ひだまり    今は古事記に夢中! 『高森明勅 所功氏らの暴言・虚言についてもの申す!!』

アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

『高森明勅 所功氏らの暴言・虚言についてもの申す!!』


あなたは、なぜ天皇が尊いのか知っていますか?


それが解れば、
誰がおかしなことを言い、誰が正しいことを言っているのかが解るはずです。


            
先日の「そこまで言って委員会 1月15日」の皇室典範議論について、
先の記事ではとても言いたいことが全部書き切れなかったので、別に上げます。

まずは、復習のため、前出の記事と動画をご覧ください。

そこまで言って委員会NP 2017.1.15 皇室の未来を考える 緊急総力特集
  ↑ 開いてご覧ください。

後半、番組を見たあとの感想で、主に津川氏の発言について書きましたが、
その後、高森氏の発言について、ツイッターで書いたことを元に書き足していたら、
あまりにも長くなってしまいましたので、こちらに書きます。


いろんな意見にぐらぐら揺れてる人にこそ聞いてほしい。

中学生にも解るように懇切丁寧に解説してみました。



高森氏や所氏は本当におかしなことを言う。

たびたび、いろんなところで、
「陛下の御気持ちが~」
「陛下のご意志が~」
「天皇の資質が~」  などと、ところ構わず豪語していますが、
それ、とてつもなく 危険思想 なんですが、 わかってますか?

もしかして気づいてないのかもしれませんが、
それって、
天皇制を否定するために「天皇にも人権を与えろ」って言ってる
田嶋陽子氏と同じですよ。



なぜ天皇には人権がないのか?

それは、

日本人や日本国が
本当に、究極的に守らねばならないものは
「天皇"個人"の尊厳」 ではなく、

2600年以上守り続けてきた
天皇という伝統の存在・皇室の権威そのもの


だからです



『日本の天皇』が尊いのは、
たまたま
「天皇陛下”個人”の人格が優れている」
から 尊いのではなく、


他のどこにもない2600年以上の日本の歴史と伝統、
それを担保してきた「天皇・皇室の正統性」
ゆえに「天皇は尊い」のです。



だからこそ、

天皇「個人の資質」によって
天皇の権威や日本国の権威が変わらないのです。


たとえ天皇が若かろうと、
たとえ天皇が老若だろうと、天皇の権威も日本の権威も変わらないのです。



おまけに、

たとえボンクラ政権が立って日本経済に信用がなくなっても、
たとえ反日政権が立って日本政府に信用がなくなっても、
日本に、
その上の『天皇』がいるかぎり、
常に 『揺るぎない権威の象徴』である天皇がいるかぎり、
日本の国威・信用は失墜しない(日本は滅びない)のです。



こんな優れた、最強の「システム」を持つのは日本だけ!!
だから、日本は強い。
だから、日本は潰れなかった。



しかし、
その「根幹」をちょっとでも崩したら、日本はもう、そういう日本ではなくなります。


だから、敵はそれを崩したいのです。


↑  ↑
 
この意味を「解っている」か「解っていない」かで意見は大きく変わってきます。

つまり、
これを「理解していない人間=無知」、または、
この事実を「認めようとしない人間=反皇室」の意見など 
聞いてはいけない!
 


※特に「言っても聞かない(説明されても納得しない)人間」が一番危険です!




さらに詳しく解説します。

天皇になる資格に「本人の資質」は関係ない。

「血統の原理」より「本人の資質」をことさら重視するということは、
言い換えると、
資質によって天皇を廃止することを可能にする
ということを意味するのです。


天皇は「人」に選ばれて立つのではなく、
完全な世襲による「血統の原理」によって立つのです。

それは、誰が何と言おうと、
125代、今上帝まで続いた揺るぎない事実です。


「血統の原理」
ということは、
その立場に生まれ、
その星を背負って生まれ落ちた人が立つ、ということ、

天命によって選ばれたものが、
その宿命を背負ってその環境に生まれ、粛々とその地位(責務)を果たす
ということに意味があるのです。


もし、高森氏が主張するように、
天皇になる資格を「能力」や「資質」に求めるなら、
それは結局、
天皇の地位を、人が決め、人が選ぶということにつながります。

つまり、
「天皇の存在価値」が、
人(時代)によって変わり、
人(時代)によって揺らぐ(価値をみとめなくなる)
ことにつながるのです。


どれだけ危険なことか、解りましたか?

