ひだまり    今は古事記に夢中! 貴乃花親方が戦っているのは相撲界の”戦後レジュームからの脱却”
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アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

貴乃花親方が戦っているのは相撲界の”戦後レジュームからの脱却”

 

独占 貴乃花親方 すべてを語る

https://www.youtube.com/watch?v=2w1YcA2eAp0

↑ 開いてご覧ください。




※どうぞ、消される前に、全編を通してお聞きください!



==「昔の相撲と今の相撲では、
何が一番違っていると思いますか?


「”神事”という部分と、”文化”という部分を
永続的に守り通して行くのが大相撲の在り方ではないか。
髷の文化(を担っている責任)、
(力士が)
いまだ髷を結っているということの使命は重いと思う。

様式美とか、文化であるとか、
”文化”というのは、
そこに、その国の考え方の根底があったりとか
(それを大切にしてきた)
人々の思いが入っているわけだから、
それを伝えて行く者の使命は重いと思います。」




==親方が考える「相撲道」とは?

「人のために生きること。
次の世代につなぐこと。
そして、その心を形に残してゆくこと。」




==「横綱」とは何ですか?

「包容力です。
包み込むように勝負をし、
包み込むように周りの者をしあわせにするのが
横綱であると思います。」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



貴乃花親方がこのインタビューで語った
相撲に対する考え方こそ、
日本人が古来守ってきた「日本の国柄」であり、

「日本人が日本人であるゆえん」であり、
「日本が日本であるゆえん」であり、

日本が2600年以上続いてきた理由であり、
日本が輝き続けてきた理由だと思います。


今回の貴乃花親方のインタビューは、
単なる「協会への批判」や
「白鵬や日馬富士への非難」などではなく、

日本の精神や伝統文化が失われてゆくことへの「危機感」と、
それを守り受け継ぐべき者たちの「使命の重さ」を、

横綱や力士・相撲界全体のみならず、
すべての日本人に訴えるメッセージとなったのでは
ないだろうか?




。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



昨日(2018年2月7日)の朝日テレビ放送の貴乃花親方の話を聞いて、
多くの日本人が心揺さぶられたのではないでしょうか?

これまでわたしたちは、
他の横綱や、相撲関係者などから、
”テレビに出て来るような” 武道家やスポーツ選手などから、
これほど明確に、これほど清々しく、
これほど気高く、相撲精神や日本人精神を聞いたことがあったでしょうか?

「これこそが横綱なのだ」と、
「これが相撲なのだ」と、
「これこそが日本精神なのだ」
と感動した人たちは少なくなかったと思います。



確かに日本の精神を代表する武道の精神も素晴らしい。
でも、忘れてはならないことは、武道よりも神道の方がすっと古く長い歴史があり、
その神道と共に生まれたような相撲の方が、武道よりもはるかに長い歴史があるのです。
それこそ千年単位で。

だからこそ、
それを思い出させて再認識させてくれた今回の貴乃花親方のインタビューは、
ただの協会に対する「弁明」や「批判」などではなく
日本人の心深くに大きく響くものであったのではないかと思います。

「これが日本の相撲というものか」と、
「これが横綱力士というものか」と、
「これが日本の精神文化というものか」と。




じつは、わたしは最近、山村明義氏の著書「日本人はなぜ外国人に「神道」を説明できないのか」
という本を読み、ある衝撃を受けたばかりでした。
その衝撃とは、ずばり、
「戦後の日本相撲協会とは、ある意味、GHQが作った「憲法9条」や「日教組」などの
”戦後体制”であったのか!」
というものでした。

そして、今回の貴乃花親方の話を聞いたとき、わたしはこう確信したのでした。
「貴乃花親方が戦っていたのは,
まさに、「戦後レジュームからの脱却」だったのだ・・・」 と。




