ひだまり    今は古事記に夢中! 竹田恒泰 「民主主義とは何か?」 ~共産左翼や ”シールズ” たちが叫ぶ「民主主義」の誤謬を糺す

アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

竹田恒泰 「民主主義とは何か?」 ~共産左翼や ”シールズ” たちが叫ぶ「民主主義」の誤謬を糺す

 
これから書くことは、去年の暮れに竹田研究会での講義『民主主義とは何か』について竹田氏から聞いた
話を、わたしの記憶と、これまでの講義で得てきた知識とを織り交ぜて、思い出すままに綴ったものです。

「記憶」と、ミミズの這った「メモ書き」と、講義を聞いたときの「感動と興奮」が新しいうちに、とりあえず
ダ~っと書き出しままなのですが、興味を持ちながら話を聞けなかった友人たちに「近いうちに記事に
起こすからね」と言って、もう大分経ってしまって、このまま寝かしておいても、なかなかまとまった時間
をかけて推敲整理するのが難しそうなので、思い切ってこのまま公開することにします。

なかなかこういう切り口で民主主義について語ってくれる人はいないと思います。
少なくともこれまでは。
先に聞いた「フランス革命」についての講義も、日本人の知らない目からウロコの話の宝庫でした。
これは、その「フランス革命が生んだ民主主義の害悪」にも関係する、いや直結する話です。

この知識と情報は、明らかに日本人に対して意図的に「封印」されてきたものです。
そして、事実とは違う知識、むしろ真逆の知識すらわれわれは植え付けられてきました。
「フランス革命」しかり、
「自由」や「人権」、そしてこの「民主主義」という概念しかりです。

しかし、この、教科書では教わらなかった「民主主義」の基本認識(正しい知識)は、
今の、これからの日本人にとって、とっても、とっても大切で重要なことですので、
わたしの解説が足りない部分は、どうぞ、ご自分で検索などして調べてみてください。
あなたの腑に落ちるまで。



。。。。。。。。。。。 以下、わたしの脳内書き起こし 。。。。。。。。。。。。。



「世論」とは?
「民意」とは?

「国民世論と秋の空」
「女心とお天気は・・・」

新聞やマスコミが行う「世論調査」はアホな意見(取るに足らない意見)しか集まらない。

国民に正しい情報が与えられていない状況で
国民に情報が行き渡っていない状況で
国民が知らない専門分野の意見を聞いたって、
そんなので「数字」だけ取ったって、それが「正しい」わけがない。

しいて言えば、「目安」になるくらい。
それも、
たとえば、
「その法案に対して国民はどのくらいの理解でいるか」という目安になる程度のもので、
(トンチンカンな意見をうのみにするくらい「知識不足」だということが解るだけ!)
少なくともその「数字」からは、その法案に対する「正当性の評価」できるものではない。


そもそも、その「数字」の取り方、集め方にもかなり偏った問題があり、
すでにそこから、根底から信ぴょう性に欠けることもある。

だから、それをもって「意味なし」ではなく、
もっとそもそも論で、その「数字」の中には確実に、
「無知」や「無関心」や「思い込み(誤解)」や「恣意的意見(やらせ)」が入っているということ、
すなわち
今日はそうでも、明日どうなるか分からない
その意見を出すための情報そのものが間違っていることもある。
(情報の偏りからくる偏見)
つまり、
今の「情報発信元」すなわち「マスコミ」が、
あまりに「偏った情報発信」しかしていないため、国民があほうになってしまっている。

あの世論調査からは、それが判るだけ。

情報を与えない権利。
情報を操作して与える権利。
があるかのようなふるまいしかしていない今のマスコミからの情報だけに頼り、
そのマスコミが自分たち有利の集め方しかしていないようなそんな「数字」が
とても日本の「民意」といっていいわけがない。

では、いったい、どのようなものが本当の「民意」と言えるのだろう?

