ひだまり    今は古事記に夢中! 槇村さとる 「Do Da Dancin’! ヴェネチア国際編 ⑩ 」 後編
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アメブロから引っ越してきた過去記事の再公開と、                       もっと日本を知るために「竹田研究会」の紹介を主にしていきます。

槇村さとる 「Do Da Dancin’! ヴェネチア国際編 ⑩ 」 後編

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※※これについては、さらに詳しく書き直しましたので、
  どうぞ、こちらからお読みください。 ↓

 再 「DoDaDancin’!ヴェネチア国際編⑩ 」日本人の自由に対する誤解と偏見 ( 前篇)
 http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-1036.html



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



「DoDaDancin’!ヴェネチア国際編 ⑩」について、

じつはほんとに書きたかったことがまだ書いてなかったので、追記です。

いつも長くてすいませんっ m(__)m


この⑩巻は、

今までのバレリーナにはない、とても「人間くさい」ドラマティックな存在感が売りの主人公 桜庭鯛子が、

本命のコンクールへ向けて「白鳥」の最後の仕上げをするべく、パリオペラ座の世界NO.1 カリスマ.

ダンスールノーブル(王子様役の似合うカリスマ男性舞踊手)とペアを組むことから始まります。

そして、

初めての「個人主義」の洗礼を受け、誤解したり凹んだり、混乱しながらも、

その西欧人と日本人との間に立ちはだかる「壁」を、相手への「敬意」で乗り越えようとする鯛子・・・

パリの個人主義と鯛子の日本人としての自分らしさをどう昇華して「白鳥」を仕上げていくのか・・・


とまあ、ざっくりこんなお話です。


前の記事にも書いたいろいろ感心するエピソードや表現に彩られているのですが、

でも、感心したのはそこだけじゃない!

じつはこれを書きたくなった理由、最初に「絵がないと理解が難しい」と言ったのは、

鯛子が本場バレエの殿堂、オペラ座バレエでのレッスンで、

バレエの演技要素として必須の「マイム」を勉強するシーンのことなんです。

(「マイム」とは、セリフのないバレエで使われる、手話のように決められた仕草のことです。)


オペラ座の優等生キム(なぜか韓国名・・・)が、教師の要望に応えて

「わたし」と「あなた」というマイムを披露します。

天下の「パリ・オペラ座」バレエでどんなすごい勉強を教えてくれるのか、・・・と思いきや、

「わたし」 と 「あなた」 ですよ?  目


模範演技をしたキムに、教師はそれを完璧だと絶賛します。

そして今度は鯛子・・・

しかし、鯛子がやるマイムに教師は延々とダメだしをする。

ただ、「わたし」と「あなた」という単純なマイム(手話のような振り)に。


この「あなた」というマイムは、簡単にいえば、「相手」に手を差しのべる・・・という感じの仕草です。

対して「わたし」は自分の胸に手を当てるような仕草だと思ってください。


キムと鯛子のマイムはどこが違うのか・・・?

「完璧」と「ダメダメ」その差は一体何なのか?


それは言葉でははっきりした説明はないけれど、

先の記事の「個人主義」の概念を踏まえておけば大体理解できると思うのです。


つまり、キムは、フランス人と同じくガチガチの「個人主義」仕込みの人間だっていうこと。

対して、鯛子は ドロッドロ日本人

東京下町の商店街の魚屋で、人情たっぷりの環境で育った「異色のバレリーナ」ですから、

(バレエのような特殊世界では、ある意味我が儘で自己中でプライドの塊でないと大成しないというからね…)

なにしろ、あの「ドン・キホーテ」を「柴又の寅さんだ!」っていうヒトですもん! (こんなバレリーナ他にいたか?)