※※ちょっと、言葉がきつ過ぎたので、補足訂正しますと、
「相撲協会」や「現親方(理事)」たちが全部「戦後体制」の申し子・・・だと言っているのではありません。
これまで思ってもみなかった衝撃が大きくて、つい最初に大きく言ってしまい、誤解されそうですが、
要するに、わたしが言いたかったのは、
「相撲界(相撲の神事)までGHQが手を入れていたのか!」という衝撃、
そして、それが、
「GHQからの強制ではなく日本人自らの意志でやったこと」(になっている)衝撃、
そしてさらに、
それを日本人は、
「日本国憲法」や「歴史教科書」や「皇室典範」と同様
未だに完全に日本人の手に取り戻していなかったのか・・・!!

ということなのです。




さて、
相撲界を「戦後レジューム」だなんていうと、わたしと同じ「寝耳に水」の方も多いことでしょうから、
上に紹介した山村明義著「日本人はなぜ外国人に「神道」を説明できないのか」を参考に
説明していきます、

(この本は、本当に今こそ、全日本人が読んだ方がいいです!!)

まずは、もうみなさんもお解りのこととは思いますが、相撲は「神事」であること・・・の再確認です。
これまで、あまりに当たり前に目にしてきた、土俵での力士たちのさりげない所作や、取組前の儀式・
土俵入りの形式、様式はもちろん、わたしたちの目には見えないところの、力士や、それこそ横綱にしか
見えない(横綱になって初めて知る)ところにも、しっかりと、厳然と、「神事」は存在し、
「神」は存在しているのです。それが相撲なのです。

祝詞に始まり、祝詞に終わると言ってもいいほど、相撲は神事そのものです。
その「祝詞」が、じつは戦後、GHQの占領政策のせいで、かなりの「神」が削除されていたというのです。
しかも、それを「率先して」行ったのは日本側、相撲協会側だと言います。

なぜなら、アメリカが嫌った、アメリカが怖れていた「日本人の宗教観」、「天皇への崇敬心」が、
その「祝詞」にズバリ表れていたからです。
祝詞には、古事記や日本書紀に由来する神々の名が連なり、いかに「日本」が、「相撲」が、
そういう神々によって護られているかをありありと物語っていたのです。
それは、このように。 
戦前の相撲祝詞はこうでした。
 「わが朝の相撲は、神代より始まり、天地和合の理を基とせり。
 そのいわれは天地いまだ分たず、ただ一理のみにして色形もなし。
 それよりほのかに非を含み、皇明 かなるもの、なびきて天となる。
 重く汚れたるもの、とどこおりて地となる。
 そのうちより隆臨まします神あり。

 これを第一、クニノトコダチノミコトと申し奉るなり、第二、クニサツチノミコト、
 第三、トヨケヌノミコト、第四、オオトミチオオトマベノミコト、
 第五、ウエジニスエシニノミコト、第六、オモタルカシコネノミコト、
 第七、イザナギイザナミノミコト。
 これを天神七代と申し奉るなり。

 また、地神五代と申し奉るは、アマテラスオオミカミ、次にアメノオシホミミノミコト、
 次にニニギノミコト、次にヒコホホデミノミコト、
 次にウガヤフキアエズノミコト、これを地神五代と申し奉るなり。

 ひとつのきざしありて形となる。形なりて前後左右を東西南北、これを方という。
 その中にて勝負を決するがゆえに、いまはじめて方屋といい名づけたり。

 ここに神たちを招ぎ奉り坐せ奉りてかしこみ申さく、ちはやふる神代の昔より、
 中今はさらに申さず、いや遠永に栄え行くべき相撲の道はしも、敏き心に術をつくして
 猛き心に力をくらべて、勝ち負けを争い、人の心を勇ましむる、神代ながらの国技なれば、

 今年十一月十五日のあしたのいく日よりはじめて十日の間、
 このところに挙し行わんとするに先立ちて、御祭り仕え奉りて大神たちの高き尊き御恩頼によりて
 執り行い成し努むる事業に御霊幸わい給いて、土俵の内外日に異につつしみ禍ごとなく、
 いやすすめ給いて夜の守り日の守りに幸わい給えと、
 乞い祈り奉らくを、平らけく守らけく諾い聞しめせと、かしこみかしこみまおす 」