そもそも、「民意」というからには、「国民の意見」であるが、
そもそも、
「国民の意見」を「国民の多数決」で決めていいのだろうか?

つまり、マスコミや共産主義らが使う「民意」=「国民の意見」というのは、
あきらかに、「国会」の中にはない。

彼らが使うところの「民意」とは、むしろ「国会の外の声」を「集めた」ものです。

では、「国会の外の声」とは何か?

それはすなわち、
国会議員ではない一般市民の声と言ってもいい。
つまり、
国の政治のプロでもなければ、
国の経済のプロでもなければ、国の法律のプロでもない
ただの「ド素人」の意見です。

しかも、ただの「ド素人」ではない。
彼らは、自分たちが「ド素人」であることの自覚がない。
なぜなら、「情報」を得ているつもりになっているから。

たとえ解ってなくても「解ってない」とは言わない。
たとえ誤解していても「間違ってる」とは思わない。

そんな、
ただ毎日、ニュースや新聞を見て情報収集し、
映画やドラマやワイドショーやバラエティを見て「情報収集」している人たちの「声」なのです。

(※↑侮るなかれ! 無意識かで結構な政治思想・反日思想がサブリミナルされています!)

そんな「素人の声」を集めたものを巷では「民意」と「国民世論」と呼んでいるのです。



つぎに核心の「民主主義について」です。

日本は民主主義国家だと日本人の誰もが思っています。
「教科書」にそう書いてあるからです。

では、日本国憲法に「日本は民主主義」であると書いてあるのでしょうか?

「日本は国民投票(だけ)による民主主義国家である」と書いてあるでしょうか?

ちがいますね。
そんなことどこにも書いてないし、謳っていません。

なぜですか?

たしか、左翼教育(共産左翼日教組が選んだ「教科書記述」)では、
明治憲法を捨てて新しく日本人が手に入れた「日本国憲法」の三大原則は
「国民主権」と「戦争放棄」と「基本的人権の尊重」ですよね?

これは、ほぼ日本人のすべてが、繰り返し繰り返し、教えられた(刷り込まれてきた)ものです。


本当に「国民の多数決」で「正しい政治」(正しい民主主義)をやろうとしたら、
ぜったいに欠かすことができない条件があります。
それは、
国民一人ひとりが、かならず「理性ある意見」を言えること。
(今さえ良ければ明日、将来どうなってもいいとかいう感情論を入れないこと)

国民一人ひとりが、私利私欲を捨て去ること。
(自分の欲や利益さえ守れれば国がどうなっても構わないというような私情を入れないこと)

理性をもって私利私欲を捨てて、一人ひとりが知性を持っていること。

そのために、
憲法に「教育を受けさせる義務」があるのです。

教育を受ける権利・・・だけでは、もしかしたら本人に、すなわち「有権者」に、
基本的な最低限の「民主主義を果たすための知性(判断力)」がないと困るから。

だから、
民主主義を取る以上、かならず「国民の教育」はセットで必須条件なのです。

ということは、

逆に言えば、

民主主義を遂行するためには、
有権者になるすべての国民一人一人に、
必要十分な知識と判断力を持ってもらわなけれなならない、ということです。

それが「義務教育」の意義につながっています。

国民の多数が「愚か」であったら、正しい判断ができず、正しい選択がされず、
正しい国政ができず、正しく国家を運営できません。

それは結局、正しい国家運営により、正しく国民が守られるために必要なことです。

国民が「正しい教育」を受けて、「正しい知識」と「正しい判断力」を持つことは、
国民を守る国家を正しく導くための絶対条件であり、
結局、自分たち国民の幸せのためであるということなのです。

しかし、
ここでひとつ問題があります。

それは、そもそもその「民主主義」が正しく理解されていない、ということです。

結論からいいますと、
誰もがうすうす感じているとおり、
巷でやたらと「民意(国民世論)」だとか、「国民の総意」だとか、
「民主主義」だとかをことさら大声で唱えている人たちこそ、
正しく「民意」も「民主主義」も理解していない ということです。

意味のない「民意」を取り沙汰したがる人たちほど、「民主主義」を声高に叫びます。
なぜでしょう?