現実に、
古来、そうやって選ばれた王や皇帝たちは、
資質や才能や人気で成った他の王朝・国家は、
皆、王朝交代や亡国の歴史しか紡げなかったのです。


つまりそれは「亡国論」であり、非常に危険です。



つい最近、わたしたち国民は
民主党というとんでもない国賊を選んでしまったように、
国民が「いい」と思っても、
多数決(民主主義)で選んだことでも、
国民が納得して選んだことでも、
間違う ことがあるのです。


仮に、本当に素晴らしい正しい人が選ばれたとしても、
その人がその座についてから
生涯に渡って素晴らしい人格と見識を保ち続ける保障はないし、
現に、歴史上の世界の英雄たちも、
そのほとんどは、晩年の人格や統治能力は疑わしく、
最終的に権力や欲に溺れ、国威国力を傾けたケースも少なくありません。

そういう
他国が何度も間違い失敗してきた道を、
日本だけは選ばなかった
 ということなのです。

わたしたちの先人たちは、
そういう選択肢を最初から一度も選ばなかった。
他の国が安易に頼ったその選択肢を、
日本だけは頑なに拒み続けてきたのです。


だからこそ、
日本だけが今日まで続いているのです。

それを選んだ国はことごとく潰れていったのに、
日本だけは今も残り、栄えているのです。

それなのに、
なぜ、
あえてその「滅びの道」を選ぶ理があるのでしょう?



高森氏らの言う「天皇に資質を求める」ということの裏には、
「国民が天皇になる資格を見定める」という危険が隠されています。
それはつまり「血統」ではなく、「国民が認めた天皇を選ぶ」という意味、
そういう思い違い、危険な誤解を生むものです。

それは、これまで日本人が皇室に対して持ったことがなかった認識。
日本人が皇室にもってはいけない認識。

それは「亡国」へのミスリードです。


そもそも「選ぶ」とか「選ばれる」ということは、
その地位を目指して勝ち上がるということ。

何かの総選挙みたいに、
その地位に就くことそのものが目的となると言えます。

選ぶ側にはそんなつもりがなくても、
選ばれる側にはそういう意識が生まれてくるのは確かです。


しかし、天皇はそんなものじゃないんです。

一般社会の競争ように、
何かの能力を競い合い、勝ち上がって獲得するような目標や地位ではないのです。

天皇とは、
究極的には、ひたすら国民のために「わたくし」を捨てて「祈る存在」です。


自分の好きなように、自分の目的のために、
自分の能力や権力を使って何かを動かしたり、個人の理想を実現したりするものじゃない。



では、
そういう特殊な地位や職務役目に適合する「資質」が、その人物にあるか、ないか、
どうやって人が判断するのでしょう?
果たして、それができるのでしょうか?

高森氏らは簡単に「資質を求める」って言うけど、
その「血統にこだわらない天皇になる資格」とやらを、どうやって判断するのでしょうか?

おかしいでしょう?

あれはまるで、
竹田恒泰氏が主張する「血統の原理」を否定したいがため、
もっといえば、
竹田氏の言論を否定したいがため、
竹田氏の後ろに存在する旧皇族の復権を阻止したいがため
そのためだけの、中身のない主張のようにわたしには聞こえます。

少なくとも、高森氏こそ、
「皇室の未来(日本の未来)を守ろうとする資質などない」と思います。


だから、所氏や高森氏らの言葉に騙されてはいけません。

あれはとても危険です。

「天皇に資質を求める」というのは、たしかに一見聞こえはいいけれど、
思わず納得させられてしまいそうだけど、
それはつまり、その考えの行き着く先は、
「それを許す」ということは、
人(国民)が、天皇になるべき人間を、
候補のうちから、勝手に、自分の好みで、
「いい天皇」と「よくない天皇」とに分けることができる
 ということ。