そういう、とっても日本人らしい日本人。

「じゃあ、キトリ(このバレエのヒロイン)は魚屋の娘か」 

って、すぐ理解しちゃう相手、「世界の三上」(世界的に有名な天才ダンサー)も、やっぱり日本人だけどね~


そのキムと鯛子の絶対的な違いを示唆するのに、作者は苦肉の策をほどこしています。、

キムのマイムの、「わたし」と「あなた」の間に、「カチッ」っという音がするコマが入るのです。

もちろん、実際の音ではありません。 

「切り替えスイッチ」の入る音・・・だと解釈します。


これは、「わたし」と「あなた」との「切り替え」を強調するためで、

「わたし」と「あなた」との「厳格な区別」を意味し、

「わたし」と「あなた」の世界はけっして「交わらない」もの

・・・だという感覚を強調するものだと思います。

個人主義感覚のキムは当たり前にそれを厳格に区別して表現している、ということだと思うのです。


対して、

鯛子の「それ」は、

「わたし」と「あなた」との間には「何か」がある・・・


それは、ときに、「愛情」であったり、「信頼」であったり、「尊敬」であるかもしれないが、

とにかく、「わたし」と「あなた」の間には、目に見えないものが存在し、

それによって相互は「切っても切れないもの」としてつながっている・・・


もちろん、本人はそれを意識していないかもしれない。

日本人の鯛子にとって、それは当たり前すぎて意識していないかもしれないが、

きっと、「わたし」と「あなた」の間にあるものを探すために、自分はここにいるのであって、

バレリーナとして舞台に立つのであって、人を愛するのであって、生きているのだ・・・

と、本人が意識していなくても、言葉にできなくても、鯛子の生き方はまさにそれだと思う。


それをきっと、鯛子はあまりにも無意識のうちに「自然」に表現してしまうので、

個人主義のパリではそれは理解不能であり、

それは「NON]であり、否定されるものでしかないのでしょう。


でも、鯛子は、

そんな自分とキムの差が何なのか、自分のどこを直せばいいのか?

鯛子のそれを否定する教師の意図がまったく理解できない・・・。


自分はどこが間違っているのか?

何が自分に「足りない」のか? 


その鯛子の困惑こそが、

たぶんベンゲル監督が心配するところの日本人が陥り易い「誤解」 だと思うのです。


西欧に対する「美しすぎる誤解」、日本に対する「卑屈すぎる誤解」です。


つまり、

それは、日本人が「足りない」のではなく、日本人に「欠けている」ところでもなく、

それが日本人と欧米人との決定的な「差」である、というだけであり、

けっして、日本人が間違っているわけでも、劣っているわけでもないのです。


なぜなら、ベンゲル監督が言うように、

日本の方こそが、「奇蹟のような幸福な国」なのですから。



でも、ここで鯛子が困惑するように、

初めて海外へ出て行った日本人は、まず、自分の非や足りないところを探してしまう。

実際、そうしてコンプレックスに押しつぶされてしまう人が多い・・・


この鯛子のように、才能もあって、その才能を開花させるだけの努力もできて、

そんな足りない自分を理解しようとしてくれて(そんな奇特な人はいない)、支えてくれる仲間もいて・・・

な~んていう超ラッキーな人ならいいけど、大抵の場合は挫折して劣等感だけを持ち帰ってしまいます。


そんな中で、「ヒロイン」だけは、

「自分の中の足りないもの」を見つけ、紆余曲折の末それを手に入れ、「日本人の甘え」を捨てて、

「これまでの日本的な価値観」を捨てて、もしくは変えて、壁を乗り越え「成長」して成功していく・・・


っていうのが、これまでの「サクセス・ストーリー」の常套でした。  (よね?)




でも、ほんとにそうなのかな? 

それだけなのかな?

それが真理で、それが「クール」ってことで いいのかな?


・・・と、わたしは疑問に思うのです。


わたしは最近、あることに気づいたのです。

それは、

世界でそこそこ「成功している」人は、たしかに日本のやり方を捨てて欧米のやり方に合わせた人が多いけど、

でも、世界でもトップクラスにまでなる人は、むしろ、

それを通り越して「日本人らしい」やり方で、「日本人にしかできない」やり方で成功している、

または世界一になっている、と思うのです。

違いますか?


