ひだまり    今は古事記に夢中! 小公女セーラ 2 過酷な時代を生きる日本の子供たちへ 大人からの愛のメッセージ  

アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

小公女セーラ 2 過酷な時代を生きる日本の子供たちへ 大人からの愛のメッセージ  



「小公女セーラ」
は、みなさんもご存じのとおり、

父親の愛情を一身に受け、
「ダイヤモンド・プリンセス」だった誇り高き幸福な少女だったセーラが、
父親の死から一転、
負債を抱えた無一文の厄介者としてそれまでの生活や財産を奪われ、
苦難や不条理にもめげず、どんなときにも気高い心を失わず強く健気に生きる姿を描いた作品です。

その「苛められ方」は半端じゃありません。

かつて学院一番のお金持ちで優等生だったラビニアは、
セーラが現れたことでその地位を追い落とされ、
優越感を奪われた彼女はセーラを妬み、憎んでいました。

しかし、「差別意識」の高いラビニアは、
セーラが「ダイヤモンド・プリンセス」だった頃は表立って逆らえず、
鬱々としながら我慢していました。

そして、セーラの「地位」が下がったと見るや、
その猛反撃たるや凄まじいものがあります。

純粋に育った気高いセーラには、その心理は到底理解できませんでした。
それが、
「差別意識」からくる虚栄心や優越感と純粋な真の「気高さ」の違いだと思います。

また、
もともとそんなセーラの気高さと純粋さを心のどこかで嫌悪していたが、
彼女を大事な「金づる」だと思って我慢していた即物拝金主義のミンチン先生からも、
それまで我慢していた分、いきなり掌を返したような理不尽な憎悪をぶつけられ、
とても教育者とは思えないような実も蓋もないやり方で、
これでもか、これでもかというように苛め抜かれます。

その「醜さ」はラビニアの比ではありません。
人間の「憎悪」というものを見事に焼き付けた表情を見るたび、
「これがほんとに子供のアニメか?」 と思ったほどです。
それは終盤へ行くほど強烈となり、直視するにはたいへん不愉快なほどでした。

昔は、セーラの身の上があまりに悲惨で可哀そうで、
「たかだか10歳やそこらの少女にそこまでするか・・・!」 
という同情とともに、
あまりにも大人気ない、あまりに異常ともいえるミンチン先生やラビニアの執拗な苛め方に、
「子供にこんなものを見せたら、まるで『苛め方バイブル』を示すようなものでは?」
と疑問に思ったほどです。

でも、今になって、これを見返してみると、
それでも、それでもまだ、セーラは「幸福」であったと、
そう思えてならないのです。

なぜミンチン先生があれほど執拗にセーラに辛く当たったのか、
なぜラビニアがそこまでセーラをあからさまに憎んだのか・・・

天涯孤独となり、無一文になり、みじめな境遇に落とされたセーラに、
なぜ二人はそこまで
追い打ちをかけなければならなかったのか・・・?

それは、ラビニアが最後に本音をこう吐露します。

「セーラが憎かったのは最初だけ。
わたしよりお金持ちで、わたしより能力が上で、わたしより美人だと思ったから。
でも、今はもうセーラを憎んではいない。
だって、もう自分より貧乏で、勉強どころじゃなくなって、
ボロをまとって、ぜんぜんきれいじゃなくなったから・・・。
でも、
それでも、どうしてもセーラを許せないのは、
そんなに落ちぶれたくせに、あの子がぜんぜん応えた様子を見せないからよ!」 



見つけました。 これです。 ↓
第39話  (※件の話は19分すぎから)

 

(うっわぁ~~この感情って、まるでかの国のわが国への歪んだ感情と同じじゃあ・・・
 って思ったのはわたしだけ? )




そう、
二人がどうしてもセーラを許せなかったのは、
どうやってでも追い詰め、踏みにじり奪いたかったのは、
セーラが最後まで失わなかった その「気高さ」であり 「誇り」なのです。

たとえば、
セーラが身も世もなく、みじめに自分に取りすがって「許しを請う」まで、
自分たちが心から彼女を惨めで可哀そうだと蔑めるようになるまで、
自分が この「元プリンセス」より上だと、
自分たちこそ正しいのだと、
そう確信できるまで、彼女たちは満足できなかった、
安心できなかったのです。

それが、あの執拗ないじめにつながっていったのです。



ここまで書いて、あらためて思いました。

これって・・・、
まるで、わたしたち日本人の立場そのままではありませんか?