「この天皇はよかったが、この天皇はダメだ」 と
国民の好みで天皇を糾弾したり、やめさせることができる
ということを意味するのです。

最初は「そんなつもりではなかった」と言っても、結局、
一度そういうことを許してしまえば、
一度そういう空気をつくってしまったら、
近い将来、とくに「レリゴー」世代なんかは、
あっという間に、天皇皇室への畏敬の念も分別も無くしてしまうことでしょう。


それが、
「人が天皇の資質を求める(決める)」ということです。


そういうことを簡単に言い、
しかも、メディアで頻繁に発言するということは、
(それを国民が簡単に同調し、同意するということは)
国民が皇室に対して危険で不敬な勘違いや驕りを抱くよう助長させるものです。


いかに危険な発言かお解りいただけましたか?


間違えないでいただきたいのは、
だからといって、
「どんなおかしな人格や思想理念を持った者が天皇になってもいい」
などとは誰も言っていません。

「天皇になる資格」に「資質(人気)」を求めないということは、
「天皇に人望がなくてもいい」という意味ではなく、
天皇には「個」を求めないといことです。

国家や国民が究極に「守る」べきは、
天皇「個人」ではなく、
「天皇」という日本の伝統を背負った「国体そのもの」なのです。

高森氏らは、それをはき違えています。
とても、皇統保守とは思えません。

だから危険です。


日本国民のみなさんは、そんな誤誘導にそそのかされず、
もっとしっかり日本の行くべき正しい道を見極めてください。

それを見誤ったら日本は滅びます。

「天皇に人権がない」ということは、
究極的にいえば、
天皇「個人」の気持ちや嗜好によって、
国事行為や祭祀を好き勝手に変えられて皇室伝統が途絶えたり、
皇統の正統性や継続が途切れたり、
天皇の意志で政治が壟断され、国家が傾いたり、
日本の国柄が変えられてしまうようなことがないように
天皇には「個人(人権)」が認められていないのです。

それは奪われたものではなく、最初からなかったと言ってもいいのでしょう。
実際、歴史を紐解いても、
「個」を色濃くした天皇の御代は国が乱れていますから。

というか、
戦後の歴史教科書には、
そういった「個の強い天皇(世を乱した天皇)の逸話」しか出てきませんが・・・


(GHQが日本人の誇りを奪うために
「尊敬される天皇の歴史は語ってはいけない」という規定を作ったから。
戦後70年たっても、GHQが作った日教組がそれをずっと守っているから。)




そもそも天皇と国民は平等じゃない。

それを批判するのは共産主義者です。

「天皇制は非人道的で不平等と格差を作り出す制度だ」
とやるのですが、おかしなことです。
共産主義国家には、本当の平等なんかどこにもないのに。
共産主義国家には、結局、「独裁者(暴君)」しか生まれないのに。

でも、日本の天皇は違います。

天皇には他の王や皇帝のように「人権がない」から尊いのです。

「資質がある」から尊いのではなく、「人権のない天皇」だからこそ尊いのです。

だから日本の天皇は「独裁者」にはならないのです。

(※戦後の歴史教育の天皇の歴史やドラマや小説などの天皇についての認識は、
 反日左翼の「願望(洗脳)」が色濃く入った「嘘」だらけです!)




究極にいえば、
「天皇」とは、
2600年以上続く日本の伝統・文化・精神 等を 子子孫孫と「受け継ぎ」、
それを未来に「引き渡す」ための 「器」 なのです。


自分の意志で
実力や才能で成る、ただの「英雄」や「カリスマ」とはまったく違うのです。


そして、考えてみてください。
そんな重い覚悟が、「一般人」に背負えるでしょうか?

小さい頃から自分が何になりたいかを夢見て、
いろんな職業やヒーローに憧れて、
自分の夢や目標を叶えるために一生懸命努力し、
一個一個目標を達成し、実績や人望を積み重ね、
夢の実現に向かって突き進んできた・・・ような、
そんな人間が、果たして、
天皇が背負うような責任や役目を<自己実現>として望むでしょうか?


それ以前に、一般人にその重みを理解できるでしょうか?