「民主主義を殺すな!」とか「民主主義を守れ!」と叫んでいた「若者」たちは、
日本中の、いや世界中の、
基本的な勉強をして、基本的な知識と判断力がある者から非難され、軽蔑されています。

なぜでしょう?

言葉が汚いから?
無作法で品性がないから?

いいえ、
そもそも、使っている「用語」がすべて「勘違い」と「デタラメ(嘘)」だからです。

彼らは、自分たちが使っている「用語」が、
「誤解」や「無知」や「嘘」にまみれたものであるということを判断できない(気づかない)人間
であるという証明だからです。

それを人は「愚か」だというのです。

人は、最低限の正しい知識と判断力(分別と良識)による主義主張の意見は聞く耳を持っています。
しかし、彼らは「そうではない」から軽視され、蔑視されているのです。

熱心に取り上げているのはマスコミだけ。
それに「構って」あげているのは、それを批判するためです。

けっして、「発言回数(メディアが取り上げた回数)」が多いから正しいわけでも、
けっして、「話題になってる」から正しいわけでもない。

つまり、「数」が多いことが正しいことの証明にはならない、ということ。

民主主義とは、最終的には「多数決」で「決定」をする仕組みではありますが、
今話したように、「数」だけ集めればいいというのではダメなんです。

もちろん、結果がどうなっても、国がどうなっても、
国民の安全や幸せがどうなってもいいというなら、「ただの数集め」を良しとしてもいいでしょう。

でも、それでは、理性的国家とは言えないでしょう。

最初の民主主義を採用したギリシャのアテナイは、単なる多数決制で政治を取ったために
亡びました。

つまり、国家が亡びてもいいなら、その国家を滅ぼしたいなら、
ただの多数決制を「民主主義」と呼んで突き進めばいいのです。

今、共産・しーるずたちがやってるように。

しかし、本当の民主主義を全うするならば、
正しい国家運営と、正しい国家運営による国民の生活の安定と安寧を欲するなら、
多数決による結果の前に、その「数」の質を求めなければなりません。

つまり、民主主義の大前提である「賢い国民」を作ること。
国家転覆を狙う愚かな人民の数ではなく、
国家をより良くするための努力と協力を惜しまない「賢明な国民」を作ることです。

それなくしては、安心して「国民のための多数決」が成されるわけがありません。

つまり、
「本当の民主主義」とは、「国民のための正しい政治判断」ができているかどうかであり、
「数の原理」ではなく、
「数=国民」の質の問題なのです。

だから、「外国人参政権」や「外国人献金」が禁止されているのです。

日本国に対する義務(義理)や愛(尊王心)が信用ならない「外国人」に「参政権」など与えられない。
日本国に対する義務(義理)や愛(尊王心)が信用ならない「外国人」からの「献金(負い目)」が
あってはならないのです。



大臣とは、天皇の「おおみごころ」を具現化して形(法律」を作るためのもの。

大臣も民も、陛下のお心にそって生きるべきであり、それこそが「民意」。


天皇のために生きる民、 民のために生きる天皇。
それが 本当の 「日本の民主主義」である。


日本は、国民のための政治(本物の民主主義)が行われた最初で最後の国。

日本は世界最古の民主主義国家なのです。

アメリカやフランスのでは不十分。
イギリスのはまあ及第点としましょう。
なぜか、
それはイギリスの場合は、フランスと違って「伝統」を守ってきたから。

伝統とは、
その民族が長い長い間培ってきた「民族が幸せになるための知恵」の集大成である。

それを維持したままその知恵の上に成り立つ民主主義だからこそ、
他よりも理想的に機能している。

ただ、日本と違うのは、
国王が民を「おおみたから」とは思わなかったこと。

その差が、天皇と民の絆、国王と民衆の絆の違いが、
国家の明暗 国民の勤労意欲、社会貢献意識の違い。

それが国民の生産力、国力につながっている



民主主義の概念にセットになっている「自由」とか「権利」とかいう概念も
今の日本人、戦後の日本人教育は間違っている。

人間は自由に生きるべきなのか?

