ひだまり    今は古事記に夢中! 「過ちは繰り返しませぬから」 真の世界平和への呼びかけは「主語のない日本語」にしかできない

アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

「過ちは繰り返しませぬから」 真の世界平和への呼びかけは「主語のない日本語」にしかできない



「日本語は亡びない」 ③ ~ 主語をもたない日本語の戦略
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-474.html    (2011年08月28日 )

※どうぞ こちら  からお読みください。


広島の原爆慰霊碑に刻まれた言葉 『過ちは 繰り返しませぬから』


この「言葉」について、
先日、ツイッターでこんなやりとりをしました。




(※クレームの言いだしっぺはアメリカかもしれないが、一番これにしつこくこだわったのは中国だった)



(以下、返信部分は書き出しました。)

主語がはっきりしないということは、
現時点の責任の所在を特定できない代わりに長期的に見ると
「責任は一方だけのものではない。
皆が責任を感じていっしょにこの過ちの連鎖から解き放たれよう」
という広い範囲に向けて呼びかけることができる。
それができる言語は主語がなくても成り立つ日本語だけなのです。


わたしは思います。

本心から
「二度と過ちを繰り返さない」と思える人にとっては
「主語が誰か?」を気にする必要などない、と。

本当は反省なぞしていない者こそ、
過ちを繰り返す気がある者こそ、
「悪いのは誰か?」
をしきりに気にするのだと思います。


戦後70年。

アメリカ大統領がこの慰霊碑の前に立つということが実現すれば、
その時こそ、この「主語のない誓いの真意」が果たされる時だと思います。

「この戦禍と悲しみを、皆で受け止め、共に乗り越えよう」
という人類共通の誓いとして・・・


つまり、

この言葉の前で頭を垂れることができないということは、
自分は 「戦禍を反省する気がない」 
と宣言しているようなものです。

中国人はまさにそれを宣言したようなものなのです。
「自分は悪くない。だから反省する必要はない」 と。

それが、かの国の民度です。
だから今、 
まさに今、日本をはじめ世界中で「暴力による領土侵略」を平気でやっているでしょう?
「自分は悪くないんだ」と言いながら。


いつまでもあれに
「加害者は誰か(=自分には責任がない)」という言質を求めるということは
そういうことなのだと思います。

自己弁護が強すぎる、反省心がみじんもない、
他人は責めるが、自分だけは正当化して自分勝手な行動を取る。

協調も、信頼も、正義も、矜持も何もない。


だからこそ、

それを知る日本人まで、
わたしたち日本人まで
「誰の責任か?」 などと言っていないで
この日本語にしかない概念を世界に広めるべきです。

そのうえで、
われわれは世界に向かって こう問うべきなのです。

「この戦争の災禍と反省を、
皆で受け止め、
共に乗り越える気持ちはあるのか?」
  と。








。。。。。。。。。。。。。。。。。。 2016.5.29 追記 

   
広島原爆慰霊碑に刻まれた言葉の真意を、オバマ大統領は語ってくれたとわたしは思います。

わたしはそれだけで十分嬉しかった。

それをこそ、人類は望んでいると思うから・・・。


<オバマ大統領の歴史的な広島スピーチ全文 >
http://www.huffingtonpost.jp/2016/05/27/obama-begins-visit-to-hiroshima_n_10160172.html


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