ひだまり    今は古事記に夢中! 竹田恒泰の 『幕末・孝明天皇論 』 ① 明治政府によって封印された孝明天皇研究のパイオニアが語る 本当の「幕末の真実」!! 

アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

竹田恒泰の 『幕末・孝明天皇論 』 ① 明治政府によって封印された孝明天皇研究のパイオニアが語る 本当の「幕末の真実」!! 



竹田恒泰の 『幕末・孝明天皇論 』 ① 
明治政府によって封印された孝明天皇研究のパイオニアが語る
本当の「幕末の真実」!! 



「生きて日本を守り、死して日本を守った」


あれほど激しく幕府を揺さぶり、尊皇派すら振り回しながら、
あの絶妙なタイミングでの突然の崩御。

もし孝明天皇がいなかったら 
今の日本はありえない!

もし孝明天皇があのとき死んでいなかったら
今の日本はありえない!!

孝明天皇を語らずして本当の幕末は語れない!!

150年間封印されてきた禁断の研究
「孝明天皇研究のパイオニア」誕生!!


崇徳天皇の怨霊?
中国の言い伝えが現実に起きてきた!
本当は怖い「元号」の秘密!!

天皇は、
なるべく人が なるべき時に天皇になっているとしか思えない!!


「針の穴を通すような奇遇の連続」が日本を救ってきた?

皇統断絶の危機を救うため
傍系から担ぎ出されて急遽即位し、
天皇の子でないハンデを負うゆえに、
誰よりも天皇らしく生きようとして、
民のため国のために
気骨ある天皇として幕府専制に風穴を開けた 光格天皇


その遺志を継ぎ、
さらに激しく幕府と渡り合い、

誰よりも日本の未来を見据え、
誰よりも日本の未来を危惧して、

最期まで開国に異を唱え、
幕府と共に国を救おうとした 孝明天皇



ここも気になる!
「孝明天皇暗殺疑惑」の真相は、科学的にほとんど解明されている?



日本で唯一人、
自力で「孝明天皇記」原本を読み解き
天皇の歴史を最も深く、最も正しく研究した人間の
「幕末天皇論」。


これ聞いた人は「歴史の証人」になる!

うすっぺらな「皇室ジャーナリスト」どもが裸足で逃げ出す
本物の天皇研究者の本物の天皇論を聞こう!!




( ↑ ツイッターでつぶやいてたやつをつなげてみた。  メチャ煽ってる・・・ )




※動画出来!!





いや~すごかった!

予想はしてたけど、それ以上だった。
いい意味で想定外の驚き。感動的な衝撃だった。

人の話を聞いてここまで心を揺さぶられたのは実に久しぶりのことでした。

だから、その感動を、ツイッターでつぶやいていたんだけど・・・、
やっぱりわたしには、あの字数制限に収まりきれないので、ここに書くことにしました。

でも、きちんとした文章でつなげる時間とパワーが今ないので、
大事なセンテンスを思いつくまま淡々とつなげて行こうと思います。



まず、

なぜ、竹田氏が孝明天皇研究をすることになったのか?
それは、ズバリ、誰も研究していなかったから。
孝明天皇の研究だけ、スッポリと抜けていたから。

これは、ひ孫の孫に当たる自分が研究しなくて誰がする?
・・・という、
「なぜ孝明天皇研究をすることになったのか」この説明だけで45分を費やす!

いや、それほど濃い、貴重な話でした。
そこだけでも聞く価値あり!です。


なぜ孝明天皇研究 だけ 封印されてきたのか?
それは、孝明天皇研究は
、明治政府によって「国家機密」として隠蔽されていたから。

つまり、
日本の歴史の中でも最も関心があり、最も重要な時期である
激動の幕末~維新、そのど真ん中にいた、
誰よりも重要で、
本当のキーパーソンであった孝明天皇のご事跡を綴った「実録」が
禁忌中の禁忌、機密中の機密にされていた。

だから、誰も見ることができなかった。
誰も研究できなかった。

つまり、誰も真実を知らなかった。

その上に、今の「幕末維新論」が築かれている!!

つまり、
これ(論文)が世に出たら、一大センセーショナルを巻き起こすことになる!
歴史学界に衝撃が走ります。

なぜなら、
これまでの学者が信じてきた通説が、
この世に出回っている通説が 全否定されるからです。

これまで「学者」が築き上げてきた歴史の通説が
すべてひっくり返るくらいの大暴露 なんです。


これは、ただの「新説」ではないんです。
これは、初めて出る「揺るがしようのない真実」なのです。

なぜなら、
これまでの「学説」こそが、
もっとも重要な部分(孝明天皇記)を欠いたまま
分からないまま(資料のないまま)「憶測」によって穴埋めされて作られた
通説だったのだから!


