ひだまり    今は古事記に夢中! 和菓子のお話
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アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

和菓子のお話


新年、あけましておめでとうございます。

旧年中はいろいろとお世話になりました。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
   m(__)m



今日はお正月にちなんで和菓子のちょっといいお話です。

和菓子のお話  
 より~


なんだか和菓子のおいしい季節になってきました。
和菓子というのは、日本の伝統的製造法で作られたお菓子のことで、
明治時代以降にヨーロッパなどから新しく日本に入ってきた洋菓子に対して使われる言葉です。
和菓子の特徴といえば、
「美的鑑賞にも堪えることを期待されて発達したお菓子」である、ということでしょうか。
実は参議院議員の中山恭子先生が、拉致被害者の救出に北朝鮮に行ったときのことですが、
このとき面白いエピソードがあります。

恭子先生は手みやげにと、ハンドバックの中に、
横田早紀江さん(拉致被害者横田めぐみさんの母)が書いた「めぐみ」という本、
それと二段重ねのお重に入れた和菓子を北朝鮮に持参されたのだそうです。
北朝鮮に到着し、空港の待ち合い(そこはずいぶんと広い部屋だったそうですが)で、
被害者のみなさんをお待ちしている間、北朝鮮の官吏たちが、ずいぶんとやってきた。
そこで恭子先生、持参した和菓子のお重をひらいて、「どうぞ」とお勧めしたのだそうです。

先生は、無事拉致被害者を救出して日本に戻られたのですが、
その後に、実は北朝鮮から「きつい苦情」が寄せられました。
その苦情というのが、
「二度と本と和菓子は持ってこないでください」 。

本は、わかります。
なにせ「めぐみ」を持参したのです。北朝鮮も、処置に困ったことでしょう。
けれど「和菓子」を「持参しないでください」というは・・・。
きっと、和菓子を食べた北の職員達が、
その美しさと味のやさしさに、心まで溶かされてしまったのでしょうね。
和菓子には、そんな不思議さがあります。

そういえば、和菓子に合うのはやっぱり緑茶ですが、
なんとなく不思議に思うことに、ケーキやカステラなどの洋菓子は、テレビを観ながら
食べても美味しいけれど、和菓子はテレビがついていると、なんとなくせっかくの和菓子の味の
繊細さや見目の美しさを堪能できないような気がするのは、ボクだけでしょうか。

さてこの和菓子、実はとんでもなく歴史の古いものです。
古くは縄文時代にさかのぼり、どんぐりなどのアクの強い木の実を、砕いて水にさらして
団子状にまるめて熱を加えたりして、お菓子として食べていた。

米が作られるようになると、その米を発芽させて「米もやし」にし、そこからでんぷんを採取して、
これをなんと糖(水飴)に変えて甘味料として用いていました。
この水飴、なんと初代天皇の神武天皇が戦勝を祈願して水無飴(水飴)を奉納したという記録が
日本書紀にある。

お菓子の神様といえば、田道間守(たじまもり)で、お菓子の縁起の神社に祀られているのだけれど、
この人は第11代、垂仁天皇の時代(紀元前70年頃)の時代の人です。
田道間守は、垂仁天皇の病を治すため、不老不死の菓子を求めて「常世の国(とこよのくに)」まで
旅だった。常世の国というのは、いまでいうブータンやチベットのあたりの国です。

彼は、艱難辛苦の末、9年後に日本に帰国する。
けれど、このときすでに垂仁天皇は亡くなっているのですね。

で、嘆き悲しんだ田道間守は、垂仁天皇の御陵に詣で、帰国の遅れたお詫びと約束を果たしたことを
報告した。 そして持ち帰った菓子を墓前に捧げ、その場で何日も絶食して、殉死を遂げたとあります。

時代が下って奈良時代になると、734年の「淡路国正税帳(正倉院所蔵)」に、
お餅のお菓子(大豆餅、小豆餅など)や、せんべい、あんこ餅などが紹介されています。

さらに平安時代の源氏物語には、椿もちなんてのが出て来る。

鎌倉時代になると、臨済宗の開祖の栄西禅師が、唐から茶を持ち帰り、やがてこれが「茶の湯」となって
全国に流行した関係で、茶の湯のあたりとして、甘いお菓子が大流行。
芋ようかんなどは、この時代に誕生しています。
たしかに、渋いお茶に芋ようかんなんて、合うかも・・・!

