ひだまり    今は古事記に夢中! 日本人が天皇(皇室)のことをあまり知らないのは当然なのです。 ②

アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

日本人が天皇(皇室)のことをあまり知らないのは当然なのです。 ②

 
(※  からの続きです。 
長くなったので記事を二つに分けました。 どうぞ  を先にお読みください。)


今、保守派の人の間でも、
「自分は普通」だと思っている人にとっても、
この皇室問題はとても複雑で揺れています。

なぜ、揺れているのか?
その答えは至ってシンプルです。

これまで、日本人というのは、他の国と違って、
自分たちが保守であるとか、皇室をどう支えるべきか、
などということを考えないで生きてきた民族だからです。

言い換えると、他の民族と違って日本人というのは、
あまりに長い皇室の歴史と共に、あまりに自然に当然のように
「皇室と共に生きてきた」民族なので、
その存在を意識することも、その存在意義について考えることもなくこられた。

その伝統のしくみとか、関係とか、そんなこと
考える必要も、知る必要もなかった。

ただそこにあるのが当たり前で、
それが尊いものであり、 守るもの(侵さざるもの)であると
そうしてずっと生きてきた民族だから、

だから、
何もしてこなかった。
何もしなくてよかったのです。


日本人は、何代も、何十代も、それを当たり前として続けてきたから、
中韓人や西洋人のように、それをいちいち「言葉」にする必要も、
いちいち「明文化(教義化)」する必要もなかった。

歴史の浅い近現代思想(共産主義)のように「用語」や「造語」を造る必要も、
プロパガンダのための「ストーリー」を造る必要も、
それをいちいち「声高に叫ぶ」必要もなかったのです。



なぜ、何もしてこなくてよかったのか?
なぜ、わたしたち日本人はそれで済ませてこれたのか?
それは、「それが正しかった」からです。

それが正しかったから、
長い長い間、それを「変える」必要も、「壊す」必要も感じなかったのです。

それが正しかったから、
日本はずっと、世界一長い長い王朝と国家が今日まで続いてきたのです。


それが答えなのです。


「正しいことをずっと守ってきた」から続いてきた。
それが日本。



だから、
それに対抗するそうでない主義・思想は、
強引に「何かしなければならなかった」のです。

近代新しく生まれた思想概念を実現するためには、
そういう日本の伝統文化を変えよう、壊そうと思う思想、
いわゆる反日左翼思想は「必死で何かしなければならない」のです。
だから、反日左翼の方が「行動的」で「声が大きい」のです。


それが最近芽生えた新しい思想だから、
歴史も実績もない「浅はかな思想概念」だから、
大声で目立つ必要があるのです。


対して、
日本の源流であるところの保守は、その必要を感じず、
静かに、ことさら大仰な振る舞いもせず、
ひたすら伝統を踏襲し、それを活かし、命を吹き込むことを尊び、
その業績による恩恵を享受してきた経験を共有してきたため、
日本人は
他国の人や異思想の人たちのような
過激な行動(派手なパフォーマンス)が不得手です。


昨今の反日左翼との抗争において、
または、外交戦略において、
「保守派が歯がゆい」と感じるのはそういうわけなのです。

日本ではそれが当たり前で、当然で、それで通用してきたので、
いちいち主張することをしなくても、いちいち大声を出さなくてもよかった。
仲間を集め、徒党を組む必要も感じなかった。

だって、そこにあるのが当たり前だったから。
みんながみんな、それが当たり前として、それでよいとずっと思ってきたから、
それを保つために何か運動したり、画策したりする必要など感じてこなかった。

激しく主張を繰り返し、組織力と資金力に秀でた反日左翼勢力に比べ、保守派が「ぬるい」のは、
保守派は陰謀や画策、いわゆるロビー活動に弱いのは、そういうわけです。


そこへ、そんな我々の「弱点」を突いて忍び寄り、台頭をねらってきたのが
「左翼」という凶暴なやつらなのです。

かれらは保守と違って声は大きいし、やり方が精力的(必死)でえげつない。
なぜなら、彼らは、新参者であり、遅れてきた未熟者であるからです。

洗練された伝統ある価値観を持つ人間と比べて、
まさに、洗練されない、野蛮な「獣」のようなものです。
だから形振りかまわず、えげつないことが、下品・下劣なことが平気でできるのです。

