ひだまり    今は古事記に夢中! ショパン バラード1番 ~ 羽生選手の演技に感じた美しい旋律に隠されたショパンの心の慟哭

アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

ショパン バラード1番 ~ 羽生選手の演技に感じた美しい旋律に隠されたショパンの心の慟哭


ショパン バラード 1番
これを聞いて、皆さんは何を思い描きますか?

と、聞くまでもなく、
前人未踏の驚異的な世界最高得点を叩き出した羽生選手のショートプログラムナンバーでしょ! 
って?

そうですよね。
でも、
昨季から、羽生選手がこれを使うまでは、少なくてもわたしの中ではこの曲は紛れもなく
忘れもしない、「オルゴール人形」のような真っ白い(または真っ黒い)衣装に身を包んだ
2010年の真央ちゃんのエキシビションナンバーでした。

これです。



わたしは白衣装のが好きだけど、

一応、タラソワから贈られたという黒衣装の方も上げておきます。




どちらも素敵ですよね。


そう、素敵・・・

この頃はそれだけでよかった。


この、羽生くんのバラードを見るまでは・・・・






ほんとうはもっと前からこれについて書きたかったんだけど、
あまりにも自分のパソコンの調子が悪くて、なかなかじっくり書くことができずにいました。

でも、もう、ぜったいこれは書く!!
書かねば!! と、思ったのです。

だって、 これ・・・だもん。
羽生くん、凄すぎるよ。

ここまでされちゃあ、こっちもはっきり言うよ!

真央ちゃんの「バラード1番」もいい。
真央ちゃんのプログラムも大好き。

でも、羽生くんのこの「バラード1番」の方が
本来のショパンの心情を映し出していると思いました。


じつはわたしにとって、この曲は、とても思い入れのある曲で、
それは以前、この記事『ショパン バラード1番 ~ 中国での思い出』で書いたのだけど、
もうひとつ、
こちらの記事『ショパン バラード1番 ~「戦場のピアニスト」』にも書きました。

そこから少し抜粋してみます。


(前略)

なんといっても印象深いのは、「戦場のピアニスト」という映画なんです。
じつは、娘がこの曲をピアノのコンクールやコンサートで弾くにあたり、
楽曲の解釈の参考になればと思って初めてこの映画をDVDで観ました。
リアルタイムではスルーしてしまいましたが、あらためて見れてよかったと思いました。

この映画は、実在するポーランドの作曲家、そしてピアニストであるウワディスワフ・シュピルマンが
ナチス統治下のワルシャワ ゲットーで過酷な試練に耐え 生き残った実話を、自身も同様な経験を
持つロマン・ポランスキー監督が描いた作品です。

作中、ショパンの曲がいろいろかかりますが、中でも、とくに印象的で秀逸なのは、敵であるドイツ将校
の前で弾いたこの「バラード1番」でしょう。
映画の中では、廃墟の中のボロボロのピアノで、しかもボロボロの身体で弾いたので、けっしてきれいな
演奏ではありませんが、それでも万感胸に迫るものがあります。

真央ちゃん(フィギュアスケートの浅田選手) が「仮面舞踏会」の曲の解釈をするのに映画を観て研究し
たといいますから、もしかしたら、ひとつのイメージを掴むためにこれも見たかもしれませんし、これから
見るかもしれません。
感受性豊な真央ちゃんですから、もし見たとしたら、これを見る前と見た後ではこの曲に対する想いも
変わってくるのではないかと思います。

そういう映画なんです。

また、この曲には、
この映画のような戦争や革命に身を投じた 兵士と恋人にまつわるエピソードがあります。

学者によって諸説ありますが、この曲の冒頭部分の解釈として、
「革命に身を投じた兵士と戦争によって引き裂かれた恋人たちの物語を、昔語りのように老人が語り始める」
というイメージで曲が始まる・・・とピアノの先生から教わりました。