これこそが、本当の「幕末の真実」なのです。



歴史学会からの反発は免れない・・・

左翼思想を補填してきたマスコミからの反発もあるでしょう。

世が世なら、「命の危険」もあるくらいの爆弾発言です。

しかし、誰が何と言おうと、こっちが真実。
なぜなら、
これまで誰も研究してこなかったことを初めて解き明かしたのがこれ だから。
これまで誰も触れなかったものを初めて読破し、世に出したのがこれ だから。

誰も知らなかった。
誰も「語れなかった」幕末維新の真実が 今、明かされる
のです。

(ちょっと興奮気味)


追記;
学者だけでなく、
歴史愛好家も、プライド高い歴女のみなさんも、覚悟しなくてはなりません。
これまで自分たちが蓄積してきた知識が「間違っていた」と認識しなければならなくなる
のですから。

一般人にとってもです。
今後は、これをもって、これまでの通説による間違ったイメージを書き換える必要があります。

つまり、今までの幕末研究も、幕末を題材にした作品やドラマ制作も、
孝明天皇の存在の重要性も、その歴史的働きも、
まったく語られないまま、スッポリと抜け落ちたまま、
「真実とかけ離れたイメージ」だけが伝わっている からです。

でも、この事実の重さは、日本国民全員がしっかりと受け止めるべきだと思います。
なぜなら、これは、わたしたち日本の歴史のもっとも重要な部分であるからです。

孝明天皇が直面した開国の問題は、
これまでの日本がかつて経験してこなかった、
日本有史以来初めての、本格的な「グローバリズムの波」なのです。

これは、
今現在、まさに日本が直面している大問題でもあるのです。

ちょっと前までは「グローバリズム」を手離し(無批判)で歓迎してきましたが、
それが今、日本人の首を絞めようとしています。
少なくても、それが日本人の価値観には沿わないものであることが、
日本人の幸福感には沿わないものであることがだんだん分かってきました。

西洋式の価値観の押し付けの時代はもう終わったのです。
近現代式合理主義だけでは人は幸福になれないことが理解されてきました。

そこにもっての「TPP問題」です。
だから、保守派は概ね反対するのです。
それは「金」や「経済」の問題ではないのです。

日本が残るか、皇室が残れるか、 
日本人らしさ(日本人としての幸福感)を残せるか?
 
という大問題を 
かつて、針の穴を通すようなギリギリの離れ業でクリアしてきた
その歴史的事実を、わたしたちはしっかりと把握しておく必要があるからです。

たとえば、今後のTPP政策への是非。
たとえば、今後の外交問題への是非。
たとえば、今後の憲法改正への是非について考える上で、

この、孝明天皇の働きやこの考え方(信念)こそが、
日本を救うための、
日本人を救うための、
「日本人として」もっとも正しい道だと思うからです。



これだけの重大事を100年以上封印されてきたという事実を知り、
これだけの重大事が、
今、
この戦後70年という
日本の過渡期であり、日本の黎明期に発表されるという意味を
日本人はしっかりとその意味の重さを受け止めるべきだとわたしは思います。




実に、孝明天皇のご事跡を記した「孝明天皇記」が公表されたのは、
孝明天皇の死後100年ほど経ってからだった。

なぜなら、もし、明治時代に出ていたら、
おそらく明治政府の正当性が揺らぎ、吹っ飛んでいただろうから。

なぜなら、
幕府を倒して新政府を起こした明治政府は、
天皇の意思に逆らったものであったから。

孝明天皇は、最後の最期まで、倒幕に反対していた。

しかし、ドラマや書物に描かれてきたような「駄々っ子」だったわけではない!

まさに、孝明天皇は、
命がけで、身命を賭して、開国と倒幕に反対していたのである。

それを証明するものが、全二百二十巻におよぶ「孝明天皇記」である。


(※これから、昭和天皇のご即位の長さを考えると、
 宮内庁が編集する「昭和天皇実録」はあまりにも「薄っぺら」(未収録が多い?)である)



追記;
この和文庫綴じの二百二十巻は、すべて「漢文」で書かれているそうです。
「漢文」というのは、今の中国語ではない。
「漢詩」「漢籍」のような古代中国語です。
しかも、親切な「レ点」や「返り点」など一切ない。

なので、氏はこれと辞書をもって、鎌倉の家に三年間こもって、
外部との接触をほとんど断って、寝食以外のすべてをこの研究に充てていたそうです。

そこで分かったことは、
これまでどこにも出ていなかったため知られていなかった
「宮中のしきたり・伝統・文化」というものの生々しい事実の数々
(つまり氏は、最も詳しく「正しい宮中の伝統」を研究したことになる!)