わたしたち日本がとくに日本周辺の民族から思われている状況と、
まったく同じ構図ではありませんか?

今、実際 われわれ日本人が被ってる状況と、ある意味同じではありませんか?


きっと、ブログを書く前のわたしだったら、そこまで思わなかったかもしれません。
でも、今見ると、
一緒にこれを見ていた子供たちが「セーラがかわいそう・・・」と言うのを見ながら、
こう思わずにはいられませんでした。

「いや、こんなもんじゃないでしょ。 
もし、本当に日本が支那・朝鮮(在日を含む)に侵略され、凌辱されるようなことになったら・・・」


これでお分かりでしょう?

なぜわたしが、こんな悲惨な仕打ちを受けても
「まだセーラは幸せだった」と思えるのか。

それは、

言いたくないですが、
このミンチン女学院でのセーラの境遇は、「今」の日本の状況なんです。

「ひどい」 「かわいそう」 と思われているこんな悲惨な境遇でも、
ギリギリ 「今の日本」 の状況なのです。

謂れの無い、不当な、理不尽な攻撃や執拗な陰謀に辟易している「今の日本」です。


でも、
前述の台湾のように、
今まで正当な扱いで援助してくれた日本の庇護をいきなり奪われ、
ある日突然、ズカズカと侵略してきた者たちに、

「あなたたちは今日から日本人でも台湾人ではなく、中国人です」

と言われ、
国籍も、財産も、人権も、名誉も誇りも感情も奪われ、命すら簡単に奪われていった…、

そんな、「同胞」とは名ばかりの「植民地」としての辛酸を舐め尽くした状況から比べたら・・・
「今」の方がまだずっとましだと思うからです。  

(今のままでいいと言っているのではありません!)

実際に台湾人が味わったように、
実際に今、チベットやウイグルで中国が行っているように、
ほんとうに、この日本が、
国家を奪われ、
人権を奪われ、命も、財産も、誇りも簡単に奪われてしまうような世の中になってしまったら・・・

実際に起こったことですから、
今でも、現実に行われていることですから、
日本だけが、ぜったいにそうならない保証なんてないわけです。

そんなことがほんとうに起こったら・・・
この、セーラの境遇なんか、まだまし!だったと、そう思うのではありませんか?

どんなに苛められようが、虐げられようが、
少なくとも「命」の危険まではなく、
己の矜持さえ保てば、最後の「誇り」を奪われることもなく、
たとえ相手が不当だとしても、
自分はまっすぐ頭(こうべ)を上げて生きることができるのですから・・・


はっきり言えば、セーラは、
セーラの命運を握っていたミンチン先生から、少なくとも、
「ここで死なれては困る」 と思われていたのです。

学院の体裁のためでもなんでも、
少なくとも、「死んでもかまわない」 とまでは思われていなかったのです。

この違いは大きいです。 
もし後者だったら、絶望的な差があります。

ある日本の元ジャーナリストの女性は、
アメリカで「共謀罪」によって陥れられ、日本に居ながら日本の法律に守られず、
有無を言わさずアメリカに引き渡され、質問も弁明の機会も与えられず、
自分の罪状も知らないまま拉致監禁の上 刑務所に送られたそうです。

そのとき彼女ははっきり感じたそうです。
自分が 「あわよくば死んでしまえばいい」 と思われていたのだと・・・

自分は日本人なのに、
アメリカの権力の前では、日本政府も日本領事館もだれも助けてはくれなかった・・・
それが「現実の世界」なんだそうです。
それが、「日本とアメリカの本当の関係」だと。  (※2012年現在での話です)