必死で、余裕がなくて、他人を押しのける生存競争にばかり明け暮れ、
いつもギラギラしていて、分別がなく、「わきまえる」ことを知らないので下品で下劣です。

それゆえ、かれらは目立つし、「強い」のです。
かれらにはそれが必要だったし、それが許されるのです。

かれらは「守る」ものがないから。
かれらは「奪う」こと、「壊す」ことが目的なのだから捨て身になれるから。
捨て身だからとことん下劣にも愚かにもなれる。
それがかれらの「強み」なのです。

しかし、裏返ってみると、その「強さ」は、ただの「強引さ」であり、
その根本にあるものは、むしろ、「弱さ」であり「弱味」です。

自分らが「本流」でないから、
自分らが「正統」でないから、
いつ消えるかわからない「はかない立場」だからこそ、
生き残りをかけて必死に相手を殺す勢いなのです。

だから、声が大きいし、
いつもダーティで、相手を貶める邪な画策ばかりしているのです。

「正統」のないところに「正当性」を訴えなければならない「不利な立場」であるから、
「正当」を訴えるより、騙して、懐柔して、洗脳し、時に恫喝してまで仲間に取り込む活動に必死です。
そのための布石を張り、罠を張り、根回しや仲間集め(洗脳)に余念がありません。


ヤクザが声が大きいのは、正当でないことを強要するためです。
正当でないと解っていることを無理矢理通すために、恫喝しているわけです。

中国には古来「声闘」という文化があり、
それは、いい悪い、正しいかどうかに関係なく、
ただ大声で相手を「言い負かす」ことで優劣・勝敗を決める伝統があります。

とにかく、「大声で相手を言い負かす」ことを「良し」とする文化。
たとえ間違っていてもそれは関係ない。
相手を怯ませ、黙らせた方が勝ち。
勝てば正当だと認める価値観なのです。


日本で共産左翼がやってることは、それと全く同じです。
今、その「声闘」とまったく同じことが
戦後の日本において繰り広げられているのです。

共産左翼(反日外国人)らによって。
左翼マスコミによって。
在日マスコミによって。

「声が大きい」から、
「頻繁に耳にする」から、 それらは目立つ
何も主張しない大人しい保守(正統)の中で・・・

その結果、「積極的な主張」(ステマやプロパガンダ)に慣れない日本人は、
それが新鮮で、印象的で、刺激的なあまり、
まるで先進的なものであるかのように、
まるで正当(主流)であるかのように、勘違いしてしまったのです。

マスコミはそれしか押さないから。
それしか電波に乗せないから。
だから、うっかり人は騙されてしまうのです。
これが正当だと。これが本流だと。 (ほんとはぜんぜん違うのに)

だから、何もしてこなかった策謀に弱い保守(正統日本人)は、常に惨敗、完敗です。

保守の存在が希薄だから、
スピーカーから聞こえてくるのは左翼の言論ばかりだから。
自分が保守なのかどうかもはっきり自覚しない「普通の日本人」たちは、
だんだん、うっかり、グラグラして、
どっちが本流なのか、どっちがマイノリティなのか分からなくなってしまっているのです。

しかし、そうなってしまった人たちを誰も責めることはできないと思います。
そうなるように巧妙に徹底的に仕組まれてきたことなのですから。

なにしろ、今の日本は、
目に付く言葉、よく耳する言葉は皆、左翼の思想論理で作られた言葉ばかり

なのですから。

だからそんな中、
何も考えなくてよかった保守派(普通の日本人)は、
負けてしまうのです。拡声にも、拡散にも。

強調文あきらかにおかしい言論の方が声が大きく、拡散されているのはそういう訳です。
正しいからでも、正当だらからでも、主流だからでもないのです。

考えてみてください。
左翼思想というものが力を持ったのは、まだここ最近、たった70年そこそこです。
が、日本人の本流であるいわゆる「保守」というものは、ずっと長い歴史が支えてきました。

ただ弱いのは、
あまりに長年(2000年以上)当たり前にきたものだから、
それを戦略的にどうこうするなんてことをしたことがない。
だから、いちいち大声で言わなかった。
繰り返し、繰り返し、それを拡散するとか、根回しするとかしたことがなかった。