本当に自由に生きることが人生で最重要なことなのか?


いいえ、人間はもともと不自由なもの。

人に迷惑をかけない範囲での、規律やルールや分別や思い遣りがあってこその、
その上で、その狭い範囲内でしか「自由」などない。

教育とは、それをこそ教えるべき!

人間は不自由な生き物であると、それこそをもっと教えるべきである。


その間違った戦後の教育を是とするために、
間違った「民主主義」の概念(イメージ)だけが植え付けられた。


正しく「日本の民主主義の在り方」を知れば、
自ずと、
人間にとっての「自由」とは何か、
「権利」とは何かが見えてくるはず。

人の幸福のために存在する真の「民主主義」とは何か、が。




。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


【無料】人類史上最大の汚点「フランス革命」を学ぼう(1/6)
http://www.nicovideo.jp/watch/1436860033


竹田恒泰さん この春から皇学館大で ”現代人権論” を教える (伊勢志摩経済新聞) 


※「主権とは、国の在りかたを決める力を持つもの」
 それは、日本においては「天皇」でもなく、「国民」でもないもの。
 それは、天皇と国民の権威と権力がいっしょになって初めて機能する
 「君民共治」の形をもって「主権」となる。
 「民主主義における主権は国民(のみ)である」という認識は大きな間違いである。
★誰も知らない「日本国憲法」の真実 ①  「国民主権」ってほんと?


★夫婦別姓は亡国への道!① 竹田恒泰「なぜ ”夫婦別姓” はダメなのか?」

★夫婦別姓は亡国への道!②
 夫婦別姓・同性婚・婚外子同権を推奨する「家族法」の破壊者は 日本の伝統文化の破壊者!



★日本人が天皇(皇室)のことをあまり知らないのは当然なのです。 ①

★日本人が天皇(皇室)のことをあまり知らないのは当然なのです。 ②



SEALDsこそ民主主義の破壊者



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コメント
No title
貴重なレポート、ありがとうございます。
竹田先生のおっしゃることは、奥が深いです。
このような方が、いま出ていらして活躍なさっていることは、日本の希望です。

一条の会でも、ニュースレターで皇学館大学の松浦先生にインタビューし、大学の歴史学者は左翼で占められていること、皇学館大学もその例外ではないことをおっしゃっています。
そういえば、皇后陛下の祭祀については、
「「そうなったのは最近で、香淳皇后もそんなに祭祀に寄り添っていらしたわけではない」と、断言されています。

「保守陣営は皇室観がなっていない」とも。
今までは考える必要がなかったので、そこをいま、左翼につつかれているんですね。

もしご興味おありなら、一条の会のニュースレターも読んでみてください。
小野さんが頑張っておられます。

いろいろ話題がごちゃごちゃになって申し訳ないのですが、
スタバの福袋買占めについて、こんな追加情報が。
http://netgeek.biz/archives/63904

日本もまだまだ、捨てたものではありません。
2016/01/08(金) 08:57 | URL | 真島久美子 #-[ 編集]
Re: No title
真島さま、コメントありがとうございます。

> このような方が、いま出ていらして活躍なさっていることは、日本の希望です。

本当にそう思います。
竹田さんに出会えたこと、そして、
それを勉強してきたおかげで、こうして真島さまに出会えてことにも感謝しています。

> 「保守陣営は皇室観がなっていない」とも。
> 今までは考える必要がなかったので、そこをいま、左翼につつかれているんですね。

わたしも最近そのことを強く思います。
ただ、
そこを批判するだけではいけないと感じています。
なぜなら、こういうところだけは「左翼は賢い」ものですから、
すでにそれをも保守同士の離反工作に利用されているからです。
SNSによって、昨今やっと日本の中道に気づき始め、意見を出し始めた人が、
「保守を名乗ってるくせに実は無知」だという口汚い批判攻撃により、
正しい発言を言う勇気を挫かれる傾向(工作)があるのです。
その傾向の方がむしろ危険だと思い、以前この記事を書きました。

http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-2476.html
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-2542.html