その話を聞いた直後だったから、余計そう思ったんでしょう。
己の自尊心という最後の砦さえ奪われなければ、人はまだ生きていけるものだと
人として頭を上げて生きていけるものだと思うのです。

でも、実際、現実には、ホロコーストのユダヤ人のように、
現在中国から侵略され弾圧されているチベット人のように、
人としての最後の尊厳までが踏みにじられるようなことが、実際にあるのです。

そういう経験のない日本が、
今まで、そういう悲劇を一度も味わったことのない希有な国民である日本人が、
裕福で、世間知らずで、お人よしで、人を疑うことをしない現代日本人が、
いきなり、
、「今日からあなたは日本人ではない」と言われたら・・・
いったい、どうなるんでしょう?

「セーラが可哀そう・・・」 と子供たちが言います。

でも、ほんとに可哀そうなのは・・・

もっと可哀そうなのは、人間としての尊厳を奪われることです。
なんの前触れも、覚悟もなく、いきなり奪われることです。


「生きてさえいれば乗り越えられる・・・」
そんな強い人間が、今の日本に、いったいどれだけいるでしょうか?


そんなことにならないように
こどもたちにそんな思いをさせないように、
今できることを、今すぐしなければならないと思います。

おかしな法案成立に目を光らせ、
これ以上日本人が生きにくい世の中にしないように、
個々の意見を上げて食い止めることが必要だと思います。


日本人としての誇りを失うような、人としての尊厳を奪われるような、
そんな未来を子供たちに残さないために・・・




。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



※ただし、本当のラス前の45話の回はあまり好きじゃないんです。
あまりにも大人の、ヘドが出るほど人間の醜さを表現しすぎていて、とても見ていられません・・・
でも・・・、今回見返してみて、あらためて思いました。
ああ、これも、この「醜さ」をあえて見せたのも、メッセージだったのかな・・・と。
生きることは過酷なこと・・・
生きることはある意味、この人の醜さ、弱さとの戦いであるということ・・・
それを、教えているように、今では思うのです。





<参考記事>

日本ほど素晴らしい国は世界中のどこにもないだろう ~ アーセン・ベンゲル
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-359.html

「世界のトヨタと真央ちゃんが教えてくれたこと」 
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-886.html


「可愛い子には旅をさせましょう」
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-143.html  


うまし国 言霊の国 の日本
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-412.html

『再 日本人の「共存共栄」の心』
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-833.html


日本人は自分のことをよく知らない
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-558.html

なぜ日本人は「日本人らしさ」を失わずにこれたのか?
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-631.html

『天皇、皇室についてのさまざまな誤解について』
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-815.html


「日本人のプライド③」          
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-228.html


必見! 『大日本帝国が世界で初めて提案した『人種差別撤廃案』』

『国旗の重み 靖国編 ~ブラジルからの手紙~』
http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-814.html

※「お隣り」以外の外国では日本の戦争がどういう風に評価されているのか?


『主権回復の日』 の意義について考える

★子宮頸がんワクチンについて これだけは知っておいてほしいこと






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コメント
1. 無題
セーラをもう一度、見たくなりました。
話は、全然変わって、暑さに弱いウサギ君のために、「ひえひえすのこ」なるものを購入しました。原発のせいで節電です。
2011/06/17(金) 10:16 | URL | ミュウミュウ #79D/WHSg[ 編集]
2. Re:無題
>ミュウミュウさん
ぜひ、見てください。
子供の頃(と言っても初めて見たのは半分大人)見たときとは大分見方が変わります。
そのくらい奥が深い作品です。
あらためて思いましたが、きっと、ぜったい、製作者はすごいこだわりがあったと思います。
何か子供たちに、いっしょに見ている大人たちにメッセージを送りたかったんじゃないか?
・・・と確信しております。
なんか、宮崎駿作品に通じるものを感じました。
これを作っていた人たちの生き抜いてきた「時代」を感じました。
2011/06/17(金) 11:05 | URL | うさんぽ #79D/WHSg[ 編集]
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