それを「戦略ミス」とか、「愚かだった」とか揶揄し批判することは簡単だけど、
それだけに終わっては本質を見失う、
見失ってきたんだと思う。

左翼は本来歴史短い「異文化(異端)の思想」ですから、
認めてもらうために大声になるし、
お金もかけるし、人員もかけるし、周到な戦略を練る必要性を知っていた。
そのための権力を欲していたところに、漁夫の利さながら、
敗戦を機に占領軍から「お墨付き」を得たのです。
「日本人を強く支えてきた伝統保守を追いやる」ための手先(工作員)として。

それで一気に力をつけ、
日本の要所要所から保守を追い出し、マスコミを牛耳り、
「左翼のための言論の自由」を確保したのです。

それが今、花開いているのです。  (安倍政権になってからは青息吐息だけどね)


今、 保守的な考えを意識しないできた「普通の日本人」にとって、
自分から積極的に情報や知識を求めない「情報弱者」の人たちにとっては、
「なにもしなくても向こうからやってくる情報(勝手にインプットされる情報)」 それが、
マスコミが「茶の間」から「掌」から毎日、一日中タレ流す情報、それが、
反日左翼思想がかった洗脳のための情報です。

左翼が作った用語。
左翼が作った造語。
左翼が作ったイメージ(固定概念)
・・・ そればっかりです。

あなたが普段さりげに使っている言葉・・・
つまり、マスコミからインプットされ「一般常識化された言葉」の多くは、
じつは、ほとんどが
「共産主義思想」に基づいていたり、
「反日思想、反皇室思想」に根付いたものなのです。


それをあまりに日常的に浴び続けているので、
自分から意識的に探しにいかないと触れることができない
「本流の保守の思想」がまるで縁遠いものとなってしまっている・・・

それが、
日本人が「グラついている(どっちを信じていいのか揺れている)」原因なのだと
わたしは思います。

つまり、
「何もしない」「何も言われない(矯正されない)」ことが
自然体で、平和(しあわせ)だったわたしたちに、
左翼マスコミは
本来の日本人が持っていなかった価値観を植え付け、
本来の日本人に必要なかった価値観を植えつけてきたのです。

だから、「揺れて」いるのです。
だから「安定」しなくなってしまったのです。

不安定なのは、
この日本の状況を「不具合」に感じるようになったのは、
「古い日本の感覚(制度)」が時代に沿わなくなった・・・
のではなく、
日本人に要らない価値観や習慣を植え付けられてきたから、
それが本当は日本人のサイズに合わない「洋服」だったから、
それに違和感を感じ、不具合を感じているのだと思います。

つまり、日本人の古い習慣が悪い(原因)ではなく、
むしろ、新しく無理やり押し付けられてきた習慣や、
それに対して「新しく作られた制度」の方が不具合、不釣合いだったのだと思います。


それをマスコミは、「時代に合わない」とか、「社会変化にそぐわない」とかうそぶいて、
「日本の古いしきたり」を悪者にし、「日本の古い価値観」を悪者にして、
徐々に日本人の意識を、日本社会を「改造」していったのです。


マスコミから聞こえてくる「時代にそぐわない」「古い習慣に縛られてる」とかいうものは、
根底には、「日本のため」ではなく、「日本の伝統・文化を否定したい」気持ちから出たものです。
それがいい悪いではなく、ただ否定したい、壊したいという思いが前提にあるのです。
そういう側の主張を通すことだけを正当としているのです。
日本のためなんかじゃない。
あなたのためなんかじゃないんです。

その「新しい制度」こそが日本人にしっくりこないから、
日本人をしあわせにする価値観に合わなかったから
その「ひずみ」が今になって現れたのだとわたしは思います。

それを反日左翼たちは、マスコミは、さらにこう言うのです。
「日本は遅れている」 と。
「欧米をもっと見習え」 と。


皇室問題でもそうです。

マスコミは、「開かれた皇室を」「英国(欧)王室を手本に」と、きれい事ばかり言うけど、
その本意は、
「伝統を捨てろ」「亡びの歴史に倣え」と言っているようなものです。

日本は、他の王室とまったく違う独自の伝統を守ってきたからこそ、ここまで一度も途切れず
王朝国家が続いているのに、だからこそのこの豊かな文化と国力があるのに、
それを捨てて、
わざわざ「亡びの歴史を繰り返してきた欧州王室に倣え」と言うのですから。