そして、世界から賞賛され、尊敬される人もまた、

もっとも「日本人らしい」やり方で成功した人たちだと思うのですが・・・


だからね、思うのですよ、

日本に残っている、「人の情け」と書いて人情と呼ぶもの、

その、西洋人が「個人主義」と引き換えに捨て去った「情け」という財産は、もはや日本だけのもの・・・

と言ってもいいと思います。

欧米人が、もはや書物やドラマの中でしか知らない「美しい絵空事」が、

この日本では、まだ普通に 当たり前に人の暮らしや価値観のなかに生きている。


それを捨てさせようと、あんなに執拗に画策されてきたにもかかわらず、

われわれはなぜ、それを完全に手離さずにこられたのか?

それは、何度も言ってますが、

日本に封建制度という「家」を守る制度が厳然としてあったからだと思うんです。


戦後、それが戦勝国によって撤廃させられたにもかかわらず、

日本人の精神の中にしっかりと根づいていたそれは今も失われていなかった。

それは、脳ではなく、頭で解っているだけではなく、

きっと日本民族としてのDNAの中に深く刻み込まれているから失いようがなかったんだと思うのです。


そのくらい、日本人には深く馴染んだ性質であり、言葉で教える以前に持って生まれたものだと思うんです。

もちろん、それが発動されるには、日本という土壌が必要なんでしょうけどね。つまり、外国育ちじゃないことです。

「帰国子女」が日本の社会に馴染めず、結局海外に行ってしまうというのも解ろうというものです。

幼少期、成長期に「日本語で考える、または日本語で感じることの重要性」 がそれでわかります。


ともかく、

欧米から戦後「諸悪の根源」のように教え込まれてきた「封建制度」(封建社会)というもの、

それこそが、世界がその恩恵と機能をすでに失いつつある「家庭」(家族の絆)というものを築き、

その絆があるゆえに成り立つ厳しい規律遵守(しつけ)が日本人の「公徳心」を高め、

それが「種」を守り、「村」(共同体)を作り、社会を築き、日本という国家を作っている・・・
それが日本です。

「国の家」と書いて「国家」と呼ぶのも、この日本語だけです。
(※現代中国語は日本語からの逆輸入語が多い)


対して、西欧のそれは、「個人主義」を取ったために捨てざるを得なかった。

だから西欧の「家」は「個」の集まりなんです。

だから、家族は同じ家に住む必要もないし、結婚して「家」を守る必要もないし、

子供は「保護者」さえいればどこでも育つように「自立」させられるし、(週末ごとに別の保護者と過ごす 等)

だから夫婦も親子も「別姓」でいいんです。

大事なのは「個」であり、「家」や「共同体」ではないからです。


そう言うと、

「え~?欧米だって、ちゃんと結婚してる人も、夫婦別姓じゃない人もいるよ?」

って思うでしょう?

でも、よく考えてください。

そういうものを大事に「守っている」人たちは、「守るべきもの」がある人たちじゃありませんか?

端的にいえば、あり余る「財産」だとか、代々の「家柄」だとか「土地」だとか「仕事」だとか・・・

そういう「守るべきもの」を持っている「一族」の人たちは、「自由」より「伝統」(しきたり)を自ずと守りますよね?

それはどこの国でもいっしょです。


ただ、日本と違うところは、

日本では、それがどんな小さな単位の「普通の家」でも、もっといえば「粗末な家」でも、大切に守っている

ということなんです。

いえ、正確にいえば、「大切に守っている」という自覚もなく「当たり前に思っている」のです。

うっかり「反日教育」に乗せられてしまった人を除いて・・・


なにしろ、日本は「八紘一宇」の国ですから。

「皆、ひとつの家」です。

それが、日本独自の封建制度の「賜物」なのだと思います。


話を元に戻すと、

日本人に「人情」が残ったのは、封建制度という規律や戒律があったからこそ。

つまり、

「人情」とか「思い遣り」「人へのやさしさ」・・・などという「豊かな人間性」とは真逆の概念だと思われがちな

「封建制度(社会)」こそが、

欧米から失われてしまった もっとも大切な心を守っていたのだと思うのです。


厳しい規律に守られた厳格な社会があってこそ、

その中で「暗黙の了解(規律を守らなければ社会から弾かれるという恐れ)」に守られているからこそ、

人々は安心して「自己の使命」に没頭できたのです。(※下記参照)  