そうして江戸時代、平和な社会の中で、庶民のお菓子として大ブレイクして発展したのが、
いまの和菓子です。
なかでも京都の「京菓子」と、江戸の「上菓子」は、競い合うようにして発展し、さまざまな種類の和菓子が
誕生する。

ここで注目に値するのが、和菓子に織り込まれた繊細な季節感です。
たとえば、「きんとん」です。
お正月には「きんとん」は、白と緑のきんとんを配します。
これは「雪の下から新芽が萌え出る様子」を表わしている。
さらに梅の頃になると「きんとん」は、赤と白で「梅の花」となり、11月には茶色に白い粉糖が振りかけ
られて「初霜」となります。
同じ中味なのにその見せ方がまるで違っていて、そのひとつひとつが季節感を漂わせたものとなっている。

そういえば、江戸時代には、幕府が毎年6月16日に、お目見え以上の武士(直参の旗本)に、
江戸城大広間で和菓子を与えています。
これは、平安中期の承和年間に国内に疫病が蔓延した。
そこで仁明天皇が年号を嘉祥と改め、その元年(848年)の6月16日に、16個の菓子や餅を神前に供えて、
疾病よけと健康招福を祈ったという故事に倣ったものです。
だから6月16日は、「嘉祥の日」で、いまでも和菓子の記念日となっている。

そして10月から11月にかけてでは、毎年、明治神宮で、和菓子の奉献会が催されています。
この日は、全国から銘菓が奉献されるだけでなく、平安時代の衣装を身にまとった和菓子職人さんが、
神前で直接菓子をこしらえて、奉献する。
お菓子は、ただ楽しんだり食べたりするだけでなく、そのお菓子そのものに感謝する。

こういうところが、実に日本的だなあと感心します。

それにしても、見目うるわしく、食べておいしく、巧みに季節感を漂わせた日本の職人芸の和菓子。
たまには、しぶ~いお茶で、おいしい和菓子を、おひとついかが?



..................................................................... 転載おわり



どっかで話したと思いますが、わたしは親戚に和菓子屋があります。

そんなに代々続いている老舗ではありませんが、
かなり地域には根付いていて、広範囲から顧客がついていて、けっこう繁盛しております。
おかげで、子供の頃からゴールデンウィークに家族で遊びに行った記憶がありません・・・
意味、分かります?(^_^;)

なにしろ、一年で一番といってもいい和菓子屋が忙しい時期、そう「端午の節句」があるからです。
柏餅とちまき巻き巻きがあるからです。
それ以外にも、初節句のお赤飯やら、手土産用の和菓子やお饅頭で、毎年親戚総出の大忙し!! 
遊んでる暇どころか、小中学生の頃から夜が明ける前から叩き起こされ、手伝わされておりました。

あとは暮れのお飾り餅づくり、正月のお饅頭、秋の栗きんとん、桃の節句の押し紋づくり、
成人式のお赤飯に、入学、結婚シーズン・・・
とまあ、ゴールデンウィークほどの「戦場」ではありませんが、
季節行事ごとに親戚一同が結集していました。

でもまあ、そんなおかげで、子供の頃から和菓子によって季節感を感じて成長してきました。
春になると、子供はつくし取りに夢中になりますが、親の方はよもぎ取りです。
親戚総出で大量に摘んだよもぎをむしろの上に広げて選別し、
それを大釡で焚き上げ…よもぎ餅を作り、
(これが、ちょっとならいいけど、大量だから、すごいエグイにおいがするんだよね~(T_T;)  )
または、栗きんとんや栗蒸し羊羹の季節、鬼(イモ)饅頭の季節(ひたすら栗や芋を剥く!)
小豆を煮るにおい(これもエグイ…)、もち米の蒸し上がるにおい(これは好き!)、
柏やちまきの葉を茹でるにおい・・・(おおぉ・・・(T_T;)  
とまあ、いろんな「におい」に囲まれて育ちました。

「ういろう」や赤飯が蒸し上がるときを狙って工場(こうば)へ行き、切れ端やおこぼれをもらうのが
子供のときの(大人になっても)楽しみで、
よもぎや小豆が始まると、においがたまらず外へ逃げ出したものでした。