マスコミから出てくる情報は常にそれ。
皇室ジャーナリストと呼ばれる「御用タレント」も、本当の日本人目線の人間などいやしない。
「皇室はこうであった」 (古い伝統は人を不幸にするだけだから捨てろ!)
「皇室はこうあるべき」 (どんどん開いて、土足で踏み込んで、内部から崩せ!)
という洗脳情報しか流さない。

口では皇室を語りながら、日本人としてまっすぐな「正道」を行く報道関係者などいない。
なぜなら、誰一人、(局側は)本気で皇室・皇族・天皇を敬っていないから。
日本の皇室に対して、
(他国へはちゃんとしてるのに)正しい敬語や敬称を使ってないのがその証拠。
日本に皇室があることへのプライドを誰一人内外に語った人はいないのがその証拠。


しかし、そんな反日マスコミに違和感を感じながら、
自分もその「反皇室気質が漂う呼び名や用語」を使っているうちに、
それにあまりに慣れすぎてしまったために、
いざ、醜い皇族批判に出くわしたとき、
それに反発する気持ちを、
それに違和感を覚える「日本人としての自分を表現する言葉」を持たないことに気づくのです。

マスコミ情報でない「皇室に対する正しい知識」を持っていないことに。


でも、それが普通の日本人です。

知識がないことを無知と蔑む必要はないし、
それを蔑むべきではないと思います。


ただ、今は、

全員がそのままでは、
とても悪意に満ちた策謀巡らす反日左翼どもと「戦えない」から、
だから、今、早急に知識が必要と感じ、
「正しい知識を持つ人間」が必要とされているのです。



だから、わたしも勉強しているのです。
どうしても看過できない反皇室の輩と戦うために、
感覚だけではない、思い込みだけでない、
相手を説得できるだけの正しい知識を身につける必要を感じたのです。

そのために、
マスコミからではない、
共産思想からではない言葉を捜しているのです。

まっすぐ、日本の正道、中道をいく「日本人としての言葉」を。

そして、出会った、見つけた「言葉」を発信しているのです。





でも不思議です。
特に竹田恒泰氏に出会ってからです。

皇室、天皇の歴史を改めて勉強してから、
こうして皇室について、日本の歴史について書いてきました。
それを知ったときの感動のまま、
早くそれをお伝えしたくて、つい先走って書いて出してからあとから追記したり、訂正したり、
どんどん記事が伸びて増えてしまったり・・・と日々やってきました。

気ががついたら何十にきかないくらい、何百という記事を書いてきたのですが、
考えてみると、とても不思議なのです。

学んで、知ってことを書いてきたけれど、皇室のこと、日本のことをひとつ知ると、
なんだかその十倍くらいのことが一気に解るような気がするのです。

ひとつ新しい日本のことを知るたびに、
それだけを伝えるのではなく、一気に数個も十個もいろんなことに気がついて、
伝えたいことがどんどん出てきて、考えがどんどん言葉になって表れてきて、
勝手に文章になっていって、
それで気づいたらこんなことになってしまっているような気がします。

それって、やはりわたしが日本人だからなのかな・・・と。
つまり、
日本のことを「新しく知った」つもりになっているけど、実は、
それはもともと自分のことでもあるから、もともと日本人のことであるから、
新しく知ったというより、ただ忘れていたことに気づいたような、
それまでただ「言葉」(知識)としてそれが整理されていなかっただけで、
一度それに言葉がつくと、
それに伴ってその他のことにどんどんつながって理解がついてくる・・・
一個知ると、それを機会に、一気にいくつもいくつも「思い出したように」いろいろ書いてしまう・・・

上手くいえませんが、それに近いような気がするのです。

「書く」という作業が大切だとしみじみ思うのは、まさにそんなときです。
ただ思っているだけなら、こんなにも「自分の考え」が解らなかったと思うから。
書いていたから、
知識を、考えを、その時の強い思いを言葉に出して「書き表す」という作業をしていたから、
普段は気がつかなかった、DNAに書き込まれてきた「眠っていた記憶」のような、
長年封印されてきた思いが溢れてきて、
閉じていた引き出しがバンバン開くかのように「言葉」があふれ出したのではと思うのです。