だから、「血統の原理」なのです。

その定められた星の下に生まれ落ちた者が、
そのその環境の中、その宿命を背負って粛々とそれを「受け継ぐ」のです。

その覚悟は、
そしてまた、その覚悟をつくる環境は、
その伝統を背負っている一族だからこそ、できることではないでしょうか。

一般人が急に
「おめでとうございます。今日からあなたも天皇候補です。
あと○年以内には天皇になっていただきます。準備をよろしく。」
なんて言われても到底無理なことでしょう。


竹田恒泰氏が言っておられました。
かつて、ひげの殿下として有名な三笠宮寬仁親王殿下が、
「時々、急に天皇になる夢を見る」とおっしゃられていたそうです。
それは、「わーい、僕も天皇になれる」・・・という、ワクワクするようなものではなく、
冷や汗ものの「悪夢」として見る・・・のだそうです。

ずっと後ろの方とはいえ、殿下には「皇位継承順位 第7位」というものがついている。
ということは、万万が一、万万が一にも、天皇になる可能性は「ゼロではない」ということです。
とはいえ、よほどの天変地異でもない限り、よっぽど回ってくることはないはずなのに、
それでも、万万が一、もし、本当にそういう事態になったら、その時は、寬仁親王殿下は
「天皇にならなければならない」のです。
・・・という一縷の意識(いざという時には逃げられない覚悟)があるだけでも、
そんな「悪夢」を見てしまう・・・というのです。

そのくらい、天皇の地位(役目)というのは「重い」のだそうです。

それは、なりたくてなるものじゃない、ということ。
夢や目標として憧れてなるようなものじゃない、ということ。
いざとなれば「なるべき者がならなくてはならない責任」だということです。

明治天皇も、孝明天皇も、先帝の急な崩御のために、14、5歳という若さで天皇になったように、
それでも、賢明に努めて立派な天皇になられたように、
その星に生まれ、
「生まれながらに皇位継承順位がつく環境」の中で、
その自覚と覚悟を養う中で育った皇族だから、それは可能なのだと思います。



もう一度整理します。


高森氏が豪語していた「天皇に資質を求める」ことは
一見聞こえはいいですが、
よく考えるとそれはつまり、
「資質のある無しを決めるのは国民である」=「国民の好みで天皇を決めたり、やめさせられる)
という勘違い(驕り)を生み出し、
これまで「天皇になる資格=血統の原理」において「非の打ちどころのなかった天皇」を、
「国民が認める天皇」と、「国民が認めない天皇」に分けようとしてるものであり、
それは、
国を二分した「南北朝の再来」であり、
皇室打倒の共産主義に利するだけです。




また、
高森氏らはおかしなミスリードばかりしてるけど、

仮に皇室典範を改正し、
旧皇族の男系子孫を養子に迎えるなどして「旧皇族を活用する」としても、
それは、
旧皇族の人間が皇族となって男系の子孫を残すのが目的であって、
その者が直接天皇になるなどということはありません。

天皇になる人間は外から入ってくるのではなく、
皇族として、
生まれながらにしてその命運を背負って、その立場に生まれてくるのであって、
たとえ男系の旧皇族といえども、いきなり「天皇になる」ことはありません

「旧皇族を天皇にする」などということは誰も言っていません。
それを議論に乗せた(主張した)人は一人もいません。


高森氏は、完全な嘘をついて国民に誤解を与えているのです。

また、高森氏や所氏のように、
「昭和天皇は素晴らしい」「今上陛下は素晴らしい」
と、ことさら強調して「天皇に資質を求める」と言うのは、
裏を返せば、
将来の天皇に少しでも未熟さや気に入らない所があれば、
国民がそれを糾弾して、天皇の資質を批判し、
「天皇を否定できる」(退位させられる)ということなのです。