「やりたいこと」ではなく、「やらねばならぬこと」のために人は生きてきた。

だからこそ、

日本は今日のように文明も文化も発展でき、人間性を失わずに経済発展を遂げたのです。

家を守りながら、村や社会を守りながら。


もし、人間性を無視して経済だけ発展していたら、

もうとっくに、今の中国みたいに矛盾を抱えて破たんしているでしょう。

(あ、もう中国は破綻してきましたよ!)

そういう意味でも、

日本人の「家」を守る意識が、今日のあらゆる「日本の奇蹟」を支えてきたと思うのです。


われわれが忘れがちだったそれを、今、海外の人たちもが「尊いもの」として認識してくれたのです。


しかし、

われわれと違い、厳格な規律という「見えない契約書」を持たない人たちは、

誰が嘘をつくか、誰がいつ自分の領域を侵しにくるか、いつ寝首をかかれるか分からないので、

そういう安心感がないので、

自分の利益を守るために、「自分」と「他人」との区別をはっきりさせる必要があったのです。


「自分 」 と 「自分以外」 という、はっきりとした「境界線」がかれらには必要だったんです。


それがすべての行動原理になっている。

自分以外は基本的に信じない、お互いに信じない上での「自由」なんです。


日本だったら、「それって、泥棒の始まりじゃない?」って思いますよね?

そう思ってくれたあなたは普通の日本人です。  (^_^;)


日本の中にいるだけだと、「日本はどんどんダメダメになってきた」・・・って思うでしょうけど、

それでも、まだ欧米に比べれば、

日本は、人を信じてもいい「奇蹟のような国」なんです。



でも、実際、日本人は誤解している・・・

この鯛子のように、

自分では悟っていると思っているココのように・・・


(あああ~~、やっと話が元に戻ったぞ! (T_T;)   )


だからね、

まだ「結論」は出てないけど、

この話では、ココによって、日本人と欧米人との「けっして交じり合えない壁」を示唆され、

それを乗り越える手段として、鯛子が選ぶであろう、

相手にすべて迎合するのではなく、自分を曲げて相手に合わせる・・・のではなく、

相手への敬意を示すことで自分の信念を貫く・・・

相手への敬意を示すことで相手からの「信頼」を勝ち取り、

相手に合わせているように見せかけながら、じつは、自然と相手を自分の方へと引っ張っていく・・・

という道こそが正しいというか、

これから欧米と対等にやっていくために一番必要な大事なことだと思うし、

じつは、だ~~~れも教えてくれないことだと思うし、(この真逆のことなら教えてくれるけどねっ!むかっ

他のこれまでの「欧米至上主義」漫画 とは違うところ・・・だと思うのです。



(以前、三上の顔がこれ以上崩れる前に、さっさっと連載を終わらせろ・・・なんて言ってごめんなさいっっ!!)






う~~~~んと、 ウサギあせる 

ここまで深読みする人はいないかもしれないけど、

こんなの、わたしだけの勝手な解釈で妄想かもしれないけど、

でも、

そんなことを、こんなことまで、こんな「漫画」の中で確認できるのです。

それだけでも素晴らしいでしょ?


それほど、

日本の漫画は(作家によるけど)、「文芸」の域まで達しているという証明であり、


これこそが、

「漫画」を日本が誇る文化 と呼べるゆえんではないでしょうか?




だっから、漫画はやめられない!