「これが日本人なんだよ」 と。
「これが皇室と日本人なんだよ」 と。


それでも、まだまだ勉強途中です。

知らないことも、間違っている認識も言葉もあるかもしれない。
でもそれは徐々に矯正され、補填されていくものと思っています。

それが悪いとは思わない。
もし、間違っていたと気づいたら、ただ誠実にそれを認めて訂正すればいいだけだと思っている。

だって、今の日本に、日本人の中に、
「これこそが100%」「完全無欠」といえる保守系発信者など一人もいないと思うから。


もう誤解をおそれず言い切ってしまおう。

たとえ保守系論客の方でも、こと皇室・天皇の歴史・伝統に関しての知識は、
どこか抜け落ちていたり、間違っていたり(欠損情報によって誤解が生じている)している。
それが普通だと思う。
それは悪意からではなく、先に言った理由から、
どんな誠実な保守論客とて「不完全な知識」しか持っていないのは仕方がないことだと思うのです。

その欠落した知識は、誰も知らないことであるし、誰も知る由のないことであるし、
「知らない」ということすら封印されてきたのだから。

だからこそ、
今、もっともその「中道」(正道)に位置すると思われる、
そして、日本の中で、もっとも深く、正しく、まっすぐに、
誰もしてこなかった「皇室に関する最も古くて最も新しい研究」をしている竹田恒泰氏の存在は
とても大きいと思うのです。

マスコミが、皇室批判してる輩たちが「アンチ竹田」なのは、
彼の意見を必死に否定し、彼の人間性(存在)を必死に貶めようとしているのは、
まさに彼の見解が正しいから。
彼の言葉が人々に浸透すればするほど、自分ら反皇室の立場や反日マスコミの嘘がバレるから
「皇室批判の正義の無さ」を暴かれるからです。


しかし、わたしは思います。

竹田氏だけが保守を日本の正道を守っているわけではありません。
竹田氏が表に出てくる以前から、日本の正道を唱え、反日左翼勢力と戦い、
日本を守り、日本人を啓蒙してきた保守論客の方たちはたくさんいました。

が、竹田氏の出現により、
竹田氏に寄り添うことによって、よく解りました。
これまでの保守論客の方々の「皇室知識」には、それそれの得意分野とともに、じつは、
もっとも大事な核心的な部分において絶対的に埋めようの無い溝「不得意分野」があることを。
いかに一般人に、皇室の歴史・伝統に関しての「知識の溝」「空白部分」があったかが解りました。

しかし、わたしはそれをもって彼らを否定したいのではありません。

その溝を今になってやっと埋めているのが、
そのために今、表に出てこられたのが竹田氏であるのだと
そう思ったのです。
それこそが、われわれ日本人を救うための「天の采配」ではなかろうか、と。

他の保守論客の方々には、その方々でしかできないことがあり、
竹田氏には竹田氏でしかできないことがある。
その両方が揃ったとき、初めて、わたしたち日本人にとっての本当の福音となるのだと
そう思ったのです。


わたしたちは「知識」を必要としないでこれまで天皇・皇室を敬愛し守ってきました。
しかし、これからは、全員でなくても、
勢いをつけて形振り構わなくなった反皇室勢力と矢面に立って戦う人間がどうしても必要に
なってきました。

そう、逆に言いえば、日本人全員でなくてもいいのです。
日本人全員が、皇室(制度)の専門知識を詰め込む必要なんかないんです。

ただ、日本人としてブレずに真っ直ぐに、
ただ、信じていれば。
ただ、思っていれば、揺らがなければいいんです。
そこに天皇が、皇室があるということに。

その気持ちを、下支えするために、
わたしたちは知識で皇室批判を論破しているのです。

でもそれは全員でなくてもいい。全員がすべての知識を持つ必要はない。
それが自然で、それが日本人だから。それはそのままでいいと思うのです。

でも、ときどき出会うかもしれない、反皇室勢力の邪な思惑と対峙するための「鎧」を
必要とすることがあるかもしれない。
何しろ、彼らは、知識の無い人間を狙って不意打ちをかけて揺るがしてきますから。

でも大丈夫。
おかしな批判には、耳を貸さず、目をくれなければいいのです。
彼らが一番嫌がること、「無視」すればいいのです。

たとえば、外国人からの「純粋な疑問」に答えられるだけの言葉を持っている必要はあるかと
思います。
もし、皇室制度に対する知識がない人が、外国人から天皇・皇室のことを聞かれたら、
胸を張ってこう答えればいいのです。

「日本人にとって天皇とは味噌のようなもの」 であると。

ただ、その言葉の前提には、味噌に対する愛がなければならない。
日本人として当たり前の
理屈にならないという意味での盲目的な
「これだけは譲れない」という、「侵さざるもの」としての
否定されたら暴れるくらいの「強い思い」がなければならない。