さらに、皇室の宮中文化というものの頂点を極めたのが、
じつにこの孝明天皇の御世であった・・・ということが分かった。

なぜなら、
朝廷勢力が押さえつけられてきた徳川幕府政権の中で、
ぐいぐいと朝廷の権力が強くなっていった時期でもあり、
かつ、
その後維新によって日本を席巻した「西洋かぶれ」の波が宮中にも寝食し始める
その前、
未だ宮中の中に「洋風」が入り込まない貴重な「純粋な御所風文化の頂点」
それが、この「孝明天皇記」の中に全てが記されていたのです。

それがこれまで一切研究されてこなかった ということは、
これを読破し、研究し尽くした氏は、孝明天皇研究の第一人者というだけでなく、
日本の純粋な朝廷文化の粋を極めた時期の研究の第一人者、
「皇室伝統・皇室文化」についての第一人者になった ということでもあるのです。

そこらの「皇室ジャーナリスト」が裸足で逃げ出す
って意味がわかった?

しかし、これを読み解くのは簡単なことではありませんでした。
時に、一日三行だけしか進まない箇所もあるような、
気の遠くなるような、地道で、根気が要る作業です。
が、
「俺がやらずして誰がやる!」
という意気込みで始めてから、早、15年・・・
途中、
小泉政権下でも「女性天皇・女系天皇容認問題」の勃発のため、
ちょうど、孝明天皇の父「光格天皇」がまさに、跡継ぎのない危機を救うため
傍系からの即位であったことの周辺を詳細に研究していたところだったので、
「ここは俺が言わずして誰が言う!」
という気持ちから、
講演をし、論文(著書「語られなかった皇族の真実」)を書き、
メディアに出て皇統の正道を説き、
それこそ宮中にも呼ばれて皇室の本当の歴史を教授する役目にも当たりました。

そのほか、古事記研究や竹田研究会活動などの合間にも研究を重ね、
ついに完成!! の時を迎えまたのです。




つまり、
戦後、反日マスコミによってドラマ等で刷り込まれてきたイメージは 嘘。

NHK大河ドラマに描かれているような「弱気」で「愚鈍」な天皇などではない!

「世間知らず」の「外国嫌い」の「引き篭もり」のような、
単なる好き嫌いや、まして、世間知らずからくる無知や我が儘などではなく、

誰よりも、誰よりも、日本の未来を考え、
誰よりも夷狄(いてき)の本性、危険性、野蛮性を悟り、

目先の利益や目先の危険だけを見ず、
本当の日本人の幸福を守るために頑なに開国に反対し、

これまでにない日本の国難を、
幕府と共に協力して乗り越えようと模索していたのである。


ただひとりで。


「孝明天皇記」をひも解くとそれらが見えてくる・・・

(このあたりの詳細は、おそらく第二弾にて)


しかし、

あの時代、
徳川幕府に皇室の権威を封印されていた時代、
あらゆる権利を制限され、口も封じられた状態が長く続いたはずの朝廷の御簾の中から、
なぜ、あのような強い意志を発し続け、幕府を揺さぶることができたのか?


それは、孝明天皇の先々帝の光格天皇の功績によるものだった。

光格天皇は、それまで幕府にいいようにあしらわれてきた朝廷が、
じつに500年ぶりに「幕府の政治に口を挟む前例」を作り出した。

これが、幕末の天皇、孝明天皇が幕府を揺さぶる原動力になる。

光格天皇の天皇としての気骨あるご意思によって禁意を破ることができたからこそ、
幕末の孝明天皇もまた、国を守るために幕府に意見し続けることができたのである。

つまり、孝明天皇のご事跡を本当に理解するためには、
この光格天皇の働きを理解する必要がある。



幕末、孝明天皇がなぜ幕府を揺さぶることができたのか?
それは幕府の禁忌に穴を開けた先代の恩恵だった!