3月の「押し紋」の色付けをしたり、暮れはお餅の粉で真っ白になりながらお飾りもちを器用に丸めてました。
まあ、それはお店が開くまでの時間。
子供の「戦闘員」はほとんどがお店の売り子でしたが、節句時の売り場はまさに「戦場」でした。
亡くなった祖母がいつも、「もっと値段を上げてお客を減らせばいいのに…」と愚痴ったほどです。

もちろん、お駄賃はたんまり貰えましたが、
盆暮れ、大型連休は、帰るともうくったくたで、遊ぶ余裕もありません。
ゴールデンウィークを連休らしく過ごせるようになったのは、大学を卒業して社会人になってからです。


なんて・・・
こんなところで和菓子屋の悲哀を暴露したいんじゃなくてですね、(^_^;)
この↑記事を読んで、日頃忘れていた和菓子への気持ちを思い出させていただいたのでした。

この北朝鮮でのエピソードが物語るように、
和菓子は日本の文化財だ!!と思うのですよ。

和菓子は見た目も味わいも繊細でやさしく、情緒豊かで季節感があり、
なにより、日本人の生活に密接にかかわっています。
その端午の節句しかり、桃の節句しかり、お盆やお彼岸、お正月、
誕生祝から始まって(ん?帯祝いが最初か?)、入学、成人祝い、結婚式に、さまざまな慶弔事
しかり、季節や折り目節目にはかならず和菓子が登場し、
そこに集う人の気持ちを伝えるのに大切な一役をかっています。

それは、ただ美しいとか美味しいとかいうだけではなく、
その和菓子そのものに「意味」があるからです。

古来、「神事」にも使われてきたその菓子に込められた役割や思いが、
今日に至っても、それを贈る人の気持ち、贈られる人の気持ちを表すことになるのです。
最近は少なくなりましたが、
結婚式には「鶴」と「亀」の形の菓子だったり、
赤ちゃんの初参りでもらう「撤饌」が「へその緒」のような形なのも、
和菓子に巻く葉は香りがきついものが多いのも、それぞれ「意味」があるのです。


さて、思わぬところで和菓子の歴史を勉強できて、感慨にふけっているうさんぽですが、
この、ねずさんがおっしゃっておられるように、
たしかに、洋菓子はわいわいと賑やかなところで食べても美味しく感じますが、
和菓子は、季節感や情緒をあじわいながら、
心静かにまったりとして食べたい…と思う気持ちはよく解ります。

それこそ、テレビを消して、丁寧にゆっくりお茶を淹れ、
窓の外の景色でも眺めなら、小鳥のさえずりに耳を澄ませながら、
目も、舌も、耳も、心も、澄んだ気持ちで味わいたい・・・と思うものです。

それが100%できなくても、
なぜかしら、そんな気持ちにさせてくれるのは、
やはり、和菓子のもつ不思議な存在感なのではないでしょうか?





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コメント
1. 和菓子大好きです!
うさんぽさんのご実家はういろうのある地域なのですね(^0^)
私は関東育ちですがういろうは小さいころから大好きです!
子供のころよもぎもち母が作ってくれるのが大好きでしたが、家庭で作るレベルだとヨモギを蒸す臭いって特に気になりませんでした(^^;)出来上がるとよい香りですが、灰汁を出すまでは臭いがきついんですね(^^;)初めて知りました!
2012/01/02(月) 22:42 | URL | ほっちゃんの #79D/WHSg[ 編集]
2. Re:和菓子大好きです!
>ほっちゃんのさん
コメントありがとうございます。
はい。ういろうは黒ういろに限ります。
とらやの黒ういろも大好きですが、昔おじいちゃんが作っていた黒ういろには敵いません!
でも、おじいちゃんが亡くなってからそれを受け継ぐ人がいなくなって今は幻のういろうです・・・(T_T;)  
学生時代、お店のお客さんからよく「もうおじいちゃんはういろう売りに来てくれないの?」(
昔は自転車で行商してました)って聞かれました。
でも、それ以外の味はずっと守ってます。
最近は年賀状にもつい、「これからも〇〇の味を守ってね」
なんて書いてしまいます。

わたしが子供の頃はよもぎも自分たちで摘んでいたんです。
でも、今は注文が多すぎてそれは外注しています。
でも、天然日本産には変わりありませんけどね。
香料も保存料も余分な色も砂糖も入れなくていいのがそれを証明しています。
屋号は言えないけど、美味しいんですよ~~~
2012/01/03(火) 15:22 | URL | うさんぽ #79D/WHSg[ 編集]
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