日本人として当たり前の、
日本人にしか理解らない、
「食(物)」に対する感謝の気持ちと、
「職人(人)」に対する感謝の気持ちと、
「自然」に対する感謝の気持ちと、
それらをつなげ、結んでいる「大いなる存在」、
日本人の真ん中においでになる天皇・皇室という存在への愛と感謝が。


だからマスコミが
「味噌がなくてもスープの素があればいいじゃないか」
とか言っても聞く耳をもってはいけない。

「立派な天皇ならいいけど、こんな天皇だったらもう要らないよね?」
などと言っても、聞いてはいけない!のです。

そんな洗脳にのってはいけない。
そんな扇動にのってはいけない。

そんな洗脳に騙されないために、
そんな扇動に乗らないために、
今、わたしたちは、
「日本」に、「日本人であること」に、自信と誇りを取り戻すことが必要なのです。

わたしたちが「何もしてこなかった」「何も変えてこなかった」ことが正しかった証拠
なのだと気づくことが必要なのです。


今、声高に、徒党を組んで、マスコミを見方につけて叫んでいるのは、
それが正しいからでも、それが主流だからでもないと気づくこと。
むしろ大声が必要なのは、正道でないことだから、
日本に曲がった道を示そうとしているから大声なのだと気づくこと(教えてあげること)が
必要だと思います。

わたしたち、大声を出す必要がなかった保守の考えや感覚こそが
本当の「主流」、「本流」であり、日本人としての正しい考え方なのだと。






<まとめ>

日本人は長い歴史と伝統ゆえに天皇・皇室に関する説明も知識も必要なかった。

それが普通で、それが当然で、それは何も恥じることではない。
むしろ誇りにすら思っていいこと。

それを否定する声が大きいのは、その考えが本流でないから。
声が大きいのも、乱暴なのも、目立つのも、
そうしないと消えていく異端の思想(日本人に必要ない考え)だから。
それが日本人に受け入れ難い、日本人にとって自然(しあわせ)でないことだから。

理屈やプロパガンダ無しで天皇を敬えること、それこそがわれわれ日本人の誇りであり、
それこそが、われわれ日本人の「中道」であり、
外れてはいけない、日本人の進むべき一本道 だと思います。




。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


※(補足説明)
まさかとは思うけど、これまでのことがあるのでお断りしておきます。
「保守は何もしてこなかった」というのは、本当にただ「何もしなかった」(まったく変化しなかった)
という訳ではなくて、
左翼が「本来あるものを壊して全く違うものに変えていく」のに対し、
保守は「これまでず~っとこれで上手く行ってきたんだからこれが正しい」と感覚的に理解している
ということ。時代に合わせた進化や変革は、あくまで「本流(伝統)を守るため」。そこが違います。





(※思いつくままダラダラ書いてしまったので、誤字・乱文ご容赦ください。
 また、そのうち整理したり、タイトル変えたりするかもしれません。
 とにかく、今、すぐ出したかったので、出してからも追記、追記でごめんなさい。)
 ←いつものことか?




★「天皇陛下は憲法改正に反対だよ?」 この一言がどれだけ矛盾しているかを理解でない
 ことが、「戦後左翼(欠陥)教育」の賜物なのです。



★日本人の崇敬心~
うっかり東宮批判を信じてしまっても、両陛下の批判・中傷で目が覚めるのが日本人




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コメント
普通の感覚を持っている日本人なら、「こんな天皇」なんてこと自体そもそも思わないですよね。
やっぱり私も幼い頃から、それが何かが解らなくても「天皇」は「天皇」と、物凄く漠然と捉えていました。
いなくなるなんて考えた事がないし、その代わりの何かなんてありえない。
盲目的ともまた違う。
勿論、否定的な感情を覚えた事も一度もないので、騒ぎ立てる人達が気持ち悪くて仕方がないです。

何が言いたいのか解りにくい乱文で申し訳ありません(^_^;)
2015/11/22(日) 21:56 | URL | ミミズク #MLy57x.I[ 編集]
Re: 非公開コメントです
非公開コメントさま、ご報告ありがとうございます。

承知いたしました。
2015/12/16(水) 15:11 | URL | うさんぽ #-[ 編集]
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