後桃園天皇が若くして亡くなってしまったため、直系の後継者がおらず、
急遽、傍系の宮家から担ぎ出されたのが、まだ幼い光格天皇だった。

傍系とはいえ、れっきとした天皇の男系血筋であることは間違いないが、
ただ、先の天皇からいったらかなり遠い血筋になり、まして、
その父親は天皇でないどころか、傍系の影の薄い親王にすぎなかった。

光格天皇は当時まだ8歳でもあり、後ろ盾もない負い目から、
それゆえ、不甲斐ない天皇として謗りを受けぬようにと、
誰よりも「立派な天皇」になろうと、誰よりも「天皇らしく」なろうと必死に努力した。

その結果、
歴代天皇の中でも、「最も天皇らしい天皇」の一人に、
もっとも皇統意識を持った、最も厳格に皇室の伝統を踏襲した立派な天皇となった。

ゆえに、
国のため、民のためとあらば、禁忌を破って自分の意志を幕府にぶつけることができた。

もし、これが、
幕府に権威を封印され続けてきたまま「ぬるま湯」に浸かったような先帝の子が
そのまままま何事もなく、何の疑問もなく天皇になっていたたら、
おそらく、孝明天皇のような強い意志を幕府に貫き通すことはなかったであろう。

幕府は、武家政権を維持するため、強大な天皇の力を殺ぐために、
「禁中並びに武家諸法度」によってあらゆる天皇の力と自由を縛り続けてきた。

それを破って、実に250年ぶりに、自らの意思で皇居の外へ出たのが孝明天皇だった。

それは、まさに、この光格天皇のご事跡あってこそ、だった。


孝明天皇も14歳で即位した若さゆえ誠実な天皇とならんとして、
国のため、民のために、
先代が開けた風穴をから思う存分幕府を揺さぶった。


竹田氏の言う 「TPPによって失う日本式幸福感の危機」 を
すでに孝明天皇はあの時代にただ一人見抜いていた・・・

それだけ、
天皇として日本を、日本の国柄を、日本人としての本物の幸福を真剣に守ろうとしていた。


激動の幕末、
迫り来るグローバリズムの波と
ただ一人日本を守るために戦った孤独の天皇。

目先の損得しか考えられなかった幕府とはそこが違う。

日本にとって必要なグローバリズムと
日本にとって危険なグローバリズムの狭間に揺れて
血だらけになっていた孝明天皇。

それゆえ「生きて日本を守り、死して日本を守った」と言われた孝明天皇。

これまで左翼マスコミによって
ただの外人嫌いの引き篭もりとしてしか認識されてこなかった
本物の天皇研究者による 本物の「孝明天皇論」!


次回、乞うご期待!



う~~ん、きっと三部作くらいにはなるよね。





※昨日聞いた放送と、これまでの竹田研究会で聞いた話を元に概要をまとめてみました。

 今後、もっと面白く、 もっと感動的な話へと展開します。

ぜひ、お聞きください。







★他のエセ保守論客は、もう黙れ!!
 竹田恒泰氏こそが「本物の皇室」を語れる 唯一の人物です!
~なぜエセ保守論客たちは竹田恒泰氏を敵視し誹謗中傷するのか?



★これを機に、旧皇族や宮家ついての『本当のこと』を知ってください。



関連記事
スポンサーサイト
コメント
No title
孝明天皇は、暗殺されたと聞いています。
忍者が、床下から刀で切りつけた、と。

その傷口を縫い合わせた医者も、殺されました。
文献が残っているそうです。

理由は、討幕派にとって邪魔だから。
薩長の場幕末の志士たちが、明治維新後にみな、
不遇の死を遂げたのは、天皇を弑し奉った罰が当たったのだと思います。

特に大久保利通は、維新後は天皇制を廃するという考えだったそうですし。

これからの記事を、楽しみにしています。
2015/10/15(木) 08:33 | URL | ブドウの木 #-[ 編集]
Re: No title
ブドウの木さん、コメントありがとうございます。

> 孝明天皇は、暗殺されたと聞いています。
> 忍者が、床下から刀で切りつけた、と。

その件については、おそらく孝明天皇論第3回目以降で明かされることと思います。

かつて天皇祭祀を司っていた白家神道の方の話によると、
孝明天皇は自分が暗殺されるかもしれないようなことを予感していたとか、
自分が死んだあとも日本の行く末を強く案じていて、
死んだあとの自分の御霊の祭り場所とかいろいろ指示していたとか聞きました。
孝明天皇記の研究発表は、どんなに国を思い、心を痛め、死んだ後も国を守っていく覚悟をしていたという
その孝明天皇の気持ちを裏付けるものだと思います。


2015/10/16(金) 21:05 | URL | うさんぽ #-[ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
リンク
このブログをリンクに追加する
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
プロフィール

うさんぽ

Author:うさんぽ
アメブロにいた「うさんぽの小径」のうさんぽです。
普通の子持ちの主婦です。
うさぎブログのはずだったのに、気がついたらこんな重いブログになっていました…
思いっきり、主婦目線、母親目線、オバサン目線でいろんな情報に感想を書いています。

記事を引っ越してきたので改行が狂ったりリンクが開けないなど見苦しいところがあり申し訳ありません。

QRコード
QR
RSSリンクの表示