このバラード1番は、あるときは激しく、あるときはメランコリックで、とてもドラマティックです。
でも、ショパンは、ただ物語をフレーズに起こしたというような余興的な作品を残したりはしません。

彼の人生の色を決めてしまったと言っていいほど、「革命」とショパンは切り離すことができない
ものがあります。
「ピアノの詩人」などという言葉が独り歩きしていますが、
ショパンの人生には、優雅に美しい詩をつぶやくような余裕はありませんでした。

彼の残した美しいフレーズの中には、
彼の死ぬまで昇華できなかった 後悔と焦燥と絶望と慟哭が滲んでいます。

人が憧れ、求め、絶望してもなお渇望する、そんな切なさと激しさと危うさをも含んでいます。

ショパンが死ぬまで帰れなかった祖国。
愛する家族、共に闘えなかった同胞、守るべき祖国の土、

そして置き去りにされた祖国への愛・・・

取り返しのつかない透明な後悔というものに、ショパンは
ピアノの旋律という絵の具で 色を塗り続けたのではないでしょうか?


だからこそ、
映画のあの場面で 選ばれたのが この「バラード1番」 だったような気がします。



・・・・・・

これは、もう5年も前に書いた記事だったのですが、
羽生くんの活躍のおかげか、最近、よく検索に引っかかってこんな過去記事が読まれているようです。

それでわたしも久しぶりに読んでみる機会があって、「なるほどな~」と、
自分で書きながら、自分の文章に納得してたりしました。

とくにこのくだりです。

彼の人生の色を決めてしまったと言っていいほど、「革命」とショパンは切り離すことができない
ものがあります。
「ピアノの詩人」などという言葉が独り歩きしていますが、
ショパンの人生には、優雅に美しい詩をつぶやくような余裕はありませんでした。

彼の残した美しいフレーズの中には、
彼の死ぬまで昇華できなかった 後悔と焦燥と絶望と慟哭が滲んでいます。
人が憧れ、求め、絶望してもなお渇望する、そんな切なさと激しさと危うさをも含んでいます。

ショパンが死ぬまで帰れなかった祖国。
愛する家族、共に闘えなかった同胞、守るべき祖国の土、
そして置き去りにされた祖国への愛・・・

取り返しのつかない透明な後悔というものに、ショパンは
ピアノの旋律という絵の具で 色を塗り続けたのではないでしょうか?



これを書いたきっかけは、もちろん、当時の真央ちゃんのナンバーのおかげだんだけど、
今、これを読み返すと、これって、まさにこの羽生くんの演技そのものもの・・・
いえ、これに限らず、
(まだ若いけど)羽生くんのスケート人生そのもの なのではないでしょうか?

もちろん、これは、わたしの勝手な解釈なのですが、
けっして正解というわけではありませんが、
たとえば、
こんなショパンの人生と彼の人生を重ねてみるのもひとつ意味があるのではないでしょうか?


普通は滅多に体験できない大震災を経験したことによって、
奇しくも、あの若さで、自分の「故郷」という存在の大切さを痛感し、
自分を助け、支えてくれた人たちのために
何とか役に立とうと、尽くそうと心を砕き、
常に、神経を、感性を研ぎ澄ませ、限界まで自分を追い込み、

気が付くと傍には誰もいない・・・

どんな賞賛も評価も自分の真の望みではない。
それを理解し、叶えるられるのは自分自身だけ。

そして誰にも理解されない、
誰にも到達できない世界へと孤独な旅を続けている・・・

そんな羽生くんの姿が、
革命というカルマに苦しみもがいていたショパンの人生と妙に重なるのです。


「曲の解釈が優れている」とかどうとかいうレベルの話じゃない。

若干21歳の若者がこれほどの慟哭を背負うとは・・・ 



神様は、いったい、彼に何を期待しているのだろう?

と思ってしまう。






『ショパン バラード1番 ~「戦場のピアニスト」』





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