それがとても危険な思想であるということは、もうお解りですね。


そういう意味で
「天皇は資質でなるものではなく、血統の原理でなるもの」
だと竹田氏は言っているのです。

これも憲法解釈と同じで、
ただその「言葉尻」だけ切り取って議論しても、それはただの不毛な「揶揄」にしかなりません。

「天皇の正当性がなくなるんなら、そんな天皇制はなくせばいい」
という発言も同じことです。
一見暴言に聞こえますが、それを暴言と取るのは浅はかな判断です。

極論ではありますが、ようするに、逆説的にいえば、
「あなたたちみたいな論理が通って、
血統の原理をなくしてこれまで続けてきた「天皇の正当性」を奪ったら、
天皇はすぐに存在価値をなくして皇室は滅びてしまう」
=「そんな天皇は嫌だ」(そんな国は嫌だ)
 
と言っているのです。

それ以外に聞こえた人は、
天皇・皇室の存在価値を、それだけ「軽く」考えていた証拠です。

たとえて言えば、あなたのお母さんを誰かが魔改造して、たとえば「寄生獣」のように、
「見かけ」はお母さんだけど、中身はゲテモノ、グロ宇宙人・・・みたいな「おかしなもの」
にされてしまったとしたら、あなたはこう言うのではありませんか?
「そんなことするくらいなら、お母さんなんかいなくなったほうがいい」 と。

でも、それは、「お母さん」そのものを嫌いになったり、排除したい訳ではないでしょう?
「そんなおかしなものは、僕のお母さんじゃない」と言っているだけです。

それを、「宇宙人」たちから見れば、
「じゅうぶんそれでいいじゃないか?どこがいけないんだ? 
同じじゃないか。あれはキミのお母さんだよ」
と言っているようなものです。

あなたはどちらの意見に感情移入できますか?


それを高森氏らは、
うれしそうに、鬼の首をとったかのように、
「さっき天皇制なんかなくせって言ったじゃないか!」 と竹田氏を攻撃してるんです。

それが、識者と言われる人の言うことでしょうか?

まるで、「皇室の未来」を議論してるんじゃなくて、
ただ竹田恒泰氏とケンカ(竹田潰し)しているみたいです。




懇切丁寧に書きすぎたかもしれませんが、お分かりいただけたでしょうか?

今後は、こんなキーワードにご注意を!

「天皇にも人権を」
「旧皇族は天皇になる資格はない」
「天皇に資質を求める」
「男系だけにこだわると皇室は続かない」


・・・ みんな、みんな、 大嘘つきの危険思想です。















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コメント
No title
本日 今年初めの広島竹田研究会でした
帝国憲法と現憲法のプリントが配布されたので
今日はここ(天皇)を重点的にやるんだなと思い、気合が入りましたが・・・

竹田先生、古事記(倭建命)に時間をかけすぎて
天皇に関する帝国憲法と現憲法の比較が
50分で終わってしまいました(+_+)

天皇主権・国民主権 象徴
そういう見方があるのかと、充実した内容でしたが
50分で終わってしまいました(+_+)w
2017/01/18(水) 23:07 | URL | ユリ助 #halAVcVc[ 編集]
Re: No title
ユリ助さん、コメントありがとうございます。

>竹田先生、古事記(倭建命)に時間をかけすぎて
>天皇に関する帝国憲法と現憲法の比較が
>50分で終わってしまいました(+_+)

くすくす。すごくわかります。
倭建命のところは、竹田先生つい熱が入ってしまいがちですよね。
今に通じる伝えたいエピソードが多すぎるか所じゃないですから。
でも、期待したテーマに時間がなくなってしまったことは残念ですね。
わたしもそのお題、ぜひ聞いてみたいです。
名古屋は2月まで待たねば・・・
去年最後の研究家も、最後時間がなくなりそうなところ、
ものすごく早口で機関銃のように
ババババババー!!っと 言いたいこと全部言い切った~!!
って感じて終わりました。
わたしたちは馴れてますが、初めて聞いた人はびっくりして
すごいこと言ってることは解っても、頭パニックしてたんじゃないかしら…
って心配になりました。 (;^_^A 
普通の人が2時間かけてしゃべるような内容を30分くらいで詰め込んでましたからね。

いつもご報告ありがとうございます。
感動した話があれば、また詳しくお知らせくださるとうれしいです。

2017/01/19(木) 22:27 | URL | うさんぽ #-[ 編集]
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