑制できない状態で、幼い娘に何と言って安心させられようか・・・

だから松乃は大石に「帰れ」と言った。
すぐさま「帰れ」と追い出した。

この場で泣くわけにはいかないから。
大石の前で泣くわけにはいかないから。
娘に泣き顔を見せるわけにはいかないから。

だから、自分ひとりで泣く場所を求めた。

大石を追い出し、家を飛び出して、人気の無い河原まで走ったのです。


美しいでしょう?

美しいでしょう?


これが日本人だと思います。

こんな衝撃的な場面でさえ、相手のことを思い遣る。
それが日本人です。

監督と演出家さん、天晴れ! です。

わたしはあのシーンで激しく感動を覚えました。
三度映画館で見ました。
何度見ても松乃の美しさ、日本人の思い遣りの心の美しさに心打たれました。

あの映画には、素晴らしいシーンがいくつかありますが、
その中でも一位、二位を争うくらいわたしにとって意味深い大切な場面です。





さて、

では、これまでの「戦争映画」や、「人情映画」ではどうだったでしょう?

もしこれが、「韓国ドラマ」だったら、 どうでしょう?


こんな演出があると思いますか?
こんな心理描写ができると思いますか?

そんな心情をかれらに想像できると思いますか?



これが韓国ドラマだったら・・・

きっと、松乃はその場で泣くでしょう。
泣いて、心情を訴えるでしょう。

自分(主人公であるわたし)がいかに傷ついたか、いかに苦しんだか、
いかに自分が可哀相か・・・を切々と視聴者に訴え、
加害者の人間がそれを受けて激しく苦悩する・・・ような演出をするでしょう。

韓国ドラマのパターンです。
そして、そのとおり、あのドラマ版ではそうしてたでしょう?

あれのどこが感動的なんですか?

ところどころ・・・どころか、ありとあらゆる場面でわたしは不愉快だったです。


だから、あれは韓国ドラマだと言ってるんです!


韓国ドラマなら、当たり前にそういう演出がなされるでしょう。
なぜなら、かれらにとってそれが当然の真理だから。
情緒とか、思い遣りとか、気高さとか、
矜持とか、畏敬の念とか、自尊以上の他尊心とか・・・そんなものはどこにもない。


かれらの価値観においては、
10あるものでも100に見せること、
100あるものなら1000に見せることが正義。

被害者の反撃は正当なものであり、被害者の復讐は正当な権利であり、
被害者からの復讐によって加害者がいかにダメージを受けたか・・・
そのダメージの度合い、その復讐のやり方、えげつなさ・・・こそが視聴者の関心事なのだから。


そういう価値観の文化の中で育った人間が作ったとしたら、
たしかに、ああいう、TVドラマ版のような演出になるだろうし、
ああいうセリフになるのであろうし、
ああいうテーマのすり替えが起こるのも理解できるでしょう。


また、
あの映画版「永遠の0」の例のシーンが「美しい」のは、
それを言葉とかで説明しない、あとからそれを説明しない。
まして! 本人に種明しなどさせない からです。

それを、ごっそり、ドラマ版はやってました。

どんなに登場人物の心の美しさや人間性が原作で素晴らしく描かれていたとしても、
それをドラマで本来「あ・うん」で解るべきところまで全部キーパーソンに喋らせていては、
「言うと減りますから」の日本精神が台無しです。
表面的には原作どおり(ストーリー展開が原作どおりね!)描いたとしても、
せっかくの原作もこれじゃあ小学校の学芸会です。

皆まで言わない奥ゆかしさに日本人は共鳴し、
言葉のないところにこそ心を深読みし、
一度や二度見たくらいでは理解できない、解決されない謎にこそ、心奪われる、
それが日本人の描く世界、日本人の求める世界、日本人だけの世界観ではないでしょうか?




あああ、 例を一個しか出してないのに、もうこの長さ・・・

また思いついたら、その②を書きます。






<参考記事>

★TVドラマ版「永遠の0」はまるで韓国人のドラマみたいだった! ①

★TVドラマ版「永遠の0」はまるで韓国人のドラマみたいだった! ②


★映画「永遠の0」を見て来ました! 
 日本映画、戦争映画にはめずらしい、左翼思想の全く入らない、
 百田氏の思いを裏切らない、まっすぐな日本人のための映画でした。



★「命をかけて愛する国の為に戦った彼らを誰が馬鹿に出来るというのだろうか?」
   ~ 神風特攻隊についての海外の反応 と 百田尚樹 『永遠の0』



★宮崎駿監督「風立ちぬ」は日本人精神そのもの ①  

  「ナウシカ」以来の入魂の傑作!!宮崎監督の日本人としてのこだわり

★宮崎駿監督「風立ちぬ」 ③ この作品が最後に われわれ現代日本人に伝えたかったもの・・・



★「海賊と呼ばれた男」のモデル 出光佐三が亡くなったとき、
 昭和天皇が初めて一般人に向けて歌をお詠みになった

※宮部久蔵だけが特別な人間だったわけじゃない。 あれが「日本人」だったのです。


※ここに日本人としての誇りを取り戻すための参考記事をまとめてみました。
★子供たちにぜひ聞いてほしい 日本の話


★誰も知らない「日本国憲法」の真実 ②  日本国憲法は破棄してはいけない!!
    日本は世界で唯一の『君民共治』の理想国家



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