こういった、多分に神がかり的なものであったため、これをGHQがどう捉えるか・・・
その危険性を当時の関係者が敏感に察知して悩んだわけです。
両国国技館はGHQに接収され、
当時は映画の時代劇でさえ「軍国主義につながる」として制裁・弾圧を受けていた時代です。
これほど明確に堂々と「神」を敬い讃えている「口上」が、その槍玉に挙げられない訳がない。

「アメリカ人たちは、もちろん相撲というものがどういうものか、なにも知らないだろう。
当然質問もあるだろうが、もし土俵祭をみにきて
「クニノトコダチノミコトと相撲はどういう関係があるのか」などと聞かれたりしたら、
こちらも返答のしようがない。
”相撲などという神がかりなぶっそうなものはなくしてしまったほうがよかろう”
などといわれたら大変だ。
なんとしてでもここで、相撲を”スポーツ”として認めてもらわなくてはならない。」


彼らはこう考え、自らGHQから理解され易い「神」の名だけを残して、
アメリカ人に理解されないであろう「神」を祝詞から大幅に削ったのです。
つまり、アメリカ人から、相撲の神髄である「神」を隠したのです。

相撲の生き残りをかけて、
日本の相撲がGHQによって完全に全否定されないために、
そうやってアメリカ人らに相撲が「健全なスポーツ」であることを示す必要があったのです。

そうして、
日本人自らが相撲から「神」を削ったことで、相撲をなんとか生き残らせ、
日本人自らが相撲から「神」を削ったことで、
今もなお日本人は、相撲から神を失い続けている・・・とも言えるのです。


わたしがショックを受けたのはそこです。

これは、
GHQから日本の国体である「天皇」を守るために、
新憲法において、
あたかも天皇が無力であるかのように装った(騙した)
まさにそれと同じことのようではありませんか?



日本人と天皇との絆を怖れるアメリカ人を騙す(なだめる)ためについた「嘘」にいまだに騙され続け、
その呪縛にいまだに囚われ続けているのが「日本国憲法」、または、
その「憲法」に縛られている日本人なのです。


「日本を守るために日本人がGHQに対してついた嘘」を
日本人が信じすぎてしまっている状況が今の日本の最大の不幸ではないでしょうか。

それが、
日本人が日本人らしく生きにくくなってきた最大の原因であり、 (※下記参照)
反日マスコミや反日日本人(議員)たちがやりたい放題やってきた「自信の源」であり、
それが、未だに「憲法を改正できない」原因であり、
未だに「日教組を解体できない原因」、「教科書を日本人目線に変えられない原因」
そして、
「旧皇族を当たり前に復帰させられない原因」 なのですから。


だから、今の、
この、誰よりも日本の神事としての相撲道を理解し、
それを日本人の大切な文化として正しく後世に伝えようとする貴乃花親方と敵対し、
彼を排除すようとしている「相撲協会」は、ある意味その体質は
いわゆる「9条教」の連中を代表とする「戦後レジューム」そのものではないでしょうか?


安倍総理が、
日本を蝕む旧民進党らや共産党らと戦っているように。



それならば、

やはり、
わたしたち日本人は、

そんな、
日本を縛り続ける「戦後レジューム」と戦う貴乃花親方を全力で支え、
「日本の相撲」を完全に取り戻すために全力で応援すべきなのではないでしょうか?





。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。










ぜひ!! お読みください。



★「相撲は今でも立派な神事」 
 相撲ジャーナリスト 荒井太郎 × 竹田恒泰× 吉木誉絵
 
 


※★なぜ憲法改正が必要か? ②
  日本国憲法が謳う「基本的人権の尊重」では日本人の幸せを保証できない




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