スタバの福袋買占めについの追加情報、ありがとうございます。
すごい、さっそく拡散したいですね。

> http://netgeek.biz/archives/63904
> 日本もまだまだ、捨てたものではありません。

本当に、日本はまだまだ捨てたものではありません。
もっともっと日本を、日本人を信じたいと思います。
2016/01/08(金) 10:36 | URL | うさんぽ #-[ 編集]
Re: No title
真島さま、
それから、以前お知らせいただいた「でれでれ」のところにこの記事URL
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-2448.html
が貼られたおかげで、
昨日今日だけでこの記事に250以上のアクセスがあったようです。

記事拡散に貢献していただき、ありがたいことです。(笑)

あ、これがもしかして、これがあの
以前脅してきた「このブログを反日・反皇室として拡散する」ってことなのかな?
この記事に限らずいつもよりアクセスが1.5倍くらいにあったのも、
この記事拡散により他記事も読まれた結果かもしれませんね。
だとしたら、重ね重ね有り難いことです。
実際、いろんな反皇室ブログを渡り歩いた結果、
「すっかり信じて困惑していたが、ここに辿り着き目が覚めた」
という鍵コメントもよくいただきますから。

日本もまだまだ捨てたもんじゃありませんね。

2016/01/08(金) 11:19 | URL | うさんぽ #-[ 編集]
No title
うさんぽさま

たくれぐれもお気を付けくださいね。
何をしてくるかわからないですから。
ネットの中だけにとどまっているうちはいいけど・・・。

伏見のブログには、
>一条の会という変な団体
と書いてもらって、正月初の福笑いでしたwww

変な人に変といわれるのは、「まとも」ってことですよね・笑
完全無視を決め込むかと思っていたら、案外意識しているんですね。
ここにも工作員が来ていると思うので、「ありがとう!」と言っておきます・爆

一条の会の会長や顧問の面々を見ても「変」というなら、
保守ではないです・w

この次の記事、実は私たちも目をつけていた内容が書かれています。
江崎道朗先生の講演会でも伺いました。

これを彼らがどう逆手に取ってくるか、ある意味楽しみです。
2016/01/09(土) 21:31 | URL | 真島久美子 #-[ 編集]
No title
民主主義において数に「質」を求めるという意味はいろいろ難しい問題を
孕んでいる。最終的には「数」が物を言う。という事を否定してしまっては、民主主義は成り立たないだろう。 t現代において「質を伴った数」とは、「正しい議論の過程を経て出てきた結果」 であるべき。そのためには、マスコミの役割が重要。国民が、「自分の思考と意見によって投票した」 と考えていても、その意見が、「特定の集団により支配されたマスコミによる、一方的な洗脳によって作られた物」 である場合、これを健全な民主主義と呼ぶわけにはいかない。

ハッキリ言ってしまえば「金」である。現代において、特に欧米では、マスメディアが完全に資本の犬と化し、民主主義は完全にぶっ壊れている。あの、ドイツの愚かしい難民呼び込み、「文明の自殺」もこれが原因。
日本もおおむね似たようなものだが、国民の質の高さによってなんとかそれを押し返しつつあるのが現状だろう。(或いは日本でも民主主義が敗北するかもしれないが)

これを批判、是正し、世界に無い最先端の民主主義を構築する事こそ次の時代のテーマであり、保守がなすべき事。
2016/02/29(月) 19:57 | URL | TOM #-[ 編集]
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記事を引っ越してきたので改行が狂ったりリンクが開けないなど見苦しいところがあり申し訳ありません。

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