漫画は子供の娯楽じゃないのよ~~~


・・・って、結論そこかよ!! って? (^_^;);;;;


やっぱり、ぜんぜんバレエの話じゃなくてごめんね~~~!! ウサギあせるあせる


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日本ほど素晴らしい国は世界中のどこにもないだろう ~ アーセン・ベンゲルhttp://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-359.html

日本人にしかできないこと 再 「共存共栄」の思想
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「わたしをバレエに連れてって!! 吉田都の奇跡」
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※※これについては、さらに詳しく書き直しましたので、
  どうぞ、こちらからお読みください。 ↓

 再 「DoDaDancin’!ヴェネチア国際編⑩ 」日本人の自由に対する誤解と偏見 ( 前篇)
 http://20120901.blog.fc2.com/blog-entry-1036.html



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コメント
No title
Do Da Dancin' をググって辿り着きました。

私はまだこの巻を読んでいないのですが…

主張されていることには、全面的に同意いたします。
私は子どもたちに英語や文化を教えていますが、
最近の子どもたちは自分に自信がないとよく言われます。
当然ですよね。生まれたときから「日本はこんな酷い国だ」と
言われ続けているのですから。
日本人の矜持を持たせたいといつも思っています。
外国に行くと、外から日本が見えてきます。
私自身そうして日本の素晴らしさに気づきました。
この漫画のエピソードから、ここまでご持論を展開されることに
感服いたしました。そしてとても嬉しく思いました。

また、時々立ち寄らせていただきます。
2013/11/08(金) 10:02 | URL | たま #YG9ONXHE[ 編集]
Re:コメントありがとうございます。
たまさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
こんな昔の過去記事を見つけてくださって嬉しく思います。

文頭に書きましたが、
この記事を元にして、大幅に書き足した記事もありますので、
もしよかったらそちらの方もご覧ください。
最初は、この作品についての感想を書いたのですが、
書いてある内容はおよそバレエ漫画の感想文じゃあないですよね。
それで、最近読み直したら、
「これはまさに、今の憲法改正問題に通じるじゃないか!」
と思いまして書き直したのですが、
これでもまあギリギリなのに、それじゃあとてもバレエのカテゴリーじゃないぞってことで、
モロ「憲法改正問題」のカテゴリーに入れてあります。
そちらの方がより丁寧に解説しています。

たまさんは若い人を教えるお仕事をされているんですね。
たまさんのように、日本の素晴らしさ、日本人の素晴らしさを
理解している人に教えてもらえる生徒さんたちは幸せだと思います。
じつは、わたしの娘は今、教職を目指して勉強しているのですが、
合格率とか、いじめやモンスターピアレンツとか、
地域によっては在日外国人問題とか考えるといろいろ厳しいものがありまして、
就活中の先輩などから体験談や情報を聞いてくるたびに自信を失って凹んでいます。
そんなとき、わたしはこう励ますのです。
今まではそうかもしれない。
でも、これからは確実に変わっていくからって。
第二次安倍政権がもうしばらく続けば、
絶対に憲法改正、教育基本法改正が実現して、
今日も「道徳」が教科として昇格したように、
次々に「戦後体制」を終わらせる変化が訪れるはず。
そんなとき、せっかく体制が代わっても、
ちゃんと教えられる教師がいなかったらどうしようもない。
だから、体制が変わったから仕方なく…ではなく、
本気で、自分の言葉で、日本の誇りを教えたいという教師が
これから必要になってくるはずだから、そのときのために、
未来の子供たちのために、絶対必要とされるはずだから
諦めずに頑張りなさい・・・と。

たまさんのように、できれば日本を外から見て、
日本の本当の素晴らしさや日本の真実に気づいて、
日本人としての誇りを取り戻し、
この国のために何をすべきか、自分の国のことを考えてくれる若い人が
もっともっと増えることを願っています。

また、よかったら他の記事を読んだ感想などお聞かせください。
長々と失礼しました。
お便りお待ちしています。m(__)m
2013/11/08(金) 21:14 | URL | うさんぽ #-[ 編集]
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普通の子持ちの主婦です。
うさぎブログのはずだったのに、気がついたらこんな重いブログになっていました…
思いっきり、主婦目線、母親目線、オバサン目線でいろんな情報に感想を書いています。

記事を引っ越してきたので改行が狂ったりリンクが開けないなど見苦しいところがあり申し訳ありません。

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